11/03/29 21:52:49.99 qANuO9S7
>>550続き
「……苗木君」
「……え。あ、うん。なに?」
霧切さんは何か言いたげに口を開いて―閉じた。何事もなかったかのようにボクをぼうっと見つめている。
「苗木、苗木誠……苗木所長」
「また、珍しい呼び方をするね」
首を傾げる霧切さんである。その拍子に銀色が揺れて、夕日にきらめいた。
「おかしいことは何もないわ。貴方が所長だもの」
「そういうことになってたね……。それで、どうしたの?」
「あのね、苗木所長、……ええ、折角だから」
そう言って霧切さんは立ち上がり、ブラインドのストッパーに手をかけた。するするとおろされるブラインドが夕日を遮る。
「―言葉を、貰えないかしら?」
ブラインドがかたん、と窓枠にぶつかった。
「……言葉、を?」
そう言葉、と霧切さんは繰り返した。
「訓辞、挨拶、終わりの言葉。呼び方はなんでも良いわ。ままごとみたいな探偵事務所だったけど、最後ぐらいはきちんと幕を下ろしたい。
……なんて、少し感傷的かしら」
「そんなことないよ。多分、ボクも同じ気持ちだから」
突然学園がその機能を停止して、ボクらもそれに引きずられる形になった。
学園への残留も事務所の閉鎖も自分たちで選んだこととはいえ、気持ちの整理なんてつける時間も余裕もなかった。冷静なようで内心混乱していたのだ。
だからボクらは、なにかひとつ区切りが欲しかったのだろう。自分たちの手でおろすことのできる幕が欲しかったのだろう。
「わかったよ、霧切さん。話すのはあんまり得意じゃないけど。それでも良いなら、なにか言葉を贈るよ」
「ええ、是非」
いつまでも座っていたくなる誘惑を振り払って、ボクは霧切さんの傍へと歩み寄る。
二人の間に障害物はなくなって、咳払いを一つ。それだけでごっこ遊びの延長みたいな探偵事務所が、なにか神聖な場所になったように思えた。