THE IDOLM@STER アイドルマスター part7at MITEMITE
THE IDOLM@STER アイドルマスター part7 - 暇つぶし2ch150:祓魔の聖戦(9/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:37:26.72 OdfZIloo
 舞台側で伊織の声がする。断続的に爆音が続いているのは、貴音の準備を待って
いるのだろう。
 律子から必要な情報を得て、貴音は準備に入る。そろそろ魔物の本性を現す頃合だ。
服の襟に手をかけた。
 この服は彼女の私服とそっくりだが、似せて作られた衣装である。この下に『本性』の
衣装を着け、上から羽織っているだけのマントのような作りなのだ。
 ドアの影に身構えて、息を吸う。伝声管とメガホンを組み合わせた仕掛けが壁を
這っているという説明を受けており、ここで声を張り上げれば舞台中に大音声が
響き渡る。
「誰が逃げ隠れなどするものか!」
 地声がうまく響いたか、予想以上の大きな音に自分で驚く。壁の向こうの伊織も
同様で、一瞬声の勢いが消えたのがわかった。
「よくも散々虚仮にしてくれた!もうよい、遊びは飽いた。血なども飲みたくもないわ。
今からお主を微塵に切り裂いてくれる!」
 まだ隠れた状態であるので、貴音の姿は後ろに控えている律子にしか見えて
いない。本性の衣装になっていても構わなかった筈だがあえて普段着のままでいた
のは、それをきっかけとするためと自分の気持ちを切り替えるため、そしてもうひとつ。
 襟の手に力を入れ、一気に脱ぎ去る。それを確認した律子が手元のスイッチを操作
すると、ドアの向こうでひときわ大きな音が聞こえた。貴音が逃げ込んだ場所の
隣にある建物が、爆発とともに崩れ落ちた音、の筈だ。
「そこかあっ!」
 伊織の銃声が聞こえ、その方向に歩き出す。『本性を現した吸血鬼』には、スウィート・
エンジェリオンといえども通常の銃弾では傷ひとつ負わせることはできないのだ。
 ドアを超えて砂埃を抜け出すと、正面に銃を構えた伊織、左奥の壁に身動きできずに
いる雪歩が見えた。雪歩がこちらの姿に気づいて一瞬安堵の笑顔を見せ、ついでその
表情を凍らせる。
 衣装をぎりぎりまで脱がなかったもうひとつの理由は……そのコスチュームが
いささかならず恥ずかしかったためだ。
 ベースは先日も着た『ナイトメア・ブラッド』であるが、仔細を大きく違えていた。
背中の羽根と言い手足の爪と言い、鎧としてはより鋭く、禍々しくデザインされている。
色もブラッドレッドではなく、貴音のイメージカラーであるダークワインレッド。そこまでは
いい。しかしその上、ただでさえ露出の多い布地がますます減っていた。ブラもボトムも
ビキニラインは通常よりなお小さく細く、腹や足などほぼ丸出しである。肘からさき、
膝より下こそ堅牢に守られているものの、実際の戦場でこの格好をしようものなら
ものの数分で膾にされてしまうだろう。
 繰り返しになるが、貴音も本来は一人の乙女である。仕事ならともかく、映像にも
残らない余興でここまで肌を曝け出す衣装はどうにも恥ずかしい。いや、映らないと
言ったが、これがカメラに写る仕事なら地位も境遇も省みずキャンセルしたかも
知れない。雪歩のため、と心に決めたからこそこの衣装を身にまとい、こうやって
悪役を演じ続けてはいるが、正直ここまで扇情的な演出が必要だったのか、と
全てが終わったら伊織を問い詰めるつもりである。
 土煙から自らの姿が全て現れた頃、銃撃では効果がないと心得た伊織が武器を
下げた。
「豆鉄砲の出番は終わりか?まだ少し背中が痒いのだがな」
「うるさいわね」
「こちらの台詞だ。我らを小馬鹿にし続けた一族よ」
「なにか言いたいことがあるの?宵闇の住人」
「ない。なぜなら」
 右手を一振りすると、手首の内側から細身の剣が登場する。見た目は鋭利だが、
殺陣で使用する樹脂製である。
「今ここで貴様を滅ぼすからだ!」
 叫び、一気に伊織に駆け寄る。
 上背もあり鷹揚な印象のある貴音だが、職業柄筋力は充分に鍛えてあった。瞬く間に
距離を詰め、大きく振りかぶった一太刀目は例のキャンディで辛うじて受け止められた。
「ぐぅっ!」
「きゃああっ」

