10/12/29 16:29:09 V0LiNg7s
騎兵には大きく分けて重騎兵と軽騎兵があるが、
日本は人・馬の体格、経済力から軽騎兵のみを採用した。
だから軽騎兵の本務である偵察や奇襲が主体になった。
コサックは正面攻撃ができる重騎兵も持っていたから、
秋山好古はそれに対抗するために機関銃を装備し、
下馬して拠点方式の戦術を採用した。
また、奇襲の面を実践したのが永沼と長谷川挺身隊。
そんな感じのことが書かれていたと思う。
また、司馬が繰り返し書いているように、戦国時代のは「騎兵」ではないよ。
あれは高い身分の者だけが騎乗していて、足軽が付随していたから。
義経の一ノ谷や信長の桶狭間のように、全員乗馬で機動力を活かすのが「騎兵」。