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人口減「緩めたい」 小樽・道内9位に 若者の札幌流出課題
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同じ札幌近郊でも、石狩管内の市は人口増やしているが・・・。
小樽は人口流出が始まり60年近く経つ、
人口減は1964年から始まり、半世紀以上の歴史がある。人口流出は減る傾向にはなってきている。
かつて、「北のウォール街」とも言われ経済の中心と言えば小樽だった。
小樽は漁業や北前船の廻船問屋で財を成した人が多く住んでいた街だった。
そして、樺太交易、炭鉱が大きな影響を与えた。
。
経済の小樽、行政の札幌という二眼レフ構造だった。今で言う高崎と前橋のような関係だろう。
戦後までは、商業的には札幌より小樽の方が栄えていて、本州との取引は小樽に優位性が有り、
支店は札幌よりも小樽に置かれるのが一般的だった。
次第に地政学的役割が衰退し海運も衰退した。海運は石狩湾新港や太平洋側である苫小牧にシフトした。
石狩湾新港の一部は、小樽市域(もともと石狩町域だった)。
商業も札幌にシフトしていき、小樽に住む人も札幌移住するか札幌通勤をするようになった。
今は、札幌に住み小樽に通勤する人も増えている。銭函自体が手稲区や石狩と同化している。
小樽は、石狩川の水運を使って石炭などを大量に運べるので、河口から近く貨物の積み替え基地として発展した。
戦前日本は、自給自足で近代国家を目指した。観光資源となっている運河や倉庫群は、かつての港湾施設の遺構。
未開の地域から 各種資源を採掘し、消費地に運ぶため。針葉樹は、建築資材になるから片はしから
伐採され運搬され、クズはチップとして紙工場に移送される。
エネルギー源である石炭も良質なものから泥炭まで掘り出され、金は勿論、銅・亜鉛・水銀まで
わずかでもあれば採掘され精錬所に運ばねばならない。