151:祓魔の聖戦(10/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:37:59.55 OdfZIloo
 ぎぃん、と樹脂同士にしてはよい音がする。伊織が歯を食いしばり、雪歩が少し離れた
場所で悲鳴をあげ、手で顔を覆った。
 貴音も伊織も子供向けの特撮番組にゲスト出演したことがあるが、その立ち回りに
際してはいくつか基本的な決まりごとがある。先ほど律子から受けたレクチャーでも
その話題が出ていた。
 たとえば、今のような上段からの切り込みは下から受け、力相撲になる。そして受けた方が
必ず競り勝ち、切り込んだ武器を跳ね飛ばすのだ。
「があっ!」
「ぬう?」
 伊織の武器が貴音の剣を押し上げ、体を崩した貴音は数歩引いて姿勢を整える。
その隙を突いて、伊織がキャンディを―ここから先は棍棒扱いらしい―横薙ぎに
振る。
 横からの剣撃には剣撃で合わせ、三度の打ち合わせの後四度目で互いが引く。
 また、武器同士の戦いが続くと子供が飽きるので適宜、互いに避け合いながらの
肉弾戦を一しきり。手足の攻撃は長い武器に比べると動きが小さくなりがちなので、
体全体を使って大きく打ち、大きく受けるようにする。
 右、左、右と切り込むが全て合わせられ、四撃目はタイミングを合わせられて剣を
弾かれる。すんでのところで踏みとどまり、剣を後ろ手にして左フック、右ハイキック、
左後ろ回し蹴り。
 一対一での立ち回りの場合、カメラは横からは撮らない。攻撃が当たっていないのが
見えてしまうからである。必ず写線上に二人が重なり、攻撃がいかにも迫力あるように
撮影する。
 この場合の写線はカメラではなく、唯一の観客である雪歩だ。貴音の視界には
目の前で切り結ぶ伊織と、その先に腰を抜かして固唾を呑む雪歩が見えている。この
位置なら蹴りが実際には当たらなくても、雪歩からは痛烈な攻撃に映る筈だ。
 伊織が下段にガードを固めた。ならばと、右足をまっすぐ振り上げる前蹴りを見舞う。
「かあっ」
「きゃあああっ!」
 両手を合わせた部分に脛が噛み、伊織が後ろ向きに―貴音は自分の方が
驚きそうになるのをあやうくこらえた―十数メートルも吹き飛んだ。地面に深い
引き摺り跡を残し、雪歩の脇を通り過ぎて向こう端の壁に激突する。
 呼吸を整えて足元を見ると、地面に穿たれた跡の中に細い切れ込みがある。ここの
仕掛けはこれだ。どこかのタイミングで腰にでもワイヤーを取り付け、それがレールに
沿って伊織を引き摺って行ったのだ。
「どうした、もう終わりか?」
「……まだよっ」
 ゆっくり歩み寄り、声をかける。ここの壁はもろく作られていたようで、貴音の『魔の
力』で伊織は壁に大穴を空けていた。
「往生際が悪いな。楽に死なせてやろうと言うのだぞ?」
「誰があんたなんかにっ」
 貴音が近づくまでには、伊織は立ち上がっていた。これも仕掛けだろうか、スカートや
上着が大きく破れている。肌が見えるわけではないが、よくできたダメージ表現だ。
「真っ直ぐ立てもせぬひよっ子に何ができ……んむ!」
 小さなモーションで伊織が何かを投げるのを、すんでのところで顔を振ってよける。
小石?いや、服の影に隠し持った武器か。数歩下がって距離をとった。
「まだ何か持っているのか」
「これよ。あんたの大好きな十字架」
 片手に広げてみせたのは小さな、十字架の形をしたナイフだった。顔をしかめて
みせ、さてどのくらいおののいてみせようかと迷う。
「祝福儀礼済みの特製よ、さっきの豆鉄砲よりは効くんじゃない?」
「……小癪な」
 つまり、吸血鬼に効果のある武器である。貴音は小さく歯をむき出し、唸った。
「かように小さな鉄片が我にいかほど傷をつけられる?」
「かように小さな鉄片にずいぶん驚いてたの、見てたわよ」
「ならば我につけてみよ、傷を。できるのならな!」
 再び細剣を構え、伊織に駆け迫った。

