10/10/19 21:52:24
>>338
癌の治療についての保障はしない、と言う名目でした。
334です。
何とか中学受験を突破した息子は、誰よりも強いモチベーションがある、と信じていた。
しかし、後にも述べるが、優しい心の持ち主だった息子は、ずるさを身に着けてしまった。
引きこもりがちになった妻に、父の容赦ない言葉の暴力が降りかかるようになった。
「何もせんのは、甘えているだけと違うのか」
私は当然抗議した。貴方は現状を理解できないのか、と。そうすると、
「ワシは不幸じゃの。親にも捨てられ、妻にも先立たれ、今度は嫁にも見捨てられ、
嗚呼、この世は憎い、ワシはこの世で一番不幸じゃ。」
こちらの話を聞こうともしないで、自室に戻り、寝る。
そんな日々が続いた。出来るだけ息子の目には触れないように配慮したが、
父は、孫と二人のときに、かなり刷り込んだらしい。
「ワシは父に捨てられたようなもの。オマエの父親もそのうちお前を見捨てるかも知れんぞ。
所詮この世で信じられるのは自分だけ。よく覚えておけ。」
父は自分の手を汚すことを是としない人で、掃除、洗濯、調理買い物と、
家事の殆どを私がすることになった。
それでも妻の手をとって一緒に父不在時の折には居間で楽しい時間を演出するように心掛けていた。
どうやら、父には、「彼女」と呼べる女性が外部に居るようである。
そうこうして数年が経った。余命長くて半年、と言われてから6年が経っていた。
私は、病院治療のほかに出来ることは無いか、と、
心もとない英語力を生かして薬事法の所為で国内正規販売できないハーブティーの個人輸入をして
妻にそれを飲んでもらったりして、この数年間は、マーカー値も安定して、今思えばまるで夢のようだった。
しかし、病魔はそれを許さず、確実に進行していたのだった。
続きます。