10/02/26 22:09:52 Ycz07yU9
人間は自分のために生き、死んでゆくほど強くないんです。
自分のためだけに生きることは倦怠であり、自分のために死ぬことは恐怖なのです。
そこに生きること、死ぬことの大義がいるのです。
実際に戦時中の特攻隊は死ぬことを恐れてはいなかったでしょう。
愛国という大義があったからです。
一方、大義さえあれば、人間はどんな残酷なことや非人間的なこともできます。
オウム真理教事件など見れば明らかでしょう。
自分は生きること、死ぬことの大義がほしいと思います。
そうすることで、生きることが充実し、死に対する恐怖がなくなるからです。