『簡単に言うと、あなたの優勢、伊織の優勢、あなたが逆転、伊織が大逆転、です』
『なるほど、簡単に言ってくれますね』

152:祓魔の聖戦(11/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:38:34.37 OdfZIloo
『でも、わかりますよね?』
『ええ、しかと』
 先ほどの、律子との会話の最後がこうだった。スタジオのあちこちに仕掛けを作って
あるから、臨機応変に利用して戦いの優劣を演出するということだった。
 剣と巨大スティックキャンディで奇妙な殺陣を続けながら、貴音はそれを思い出して
いた。伊織は近づけば打撃、距離をとると十字架の短剣を投げてくるので、戦況を
推し量るのも骨だ。
『して、わたくしの最期はどうなるのです?吸血鬼ですから、心臓に杭でも?』
『死んじゃうの、困るんですよね。なにしろあなたはアイドルだから』
『死亡を思わせる演出だと、翌日から雪歩と顔を合わせられませんね、確かに』
『だから、憑き物だけ落とすんです』
 そう言って律子は、貴音にウインクした。

「……どうした」
 先ほど短剣を投げたあと、伊織の動きが止まった。棍棒を青眼に構え、何かの
タイミングを計っている。
「ははあ、例の鉄くれも尽きたのだな。いよいよ進退窮まったと言ったところか、
光の使者よ」
「……」
 順序的には自分の優位になる番だ。この後が『伊織が大逆転』。今後の展開を
見極めながらゆっくりと一歩踏み出す。
「お主はよくやった。褒めて遣わそう」
「うるさいわね」
 背後で固唾をのむ雪歩に、自身の威厳をありったけ表現する。悪役はこういう時、
尊大不遜な振る舞いで正義の味方に接し、最後にはそのことで足元をすくわれる
ものなのだ。
「そうよの、せめてもの慈悲だ。苦しまぬよう一瞬でその細首を切り落としてやろうか。
それとも」
 残心を解き、剣を背後に回す。冷酷な声になっているよう祈りながら、舌なめずりを
した。
「おとなしくしているなら、あらためて我らの下僕としてこき使ってやってもいいが?」
「まっぴらだわ。どんな世界が来ようとも、私はあくまで私だから」
「殊勝よな。そういう顔が快楽にとろけるのを見るのはさぞ楽しかろう」
「ぬぅっ!」
 殺してやると初めに宣言したのを翻し、血を吸ってやると脅してみた。これを
きっかけと捉えたようで、伊織はよろめく体に鞭打ってキャンディの棍棒を振り
かぶった。
「猪口才な!」
 鈍い金属音を最後に、伊織の手から武器が弾け飛ぶ。貴音の後ろ数メートルの
位置にいる雪歩にも、この優劣は明らかであろう。雪歩から見て貴音の向こうに膝を突く
伊織と、伊織の背後に転がる棍棒が一直線に並んでいるはずだ。
「往生際が悪いな。お主のような輩を手駒にするのも面白かろうが、のちのち厄介事の
種にもなりそうだ」
 一度は下げた剣を再び構え、ゆっくりと伊織に近づきながら言った。
「やはりお主には死んでもらおう。我らの栄えある未来のためにな!」
「……あと一歩」
「なに?」
 声が小さかったため、反応が遅れた。しかし、それもどうやら伊織のシナリオ
だったようだ。細剣を上段に振り上げたまま動きを止めた貴音に、疲れの見える
表情で伊織は笑みを浮かべたのだ。
「あんたの立っている場所をよく見ることね、神に見放された者!」

