11/01/16 22:02:24 DKmh/sR9
>>259続き
「あ、霧切さん、おはよう」
「…おはよう、苗木君」
シャワーを浴びて汗を流し、まだ寝ぼけていた頭から切り替える。
思考や感覚が鮮明になってくるころには、あるはずのない右手の痛みは、とっくにどこかに潜んでいた。
食堂へ向かう頃には、いわゆる昼飯時はとっくに過ぎており、
まだ食堂にいるのは、今の今まで寝ていたという彼―苗木誠だけ。
「休日だと、ダメだとわかってても二度寝しちゃうんだよね」
呑気にそんなことを言いながら、彼は自然な動作で、私の隣に腰掛ける。
その平和そうな笑顔に、私は幾度となく救われている。
彼といると、忌々しい思い出を、その瞬間だけ忘れていられるような。
彼の笑顔を見ると、過去の傷が少しずつ癒されていくような。
「僕コーヒー入れてくるけど、霧切さんも飲む?」
「お願いするわ」
「ブラックでいいんだっけ」
「ええ」
けれど、だからこそ、私が彼に近づきすぎることは許されない。過去の罪から、目をそむけることは許されないのだ。
そして、彼はそういう物語とは、程遠い場所にいる存在。
私に刻まれた汚れを、彼にまで背負わせるなんて、絶対あってはならない。
いつか、この手袋の下の罪を、彼に告白するべきだとは思っていた。
別に隠しているつもりなどないけれど、これを秘密にしたまま彼と接するのは、ひどく不誠実な気がした。
彼は、私の汚れなど当然知らずに、私に話しかけてくれる。
「今日はあまり、寄宿舎に人がいないね」
それはとても愛おしくて、
「部活や芸能活動で、遠征してる人が多いと聞いたわ。ほとんど出払っているみたいだけど」
それはとても心苦しい。
「そっか。…じゃあ、もしかして今日、霧切さんと二人きりなのかな」
照れたように言う彼を見ると、心臓を握りしめられたような心地がする。
息苦しい。彼の信頼が、茨となって私を締め上げる。