11/03/06 08:50:18.99 9cdJfIvR
モデルガンを買うわけではござらん。純粋に、彫刻が施されたルガーが欲しいから買うまででござる。然るに、拙者に
とって、その騎士鉄十字章は無用の物ゆえ、黒猫氏に譲渡するというわけでおじゃるよ」
「いや、だから……、沙織の好意は分かるが、勲章を只で貰う黒猫のプライドはどうなるんだよ」
詰るつもりはなかったんだが、ついついきつい言い方になっちまったかも知れない。
ぐるぐる眼鏡の奥にある沙織の瞳が、微かに色を帯びたような気がした。
「京介氏、拙者はいつ、『只』などと申しましたかな? 拙者は騎士鉄十字章を黒猫氏に譲渡するとだけ申した。黒猫
氏さえ宜しければ、相当の対価をお支払いいただいた上で、拙者は騎士鉄十字章を黒猫氏に譲渡する。これならいか
がでござろう」
「お、おう、たしかに……」
さすがは未来のエグゼクティブだな。一瞬だが、いつもへらへら笑っている時とは、まるで違う迫力に圧倒された。
それに、相当の対価を条件に騎士鉄十字章を黒猫に譲渡する。商取引の原則にも適っているじゃねぇか。
「……それでいいわ……」
それなりの対価を支払うのであれば、黒猫の自尊心も傷付かない。
今さらながら、沙織って奴のマネージメントの上手さを思い知らされたな。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、沙織は店員にそのモデルガンと騎士鉄十字章のセットを購入する旨を告
げ、レジで代金を支払っていた。
「おお、京介氏、いかがなされましたかな? 拙者と黒猫氏は、ここでの買い物は済みましてござるよ。京介氏にこの店
での買い物とかがないようでしたら、そろそろお茶の時間に致しとうござるが、宜しいですかな?」
先ほどの迫力は微塵も感じさせない、屈託のない笑顔だった。
その笑顔を前に、俺は、「あ、ああ……」といった気抜けした返事をしちまったな。
「では、この商店街を抜けましょうぞ。ここを抜けると、この街でも一番大きな神社の前に続く大通りに出るはずでおじゃ
る。その大通りを神社の方に向かって行くと、この街でも指折りの歴史を持つ老舗のホテルがありますれば、そこのホテ
ルの喫茶室でお茶でもいただきましょうぞ」
そう言うと、右手にスウェーデン軍のコートが入った紙袋を、左手に先ほど購入したモデルガンと騎士鉄十字章が
入った紙袋をそれぞれ提げて、颯爽と歩き出した。
なんだかんだ言っても、場を仕切るのは、いつも沙織なんだ。
俺は、苦笑すると、沙織のすぐ背後に居て、マントの入った紙袋を大事そうに抱えた黒猫を追いかけるようにして、
歩き出した。
薄暗いアーケードは、その後もしばらくは続き、琴や三味線等の和楽器を扱う店、茶と茶道具を扱う店とか、いかにも
この街らしい老舗が軒を連ねていた。
「こんなバーもあるのね……」
和風な店の並びに、忽然と重厚なレンガ造りのショットバーらしきものが現れた。
レンガの角が丸まっているところとか、漆喰の黒ずみ具合とかで、その建物も相当に古いであろうことが分かった。
おそらくは、昭和初期か、下手すれば大正の頃に出来たのかも知れない。
「真昼間だから、今の時間は閉店してるんだな」
未成年の俺たちは、当分はお呼びでないところなんだが、いずれ、分別がついた大人になれたら来てみたい店だ。
そのとき、俺は独りさびしく飲んでいるんだろうか。それとも、気心の知れた仲間と一緒なんだろうか、又は、伴侶と