153:祓魔の聖戦(12/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:39:12.23 OdfZIloo
「なんだと!?くぅ?」
 不意に足取りが重くなり、本心から声が出た。同時に低い地鳴りが聞こえてくる。
……これは。
「あんたを縫い止めるのにはずいぶん仕掛けがかかったわ、さすがね。でも」
「こ……これは」
 これは……磁石だ。いつの間にか床が地面ではなく、むき出しの鉄板になっている。
そこに靴底が張り付き、動けなくなっていたのだ。
 衣装のブーツが妙に重いとは感じていたが、床に仕込まれた電磁石に反応するよう
仕掛けが施されていたのだろう。
「でも、この十字架からは逃れられないんだから!」
 地鳴りはさらに大きくなり、あたりを見回すと自分に光が注がれているのに気づいた。
伊織から少し角度をつけて、前後と左右からサーチライトのような光が貴音に放たれて
いるのだ。
「なん……だと……っ」
 これが、『伊織の大逆転』だ。彼女が投げていたナイフはやみくもに放られていた
のではなく、貴音を囲むように巨大な十字架の結界を張るべく設置されていた、という
筋立てなのだ。
 光と地鳴りがひときわ大きくなった。すなわち、『結界が強くなった』のだろう。そろそろ
クライマックスだ。
「ぐおおおおおっ!」
 貴音は大きな声で唸る。巨悪の最期だ、怒り任せの最大の抵抗を見せねば正義の
味方も甲斐がなかろう。
 磁石で縫い止められた足取りがままならないだけでなく、手も体も動かし難い。
布地の少ない衣装だが、この中にもいろいろ仕掛けてあったようだ。それに抗いながら
もう一度剣を振り上げる向こうに、取り落とした棍棒を再び手に取る伊織の姿が見えた。
「劫魔伏滅、エンジェル・ウォーハンマー!」
 必殺技の呪文だろう、棍棒を頭上に掲げて叫ぶと、キャンディの部分が変化した。
自動車用のエアバッグでも仕込んであったのか、破裂音とともに十字架型の両手棍、
すなわち巨大な金槌の姿になったのだ。
「闇より出でし悪しき者よ、神の破槌にて光に還れ!」
「おのれ、スウィート・エンジェリオンンンッ!」
 伊織の祝詞に応ずるように、貴音の怨嗟の絶叫が響く。白く輝く十字架を構えた
伊織が貴音に向かって走り出し……。
 ……その時。
「だめええええっ!」
 悲鳴とともに、二人の間に雪歩が割って入った。
「ばっ、ばかっ」
「雪歩!?」
 驚いた表情の伊織は、しかし走る勢いを緩められない。彼女の頭の中にはこの
ような妨害は想定外だったのに違いない。
 そして貴音は、自分をかばって伊織に立ち塞がる雪歩の足が震えているのに
気がついた。
 本当に雪歩が貴音の『魔力』に囚われているのなら、怯えたりなどしないだろう。
マスターを護るのはサーヴァントの務めなのだから。雪歩が震えている、その理由は。
 体じゅうの力を振り絞り、貴音は雪歩の肩に手をかけた。
「よいしもべだな」
「マス……」
「だが、もうよい」

