11/11/08 13:37:28.86 pQ0LkLjy
>>99
社長…(涙)
作中で何気に言ってるけど、「ずいぶん」というのはもしや現実の春先に起こったあの震災のこともあるんでしょうかね?
101:創る名無しに見る名無し
11/11/08 20:41:29.27 1C+QEDvt
>>98
ハイパーボイスがない愛ちゃんとちょうのまいがない涼ちんなんて…
102:Wing gainer(1/2)
11/11/09 08:43:47.81 5v9sTGCf
コツはいくつかある。あるが、全てエッセンスは同じだ。「少し不安になる
くらい」、それが最大のポイント。
少し不安になるくらい、中火の上に置き放って。
少し不安になるくらい、たっぷりの油をなじませて。
少し不安になるくらい、粉を溶かした水を回して。
そして少し不安になるくらい、のんびりじっくりと蒸し焼きにするのだ。
黒い鍋肌に白い膜ができ、それがふつふつと泡を出し、やがて茶色く
焦げてゆく。
薄く見えるが小麦粉の皮は意外と頑丈だ。まして焼き固めるにつれ
丈夫になってゆく皮膜は、内側の具をほどよく煮込むまで充分な時間を
必要とする。家庭用コンロの中火は見た目以上に熱量が少なく、フライパンは
テフロン製、それに油をたんと含ませれば、昔の鉄鍋とは違ってそうそう
焦げ付くことはない。
そんな御託を並べているうちに、旨そうな餃子が焼き上がった。軽く返して、
焦げた面を上にして皿に並べる。
「ほい、お待たせ」
「わ、おいしそう」
「これは美しいですね」
「貴音の大手柄だな」
貴音の働きによる中華レストランチェーンのCM撮影、今日はその帰りに
生の餃子を山ほど土産にいただいた。
そこで事務所に居合わせた皆で食べようと、給茶室の小さなコンロが
大活躍していたところなのである。
「撮影時の表情ばかりでなく先方の社長さんと話している間も餃子の
皿から目を離さなかったんだ、評判がよければ次も、と約束までもらった」
「プロデューサー、そのような仰り様ではわたくしが常に空腹であるやに
聞こえます」
「あ、ああすまん。ディレクターも褒めてたもんだから、つい」
「うっうー!プロデューサー、ほんとのラーメン屋さんみたいです!」
料理のほうはどうやら及第点、アイドルたちにも好評のようだ。
「ふぁ、おコゲのところ、おいしいです!うちでお魚焦がしちゃったりすると
大ショックなのに」
「魚の皮と餃子の皮じゃ違うだろ。お好み焼きだって少し焦げてるくらいが
うまいよな」
「これ、『羽』って言うんですよね。やよい、これなんかチョウチョみたいだよ、
チョウチョ」
「おいおい、食い物で遊んでくれるな」
春香が楽しそうに箸でふるふると揺らすのを、さすがにたしなめた。
収録でもあるまいし職業病が過ぎるとは思うが、こういうのをこころよく
思わない視聴者も多い。
「どうせならお前たちが飛び立てるような羽を生やしてやりたいところ
だけどな、プロデューサーとしては」
「餃子の羽を?」
「わはは」
ド直球の返しに思わず頬が緩む。
「ほら、今の餃子もじっくりじっくり、時間をかけて焼きあがったろ?説明書にも
あるように、なんならレンジでチンでもおいしく出来上がる筈だよな」
春香の箸につままれたままの一包を指差し、続けた。
「そこを中火でゆっくり焼くことで、油が回り、香ばしい焦げ目ができて、見事な
羽を生み出した。おんなじように、お前たちをじっくりプロデュースすれば
きっと素敵な羽根ではばたいてくれるんじゃないか、ってな」
103:Wing gainer(2/2)
11/11/09 08:44:35.32 5v9sTGCf
「へー、なるほど。あむ」
しばらく手元を見つめ、やがて春香は一口で頬張った。さくさくと小気味よい
音、それから幸せそうな鼻声が聞こえる。
「じゃあ、プロデューサーさん」
ふうとひと息ついて、彼女が俺に微笑んだ。
「私たちのこともしっかりお料理、してくださいねっ」
「あ、あっ、じゃあわたしも、お料理してくださいっ!」
「わたくしからも、ぜひとも美味にお頼み申し上げます」
見目麗しいだけでなく、口も胃袋も達者な姫君たちは、大皿に盛った餃子を
どんどん平らげてゆく。それはもちろん構わないが俺もいささか空腹だし、
このままでは出来ばえの確認すら危うい。何はともあれ箸でひとつ取り上げた。
「どれ、俺もひとつ」
「あれっ?プロデューサーさんまだ食べてなかったんですか?すみません」
「いいんだよ、お前たちの分だし。ただ作り手としてちょっと味見をね」
醤油を慎重にひとたらし、まだ熱いだろうがそんなものにはかまわずに、
大きく口を開けてがぶりと頬張った。
「んぐ……」
焼き固めた皮と周囲に広がる羽が、さくり。
蒸し煮にされていた肉と野菜から汁が、じわり。
噛みしめるたびに旨味の湯気が喉から鼻腔に、ふわり。
「ふぅ。我ながらいい出来だ」
喉を通って溶け落ちるまでの道行きにすら味を感じる濃厚な滋味。しょせん
チェーン店と侮っていたが、これはこれなりによくできている。
時間に追われるあまり、実は久しぶりのあたたかい食事であった。自然と
二つ目に箸を伸ばしたその時、ふと気づいたのは俺を見つめるみんなの瞳。
「……ナンスカ?」
「プロデューサーさんって……すっごいおいしそうに食べますね」
「はわぁ、なんかわたし、お夕飯も餃子にしたくなりましたぁ」
「わたくしのレポート技術はまだまだでした。今の表情、勉強いたします」
自分で焼いた食い物に、どうやらとてつもなく気の抜けた顔をしていたようだ。
「えーっと、俺そんなに腹ペコの子供だった?いま」
「はっきり言って、見とれちゃいました」
一瞬で耳が熱くなる。それこそ、焼きたての餃子のように。
「ま……ま、まー、アレだな!お、俺の育成テクニックはそのくらいスゴイ
ってことだ。相手が餃子だろうがアイドルだろうがな!」
「えええ?私たちって、ほんとに餃子と一緒のテクニックでプロデュース
されてるんですかぁ?」
「さっきも言ったろ?基本は一緒なんだよ。まず今はじっくり育っていけ」
かくして。
「いつかお前たちにもいい羽がはえたら、俺が美味しく味わってやるからな!」
「……」
「……あれっ?」
「……ぷっ」
かくしてうろたえた俺が、なかばやけくそで言い放った言葉は……。
プロデューサーさんのえっちーっ、という大合唱で跳ね返されたのであった。
おわり
104: ◆zQem3.9.vI
11/11/12 11:10:47.60 PbZ+RX0H
>>102
ガチで餃子食べたくなってきました…(じゅる)後餃子の羽云々を二十ン年生きてきて
初めて知った私はアレでしょうか?
気分としては架空戦記とノベマスが合体したような感じで、
・テイルズオブザワールド×アイドルマスターのクロスオーバー
・響・貴音・ジュピターが961プロ在籍、でもプライベートでは765とも仲良し
・有能だけど空回ってる黒井社長
・前回とは違いテイルズ勢の出番まだナシ。
以上の条件に拒否反応がありましたらスルーして下さい。
105:TOWもどきim@s異聞 1
11/11/12 11:13:40.72 PbZ+RX0H
見上げていると呼吸が詰まりそうな鈍く重苦しい空模様から、針のように細く鋭い雨が容赦なく地上に降り注いでくる。
あまりの勢いに、窓にガムテープ張りされた社名もペラリと剥がれそうだった。
ソファへと座った天海春香は、ともすれば猫背になりそうな背筋をピンと伸ばしながら、一台の携帯を親の仇の如く睨みつけ――
――ぱか。パタン。ぱか。ぱたん。
液晶に映った人名に目を通し、その度にため息混じりに再び閉じる。
ため息の数だけ幸せが逃げるぞー、などと、オーディションの失敗をちょっとおどけながら励ましてくれた
プロデューサーの言葉が鮮やかに蘇る。
あの時は容赦なく『おじさん臭いですよー』なんて茶化していられたが、実際ため息を繰り返すその都度に、風船から抜ける空気みたいに
エネルギーがどこかへ逃げていくような心地がした。
・・・・・・ため息を止める方法なんてわかっている。問題の原因も自分にある。
「――だーっ!鬱陶しいからやめなさいっつの!」
怒髪天、という言葉が似つかわしかった。紅茶色の髪の先端が蛇みたいにうねりを見せているような錯覚を覚える程の凄まじい怒気。
水瀬伊織が令嬢らしからぬ大股で歩み寄り、柳眉をつり上がらせてにじり寄ってきていた。
「そういうのは一人の時にやりなさいよ!ただでさえこのクソ重い雨で気分晴れないのに、何なのよさっきから!」
「・・・・・・あ、ごめん伊織。いたんだ」
偽らざる本音をポロッとこぼしてしまった時――あ、マズイ。と、頭のどこかが警鐘を鳴らした。
「・・・・・・へえぇぇぇ。彼氏からのメール返信待ちみたいな散っ々人を苛つかせるようなパフォーマンスしてるような脳内花畑の乙女には、私のことなんて
ハナから眼中になかった訳ね」
「か、彼氏!?伊織ったら何言ってるのやだなぁ、プロデューサーさんはまだそんなんじゃ」
「誰がいつアイツの話を持ち出したのよそれに『まだ』って何!?・・・・・・って違う。
・・・・・・あんた、これ以上ふざけるようなら」
「――い、伊織ちゃん!?どーどー!」
給湯室でいそいそとお茶を入れていた音無小鳥が、煮えたぎったマグマにも似たオーラを纏い春香へと迫らんとしていた伊織を
後ろから羽交い締めにして取り押さえる。
「止めないでよ小鳥!この色ボケは多少キツめでも一撃喰らわせてやらないと延々このままになるわよ!」
このまま行けば伊織ちゃんパンチの一発でもお見舞いされるのは確定的に明らかな勢いだった。小鳥に牽制されながらも着実に
こちらに迫りつつある伊織に対し春香は苦し紛れに、
「だだだだからゴメンてば伊織!・・・・・・あーそうだ!今度のオフにやよいと一緒に雑貨屋さん巡りに行く約束してたんだけど、空いてたら一緒にどう!?」
起死回生、という心地で繰り出した切り札は、思いの外効果覿面だったらしい。ピタリ、と面白い位に暴れ出す手前だったそのモーションはストップした。
神様のの様よりもやよい様である。こと伊織に関しては。
「・・・・・・フ、フン。まあいいわ。・・・・・・私抜きで勝手に約束なんてしてたのはちょっといただけないけどね」
このところ事務所で顔を合わせる時間帯が重なっていなかったかもな、と今更ながらに思い出す。
根は寂しがり屋な伊織だ。何だったら一昔前の漫画みたく、当日になったら体調不良の一つでも装って二人きりにしてあげた方がいいかな、などとにべもないことを考える。
「まあそれはさておいて。・・・・・・アイツもそろそろ営業から帰って来るだろうし、メールが遅い位長い目で見てやりなさいよ?」
「へ?・・・・・・ああ」
ついつい苦笑いしてしまう。成る程、事務所メンバーの中で一番『彼』とのメールのやりとりが頻繁なのは自分だ。パカパカ携帯を開いていたら、
自然と『そっち』を連想するのは致し方ないのだろうけど。
「・・・・・・あのね・・・・・・」
106:TOWもどきim@s異聞 2
11/11/12 11:16:23.79 PbZ+RX0H
『で、俺にどうしろと?』
前方のフロントガラス及び、ハンドルに注意を払ったまま左手が高速とも呼べる動きで液晶に文字を踊らせる。返信。
やれやれと携帯を再び懐に仕舞おうとした矢先に再びブブブ・・・と鈍い震動がした。
『あんた今千早と営業中でしょ?ならそれとなく探りの一つでも入れられない?』
あの十数秒の間でよくもこれだけの文字を打ち込めたものだ。呆れながら感心しつつも、後部座席で座り込んでいる
