14/02/21 12:58:03.07 HmF8KduX0
エンキとエンリルには支配の仕組みとしてのやり方が基本的に違う
エンキ派は人類と交わり、共存する
生贄のシステムを作り出し、生贄と引換の社会の安定を約束する
恐怖と安心が表裏一体となったコントロールだが
インカに見られるように、生贄になることさえ善であると信じ込ませる
それを優しさと捉えるべきなのか
エンリル派は、偽善と偽悪によって
人々を前か後ろ、正義か悪、といった2極的な価値観に縛ることで
操作しようとする
ゾロアスター教の世界観そのままだ
悪らしい悪を自ら作り、悪の役割を果たすことで
人々を善について行かせる
そういうプロレス的な方法で社会を操作する
これも不安と安心、地獄と天国を説く価値観そのものだ
バアル教徒がサタンとして、サタンらしく振舞う必要があるのは
強欲のためだけではなく、人々をある方向に導く必要があると、思い込んでいるからだ
世界は操作されることで調和が得られるという確信を
彼らは持っている。彼らとは、ほんのひと握りの人たちだ
我々は何も知らされずに死ぬべきだと、彼らは考えている