 とん、と体を突き、伊織の進路から彼女を避けさせた。

「し、四条さんっ?」
「雪歩」
 彼女が怖がっているのは吸血鬼でも神の使いでもなく……。
 大切な友達同士が争っていること、なのだ。

154:祓魔の聖戦(13/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:39:57.60 OdfZIloo
「萩原雪歩、心のままに生きよ。我でなく、自身の、な」
「だあああああああっ!」
 伊織が高く─踏み切り板かトランポリンか─ジャンプし、巨大なハンマーを貴音の
脳天に振り下ろす。数メートル離れてぺたりと座り込んだ雪歩には、まさに吸血鬼を
退治する神の使いが見えたことだろう。
 伊織の着地とともに大きな爆発音と、いちばん当初にあったような砂煙が立った。
たちまち全員の姿が見えなくなる。
 直後、貴音のすぐ脇の地面に穴が開き、中から顔を出したのは……。
「─」
「しっ」
 つい言葉を発しそうになる貴音を制し、現れた秋月律子はさきほど彼女が脱ぎ捨てた
普段着の衣装を取り出した。最後の仕上げというわけだ。


****


 戦いは終わり、やがて周囲を遮っていた塵埃も落ち着いてゆく。少しずつ晴れる
視界の中に雪歩が見たものは、一人うつむき立ち尽くす伊織。
「い……伊織ちゃんっ!」
 いまだ震えの止まらない膝頭に鞭を入れ、どうにか立ち上がって彼女の元へ
駆け寄る。
「伊織ちゃん!いったいこれは─」
「雪歩」
 伊織が視線を定めたままなのに雪歩は気づいた。彼女が見つめていたのは。
「あ……!」
「あの吸血鬼は消える前に、あんたになんと言ったかしら?」
 その先にあるのは、安らかに目を閉じる、元の姿に戻った貴音であった。
「四条さん!」
「……雪、歩」
 地面に膝を突き、手を差し入れて助け起こす。普段着の服を上からかけられている
その下は一糸まとわぬ姿である。あの禍々しい吸血鬼のいでたちは、伊織の一撃で
霧消したという設定なのだろう。
「四条さんごめんなさい、わたし、わたしっ」
「大事ありませんか、雪歩」
「ねえ、雪歩」
 手にしていた武器を投げ捨て、伊織も二人に歩み寄った。
「いくらなんでも気づいてるわよね?これ、お芝居よ」
「うん……。私がおかしなふうになっちゃったから、二人で付き合ってくれたんだよね」
「ま、そういうこと」
 中二病は治るものではなく、卒業するものである。
 自らの内になにか大きな能力や才能が秘められているのでは、と夢見ることは
誰にでもある。だが子供ならともかく、大人と呼ばれる人種はそれに陶酔しない。
 その能力を開花させるのは自分自身であると知っているからだ。それを知ることで、
人はまた一歩成長するからだ。
 人間には無限の可能性がある、それは事実だ。しかし、可能性を現実に変えるのは
神や悪魔や超常現象の力ではなく、その本人の努力そのものであるのだから。
「うん。四条さん、迷惑かけちゃってすみませんでした」
「萩原雪歩。わたくしの言動がもとで、あなたの思い込みが迷走を始めたのだと聞き
及びました。わたくしは、あなたを陥れる気も一人勝ちに浸るつもりもありません。
あなたとは、正々堂々と芸能を競い合いたいと考えているのです」
「はい、肝に銘じます。わたし、これからもっと頑張って、四条さんに認めてもらえる
ようなアイドルを目指しますね」
「その程度では困ります。私にとって脅威に足る存在となってもらわねば」
「ふええ?それは無理ですようっ」

