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「これ、本当に学園長の手帳なの?」
ボクが思わずそう問いかけると、霧切さんは興味なさそうな風を装って頷いた。
どうしてそう思うかというと、一瞬だけ手が震えて持っていたコーヒーが少し零れたみたいだったから。既にぬるくなっているし、手袋をしているので火傷の心配はないだろう。
「あの人の書斎で見つけたものだから、間違いないと思うわ」
霧切さんはあくまで自然に自分の手と食堂のテーブルを布巾で拭いた。あくまで学園長のことで動揺したなんて認めたくないらしい。
霧切家の汚点よと吐き捨てたけど、その表情は何処か嬉しそうだった。
彼女はお母さんが大好きで、ついでに意外と―。
「霧切さんって、意外とファザコンだよね?」
「……どうやらその濁った目を潰して欲しいみたいね?」
恐ろしい言葉を無視するように、もう一度手元の手帳に視線を落とす。
そこに書かれていたのは、学園長の日記に近かった。
内容は学園長がいかに探偵という職業が嫌いで、霧切という家名を嫌っていたかが二割。
そして関わった事件の話が三割。
最後に“助手”こと霧切さんのお母さん、つまりは将来の奥さんの話が五割。
結局、探偵の手帳に見えて、いかに奥さんのことが好きかということが大半を占めていた。まさかそれを将来、娘やその友人に読まれるなんて思っていなかっただろう。
心の中で、自分は絶対に手帳を残さないことに決めた。きっとこれと同じ末路になってしまうだろうから。
苦笑しながらページを捲ると、ぱさりと何かがテーブルに落ちた。
「あれ、これ……」
それは古い写真だった。二人の人物が並んで写っている。
どことなくボクに似てるような気もする少年と、霧切さんにそっくりな少女。歳の程はボク達と同じくらいだろうか。
少年は何処にでもいるような顔で、フード付きのパーカーにジャケットというボクと似たようなファッションだった。
少女は日本人離れした美貌に透き通るような銀髪を二つの三つ編みに纏め、白いブラウスに黒いネクタイとチョーカー、ミニスカートとオーバーニーソックスという強さと可憐さを感じさせるファッションで。
この手帳に挟まっていたってことはきっと―。
「……学園長とお母さんよ」
やっぱりそのままだった。
学園長だという男の子は何処か平凡な印象で、隣りの日本人離れした美少女と並んでいるとそれが更に際立つ気が……。
それ以上は考えないことにした。いや、意外とお似合いだと思います、本当に。
「一つだけ、分からないんだけど……」
「何かしら?」
「どうして、学園長はこんなに嫌いな探偵を続けていたんだろう?」
ボクの素朴な疑問に、霧切さんは深く息を吐きながら写真の裏を見ろと言う。その様子は何となく嫌そうというか、恥ずかしそうだ。
言われたとおり写真の裏を見てみると、表に写る二人の氏名と母印、そして先程までの手帳本文と同じ筆跡でこう書かれていた。
『誓約書』
『私は健やかなるときも病めるときも、“超高校級の助手”が側に居る限りは極力文句を言わず、探偵として真面目に取り組むことを誓います』
『私は健やかなるときも病めるときも、“超高校級の探偵”を公私共に出来る限りサポートすることを誓います』
『死が二人を分かつまで』
高校生の二人が交わした約束は、まるで結婚の誓約のようだった。
「……何と言うか、熱々だね」
「この二人が、高校生の当時になんて呼ばれてたか知りたい?」
「なんて呼ばれてたの?」
霧切さんは少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らしたけれど。
「“超高校級の夫婦”、よ」
ボクには少しだけ、誇らしげに微笑んでいるように見えた。
【了】