如月千早の気難しげな顔をバックミラーで確認した。
『伊織が友達想いなのはよくわかったが、俺があれこれクチバシ挟まなくても解決するだろ。だって春香と千早だぞ?』
送信。するとまた殆ど間を置かないハイスピードのレスポンス。
『今の春香見てないからそんな台詞言えんのよ!「今度こそ嫌われたかなー」とか「このままだったらどうしよー」とか。
一旦口にしだしたらもうウザいの何のって。頭の横にリボンじゃなくて
キノコが生えててもおかしくなさそうだったわ!』
間断なく左右に動いているワイパーはともすればその内すっぽ抜けるのではという危惧すら
抱かせるせわしなさで、何処となく携帯の向こうの伊織の様子を連想させる。
元々は深窓の令嬢だったとはいえ、多少業界の波に揉まれて辛抱強さもついてきた(筈)の
彼女をしてここまで言わしめるのだから、恐らく相当な落ち込み様らしかった。
「・・・プロデューサー、さっきからどうしたんですか?頻繁にメールを打ってらっしゃるようですけれど」
「ああ、すまん。うるさかったか?」
「いえ、この雨に比べたら些細なものですけど」
うるさいことは取り立てて否定しないのが千早らしい。
「渋滞してるといっても、あまり気を取られすぎないで下さいね。運転中なんですから・・・」
シートベルトをしっかり装着しつつも、体をだらしなく背もたれに預けることなく、
ピンと背筋を正している凛とした佇まい。
別段いつもと変わらない。春香がそこまで沈んでいるなら、千早の方ももっとテンションに変化が現れている筈なのだが、と確信に近い形で思っている。
『で、その様子じゃ原因は春香の方にあるっぽいみたいな感じだけど、詳しい話は聞いたのか?』
『知らないわよ。それ以上のことツッコもうとするとますます勝手に沈んでうざったくなるんだもの、追求は諦めたわ』
・・・・・・何か、自分と喧嘩した時とかはそこまで沈まなかったような気がするんだがその事実に微妙な感傷を抱いてしまうのは筋違いだろうか。
しかし、春香本人が「自分に原因がある」と思っているなら問題はない気がする。前は双方譲らない緊迫した膠着状態の末、周りが仲裁に入らねばならなかったということもあったが、
彼女の方から折れれば話は丸く収まるだろう。心底から謝ればそれに応えないほど千早は意固地ではない――と思う。
(・・・・・・春香の方に軽く発破でもかけてやるか)
嘆息と共に、アドレス帳の一番上にある当の本人宛てに激励メールでも送ろうとした時――
――だんっ、だんっ!
「おーい、千早、プロデューサーッ!」
「っんなっ!?」
サイドガラスを勢いよく叩き、響いてくる威勢のいい声には覚えがあった。
ニカッ、とこぼれるような笑顔をたたえ、雨粒に塗れた窓の向こうで一人の少女が声高に存在を主張していた。
「が、我那覇さん?」
面食らいながらも慌てて窓を開ける千早に対し、この雨模様にも関わらず太陽を背負っていそうな程エネルギッシュなその少女――961プロ擁する
プロジェクトフェアリーの一員、我那覇響がアクアマリンの傘を片手に立っていた。歩道からガードレールへと乗り出して。
「もー、さっきから呼びかけてるのに全然気づいてくれなくて、自分寂しかったぞ?」
「あ、そうだったのかスマ――って違う!なに考えてんだ、ここ車道だぞ!?」
「ハム蔵を捜してここまで来たんだけど、ここら辺で見てないか?」
「い、いえ。・・・というか、見かける方が大変な気がするんだけど」
何せ掌ほどのサイズしかないハムスターだ。万が一にでも車道に出ていたらただじゃ済まないという危惧もあるが、あれで響のペットらは賢いのでこんな危険な
場所へ飛び出すような愚は犯さない気がする。
「・・・・・・えと、悪い。すまんが今回は捜すのつき合ってやれる時間がないんだが」
「べ、別に手伝ってもらおうとしてた訳じゃないぞー!それじゃ自分、いつもペット達捜す為じゃなきゃ声かけちゃいけないみたいじゃないか!」
「いや、そういう理由じゃなくてだな・・・」
チラチラと窓の外を窺ってみる。しかし、懸念していた『影』は一応気配を見せることはない。思わず胸を撫で下ろした時――
107:TOWもどきim@s異聞 2
11/11/12 11:21:15.58 PbZ+RX0H
「うぉいこら!そこの凡骨プロデューサーめ、また私のフェアリーちゃんにちょっかいかけよってからに!」
――巻き舌気味に因縁をふっかけてくる罵声に、がっくりうなだれフロントガラスに頭をぶつけた。彼女とかち合った時というのは、大
抵『アレ』もおまけというか金魚のフンよろしくついてくるのだから頭が痛い。
後部座席の千早も、あからさまに『面倒くさいのが来た』と言わんばかりの諦めの境地に至った表情で、ズカズカと車へ
近づいてくる人物に軽く会釈する。
「く、黒井社長。奇遇ですね・・・」
「そこから離れなさい響ちゃん!早く避難しないと、この陰湿な凡骨プロデューサーは響ちゃんが素直なのをいいことに挨拶代わりの
πタッチでも仕掛けかねない!」
恐ろしく人聞きの悪い台詞と共にツカツカと歩み寄ってくるのは、件の961プロ社長にしてテラコヤ・・・とにかく黒井崇男だった。
「あ、やっほー社長!いぬ美の方は見つかったのか?」
「ああ、マンションの方の管理人さんに頼んで部屋に送ってもらってって違う!いい加減765のアホ共と馴れ合うなと何度言えば・・・…!」
「あ、そうそう千早!この前借りたCDありがとなー!新しい振り付けの参考に出来そうだぞ!」
「そ、そう?私はダンスについてはまだ真や我那覇さんには及ばないから不安だったけど・・・参考になったなら何よりだわ」
――頭をかきむしる黒社長を脇に追いやって、和やかに会話を続ける(名目上は)ライバル同士のアイドル二人。
雄叫びを上げながら765(こちら)側への罵詈雑言を繰り出している社長に、忠告ついでに声をかけてやる。
「えーと黒井社長。そこまで大声張り上げると近所迷惑ですよ?ここ、一応公道ですから」
「・・・…はっ。き、貴様に言われる筋合いではないわ!」
ようやくマトモに相手をしてもらえそうな人に声をかけてもらえた嬉しさ故なのだろうか。怒っているような口調ながらも、
ちょっとだけ語尾が跳ね上がっている気がした。
(・・・・・・うん。この人はライバル事務所の社長、ライバル事務所の・・・・・・)
自分の胸に言い聞かせておく。この愉快なやり取りの中では忘れそうになるが、彼はプロジェクトフェアリーのみならず、
つい最近『ジュピター』なる男性アイドルユニットをも発表した歴としたやり手だ。やり手・・・・・・の筈。
もうアイドル達当人にとっては、オーディションの場所以外では宿敵同士だなどという設定は忘れ去られているに等しいようだが。
「あのー、ところで傘もさしてないみたいですけど大丈夫なんですか?風邪引きますよ」
「はっ!それこそ杞憂というもの。水も滴る何とやらというだろう、高木のような半隠居状態の老骨とは違うのだ、
この程度で風邪を引いたりは――」
「あれ、社長ー?さっき『はっ!いかん降りが酷くなってきたぞこれを使いなさい響ちゃん!昨今の風邪は侮れん!』って
この傘渡してくれたの社長じゃ――むぐっ」
「いいから帰るぞ響ちゃん!こんな男にいつまでもつき合ってたら、その内何処ぞの崖下へプチ遭難させられ動物番組の
司会を下ろされるという画策に陥れられかねん!」
・・・・・・何だろう、和む気持ちと『あんたが言うな』という気持ちとがせめぎ合っているような気がする。
黒井社長に強引に手を引かれてながらも、挨拶代わりに傘をブンブン振り回していた響が、そこで不意に何かを思い出したかのように、
「あ、そーだ千早ー!そろそろ春香のこと許してやれよー!?どんな頭にされたかは知らないけどさー、随分へこんでたぞー!」
思いがけない一言に、「え」と間抜けな呟きが唇からこぼれた。同時に、反射的に後ろの千早に視線を向けると、自分と似たような感じでその鋭い印象の瞳を見開いている。
・・・・・・とりあえず、あの発言を耳にして尚知らんぷりを決め込むのも不自然だ。一応何も知らないことにして、千早に確認を取ってみる。
「・・・・・・春香と何かあったのか?」
ここで『喧嘩の原因はそれか?』などと尋ねる失敗は犯さない。そもそも伊織の言う『仲違い』の前後の事情がわからないという点では、状況を把握しておく必要があるだろう。
「・・・・・・春香、ひょっとしてまだ気にしてたのかしら?」
おや、と軽く目を瞬かせる。伊織の言ったように怒っているというなら、多少眉をしかめるものかと思っていたが、むしろ千早の反応は思いも寄らないことを聞いた、
と言わんばかりにキョトンとしたものだった。
多少新鮮なその反応に幼さを見出しつつも、とりあえず躊躇いがちに続きを促してみる。
すると彼女は言い渋ることもなく、思い当たるという『心当たり』について語ってくれた。
108:TOWもどきim@s異聞 4
11/11/12 11:29:12.00 PbZ+RX0H
↑ 3でした。
「その・・・・・・三日前に少しうたた寝している間に少し、髪型をいじられたことがあって、その時少しばかり強い口調で叱責してしまったんです」
「・・・・・・アフロかドレッドにでもされたのか?」
「いえ、そういうものではなく・・・・・・まあ、ヘアカタログの雑誌とかに載ってる流行りもののような感じでしたね」
ふーん、と相づちを打って、その時――斜め上ほどに視線を馳せて、回想しているようなその仕草にピンと来た。
それはやよいが、通りがかった八百屋で半額セールス品として陳列されたもやしを見たそれにも似た。
「・・・・・・千早個人としては満更でもない感じだったのか?」
「なっ・・・・・・!」
どうやら図星だったらしい。目を見開いてこちらを見やった後、「くっ」といつものように口惜しげに顔を逸らした。
「何だ。額に肉と書かれたんだったらまだしも、それほど悪くない髪型にされたんだったらそんなに怒らなくても良かったんじゃないのか?」
むしろ仕事以外で、『着飾る』ということに対しあまり関心のないようだった千早の、年相応の少女らしい一面が見えて少し安心する。
「・・・・・・目が覚めた時、携帯で写真まで撮られてたんですよ?私がどう思うかというよりも、やはり一言言っておかないと」
「なら、充分反省してるみたいだしそろそろ許してやれば?」
「・・・・・・あの、その話なんですけど」
千早は改まった様子で居住まいを正すと、キッパリとした様子で告げてくる。
「許すも何も、私としては春香に一言言ってもう終わったつもりでいたんですけど」
「・・・・・・は!?」
思わず裏返ったような声で反復する。何の気負いもなく告げた千早の表情はそれこそ「何を今更」といった戸惑いの部分が多く滲んでいて、
少なくとも嘘をついたりしているようには見えなかった。
「いやだって。伊織の話じゃ何か近づき難い雰囲気で声かえても無反応だったって言うからまだ怒ってるのかと――」
「――ひょっとしなくても、さっきからのメールってそれですか」
――あ、しまった。
聞いていた話と大分違うとはいえ、つい言わなくてもいいことまで言ってしまった。
「最初のメールが来てから私の方をチラチラと見てるから、何かと思ったんですけど・・・・・・水瀬さんも人が好いというかお節介ですね」
苦笑混じりに呟く仕草にはとりあえず気分を害した様子はなくて、とりあえず軽くため息をついて改めて問いただしてみる。
「・・・・・・伊織から又聞きした程度のことなんだが、お前がまだ根に持ってるって思って結構参ってるみたいだったぞ?