155:祓魔の聖戦(14/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:40:29.04 OdfZIloo
 雪歩が、貴音の手を取った。貴音もそれを受け、ゆっくりと身を起こす。肌が露わに
ならぬよう手早く服を着るそばで伊織が微笑んだ。
「あらあら、とんだサービスショットじゃない」
「……水瀬伊織」
 貴音は立ち上がり、眉間にしわを寄せて伊織に向き直った。
「あなたには質したいことがあるのです」
「え?いったいなんのことかしら?」
「この顛末の脚本についてです!確かにわたくしは雪歩のために付き合うと言い
ましたが、ここまで手の込んだ仕掛けが必要だったのですか?」
 当然のことながら、収録スタジオを無断で使用することはできない。まして弾着や
爆発、倒壊セットまで準備するには資金も時間も少なからず必要である。貴音と雪歩の
スケジュールの空きは事前に調べると仮定しても、それに合わせて伊織や律子の
体を空けておくのも決して簡単なことではないだろう。
「だって、私たちはアイドルでしょ?クラスの友達のために一芝居打つってわけじゃ
あるまいし、相応に説得力のあるバックグラウンドを作らなきゃ出演者たちだって
力が入らないじゃない」
「それにしても、単なる余興に行なう規模では」
「遊びは本気でやらなきゃつまんないでしょ。それに」
 悪びれることもなく伊織が続けた言葉に、貴音は耳を疑った。
「なんなら元が取れるくらいの作品になったしね、にひひっ」
「い……今、なんと?『作品になった』?」
「ああ、もちろん今すぐどうこうとは考えてないのよ、961プロが765プロとの共同制作に
OK出すとは到底思えないし。いつかあんたがフリーになるか移籍でもしたら─」
「撮ったのですか!?い、今の芝居を撮っていたのですか!」
 あまりのことに眩暈がしてくる。楽しそうに語る伊織の解説によれば、スタジオ内の
ありとあらゆる場所に隠しカメラを設置し、コンピュータ制御と律子の操作によって
今の戦闘シーンの全てが撮影されていたという。あとは編集とナレーションだけでも、
起承転結のあるドラマに仕立てることが出来るというのだ。
「言ったでしょ、本気でやらなきゃつまんないって」
「……なんと……なんという」
「貴音もいい芝居してたわよ?アドリブであそこまでできるなんて、さすがトップアイドルは
違うわね」
「世辞などいりません!消去をっ、その映像の消去を求めますっ!」
「え?やーよ、何カットか見たけどけっこうよく撮れてたんだから」
「そんなものが世に出たらわたくしは、わたくしはぁっ!」
 すっかり騒動のおさまったスタジオに、二人の言い争いはしばらく続いていた。


****


 一週間後、貴音はまた765プロダクションを訪れていた。伊織と契約を交わすため
である。
「じゃあ、これでいいわね。例のビデオに関しては、私とあんたの双方の合意なしには
上映・放送・その他、当事者4名以外の他者の目に触れる状態にしない、と」
「よろしいでしょう。本当なら記録原本を今この目の前で焼き捨てて戴きたいくらい
ですが」
「ケチなこと言わないでよ。ほんとにいい出来なんだから」
「どんな出来であろうと、出自を疑われるものを民輩の目に晒すわけには参りません」
 この点に関しては貴音は実に強硬であった。
 何度も言うが貴音も一人の乙女である。題目はいろいろと唱えはしたものの、要するに
過剰に肌の見える衣装を自らの意思で身に付け、自ら進んで大立ち回りに及んだ
ことがあの『映像作品』を見たものに知れてしまうのがあまりに恥ずかしかったのだ。

156:祓魔の聖戦(15/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:41:07.25 OdfZIloo
「ま、いいわ。実際あんたが嫌なら世に出すつもりはなかったし、当初の目的どおり
雪歩の中二病もどうにかなった。私としては満足よ」
「雪歩の件に関してはわたくしもそう存じます。手段の仔細は今さら問いますまい、
伊織、雪歩を思い遣っていただき感謝しています」
 貴音は改めて伊織に頭を下げた。一瞬前まで喧嘩腰だった相手に恭順の態度を
とられ、伊織は頬を赤らめる。
「べ、別にいいのよっ、ほら私だって雪歩があのままじゃ困るわけだしっ」
 慌てる伊織を見て、これまた可愛らしいことだと貴音は思う。これまでの彼女の
立ち居振る舞いを見る度、貴音は軽い羨望を覚えるのだ。
 萩原雪歩に対しては純粋に、互いに技を磨き、競い合いたいという願望がある。
好敵手……そんな言葉が似合いの相手だと感じている。しかし、伊織にはもっと複雑な
感情が貴音の中に生まれていた。
 雪歩のことは真実、心配もしたし彼女の心を強くする手助けもできたと満足している。
ただ、貴音がそれだけで行動を起こしたかというと、そうではなかった。
「雪歩の目を覚まさせるためだけなら、実際には膝詰め談判で説き伏せることもできた
でしょう。しかし伊織、あなたはそうはしなかった」
「だって……」
「お互いスケジュールに追われる身、時間や資金のことを勘定に加えるなら間違っても
『特撮ドラマを1本撮る』という選択肢は生まれ得ません。あえてそうした、その真意は」
 初めて相談を持ちかけられたときのあの表情。即興芝居で活劇を行なうという
考えがたいシチュエーションでの、あの生き生きとした立ち回り。伊織は、おそらく。
「誰かと、思い切り遊びたかったのでしょう?」
「─っ」
 伊織の顔に、みるみる朱が差してゆく。
 彼女もまた忙しい身の上である。気詰まりな仕事も、我慢を強いられる局面もある
だろう。そんな中、仲間が中二病という病気にかかった。この病を治す可能性を調べて
ゆくその中に、たいそう楽しげなものがあった……そんな経緯だろうと思う。
「仕事では荒唐無稽な役柄を演ずることもあるでしょうが、それはあくまで台本あっての
もの。伊織、あなたは自分の好きな状況で、自分の思い描く主人公を演じたかったの
ではありませんか?」
 これを推測する、とても大きな要素があった。

 水瀬伊織は中学二年生……彼女こそが『中二』そのものなのだ。

「……わ、私がなにかいけないことでもしたわけ?」
「いけないことなどなにもありません。ですが伊織、わたくしにくらいはもう少し、素直に
してくれても良かったのにとは思っていますよ」
「なんであんたあんかに素直になんなきゃならないのよっ!」
 ますます赤い顔でまくし立てる伊織に、貴音は涙を拭う振りをする。
「わたくしにあのような恥ずかしい衣装を着せたくせに。自分ばかり目立つ都合の良い
シナリオを考えたくせに。くすんくすん」
「だー、もう。悪かったわよ、だまし討ちみたいにあの衣装着せてごめんなさいってば」
 伊織の態度で自分の推測が裏付けられ、貴音はそれで溜飲を下げることにした。
「まあ、いいでしょう。少々の不満はありますが、総じてはわたくしもおおいに楽しめました」
「そう?なら、よかったわ」
 再び笑顔に戻ってそういうと、ほっとしたような面持ちで伊織は言った。
 この、くるくる変わる表情もうらやましい、と貴音はそっと思うのであった。
「時に、あれも伊織のデザインなのですか?」
「まあね。セクシーだったでしょ?」
「殿方の欲望丸出しという意味では。大したセンスを持っていますね、水瀬伊織」
「人をおっさんみたいに言わないでよね」
「お疲れさまでしたぁ」
 他愛もない話題を続けていると、事務所入口の方から萩原雪歩の声がした。営業から
戻ってきたようだ。

157:祓魔の聖戦(16/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:41:45.74 OdfZIloo
「久しいですね、萩原雪歩」
「あ、四条さんいらっしゃいませ。伊織ちゃん、ただいま」
「おかえり、雪歩。今ちょうど、こないだの話してたのよ」
「この間のって……あっ」
 伊織の手招きに応じてソファに座った雪歩は、何かに思い当たったように声を上げた。
「また、なにか事件があったんですね!」
「……え?」
「は?」
 二人は揃って首をかしげる。事件、とは?
「この間のわたしみたいに、また誰かが中二病を発症したんでしょう?いよいよまた
『中二病ハンター・タカ・アンド・イオ』の出番が来たんですねっ?」
「は、萩原雪歩……あなた、まさか、まだ」
「え?やだな四条さん、わたしは至って正気です!」
 嫌な予感を拭えぬまま問う貴音に、しかし雪歩は元気に反論した。
「あの時、わたしは目が覚めたんです!お二人はわたしみたいな悩める少年少女を
心の暗い呪縛から解き放つ救世主なのだと完璧に理解したんです!」
「きゅ、救世主?」
「ええええっ?」
「わたし、治していただいたご恩は絶対忘れません。お二人のためならなんでも
しますから、今度のターゲットは誰なのか教えてください!まずは内偵ですか?
それとも舞台装置の準備にかかりましょうかっ」
「あ……あー、雪歩、実はこれから計画を練るところなのです。まだ少しかかります
から、まずは荷物を置いてきてはどうですか?」
「あ、そうですね、わたしったら。じゃあちょっと失礼します。伊織ちゃん、わたし
ロッカールームに行ってるね」
「はいはい」
 雪歩の姿が消えたところで、二人は渋面を作って互いを見つめた。
「どういうことです水瀬伊織。治っていないではありませんか」
「おっかしーわね。あの子、今日まであんなこと一言も言わなかったのに」
「ふうむ。わたくしたちが共にいると雪歩の『中二ごころ』がくすぐられるのでしょうか」
「よしてよ縁起でもない」
 伊織は迷惑そうに思案しているが、貴音は今の萩原雪歩なら心配することはない、
と判断していた。以前のようなおかしな妄念とは桁違いに現実寄りであるし、
『中二病ハンター』という単語にも彼女なりの遊び心を感じる。
 雪歩は、この三人が揃っているときだけ、あの時の伊織や貴音の立ち位置で
不思議な設定を楽しんでいるのだろう。おそらく他の者がいればすぐ現実に立ち返る
だろうし、番組やオーディションでまみえれば全力で立ち合ってくれるに違いない。
 それに。
「しかし、これは由々しきことです」
 貴音は真面目な表情になり、腕を組んだ。
「わたくしの『吸血鬼』が消滅してなお、あのような思い込みが残るとなると、これは
むしろ一連のお膳立てを行なった伊織、あなたの方に原因ありやとも懸念されますね」
「はあ?あんたナニ言い出して」
「伊織」
 それに。
 これで、また伊織と遊べるではないか。
「いずれにせよ今度は、あなたが『一肌脱ぐ』番だと考えますが?」
「……えっ」
 貴音は笑いながら、赤い顔のままで黙り込んでしまった伊織をしばし堪能することにした。







158:祓魔の聖戦(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:42:25.39 OdfZIloo
以上でございました。お読みいただけたなら幸せに存じます。
まー中二病にかかったまんまというのも申し訳ないので、回収話を考えていたら伊織が
「そんなの私にまかせなさいよっ!にっひひ♪」
って首つっこんできました。
この世界観に中二はもう一人いるのですが、こちらの姫は発症しなさそうですねー。

>>139
春香のイザと言うときの色気のなさマジ天使w
つーか春香が起きるまでPなにしてやがったのか激しく気になるところです。

この先どうなるやらってんで皆様、よいクリスマスと年末と年明けを迎えられますよう
あらかじめお祈り申し上げておきます。
ではまた。

159:創る名無しに見る名無し
11/12/11 22:28:37.40 XeNWAaOS
>>158

次は誰が発症するのでしょう(笑) そしていおりんが楽しそうで何より。

160:創る名無しに見る名無し
11/12/12 00:19:58.53 bZykTdlq
>>158
あのDVD欲しいんですが、ドコに振り込めばいいでしょうかw?


最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch