11/01/16 22:20:43 DKmh/sR9
>>265
「離してくれないかしら、苗木君」
「え…」
「いいえ、違うわね。離した方がいいわよ、苗木君。
私の汚いのが移ったら、困るでしょう」
声を震えさせないように、最新の注意を払う。
あたかも本心で言っているかのように。
心の底の、「離さないで」という叫び声に気付かれないように。
ゆっくりと、しかし克明に、彼の顔に絶望が浮かぶ。
酷い顔だ。まるで、今の私を鏡で見ているようだ。
本当はあなたに、そんな顔をさせたくはない。
けれど、仕方がないのよ、苗木君。
あなたが私なんかにまで優しくするから
彼が私の手を離すことはなかったけれど、力は幾分弱まったので、
私は先ほど同様、強引に手を引きぬいて、足早に彼の下を立ち去った。
「っ~~~う゛ぅっ…」
二度とこんな醜いものを、彼の目に触れさせないように。
堪え切れなくなった泣き声が、彼に届かぬように。
右手を隠し、声が出ぬよう左手で喉を絞りあげ、少しずつ歩幅を広める。
彼の心を、それらが絡み取ってしまう前に、部屋に戻らなくては。
部屋に入り込むのと、私が大声をあげて泣き出したのは、ほぼ同時だった。
「っうぁあぁああ…あぁぁあああああああああああっ…」
泣く、というより、哭く、という方が、文字に充てれば正しいだろう。
慟哭。それくらい、私は大声をあげて哭いていた。
寄宿舎の個室は、完全といっていいほどの防音が施されているから、私は気兼ねなく哭き続けた。
涙は粒ではなく、一筋の線になって、瞳から流れ落ち続けた。