12/06/06 10:15:45.75 CELfuUh0
(寒いな・・・。)
フスマを開けると、小さな寝間の空気は、二人の人間が寝ているとは思えないほど
冷え切っていた。薄闇の中、布団に座って藍子に乳をやっているフミエの後ろ姿の
肩の細さに、茂は胸をつかれた。
「・・・藍子、起きたのか。」
生まれたばかりの赤子の泣き声はまだ弱々しく、階下で仕事に没頭していた茂の耳には
届かなかったらしい。
振り向いたフミエは少し微笑んで、口に人差し指を当てた。茂は入り口に一番近い
自分の布団にそっともぐり込むと、手枕をして母子の姿を眺めた。
んっく、んっく・・・時おり泣きしゃっくりに身体を震わせながら、赤子は貪欲に乳を
むさぼっている。恐ろしいほど小さな存在でも、その身体は生命そのもののような
エネルギーを発しているようだった。身を刺すように寒く貧しいこの部屋の中で、
つつましい母子のいる場所だけがほんの少し温かだった。
(・・・にしても、寒すぎる・・・。)
茂は手枕をしていた手を引っ込め、肩まで布団にもぐった。藍子を寝かしつける時に
つけてあったストーブの暖気は、年の瀬の冷え込みにとっくに消え去っていた。
フミエが子供を抱いて退院して来た昨日。茂は、普段は夜しか焚かないストーブを
つけ、部屋をぽかぽかに暖めて母子を迎えてくれた。茂の思いがけない思いやりに、
フミエは驚きながらも幸福そうに微笑んだ。
・・・だが現実は、そんなに毎日灯油を景気良く焚くわけにはいかなかった。
お腹がいっぱいになった藍子が、乳首から口を離した。小さな頭を肩に乗せて
げっぷをさせてから、フミエは赤ん坊をそっと小さな布団に寝かせ、寝息をたて
始めるのを確認してから静かに自分の布団に戻った。
「・・・!」
眠っているとばかり思った茂がむくりと起き上がってフミエの後ろに入り込み、
自分の掛け布団を合わせ目に重ねた。フミエがちょっとドキッとして身を固くする。