10/12/06 23:47:11 Wd7jRF9/
>>222
日露戦争の講和に不満を持った民衆が、暴徒と化して焼き討ち事件を起こしたことが、
後の日中戦争、太平洋戦争での報道規制、厳しい検閲の絶好の理由となった。
「政府と軍は最大の努力をしているのに、現場を知らない国民が、日露戦争の時に、
乃木、東郷の家に投石したり、嫌がらせの手紙を送ったりしただろ。あれが、軍人に
とっては本当に邪魔だったのだ。戦争遂行の妨げになるから、終わるまでは、
最前線の様子は報道してはいかん」
というのが、日中戦争が始まった時の軍部の言い分だった。