・・・・・・まあ、連絡貰うまで気づかなかった俺が言っても、説得力はないかも知れないけどな」
「・・・・・・春香には別段普通に接していたつもりです。邪険にしたような覚えはないんですけど・・・・・・あ」
ふと、不自然に言葉を途切れさせた千早に訝しげな視線を送る。
「何だ、やっぱり心当たりがあるのか?」
「心当たりといいますか・・・・・・」
千早にしては珍しく歯切れが悪いというか、少々後ろめたいようなものが滲んだその表情。
「その翌日くらいから、役作りにのめり込んでいたので。ひょっとしたら誤解させてしまったかも知れません」
「・・・・・・へ、役作り?」
何の、と反射的に問い返してみると、千早は軽く目を瞬かせた後、次いで半眼になって回答をくれた。
「『硝子の剣』のことですよ」
「がら・・・・・・あー、そうかそうか!」
硝子の剣。脚本家から直々にオファーを貰い、千早が主役の座を勝ち取った時代劇企画のタイトルだった。
千早演じるヒロインはさる大身旗本の息女という身分に生まれながらも、謀略により没落に追い込まれ、天涯孤独となった
悲運の娘であり、流浪の末に剣客となった彼女は父を陥れた悪代官への復讐を誓うというそのストーリーだ。
千早は彼女にしては珍しく、わざとらしい唇を尖らせるような仕草を見せてから、
「・・・・・・忘れてたとは呆れますね。この間握り拳で役を取れたことを喜んでくれたのは、演技だったんですか?」
「い、いや違うぞ、断じて!」
脚本家は数々のヒットシリーズを打ち出してきた実力派とはいえ、正直ベッタベタ過ぎて視聴率が平均を切るのか若干不安という点もあるにはある。
が、現時点ではボーカル以外のキャリアが乏しい千早の、またとない飛躍のチャンスだ。喜ばない訳がない。
109:TOWもどきim@s異聞 5
11/11/12 11:34:37.78 PbZ+RX0H
「まあいいですけど。・・・・・・その、本題なんですけど……『背後に立たれたら即座に抜刀する癖がある』という役柄に則って台本を読み返していたら、
その時たまたま春香が後ろから声をかけてきたので・・・・・・」
ゴルゴ某も真っ青の、江戸時代とはいえちょっと日常生活に支障をきたしそうなそのヒロイン設定を思いだし、
苦い顔をしたのも一瞬で、慌ててあることに思い至って血相を変える。
「ちょっ、まさかバサリとやっちまったのか!?」
「・・・・・・撮影所でもないのにバサリと出来るような凶器を持ってると思ってるんですか?」
『大丈夫なのかこの人』という内心がビシバシと伝わってくる半眼に、
流石にグゥの音も出ずに押し黙る。
「けど、なりきり過ぎて周りが見えていなかったのは否めませんね。
つい必要以上に殺気立って払いのけてしまって・・・・・・」
「・・・・・・ああ、それでまだ怒ってると誤解してるのかも知れないと」
浮き沈みが激しいからな春香は、と内心苦笑する自分とは裏腹に、しかし千早は
どこかしおれた花を思わせるように沈んだ雰囲気を湛えていた。
「・・・・・・やけに暗い顔してるな、どうかしたのか?」
「いえ、その。・・・・・・そんな誤解をさせていたのに今まで気づけなかったのが、
春香に申し訳なく思えてしまって」
ともすれば、雨音の中にかき消えそうな程小さい声音。ハの字になった眉にはどこか、
叱られた子供の見せるしおれたような雰囲気が見える。
一度自分の懐の懐へ招き入れた人間には、誠実な態度を崩さないのが千早だ。そんな様子を身かね、
彼はコホンと一つ咳払いしつつ、
「――じゃ」
ふと見ると、いかにもそろそろといった緩やかなペースだが、前方の車がまた動き出していた。
軽くアクセルを踏んでから、
「営業が終わったら、千早のチョイスでケーキとか春香に差し入れでもしてやろうか」
弾かれたように顔を上げた千早の顔を、またミラー越しに確認する。運転を再開した今、
流石にそう何回も後ろを振り返る訳にはいかないので無理だけれど、もし叶うなら
頭を軽く撫でてやる位は出来たら、と思った。
「事務所でお茶の時間にそれ振る舞って話でもしてれば、春香ならきっと面白い位の
猛スピードで立ち直ると思うけどな」
「・・・・・・丸っきり子供扱いしてませんか?」
ほんのり。擬音にするならそんな風に綻んだ口元がミラーに映って、振り返れないのが残念だと思った。
「甘い物食べて幸せよとか歌でも言ってるだろ?それでも上手くいかなかったら、千早の方から遊ぶ約束でも
持ちかければ喜ぶんじゃないか?」
疑問形を装いつつも、どうしてもという時はそれで解決するだろうという確信に近い考えがあった。
春香の凹み具合がどの程度のものかはわからないけど、千早からお誘いをかけるなんて滅多にない『ご褒美』を
喜ばない筈はないだろう。何せ年の近い親友同士というよりも、
いっそ出来立てのカップルを思わせるような親密度の二人なのだから。
「・・・・・・春香の好みそうな所とかはお菓子屋さん位しか見当がつきませんが、努力してみます」
――うん、まあ大丈夫だろう。
ひとまず胸を撫で下ろし、次いで次の信号を左折してから、ふと思い至る。
「けど、いくら主役だからって珍しいよな。千早が演技にそこまでのめり込むなんて」
正直、主役を掴んだことを一応喜びはしたものの、役柄の詳細を聞いた時は少しばかり心配だった。
ヒロインの暗いバックボーンを若干違う形で反映しているように、千早――というか如月家の現状は決して明るくはない。流石に脚本家がそんなことまで把握している筈も
ないだろうが、それでもこの仕事が今後の千早のテンションを左右しかねないという僅かばかりの危惧はあった。
「・・・・・・役柄のことを気にされてるんでしたら、そんなお気遣いはいりませんよ?手を抜くなんて以ての外ですけど、だからって役に呑まれて自分を見失っては本末転倒ですから」
華奢な立ち姿に見合わないどっしりとした気構えが垣間見える発言に、
「そりゃ頼もしいな。・・・・・・けど、あんまり根を詰めすぎないでくれよ?何かお前の『本気』っていうと、それこそ寝る間も惜しんで
練習三昧みたいなイメージがあるからその内ぶっ倒れそうで怖い気もする」
「大丈夫ですよ、私も自分のペース配分は考えているつもりです」
ならいいんだが、と、一端話をそこで区切ることにして、再び運転に集中する。
何せこの豪雨だ、うっかり前方不注意でスリップ事故など起こしたら目も当てられない。
不安はまだ拭えないが本当に様にはなっていると思う。運動神経こそ真などには及ばないが、殺陣で見せた鮮やかなアクションは、
指導役も僅かばかり目を向いていた位だ。
110:TOWもどきim@s異聞 6
11/11/12 11:50:57.76 PbZ+RX0H
まあ、脚本に記してあったかは知らないが、技っぽいものまで叫ぶのはちょっとやり過ぎという
気もしたけど。
(ってか、『まじんけん』ってどういう字当てるんだ?)
……まあ、それこそ事務所のお茶会でいい話の種になるだろう。
そう思いながら、彼は降りしきる豪雨の中で再びハンドルを切った。
(あとがき)
まだもうちょっと続きます。黒井社長のところが一番書いてて楽しかったです、
アニメではホント悪役一直線なので……自分のイメージとしてはこういう社長が理想的。
111:創る名無しに見る名無し
11/11/15 17:48:57.39 AFQ08Z0l
>>103
よし、今晩は焼き餃子にしよう
112:創る名無しに見る名無し
11/11/16 02:10:07.54 uVQ3Cjw+
>>60
読んだ後の感覚が何かに似てるな~と思ったら、
キン肉マンでサンシャインマンが『悪魔超人にも友情はあるんじゃ~』
と叫んでアシュラマンの顔が全て泣き顔になるシーンを読んだときの感覚だわ。
113:創る名無しに見る名無し
11/11/17 00:16:51.79 FeyytXJt
身長190以上、武道は達人級、性格は穏やかだが目つきは鋭く不器用で口下手
そんな人間が雪歩のPになってしまい、
最初の頃はお互い話すのにも一苦労だったのが徐々に打ち解けてきて
後半になれば雪歩の方からPの事をちょっとからかったりわざと困らせたりしたりなんかして……
とかそんな事を妄想してるが傍から見てると割とアレな感じ
114:創る名無しに見る名無し
11/11/19 14:24:02.21 zvR32xfX
>>113
それは普通に連作SSやれるネタじゃないかw
115:創る名無しに見る名無し
11/11/19 14:34:21.96 VSpFIuAo
>>113
初対面
F
E
D
C
B
A
S
これでプロット作ってみてくれw
116:創る名無しに見る名無し
11/11/19 16:39:17.89 rtilv/HW
>>113
なんでそんな人がプロデューサー(しかも765プロ)になったのか、理由付けをどうしようか。
117:創る名無しに見る名無し
11/11/19 17:30:39.68 ySkon7n7
おいしい部分だけ妄想して満足したら、長い文章にする気分なんて消えてる法則
ソースは俺
118:創る名無しに見る名無し
11/11/20 01:06:41.78 dntbVddx
>>116
アケの存在を忘れたのかい?
道行く人を「ティンと来た」という理由でPにしてしまおうとする謎の黒い紳士のことを……
119:創る名無しに見る名無し
11/11/20 13:30:52.00 qehivql1
>身長190以上、武道は達人級、性格は穏やかだが目つきは鋭く不器用で口下手
萩原組にいそうなタイプですな
120:創る名無しに見る名無し
11/11/20 23:22:13.37 2wQgEYol
「ん~?」
「どうしたの真? 深刻な顔をして」
「これ、ボクの初期ステータスなんだけどさ……」
「歌が駄目ね」
「うっ、確かにそれはあるけど仕方ないかな、って」
「なら、何を悩んでいるの?」
「Viが低くない? 不本意だけど『王子様』なのにさ」
「……」
「……」
「このゲーム、プレーヤー層がほぼ男性よ」
121:創る名無しに見る名無し
11/11/21 17:49:52.77 E7YhRrBR
>>113
山崎ひろみPと聞いて
あ、武道の達人と目つき鋭くが若干外れるか
・・・じゃ、三溝幸宏P?
122:メグレス ◆gjBWM0nMpY
11/11/23 01:05:03.70 q2fFBCyQ
業務連絡ー、業務連絡ー。
>>103まで保管庫に収録しましたー。
1レスネタは多分◆G7K5eVJFx2様だと思うのですが、
もし違ってたらマズいので確認取れてから作者ページに追加したいと思います。
それから◆zQem3.9.vI様。>>105からのはタイトルというかナンバリングどうしましょう?
序章終わったので、1章○○話にするか、単に通しで○○話にするか、それとも他の何かにするか。
御自身で編集しても結構ですし、スレに書いて頂ければこちらで編集します。
123:創る名無しに見る名無し
11/11/23 01:10:20.56 q2fFBCyQ
もののついでに軽く1レスで。
>>115 A(もしくはS)ランクの一例
事務所に戻ると、プロデューサーがソファで居眠りをしていた。
デビューしたての頃と違って、今はひっきりなしに仕事が入ってくる。
そういった活動が出来るのはプロデューサーを始めとした表には出ないスタッフの助力があるからで、
当然その人達も自分と同じくらい、もしかしたらそれ以上に疲れは溜まっているのかもしれない。
そんな訳だから起こしてしまうのが気の毒に思えたからであって、
滅多に隙を見せる事の無いプロデューサーの寝顔をこの機会に観察してみようなんて思った訳では決してない。
少しずつ近くに寄ってみる。物語で言われてるみたいに寝顔だけはあどけないなんて事はなくて、
やっぱりいつも通り気難しい顔つきのままだったのがなんだか可笑しかった。
そういえば、初めて会った時はあまりにも怖くて穴を掘るより先に気絶してしまった事とか、
暫くは面と向かって話す事も出来なくて、同じ場所に居るのに携帯やメールで会話していた事を思い出すと
こんなに近くに居られる事がとても不思議な事に思えてしまう。
なんとなく、指を伸ばす。
頬に触れる。
まだ目を覚まさない。
顔を近づける。
自分が何をしようとしているのか解らない。
自分の意思が解らないまま体だけが動いて、
頬に軽く触れるだけのキスをした。
たっぷり10秒は硬直してから、自分がしでかしたコトの重大さに気づいて辺りを見回す。
大丈夫。誰も見ていない。
少しだけ安心して、これは自分だけの秘密にしておこうと固く固く決意したが、
やっぱりマトモにプロデューサーの顔を見られそうになかったのでそのまま外に出かけた。
数日後。
サインペンを持った双海姉妹が雪歩の元へ駆けてくる。
「ねーねー雪ぴょんからも言ってやってよー」
「え? どうしたの?」
「雪ぴょんの兄(C)だけ寝顔に落書きさせてくれないんだよー」
「他のPはみんな寝てる時でも、一人だけ近づいただけで目を覚ましちゃうんだもん」
「既に体に染み付いた習性だからな。自分ではどうする事もできん」
「それは凄い……けど、ちょっとだけ不便そうですね」
「気にする程の事でもない。もう慣れている」
そう会話を続けてはたと気づく。
ちょっと待って
今 なんて言った?
人が 近づくと 目を覚ます?
じゃあ
あの時は
もしかしなくても
ギ、ギ、ギと油の切れた機械のように首を回す。
どうしよう
目が
逢って
しまった
124:創る名無しに見る名無し
11/11/23 01:39:00.45 Yz05nls9
やばい にやにやがとまんねぇww
125:創る名無しに見る名無し
11/11/23 05:40:06.87 iBtUb/RN
>>123
俺の顔がたいそうキモくニヤついた 狸寝コンビめw
126:創る名無しに見る名無し
11/11/23 08:48:41.27 co4/0pJF
>>122
えっと、ここのところは書いてないですね。
多分、教会(ハロウィン)の話のことだと思いますけどアレは私ではないです。
というわけで、これだけで終わるのもアレなので以下小ネタ
半レス小ネタ『悩んだ結果が……』
もやもやするの。真くんとハニーがデートしたと聞いて思わず叫んじゃったけど、あの時ミキはどっちにしっとしていたんだろう。
考える。ハニーと一緒に遊園地。コーヒーカップに乗ったり、ソフトクリーム食べさせあったりするの。
考える。真くんと一緒に遊園地。ジェットコースターで抱きついたり、一緒にファンシーショップを見るの。
どっちがミキがやりたかったこと何だろう……
悩んでも仕方ないから来週は真くん、その次はハニーと遊園地に行こう。
「もしもし真くん? 来週の週末暇なの?」
127: ◆G7K5eVJFx2
11/11/23 09:08:53.86 co4/0pJF
あれ?
sage忘れ&トリ忘れ失礼しました
128: ◆l78cdu4x/o
11/11/27 10:09:08.64 Rs8QCI25
多分誰も待っていないだろう長編を投下しようと思います。
・テイルズオブザワールド×アイドルマスターのクロスオーバー
・文章に大いに厨二要素(多分)がある可能性大。
・テイルズサイドの世界設定が独自のもの。
以上の要素に抵抗及び拒否感を覚える方はスルー推奨。
129:TOWもどきim@s異聞~第一章~ 春香編 7
11/11/27 10:12:17.27 Rs8QCI25
↑トリ入力を間違えました…(汗
降りしきる雨の中を早足で急ぐ人の群れの中。
一瞬誰もがそこに目を留めては、とりあえず何事もなかったかのように行き過ぎていく。
一見しただけだと、花屋の軒先なこともあって、まるでラフレシアばりに大きな花が満開になっているようにも錯覚出来たことだろう。
路上にしゃがみ込んだ少女の体を覆い隠しているパステルピンクの傘が、クルクルと床屋のサインポールばりに回っているのだから。
「・・・・・・あの、これ下さい!」
店先でかれこれ五分、唸りながら座り込んで陳列された鉢植えを眺めた末に、彼女は店員にそう言って、
柔らかな花弁を開かせた数輪の、名も知らぬ青い花の鉢を手に取った。
『散歩でもして気分転換でもしてきなさい』と伊織によって事務所から強制的に叩き出され、傘をくるくる回しながら
近所をうろついていたのがつい先程までのこと。
雨の醸す湿気にも負けない後ろ向きな心地で歩いていて、今日は雨靴でもないのに、とわずかに湿ってくる靴下の感触で殆ど
無意識に顔をしかめそうになった時、吸い込まれるような引力でその小さな花は彼女の目を惹いたのだ。
毎度ありがとうございました、と店員の笑顔に見送られながら、ビニール袋の中の花を見やる。深い海の底にも、高く晴れ渡った空のようにも見える青色。
頭の隅に思い浮かぶ彼女のシルエットそのままの。
渡す時には、さり気ないにこしたことはない。
(――千早ちゃんに似合いそうだから何となく買っちゃったんだ)
あくまで自然に、自然にと胸中で繰り返していると、何だか彼女への口説き文句みたいだな、とちょっと笑えてしまう。
これで花束だったら、真辺りが好みそうな少女漫画の世界だ。
一時は千早の趣味に合わせてクラシックかオペラのCDでも、という思いもあるにはあったが、もし曲調及び作曲者について
聞かれたら答えられるだけの知識がない。こと『音楽』という土俵では、千早に対し迂闊なプレゼントは禁物、という意識があった。
殆ど破れかぶれのチョイスだったが、何もしないよりマシだ。
(――けど)
風でゆらゆらと揺れる花びらの輪郭に、彼女の後ろ姿と颯爽となびく髪を見出しながら、脳がつい先日の鮮烈な光景を掘り起こす。
亜美や真美のそれに比べたら本当に些細な、イタズラにも満たないちょっとしたお遊びのつもりだった。
少なくとも、多少羽目を外しても許してもらえるものと無意識に信じ込んでいた。
穏やかにまどろんでいた、白い面差し。ぐっすりと彼女が寝入っているのを確認してから、すべらかで長く、
自分が伸ばしてもここまではいかないだろうと思わせる艶を放つ髪を編み終えるまで、春香は本当に気楽だった。
怒られることを全く考えてなかったなんて嘘になる。
ただ怒りはしても、一言二言注意してくるか、呆れてため息をつきながら小突いてくるか、それで終わりと気楽に構えすぎていた。
そんな決めつけにも似た考えは、ふと自分の手を彼女の瞼に翳した瞬間、粉々に吹き飛ばされることになったが。
一歩足を引かなければ、生ぬるい比喩抜きで鼻先を切り裂いていた。頭の端でそんな風に思うほど、振りあげられたその小さな
指先は刃のように鋭い勢いを伴っていて。
何よりも、その瞬間、それまで和やかに寝入っていた空気をあっさりと反転させたその表情こそ、春香に『打ちのめされる』という心地を味あわせた。
事務所で共に活動してはや数ヶ月、花が綻ぶように穏やかに見せてくれていた筈の親愛も何もかも消え失せ、向けられた眼差しは
心臓を片手で握られたような錯覚さえ覚えるほど冷えきって――
それ以来、気づけば正面から千早の顔を見ることすら何となく怖くなっていた。
だけど。
冷たく湿った空気に混じる車の排気ガスや、換気扇から漂う飲食店の雑多な芳香、それら全てを深く吸い込み、吐き出す。一緒に、
胸に溜まったしみったれた気持ちも綺麗に身体から排出出来たらと埒もないことを考えた。
どうして、とかあの程度、とか。過ぎてしまったこと、犯してしまったことの理由を考えてみたところで、最早どうにもならないだろう。
ただ今は、千早とちゃんと正面から話すこと。それを考えなければ始まらない。
もしまた、あの苛烈な眼差しをぶつけられ――拒絶されたらというIFは、やはり春香を怖じ気づかせる。
けど、だからといってこのままでいい訳もないと、ここに来てようやく彼女も腹を括った。
まずは話してみよう。そもそも、直接言葉で断絶を突きつけられた訳でもない内に、こんな風にいじいじ悩んでいるのは性に合わない。
130:TOWもどきim@s異聞~第一章~ 春香編 8
11/11/27 10:13:58.36 Rs8QCI25
文字通り、打ちつける雨に頭を『冷やされた』お陰だろうか。多分、あのまま事務所でゴロゴロとのた打ち回っているままでは
不毛な一日のまま終わるところだったかも知れない。
(・・・・・・伊織に感謝、かな)
今頃うさちゃんを片手にくしゃみをしているかも知れない彼女の姿を思い浮かべると、沈鬱な心境も忘れてクスリと口の端がつり上がった。
雨のせいもあってか、周りの空気もふるりと肌寒さを増したいる気がする。
そろそろいい頃合いだし、早く事務所へ戻ろうか――そう考え、帽子で喩えると『目深に』掲げていた傘をほんの少しばかり上げると、
視界がほんの少しばかり開けた。
今にして思えば、タイミングは、それこそ図ったようだった。
苛立ち紛れに力を込めたブレーキを踏み、乱雑な扱いをされたタイヤが耳障りな悲鳴を上げながら、車はその場所、
双海総合病院の前に横付け停車された。平時であれば決してしないような不作法を、自覚しない程彼も彼女も気が急いていた。
