09/03/24 11:04:41 tmj7jqB50
>>593
キレイに言えばそうとも言えるだろうが、実際はもっとドロドロだよ。
今上はもともと「男でも女でも私の血をひいていることに変わりはない」と言って、
女帝にこだわりがなかった。
そんな今上を叱り、「男でなければならない」という方向へ引っ張って行ったのは、
間違いなく、秋一派(川嶋一族と宮内庁保守派=千代田)だよ。
愛子様が生まれる前、東宮ご夫妻が不妊治療に苦闘していたころ、
今上は、
「このまま東宮家に子どもが生まれなければ、眞子が女帝になるしかない」
と嘆いたと伝えられている。
その時は、秋一派はホクホクしていたのだ。
それが、愛子様が生まれると、秋一派は女帝断固阻止に変わり、
「男子製造は、お許しが得られれば自分(紀子)がやります!」に変わった。
愛子さま誕生後、雅子様に産休を許さず、
さらにすぐに男子懐妊のための治療開始を迫った宮内官僚は、
東宮ご夫妻が倫理違反の男子製造に積極的ではないと見てとると、
今上夫妻をそそのかし、湯浅長官を使って、
秋篠宮家に男子製造の許可を公に与えた。
「秋篠宮家にも第三子(もちろん男子限定)を希望」とね。
その後、雅子様は、病に倒れられた。
お墨付きを得た紀子は、すぐに秋篠宮邸に産科機材を搬入して男子製造治療を開始。
それ以降は、皇室典範改正(愛子さま女帝法案)の可決成立が早いか、
紀子の男子受精卵着床(愛子さま女帝阻止)成功が早いかのデッドレースだった。
秋一派にとって、法案阻止は、一刻の猶予もならないものだった。
法案が通ってしまえば、せっかくチャレンジしている男子製造の努力が、
水泡に帰してしまうからね。