08/01/28 23:53:56
>>906
「お願いだから、少しの間…」
一緒にいてと頼みながらも、顔は恐怖で血がひいたように青くその目は左右に泳いでいる。
子どもながら雷を気にしたこともなかった身に、その様子が可笑しく見えて思わず笑ってしまうと
“廉”は少しむっとしたように口を尖らせた。
「ごめん、ごめん。お詫びに笛を吹いてあげるから。雷の音が少しは聞こえなくなるよ。」
そう言って先ほどの宴で披露したものと同じ曲を調べる。
興味の対象が雷からこちらに移ったのか、涙を拭い演奏を聴いていた“廉”が
奏で終わって開口一番に言った。
「あまり…お上手ではないんだね。オ、オレは音も出せない、けど。」
あまりにも率直な感想に、腹が立つどころか驚いてしまう。呆然としていると全く邪気のない顔で
“廉”は不器用にも優しそうに微笑んだ。
「オレなんかのために、一生懸命して、くれて、ありがとう。」
―…私が恋という事象に付けられた名前を知ったのはもっと後だったが、
少なくとも他人に心動かされた経験はこの時がはじめてだった。
一夜一時限りの邂逅だったというのに、その想いは時を経るに従って風化するばかりか強くなる一方で
自分の身に愚かだと言い聞かせてみても、心を欺くことはできず。
元服したのちに知り合った悪友の中には、たわむれに美しい稚児を侍らせる者もいたし
女人禁制の寺社会ではごく当たり前のように行われている行為だという。
だが悪友たちは皆、それは一時の慰めであり、よりよい妻を探す片手間の遊びにすぎないと笑う。
それでは同様に、私は廉さまを一夜でも手にすれば満たされるのだろうか?
きっと答えは否であるだろう。
神にも仏にも賭けて誓おう。私は七年も前に一度会ったきりの人を今でも愛していると。