これ以上ない程青ざめながら、後部座席の千早の手を強引に取ってそのまま車を降りた。入り口まで殆ど目と鼻の先だったとはいえ、
傘もささずに飛び出した二人の身体を
容赦なく冷たい雨が叩く。さっきまで呑気に眺めていたこの曇天も雨模様も、さっきの連絡を受けた後では
それこそ不吉の前兆としか思えなくなっていた。
水滴を飛び散らしながら院内へ飛び込んできた、スーツ姿の男と少女という取り合わせに怪訝な顔を向ける患者や職員達の姿に
構うこともなく、必死に目的の人物の姿を捜した。
首元から手首に至るまでをブルーと白のストライプのシャツで包んだ、跳ねたおさげ髪が特徴の後ろ姿が、
こちらに背を向けて腕を組んで立っている。
「律子っ!?」
院内のささやかな喧噪を突き抜けた呼びかけに振り向いた秋月律子は、その先にあった担当プロデューサーと
同僚アイドルの有様に目を剥いた。
「ちょっ・・・・・・何て格好してんですかプロデューサーっ!?それに千早までっ」
突然の大声によりびっしりと集められた注目に辟易した様子を見せながらも、律子はとりあえず両者の手を強引に取って、
非常口付近――人気の少ない場所を見定めてズンズン進んでいった。
それから疲れたように重いため息をこぼした時、
「・・・・・・思ったよりも早く着いてくれたのは助かりましたけど。亜美達のご実家とはいえ、目立つようなことはやめて下さいよ」
「――あのなぁ!」
報告を受けたのなら、何でそうも落ち着いていられるのか。焦燥と共に吐き出そうとした言葉を遮ったのは、それまで静かに俯いていた千早だった。
「春香は、春香の容態はっ!?」
身を切られんばかりに震えながらも、鬼気迫る気迫が伝わってくる問いかけだった。最も知りたかった、気がかりだったことを
先んじて訴えられたプロデューサーの声が、掠れるように萎む。ともすれば、さっきのエントランス周辺にも少しは届いていたのではと
思わせる声量を発した当の千早は、真っ直ぐに律子を視線で射抜きながらも、プロデューサーのスーツの裾を握りしめて小刻みに肩を震わせていた。
――そんな二人のただならぬ様子を見て、しばし呆気に取られたように目を瞬かせていた律子は、
やがて頭を片手でかきむしりながら、一言こう発した。
「・・・・・・担がれた訳ね、二人とも」
嫌な想像ばかりがリアルに頭を過ぎっていた。集中治療室に運び込まれたか、もしくは定期的かつ不吉なメロディを
奏でる心電図の傍で痛々しい程の数のチューブに繋がれながら、ベッドに横たわっているか。
しかし一足先に着いていた律子の落ち着き払った態度のみならず、廊下でかち合った親御さんからの実に朗らかな
『ご迷惑をおかけして・・・』という言葉が来た日には、流石に引いていた血の気も冷静さも戻ってくる訳で。
131:TOWもどきim@s異聞~第一章~ 春香編 9
11/11/27 10:15:22.67 Rs8QCI25
そして、案内された病室で実際の有様を目の当たりにした時、二人は途端に脱力感でヘナヘナとくずれ落ちた。
布団の下から、ゆるやかに上下する胸部と、ふにゃふにゃと唇を変に波打たせて、時折「うへへへ・・・・・・」と
妙なにやけ面を披露して寝返りを打っている姿。
尋ねるまでもなく、彼らの想像していたような惨事になど至ってはいなかった。
途端、ジワジワとこみ上げてくるさっきまで自分達が晒していた醜態への羞恥に悶えていると、枕元に立っていた『元凶』から
呆れたような声が投げかけられた。
「・・・・・・ちょっと、あんた達何よその格好?身体位拭きなさいよね」
――おい伊織さん、あんたさっきまでしゃくりあげるみたいな鼻声で『春香が・・・・・・春香が車に・・・・・・っ』とか言っとらんかったか?
恨みがましい視線を向けてくる彼の、そんな内心に気づいたのかまでは定かではないが、伊織は先手を打つようなタイミングで、
「春香が車に『風で飛ばされた傘を潰されて、回収しようと走ったらコケてガードレールに頭ぶつけて気絶した』から
病院に運ばれたって言おうとしてたのよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・それで、改めて聞きますけど・・・・・・春香の容態は?」
平静を装いながらも、やはり若干怒りや羞恥を滲ませた千早が、低い声音で問うてくる。
心なしか、周囲の空気にもビリビリとした電流めいた剣呑さが漂ってくるようだった。
伊織と同じく春香に付き添っていた小鳥が、そんな彼女の様子に若干冷や汗を掻きながら、
「ぶつけたのが頭だって聞いたので一時は肝を冷やしましたけど、脳検査も異常はないそうです。結構寝入っちゃってますけど・・・・・・
先生の見立てだと軽い睡眠不足によるところが大きいだろう、と話してたので、心配はいりませんよ」
――今度こそ、プロデューサーと千早。両者の肩から力が抜けていった。
「・・・・・・伊織、頼むからこういう悪ふざけはやめてくれないか?」
「悪ふざけのつもりはないわよ。・・・・・・あ、それと千早」
伊織はスタスタと未だ険しい顔を向ける千早の視線を物ともせずに近寄っていくと、ズイッ、と一つのビニール袋を差し出した。
「これ、鉢は割れちゃってるけどあんた宛のカードが添えてあったから。貰っておけば?」
吐息にも似た「え」、という間の抜けた響きが、ほんの少し耳朶に触れたような気がした。
今更確かめようもなかったが、とりあえず千早はその張りつめていた雰囲気を若干緩和させたような――或いは伊織の言葉に面食らったような感じで、
ズイッと差し出されたビニール袋を受け取った。
横合いから覗き込む。土台となる鉢は少し割れてしまったが、誰もが知っている『千早の色』が凛然と咲いていた。
「値札見てみるけど、結構自腹切ったみたいだし。・・・・・・ここいらで許してあげたら?」
さり気なさを装いつつも、後半で若干調子を窺うように上がったトーンで、ちょっとピンと来た。
こちらとは違い、まだ喧嘩の詳しい経緯を知らない伊織のことだ。春香視点での情報だけを頼りに推測してみて、意志の固いというか
頑迷なところのある千早に、かなり乱暴ではあるが軽く発破をかける意味でああいった言い方をしたのだろう。
千早の方も、担がれたことへの怒りはどこへやら、少しばかり戸惑ったような顔つきで花びらに触れている。
一応病室に『鉢植え』は、と余計な茶々を入れそうにもなったが、贈る相手が患者でないならばノーカンということに
してもいいだろう、と呑み込んでおくことにした。
「・・・・・・春香のフォローのつもりなのか知らないけど、水瀬さん。・・・・・・次からはもう少しやり方を選んでもらえないかしら」
疲労しきってはいるが、呟く言葉にさっきまでの険や緊迫感はなかった。
「ほ、ホントだぞ伊織。・・・・・・ていうか、電話の時ホントに鼻づまりしてるみたいな声だったけど、風邪でも引いてるのか?」
「あ、それはですね。・・・・・・反対したんですけど臨場感を出したいから、ということで私が黒胡椒を」
「そこ、余計なこと言わないっ!」
――さっきまでの、それまでの全部が失われそうな、形のない危機感や焦燥に怯える空気は微塵もなくなっていた。
そうなれば、場所が病院でも一気に『いつもの765プロ』へと早変わりする。
「交通事故」というキーワードをダシに使われたにも等しい千早は、とりあえずもうそんなに引きずった様子はない。
そんな姿を見て、それまで勝手にドギマギしていた気持ちが、またも勝手にホッと収束する。
幼い頃に彼女やその家族を見舞った悲劇について、事務所内で知っているのが自分だけである分仕方ないのだろうけど。
132:TOWもどきim@s異聞~第一章~ 春香編 10
11/11/27 10:22:23.93 Rs8QCI25
「たまたま個室が空いてて助かりましたよ、大部屋に運び込まれてたらややこしくなるところでした」
それまで入り口にもたれ掛かり、事の成り行きを見守っていた律子が、やや疲れたように初めて話に加わってきた。
「大したことないとはいっても、明日からの仕事とかはしばらくキャンセルしないといけませんから。春香の親御さんは
もう承知してくれてますけど、関係各位への謝罪と挨拶周り、よろしくお願いしますよ、プロデューサー?」
まあ私も手伝いますけど、とポンと肩を叩かれながら、ウッと喉の奥が詰まったような感触を覚えたのは無理からぬこと。
頭の中に詰め込まれていた春香の今後のスケジュールには、結構大口の仕事も残っていた覚えがあるだけに、頭が痛くなりそうだ。
見下ろす当の本人の、こちらの苦悩など知る由もなさそうな無垢で呑気な寝顔を、ちょっとばかりつねってやる。
そんな酔狂滅多にしない。けど触った瞬間、いつもの平凡で安らかな世界がようやく、自分の中で取り戻された気がした。
(――どんな夢見てるんだか)
病室の外から、バタバタと賑やかな足音が迫ってくる。大方知らせを聞いた他の事務所メンバーが駆けつけてきているのかも知れない。
・・・・・・騒ぎすぎて看護師に叩き出される前に、しっかり言い含めておいた方がいいかと、とりあえず顔とネクタイだけは引き締めながら
病室の入り口へと向き直った。
浮上出来ない。何かの底に自分がわだかまって、縫い止められているように。
見える世界は本当に真っ暗で、風情もへったくれもなく子供が絵の具で塗りたくったような乱雑な黒さは、
逆に春香に冷静さを取り戻させた。
手足をどれだけ動かしてみても、ぶつかるものは何もない。ただ、身体を起こしたその瞬間、妙に重たい荷物がぶら下がっているような感触はした。
水の中を静かに溺れている、という方が一番しっくりくるだろうか。
(カナヅチって訳じゃなかった筈なのになぁ)
呑気な呟きを発した傍で、でも人間の身体は主に体脂肪によって浮き上がるというから沈んでいるというのは
ちょっと喜ばしいのかも、とか考える。
けれど、そんな怖くもない黒の世界に変化が訪れるのにそう時間はかからなかった。
鼻先を、何だか湿ったような土と、濃密だが澄み切った草の香りが満たしていく。
最初は、ともすれば気のせいかとも思う位のささやかなものだった。けれど、一端聴覚に飛び込んで春香の脳を刺激したその音――
いや『声』を、自分が聞き逃す筈もない。
でも、一瞬信じられなかった。
確かにそれは、脳裏に思い描いた人物の持つそれだと本能が訴えかけている。
日常の他愛ない歓談の時には少し静かで頑な部分もあり、でも一度歌えば喜怒哀楽の全てを美しく奏で、聞く者の心を等しく響かせる。
でも、春香は未だかつて聞いたことがない。
彼女のこんな歌い方を、レッスンでもコンサートでも聞いたことがない。
――何で。
――そんな泣きそうな声で歌ってるの、■■ちゃん
遠くから降り注いでくる、覚えのない声、声、声。
それがきっかけとなったように、気づけば周りの『黒』はさながらガラスに亀裂が入ったみたいに剥がれ落ち、帯のような光が差し込んできた。
黒一色の世界に慣れきっていた視界にその光はいきなり受け入れるには眩しすぎて、反射的に腕で目を庇う。
同時に、それまで思うようにならなかった身体が嘘みたいに軽くなり、そして、軽くGすら感じさせる勢いでグングンと
突き抜けるように浮上、いや飛翔していく。上へ、上へと。
絶叫マシーン並みとは言わないけど、それまでの軽いまどろみも一気に覚めるようなスピードに、少しばかり背筋が震えた。
このまま突き進んだら、果たしてどこへ辿り着くんだろう。
たった一回きり。トクン、と胸を鼓動が揺らしたのは、恐怖かそれとも未知への好奇心だったのか。
やがてゆらり、と頭上の光へとかざした自分の掌の切っ先を。
軽く乾いた羽ばたきの音を響かせて、一羽の鳥が駆け抜けた。
濃霧が晴れたみたいにクリアになった意識の中で、最初に認識したのは自分の横たわっているしっとりとした草むらの感触だった。
光の中に遠くなっていく鳥の影に目を奪われていると、そっと口づけるように灰色の羽根が彼女の頬に舞い降りてくる。
(……あれ?)
電線と建物で狭まった窮屈な空と、無機質なビル群で構成されたコンクリート・ジャングルもそこにはなく、見渡せど見えるのは
目にも鮮やかな木々の群ればかり。
133:TOWもどきim@s異聞~第一章~ 春香編 11
11/11/27 10:25:06.55 Rs8QCI25
そして、むくりとた拍子に耳に飛び込んだしゃらんという金属音に気づいて首を下に向けた時、今度こそ春香は硬直した。
見慣れた自分の私服じゃない。
風船のように膨れ上がったパフスリーブが特徴の、踵まで丈の伸びたワンピース。胸元には、白く広がった襟と銀に輝く十字架のネックレス。
臑まで覆わんばかりの紅茶色のブーツ。
いわゆる『修道服』と呼ばれるそれは、やけに主張が激しい赤――自分のイメージ・カラーをしていうのも何だが――で
派手に染め上げられていた。
いよいよもって、今置かれている状況の現実感が薄れていくようだった。
(・・・・・・だってこんなダンスの時に転びそうな衣装、絶対に着な――)
「って痛っ!?」
後頭部が鈍い痛みを訴えて、春香はやや涙目になって患部を押さえる。
痛みがあるなら少なくとも夢や天国と称される場所ではないのかも知れない――と、見当違いな安堵感を抱いた時だった。
――それでは一時間後に再度召集をかける。各々の持ち場についた後は――
野太く朗々とした男性の声が、茂みの向こう側から響いていった。
え、と反射的に首を向けると、鮮やかな緑の空間の中では妙に目立つ、煤けた灰色の鎧の群れが行儀よく列を成して歩いていた。
「・・・・・・じ、時代劇の撮影かな?」
こんな時でも反射的にポジティブに解釈出来る楽観性は長所かも知れないが、しかし第三者がツッコむ間でもなく脳は「否」を告げていた。
並々ならぬ気迫を纏い、奥へ奥へと進んでいく兵達の様子を固唾を飲んで見守っていると――
それを一瞬、春香は見間違いかと思った。
だが、屈強な兵達の中では際立っている滑らかな黒髪と小柄で華奢な体躯。――そして、隣の兵に何事かを
注意されて体勢を変えた時に見えたその横顔を見た瞬間、春香の背筋に電流が走った。
「――ちはっ」
反射的に駆け出して草むらをかき分けた、その瞬間。
悲鳴を上げる暇さえない。目の前の現実を認識するのに、多少脳の回路が繋がらなかった。
自分の影を覆わんばかりの、ただただ巨大なそのシルエット。ただ、それを見た瞬間、春香の脳にはそれと相対している自分の姿に
象の足に踏みつけられる蟻のイメージを抱いた。
唐突に自分の前に立ちはだかり、その太い腕を振るうその様を呆然と――
「下がっててっ!」
その瞬間は実に鮮やかだった。
大した助走も踏み台もなく、恐らくは少女と思しき『誰か』の細い足は音も立てずに天高く跳躍し、春香の頭上で華麗な一回転を披露する。
春香がギョッと身を引いた時、次に過ぎったのはあらゆる意味で「有り得ない」光景だった。
長い長いオレンジのスカートから伸びた小さな足の踵が、ほの昏い森の影から身を乗り出していた巨大かつ茶色い『何か』の肩を、殆ど
陥没させるかの如き勢いで強襲したのだ。
「・・・・・・く、くくく・・・・・・クマッ!?」
それは幼き日、絵本やテディベアという媒体でのみ慣れ親しんできた「くまさん」への幻想を、動物園で粉々に打ち砕かれた時の衝撃にも似ていた。
丸太何本分を束ねたみたいに太く逞しい上半身と比較し、チョコンという擬音がつきそうな位の短足ぶりが際立った下半身は何ともバランス悪く映った。
眺めているだけでも実に痛そうな牙を覗かせた口は大きく裂け、前脚には鍬みたいに太く鋭い爪がギラリと物騒にきらめいている。
だが、そんな巨体も別段鍛えられてるようにも見えない少女の踵落としのみで、信じられないことに痛恨の一撃を喰らったようによろめいている。
苛立ち紛れに横薙ぎに振られた爪を、少女はバックステップで軽々とかわした。
その身代わりとなる形で、すぐ後ろにあった巨木が、その爪の餌食となって忽ちその太い幹にメキメキを空洞を作った。
「三散華っ!」
凛とした声と共に少女が放った、そこからの一連の攻撃はまさに演舞のようだった。
ブロック幣にでもぶつかれば忽ち壊れそうな華奢な拳や脚が繰り出す、ただ「殴る蹴る」だけの動作。全てを見切るには
あまりにも素早く、されど火花すら散っていそうな。
その一連のコンボがトドメの一撃となったのか、クマモドキはヨロヨロとふらつくような仕草を見せた後――その体躯を、
地響きと共に大地へと沈ませた。
134:TOWもどきim@s異聞~第一章~ 春香編 12
11/11/27 10:28:14.90 Rs8QCI25
目の前の少女は吐息と共に顎を伝う汗を手の甲で拭うと、素早く呆然と座り込んでいる春香の元へと駆け寄って、手を差し出した。
「怪我とか、してない?」
「え?・・・・・・あ、ハイ!」
パンパンとスカートの土埃を払って立ち上がる。深緑の木陰のような髪を木漏れ日にきらめかせたその少女からは、
先程雄々しくクマモドキ(仮称)と戦っていた時の気迫は感じられない。
「余計なお世話、だったかな?」
「いやいやそんな!あ、あの・・・・・・あなたこそ大丈夫なんですか?あんな大きい熊なんかと戦って・・・・・・」
「熊?・・・・・・ああ、エッグベアか。大丈夫だよ。私これでも、人より鍛えてるんだから」
・・・・・・エッグベア?と聞き慣れぬ単語に春香が疑問符を浮かべるよりも早く、そこで少女がズイッと顔を近寄らせ、少しだけ
窘めるような口調で言ってくる。
「でも、ロクな武器もないのに女の子一人で危ないよ?せめてボムとか・・・・・・って!」
彼女はそこで驚いたように声を張り上げると、グイッと春香の後頭部に顔を寄せる。
「うわ、すっごい腫れてるよ!?全然大丈夫じゃないでしょう、これ!」
「痛たたたっ!?・・・・・・あ、いやこれは襲われて出来た傷じゃなくて・・・・・・!」
「とにかくちょっとついて来て!私の村にいい先生がいるの!」
「え、ええ!?」
ほんの一瞬、さっきの行列を見た森の深奥を眺める。
でもそこには彼女どころか人っ子一人いる気配はなく、ただ鳥のさえずりが響き渡るのみ。
(・・・・・・とりあえず、着いていってみようかな)
『村』という時点で正直どんな僻地にいるのかと戦々恐々とした心地だったが、まずは人のいる所に行かなければ始まらない。
「え、ええとわかりました。お言葉に甘えてもいいですか?」
「敬語なんて使わなくてもいいよ、多分私達同い年位だと思うし。――あ」
ふと、少女はそこで思い出したように振り向くと、オレンジのスカートを翻して一回転。
その拍子に、風と一緒に太陽と藁のような、どこか安らかな香りが鼻をくすぐったような気がした。
「私はファラ、ファラ・エルステッドっていうんだ。あなたの名前は?」
135: ◆zQem3.9.vI
11/11/27 10:41:01.04 Rs8QCI25
投下完了。
結構な時間をかけて、結局話的には大して進んでないという…。
テイルズファンの方が板にどれ程いるかはさておいて、とりあえずアイドル達含めて
登場キャラをちゃんと描いていけたら、と思ってはおります。
136:創る名無しに見る名無し
11/12/02 12:05:24.98 UR4n5y9P
>>126
あの回を見る限りPと真への好意はどちらもどっこいどっこい、という感じですよね。
そして美希、両手に花と開き直って3人揃ってというのはどうでしょう(爆)
137:創る名無しに見る名無し
11/12/02 20:15:46.49 7jIq1baz
>>135
このスレ実は過疎るほど住人が少ないわけではないのですが、なにせ口を
開く奴がいないw
確かな筆力を感じ楽しく読ませていただいておりますものの、テイルズ知らないのと
続き物は途中で感想書きづらいのとでついつい読み専になっております。
ファンタジー部分はそんなわけでサッパリなのですが、現実パートはそれだけで
話の流れを追えるようにもなっており、おかげさまでどうにか付いて行っております。
引き続きの投下楽しみに待ってます。
138:メグレスP ◆gjBWM0nMpY
11/12/05 08:30:29.96 ZZyB0AND
あーテステス。ちょこっとした掌編投下します。
139:メグレスP ◆gjBWM0nMpY
11/12/05 08:32:01.70 ZZyB0AND
パソコンに向かって一人の男性が作業をしている。
よほど集中しているのか身じろぎもしない。
やがて一段楽したのか男性─天海春香のプロデューサーは大きな欠伸をした。
「ふぁ……」
「あら? 随分お疲れみたいですね」
「ああ小鳥さん。そうか……もうこんな時間か。ちょっと根を詰め過ぎたみたいです」
「仕事熱心なのは良いですけど、自分の体も気遣ってくださいね。春香ちゃん心配しますから」
「そうですね。すいませんがちょっと仮眠室使います」
数十分後。よたよたとおぼつかない足取りで春香が出勤して来る。
「おはよ~ございます……」
普段から三半規管の働きに疑問を持たれるというのに、
更に輪をかけてあやしげな動きに思わず如月千早のプロデューサーが声をかけた。
「どうした? 随分元気が無いようだが」
「最近スケジュールが詰まってて……ちょっと寝不足気味です」
「次の仕事まで少し時間がある。仮眠室で一眠りして来い」
「そ~させてもらいます……」
照明が落とされ暗闇となった仮眠室に入り、
皺にならないようブラウスを脱いで、インナーのタンクトップ一枚で布団の中に潜り込む。
何故だか布団の中は適度に暖められていたが、
眠気で朦朧とした春香の頭脳はその温もりの発生源など疑問に思う事も無く
その意識を手放した。
「あら? 今春香ちゃんの声が聞こえたような気がしたんだけど」
「春香なら寝不足っぽかったんで仮眠室に行かせましたが」
「仮眠室? だって今あそこには……まあいいか。なんだか面白くなりそうだし」
目覚まし代わりにセットした携帯のアラームが鳴っている。
(あー……起きなきゃ……)
何をするでもなく適当に動かした手が何かに触れる。
(あれ……?)
