10/10/11 21:49:58
南北朝の争乱が始まる直前に花園上皇が皇太子(後の光厳天皇)に心得として書き残した書
があるが、その中身を纏めるとこんなもの。
・お前が天皇となってから、大規模な戦乱が起こるだろう。
・しかし、その戦乱に対して、後醍醐のように武力で立ち向かうのではなく、
100年後のために色々な屈辱に耐えて、ひたすら「真の学問」に励め。
自分の後継者に対して、「これからの将来は悲惨だが、ひたすら耐えろ」なんて書く辺り、
本気で状況を悲観していたんだなと思いますけど、現実は花園上皇の予言どおりにことが進む訳で。
かえすがえすも後醍醐天皇って、京都政界にとっても鎌倉にとってもトラブルメーカーだったんだな。