11/01/16 22:06:24 DKmh/sR9
>>261続き
用という用ではなく、学校の図書室から借りていた本を、返しに行くだけ。
それに付き合うだけのつまらない用事なのに、彼は快く引き受けてくれた。
「ごめんなさいね、こんなどうでもいい用事に、わざわざ付き合わせちゃって」
「ううん、気にしないでよ。ところで、何の本を借りていたの?」
「推理小説よ。この作者の心理描写が、すごく巧みで…」
私のどうでもいい趣味の話にも、彼は興味を示してくれる。
「…そうだ。せっかく付き合ってもらったのだし、軽く奢らせて」
少しでも長く、彼といたい。そんな醜い独占欲。
「ええ!?そんな、悪いよ…」
「悪いというのは、こちらのセリフよ。なにか食べたいものなんかあったら、遠慮しないで言って」
「うーん、そう言われても…さっきご飯食べたばかりだし…」
歩きながら、彼は眉を寄せて真剣に考える。
年頃に見合わない、抱きしめたくなるほどあどけない表情。
「そうだ」
「決まった?」
「えっとさ、霧切さんって、紅茶淹れられる?」
「?…まあ、一応、それなりに知識はあると思うわ」
「じゃあ、あのロイヤルミルクティーっていうの、ちょっと飲んでみたいんだけど」
「…ああ、セレスさんが山田君に作らせている、アレね」
「自分で何度か試してみたんだけど、どうも上手くいかなくてさ」
「それを作って御馳走すれば、奢りは見逃してもらえる、ということでいいのかしら」
「ダメ、かな」
「いいえ、お安いご用よ。じゃ、寄宿舎に戻りましょうか」
帰宅と同時に食堂へ向かう。どうせなら作り方を覚えたいから、と、彼もともに厨房に入る。
「それじゃ、お湯を沸かしてもらえる?」
「え、お湯?牛乳で煮立たせるんじゃないの?」
「先に茶葉をお湯にくぐらせるのよ。そうすることで茶葉が開いて、一層風味が増すから」
「へえ~」
「特にこの茶葉は、牛乳の風味に負けがちだから。面倒だったら、濃く作った紅茶に、あとからミルクを注いで加熱してもいいのよ」
「霧切さんはなんでも知ってるね」
「そんなことないわ」
「…」
「…」
彼は、色々な話題を提供してくれる。私も、出来るだけそれに応じてきた。
それでも、時々、本当に時々だけれど、会話が止まることもある。
今までは、会話が終わると同時にどちらかがその場を離れ、それを繰り返してきた。
けれど今は、逃げ場がない。
私と苗木君はお互い黙ったまま、ただ小鍋に入れた水が沸騰するのを待っている。
こういう状況は、気まずい、というのだろうか。
私は沈黙も嫌いではないのだけれど、彼にとっては重圧になっているのかもしれない。
今、何を考えているの?
口に出さずに問う。
舞園さんのことだろうか。
ぎゅう、と、また心を鷲掴みされたような息苦しさが体を縛る。