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もともとアイゼンハワー大統領の時に、それまでは米国の原子力は
軍事に限られて機密事項だったものを、(ソ連も原子爆弾持ったし、
原子力関連の施設の維持費もかかるから技術を民営にシフトさせて
軍や官僚も天下りして、)平和利用にという「Atom for Peace」
というお題目を掲げて、今後原子力を民間の非軍事目的に利用する
技術移転をすると言い出した。
そのころ、光文社からの始めての月刊誌連載を頼まれた手塚は
「アトム大陸」という作品を構想したが、編集部にタイトルは
主人公の名前にということだったかを言われて「アトム大使」
という題名で作品を書くことになった。日本は吉田首相が全権大使
となって日本を占領状態から主権回復を認めてもらう国連会議に
出かける時期だったように思う。
だから、あの頃のムードでは、最終兵器としての原子爆弾を
そのパワーをこれからは東西陣営共に平和利用へというPRに
のせられていた面があったのかもしれない。(小松左京も、
業界紙っぽいアトムとかいうような名前の雑誌を出してたそうだ。)
多分、今からだとアトムという名前は主人公につけるような
ものではなくなっているだろう。
豊田有恒は最近原発産業の肩入れするような文章や本を書いていたが、
今後はどうぶれるか、楽しみだ。