予想外の感触に意識が急速に覚醒する。
薄暗い闇に慣れた目が『それ』を認識する。
ほんの数cm先、息がかかる程の距離にプロデューサーの顔があった。
既に目は開かれ、こちらが起きたのを確認したのかいつも通りの優しげな微笑を浮かべて
「やあ。おはよう春香」
なんて気楽に挨拶をしてくるが、春香本人はそれどころではない。
(えーとここにプロデューサーさんがいるって事はつまり今の今まで一緒の布団で寝てたわけで
なんだか新婚さんみたいないやいや違う違う今考えなきゃいけないのは
向こうが先に目を覚ましてるって事でそれはつまりバッチリ私の寝顔も見られた訳で
私はプロデューサーさんの寝顔なんか見た事無いのになんだか不公平だと思うんだけど
じゃなくて私今結構薄着なんだけどっていうかああもうどうしたらああああああ)
「………………だ」
「だ?」
「だぎぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」
「あーこーなるのねー」
「しかし春香の奴、アイドルなんだからもう少し可愛げのある声を出しゃあいいのに」
「お二人とも言いたい事はそれだけですか」
9393しながら千早も出社してきた。
765プロは今日も平和である。
140:創る名無しに見る名無し
11/12/05 08:34:34.05 ZZyB0AND
以上投下終了。
つらつらと。
今更ですが>>113は私でした。もうちょっと雑談増えてほしいなーとか思ったので。
>>117 返す言葉もございません。
ちなみに自分が想定してたPのモデルは、スパロボのゼンガーとか血界戦線のクラウスとかその辺。
なんだけどストーリーというか雰囲気はフォークソングって一昔前のエロゲの道成&歩編だったり。
不器用同士って良いよね。
>>126 勘違い失礼しました。やっぱり早とちりはいかんなぁ……。
>>135 中々感想書けずに申し訳ありません。
文章の読みやすさ、丁寧さもあり楽しみにしています。
新しく登場するキャラが一気に増えないのでかえってキャラの特徴が覚えやすくて楽ですね。
それではこれにて失礼。
141:レシP ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:31:25.32 OdfZIloo
ごぶさたしておりますレシPです。まだ生きてます。
また長い奴書いたんで投下しにまいりました。
タイトルは『祓魔の聖戦<Evildream crusaders>』
……ひょっとしたら、と思ったあなた。このスレど頭の『赫い契印<Signature blood>』の続編です。
・前作の少しあとのお話
・貴音と伊織がメインキャラ、雪歩も出てきますが今回はバイプレイヤー
・SPベースの世界観、伊織と雪歩は765プロ、貴音は961プロに所属
本文……16レスになってしまいました。まいります。
142:祓魔の聖戦(1/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:31:59.72 OdfZIloo
「雪歩の様子が変なのよ」
テーブルの向こう側で、伊織は腕組みをして言った。
「萩原雪歩の様子が変?はて」
こちら側で小首を傾げてみせるのは貴音である。
「なにか病にでも?」
「まー病気って言えば病気よね。貴音、あんたはなにか気づかなかった?」
「そうですね、特には」
昼下がりの応接室には、彼女たちしかいない。961プロに所属している四条貴音が
765プロに来ているのは、先ほどまで一緒だったスタジオから水瀬伊織が彼女を
事務所に連れ込んだからである。
収録が終わった後、萩原雪歩のことで相談があると持ちかけた伊織は、なにやら
不可思議な表情をしていた。雪歩になにか心配事でもと心を捕らえられ伊織に
ついて来たのであるが、ソファに座ってオレンジジュースを勧められるが早いかの
質問であった。
「あの子がおかしくなったの、あんたとの共演が続いた頃からなのよね。ほら、
吸血鬼ドラマとinfernoの」
「ああ、あの時……なるほど、それならば」
心当たりがないではない、と貴音は応じた。ドラマの最終日に送っていったこと、
翌日の歌番組でひと騒ぎあったこと、動揺していたらしい彼女を貴音が叱咤激励
したこと。
「少し不安定になっていたようなので、些か強い言葉を用いました」
「強い言葉?」
「そうですね……彼女に奮起するよう促すと言うより……わたくしのために力を振るえと
命ずる調子で」
貴音が言うことは伊織にも察しがついたようだ。あくまで時と場合によるが、人には
優しいなだめ言葉より威圧をもっての命令の方が効果的なことがある。
「どんな感じで話したか教えてもらえるかしら」
「そうですね……『汝は我に導かれし者。萩原雪歩、我とともに来よ』、このような
言い回しでした」
「あはは、さすがの貫禄ね。私までゾクゾク来ちゃいそう」
面白そうに笑い、伊織は身を乗り出した。
「たぶんそれだわ。貴音、あんたドラマでは吸血鬼の親玉だったわよね」
「ええ。そして萩原雪歩はわたくしに血を吸われた犠牲者」
「その親玉から、ドラマ現場以外の場所でも『私はあなたのマスター』とか言われたら、
あの子はどうなっちゃうかしら?」
「どう、と言われても。普通は以前の仕事に絡めた冗談口くらいに思うのでは?」
「普通、ならね」
「萩原雪歩が普通ではないと?」
「あんたから見りゃ大概の人は普通の範囲内でしょうよね、そりゃ」
伊織は貴音を見つめたまま、何事か思案しているようだ。悲しみや不安感のような
雰囲気はほとんど感じなかった。むしろこのやりとりを面白がっている様子であり、
相談事というのも悪い内容ではなさそうなのが救いと言えば救いだが、貴音にして
みれば雪歩の事情が掴めずもどかしい。
「水瀬伊織。勿体をつけるものではありません。萩原雪歩になにがあったというの
ですか?」
「もったいぶってるんじゃなくて、あんたにどう説明すればいいか悩んでるのよ」
「かように重大な?」
「人によってはね。貴音、あんたは『中二病』って聞いたこと、ある?」
チュウニビョウ。その言葉とここまでの会話からすると、それが雪歩に関係のある
病名なのだろう。だが貴音にはそれがどのようなものか見当がつかない。しばし首を
捻り、やがて最近その単語を聞いたことがあると思い出した。
「詳しくは存じませんが……いつだったか仕事帰りの車中で、ラジオ番組の司会者が
そんな話題を」
「内容は憶えてる?」
「待ってください、確か……そう、番組にメールを送った方のご友人が、野球のボールが
頭に当たって以来」
143:祓魔の聖戦(2/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:32:40.10 OdfZIloo
「ふんふん」
「クラスメートの中に数名、宇宙人が紛れ込んでいるのが見分けられるようになったとか」
「それを聞いて、貴音はどう感じたかしら?」
「珍しい経験をする方もいるものだと」
「はあぁ」
伊織の表情がみるみる渋くなる。
「あのね貴音、それが中二病よ」
「……宇宙人を見抜くようになる病気なのですか?」
「だからあんたに説明するのがホネなのよ」
伊織の説明によると、中二病とは『自分が荒唐無稽な作り話の主人公だと思いこんで
しまう病気』なのだという。悪霊や妖怪など実在しないとされているものが見える、魔法や
科学で説明できない能力を持っていると思い込む、おとぎ話や空想の世界、歴史上の
人物の生まれ変わりを信じる、などなど。
「手に負えないのはその大部分に自覚があるってことよね。ようは『普通じゃない自分』に
陶酔してるのよ」
「自覚があるのならかまわないのでは?」
「TPOを自分に都合よく解釈するから面倒なの、当人じゃなくって主に周りが!」
「はあ」
伊織はソファに腰掛け直し、ため息をついた。
「うちのクラスにも一人いるのよね、ワイシャツで隠れてるけど左腕に包帯ぐるぐる巻きに
してるヤツ」
「なにかお怪我でも?」
「独り言を聞いたわ。『暗黒龍の逆鱗』っていうのを使役してるらしいの」
「それは難儀なことです」
聞くだに禍々しい存在である。貴音はそのクラスメートに同情した。しかし、伊織からは
方向違いの制止を受けただけであった。
「……今から全部説明するから、終わるまでちょっとだけ口を挟まないでちょうだい。
いいわね?」
かくして、その後30分。
伊織の講義を受けてようやく、貴音にも合点が行った。萩原雪歩は、少々厄介な
思い込みを背負ってしまったのだ。彼女は自分が貴音に血を吸われ、吸血鬼・貴音の
支配下に置かれていると考えているのだ。
「それでわたくしをマスターと」
「ドラマでもそうだったわね。雪歩は最後まで抵抗していたけど、あんたに血を吸われた
登場人物はあんたをマスターと呼んでいた」
「たしかに」
「もう少ししたら雪歩が帰ってくるわよ。試しに『三遍回ってワンと言え』って命令して
みたら?」
「冗談を。本人もある程度わきまえていると言ったではありませんか」
「まあ、これは冗談。でも、あんたの言うことなら大概は聞いちゃうわ、きっと」
貴音は少し考えてみた。深く推量すれば、雪歩は誰かに指図されることを無意識下に
望んでいたということになるのだろう。ただ、一人ひとりが目的を持って活動している
芸能界で、それは種々の困りごとを生み出すに違いない。
「……少々懸念を感じます。わたくしはこれから、萩原雪歩と同じ仕事をする際には
世間話ができなくなりそうではありませんか」
「そうね、『お手柔らかに』なんて言ったら雪歩は収録で手を抜くに違いないわ。『あの
共演者が苦手で』とかいう話になったらあの子、その人を妨害にかかるかも。意識的で
はないかも知れないけどね」
「わたくしの言葉を彼女に都合よく受け取るのですね?」
「番組でもオーディションでも、特定の相手に手心を加えるタレントは芸能界的には
