進次郎「国民の不幸を減らす社会ではなく国民が幸福になれる社会を目指すべき、不幸を前提にするな」at NEWS
進次郎「国民の不幸を減らす社会ではなく国民が幸福になれる社会を目指すべき、不幸を前提にするな」 - 暇つぶし2ch119: ボウエンギョ(新潟県)
10/06/14 12:08:58.24 HsIj0PQg
菅直人が「最小不幸社会」と言って話題になっているが、なにを今更という感じ。
これは初期カール・ポパーの「最小苦痛社会」の焼き直し、というかコピーだよね:

道徳上の観点からは、苦痛よりも快楽の方が重大だとういことはありえず、
またとくに、ある人の苦痛よりも別の人の快楽が重要であるということもありえない。
最大多数の最大幸福を要求するかわりに、もっと控えめに、すべての人のために
避けることのでできる苦痛を最小化することを要求するべきである。(K.ポパー 『開かれた社会とその敵』)

ポパーがこう言ったのは、大上段に幸福を追求する思想は、為政者が人々に勝手な価値を押しつける「善意の独裁」
--例えば、「友愛」だのなんだの--に帰結すると考えたからだ。

しかし、人にとって何が苦痛かはそれぞれ違うわけだ。
例えば「自殺したくてしょうがない」人間を無理矢理生かしておくことが死という共通の苦痛から人を救うことになる・・・?
そんなことわからないでしょう。鞭で打たれることが幸せな人もいるんだしね。
個人は確かに、彼にとって「苦痛」と思えることを排除をするべく行動するけれど、何が苦痛かはその人しかわからない。
だから、為政者が人々の不幸を最小化しようと考えても、結局、幸福最大化と同じような「押しつけ」に陥ってしまう。

つきつめていけば、自分を救うのは結局自分自身でしかない。
そうなると、自らの苦痛(不幸)を取り除くために個々人が自由に行動できる社会が必要だし、
個々人が自分の不幸を克服できるような機会を与えてくれる豊かな経済が必要になる。
それは結局、自由な市場社会ということだ。
間違っても、金持ちからふんだくって福祉に回したり、企業や国民から税金を収奪するような社会主義社会ではない。

ポパーもハイエクとかとつきあっているうちにその辺に気がついたらしく、晩年はこうした社会主義的なことは言わなくなった。
そして、彼は、モンペルラン・ソサエティの一員として自由主義復権運動に参加している。
ちなみにモンペルラン・ソサエティ結成というのは新自由主義の本格的なスタート地点だ。
-------------------
元ネタはポパーって人か


次ページ
続きを表示
1を表示
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch