22/03/15 23:12:21.27 g4iVVLqR.net
>>611
羽生選手の絶大なる人気は、リンク上での抜群のパフォーマンスはもちろんのこと、その容姿や人柄によるところも大きい。
おぼこさを残す甘い顔立ちと、顔が小さく手足が長いバランスの取れた体型は、まるでアイドルを彷彿とさせる。優勝のよろこびや惜敗への悔しさなど、喜怒哀楽や心の葛藤を包み隠さず素直に表現するあの態度は、トップアスリートに特徴的な近寄り難さとはほど遠い親しみやすさを醸し出している。
「くまのプーさん」を愛でる様からみて取れる庶民感覚と、「少女漫画の主人公」のようだとも形容される卓越性とのギャップは、老若男女の目を惹きつけてやまない。
試合後のインタビューでは、質問をはぐらかすことなく誰ひとり不快にさせないであろうほぼ完璧なコメントを残す。言い訳を口にせず、いまの自分がいるのは周囲からサポートを受けたお陰だと感謝の気持ちを忘れない。メディアやファンが期待する言葉を的確に紡ぐその言語能力もまた優れており、その言動を好意的に解釈し、分析する書き手も後を絶たない。
世界屈指の実力がありながら、その容姿やリンク外での振る舞いまでも卓越している羽生選手は、まさに非の打ちどころがない。
だが少々ひねくれた私には、この非の打ちどころのなさが気にかかる。
■画面上のアスリートは架空の選手像にすぎない
画面に映るトップアスリートは、ファンをはじめとする大半の人にとっては想像上のイメージである。試合での様子やメディアから伝わる断片的な情報を組み合わせて、観る者それぞれが創り上げる架空の選手像にすぎない。
幼いころからスケートに取り組み、長らく周囲