09/02/21 16:28:41 8sGQUY+a
社会進化論の観点から生命(人間)そのものに視点を限定して語ってみる。
社会進化論とは、自然は理想的な状態へと徐々に進化していくから、社会も理想的な状態へと徐々に進化していくものだという、方法論であり認識論の立場。
目的論的自然観を人間社会に応用した考え方であるとも言える(自然の比喩)
この社会進化論の生物進化のパラダイムに沿った考え方、旧優生学を語ってみたい。
優生学とは、端的に言えば劣る者を最大限に絶やして、優れた者を最大限に残せば、社会は急激に発展するんじゃね?と言う科学。
その科学は生物学的本質主義を内在、保存している。要するに、何が劣るか優れているかは誰もが満場一致でそうと言う。つまり客観的事実を想定して成立っている。
その観点から老人、障害者、知的に劣る者の増加はしばしば、逆淘汰に繋がる恐れがある。
逆淘汰とは、社会にとって不必要な者が社会にとって必要なものに勝る状態の事を言う。
そうなった場合、社会全体は退化し徐々に月並みな状態へとシフトする。
自然の真理に齟齬する思想は、生命の質を下落させ、質の向上つまり進化の可能性をも自ら断ってしまう。
質の向上、或いは維持、保存する為には優れた者の出生を最大限に増やす、或いは劣る者の出生を最大限に減らす。
既に生まれてしまった人間にも不適格と認定された者には自然淘汰、人為淘汰を活用し、自然に或いは人為的に数を減らすのも優生の保存に繋がる。
つまり、進化論のパラダイムを礎に更にそこから人間が手を加えていく。
生命科学の可能性。
予防中絶、リプロジェネティクス(ry めっちゃ長くなりそうな気がしてきたからもういいや。
要するに、みんなは障害者のいない世界ってどう思う?