【昭和40年代】玉の海ってどれぐらい強かったの?at SUMOU
【昭和40年代】玉の海ってどれぐらい強かったの? - 暇つぶし2ch787:待った名無しさん
10/03/19 09:31:51 0
玉の海の突然の死去の後の協会の思惑では北の富士が1,2年は独走して少なくとも
年に3回づつくらいは優勝してくれる、また大関の琴桜と清国が頑張ってどちらかが
横綱になってくれるというものだったと思う。特に馬力のある琴桜への期待は大き
かったと思う。しかし46年九州、47年夏と途中休場し、46年名古屋と47年春には
無気力相撲で警告を受ける等心身共にズタボロの状態ではすぐに玉の海の代役を
勤められる筈もなかった。漸く体調も回復し、精神的にも落ち着いたのが47年九州
で何故か相手が皆まともに勝負してくれて快進撃と相成った。一方、清国は46年夏
には玉の海に勝って13勝を挙げて(同期の大鵬引退後の)後継者を名乗り出た感も
あったがその後ほぼクンロク状態になってしまい、44年秋の頚椎の損傷もあって
年齢的にも横綱は無理な状態だった。そのためぐっと若い貴ノ花に期待が集まった
りしたが内臓疾患を抱えて110キロから体重の増えない状態ではいくら人気があって
も難しかった。それに比べると輪島は身体にも恵まれて人気も貴ノ花に遜色なく、
48年になると一気に輪島時代に移っていく。


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