長生きできないわね」
「それは困ります!」
貴音は立ち上がった。
144:祓魔の聖戦(3/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:33:17.49 OdfZIloo
「せっかく知り合えて、互いに尊敬できる部分を見つけ、正々堂々と戦おうと思えた
相手です。萩原雪歩にそのような道を歩ませるわけにはまいりません」
「そうね。同じ事務所だけど、私も雪歩にはそう思ってるのよ」
伊織は貴音に着席を促し、にこりと笑った。
「意見が合ってよかったわ。私はあの子の目を覚ましてあげたいんだけど、あんたは
どうかしら?」
「是非もありません。わたくしになにか落ち度があったというなら、一肌でも二肌でも
脱ぎましょう」
「その言葉を待ってたのよ。あんたにして欲しいことがあったから。あのね─」
伊織が身を乗り出したときである。事務所のドアが開く音が聞こえた。
「お疲れさまでしたぁ」
「─あら。貴音、あとはメールでね」
聞こえてきたのは雪歩の声であった。眉を軽く上げ、声をひそめて伊織が告げる
その直後、入室してきた雪歩は応接ブースの二人に気づいたようである。
「あれ、誰かいらして……えっ、マス、し、四条さんっ?」
「あーあ、邪魔が入っちゃったわね!」
貴音が雪歩に挨拶しようとするのを遮って、伊織が大声を上げた。立ち上がった
貴音の首元に人差し指を突き付けて言い放つ。
「水瀬伊織?」
「貴音、今日のところは見逃してあげる。だけど次はないわよ、肝に命じておくことね」
「い、伊織ちゃん?」
「お疲れさま雪歩。悪いんだけど四条さんがお帰りだそうだから、お見送りしておいてね」
そのまま席を立つと応接室を出ていこうとする。
「お待ちなさい、水瀬─」
「来週」
「─?」
「来週、あんたと共演があるのよね。そこで決着をつけてあげる。首を洗って待って
いることね、あははは」
言うだけ言って、伊織は事務室を出て行ってしまった。残されたのは貴音と雪歩
だけである。
「……四条さん」
「水瀬伊織。何を……」
貴音はここまでの伊織の言動を斟酌してみた。雪歩が入室してきたときの彼女の
表情を思い返してみた。
「四条さん?伊織ちゃん、なにかあったんですか?」
「……いえ」
雪歩が問いかける頃には、自分なりの方針を決めた。伊織の策略に乗ることにしよう。
「邪魔をしました、萩原雪歩」
「あ、いえ。あの四条さん、わたしそこまでお見送りを……」
「必要ありません」
なにしろ、あの顔だ。雪歩の死角で自分に見せた伊織の表情は。
「まだ宵闇には程遠い。我らが群れて歩くには些か日が高すぎましょう」
「あ……はい」
とっさに、先のドラマのセリフを引用した。雪歩が従うのを、なるほどこれかと得心
する。
一人で765プロダクションを出て、自分の所属事務所へ向かう。よもやと思ったが
充分な距離を取って、胸元から紙片を取り出した。先ほど伊織に指を突きつけ
られた際に、密かに差し入れられていたものだ。
「これは……メールアドレス、ですね」
伊織もあの時、そんなことを言っていた。おそらく雪歩に知られぬように打ち合わせ
を目論んででもいるのだろう。
145:祓魔の聖戦(4/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:33:55.23 OdfZIloo
なにしろ、別れ際の伊織の表情は、これからとても楽しいことをするのだとでも
言いたげに、期待と高揚に照り輝いていたのである。
****
『決着』を約した収録までは瞬く間に時が過ぎてしまった。貴音とて暇を持て余して
いるわけではなく、それは伊織の事情も同様だったろう。彼女の指示通り、着信も
送信もその都度削除するという手間のかかったメールでの相談も結局数回しか
機会がなく、わかったことといえば「とにかく都度指示を出すのでそのとおりに動け」と
言われたことぐらいである。貴音なりにも考えてみたがそれが何を示すかわからず、
最後に見た伊織の笑顔が貴音をかつぐつもりではなかったという予感を信じるばかり
であった。
かくしてその番組収録は特段の異変もないままに終演を迎え、歌のゲストで
呼ばれた貴音、コーナーゲストの伊織は収録現場では顔を合わせることなく
ディレクターがクランクアップを告げた。
「水瀬伊織」
「あら貴音、お疲れ様」
先に着替えた貴音が控え室から出てくる伊織を呼び止めたのは、それからほどなく
してのことである。
「見事な手並みでした。これならよい番組になるでしょう」
「そちらこそ。あんたんとこはずいぶん慌てて新曲を出すのね、うちの倍のペース
じゃない?」
「わたくしには呑気に芸能活動をおこなうつもりもいとまもないのです。王たる者、
下々とは格が違うということです」
「粗製濫造を事務所の腕力で売りさばく王様ね」
「負け惜しみとは地に落ちたものですね」
「正攻法でやってるだけよ、あんたんとこと違って」
「961プロが邪道を行なっていると?」
「そうは言ってないわよ」
伊織は貴音を睨みつけた。
「ファンの首筋に歯形をつけるのが邪道じゃないと言うなら、ね?」
「……お主」
貴音は低い声で言い、動きを止めた。……恐らく近くで固唾を飲んでいる雪歩に、
自分が怒っていると悟らせるために。
貴音の控え室、化粧ポーチの裏蓋に貼ってあったメッセージには伊織の筆跡で『私の
部屋に来て私とケンカなさい』とだけ書いてあった。例の収録以来、人が変わったように
頻繁にメールをやりとりするようになった雪歩からは彼女が今日はオフであることを
聞いており、今回の『計画』の流れから言っても主賓の彼女を輪に入れねば意味が
ない。先週の事務所での諍い以来、雪歩は貴音と伊織との間に何らかの確執を
感じているはずであるし、恐らく伊織は本日この場に、彼女が来ているのを承知
しているのだろう。
自分と喧嘩をしろ、というのが伊織の注文だったが、それは今ここで取っ組み合いを
しろという意味ではあり得ない。なにか、彼女なりの舞台を用意しているはずだ。
そこで、こう訊ねた。
「何を知っている?」
「あんたが知らないで欲しいと思ってることを」
打てば響くように切り返した表情は得意げで、それは伊織の満足のしるしであろう。
「そうか。では、忘れてもらおうか?」
「まあ待ちなさい。場所が悪いでしょ?」
以前演じた吸血鬼はここまで性急ではなかったが、及第点は取れているようだ。
「あと30分で、D7スタジオの撤収が終わるわ。あそこは明日も朝から続きを撮影する
からほとんどそのままになってるし、防音もしっかりしててお誂え向きよね。そこで
待ってる」
D7スタジオは子供向けのヒーローものを専門に撮影するスタジオだ。ドラマ部分では
なく屋内の戦闘シーンを撮影するため、巨大な倉庫様の造りになっており、本番の
際には弾着や爆発でたいそう賑わう現場である。子供番組というものはファン層拡大
には非常に効率的で、貴音もデビュー間もない頃そのスタジオでゲストを務めていた。
146:祓魔の聖戦(5/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:34:43.22 OdfZIloo
返事も待たずきびすを返す伊織の背中を睨みつけてみせつつ、貴音はようやく全貌が
見えてきた今回の『プロジェクト』に、一種言い知れぬ高揚感を芽生えさせていた。
****
萩原雪歩は、当然ではあるが忍び歩きに慣れていない。D7スタジオへの通路を
移動する間に、貴音は彼女が物陰に潜みながら後をついてくるのを確認した。
「萩原雪歩」
「はっ、はいっ」
立ち止まり、振り向きもせず呼びかければあっさりと姿を見せる。あるいは、
呼ばれるのを待っていたのかも知れない。
「本日はオフのはずのあなたが、なぜここにいるのです?」
「す、すみません。わたし、なにか胸騒ぎがして」
「……水瀬伊織のことですね」
「はい……この間、四条さんと伊織ちゃんのやり取りを聞いてしまって。メールでは
教えていただけませんでしたし、わたしなんだか不安で」
雪歩とやりとりしていたメールの中で、彼女は貴音と伊織の仲をそれとなく気に
していた。はっきりと訊ねられれば違ったかもしれないが、その内情を探られるのは
不都合だったため、あえてその話題をすりかえて会話していた。
「心配には及びません。もとより水瀬伊織とわたくしは敵同士」
「それはそうですけど」
「765プロダクションと961プロダクションは昔から因縁浅からぬ関係であると聞いて
います。何度か共演や競争を経て、わたくし自身も水瀬伊織に対しては思うところが
あります」
これは、今回の件とは無関係に貴音自身が感じていることだった。
デビュー時期が違っていたことや年齢差、彼女の立ち居振る舞いなどを遠目で
見ているうちは、本心を言えば水瀬伊織を見下していた。現在までの間にいくつかの
オーディションでひやりとさせられ、番組収録後に会話の機会を得て、彼女への
認識を改めたのはごく最近のことである。
もともと『765プロダクションは最低最悪の事務所だ』と主張していた黒井社長の
言葉を否定する材料も持ち合わせていなかったため、大会社を率いる人物が
ああまで感情的になる種を心に植え付けた事務所や社長にも非はあるのだろうと
うっすらと考えていた。
貴音がその考えを変えるきっかけとなった人物が水瀬伊織であり、そしていま
目の前に立っている萩原雪歩なのだ。
「わたくしも彼女とは腰を据えて話をしたいと思っていたのです。今日はその考えを
質す好機、心ゆくまで語り合うとしましょう」
「はわわ、それって言葉での語り合いのような気がしないですぅ!」
雪歩にしてみれば『マスター』への精一杯の反駁なのだろう。自身の言葉が思惑
通りに伝わったことに、貴音は密かに満足を覚えた。
ゆっくりと彼女に歩み寄り、さらにゆっくりと顔を近づける。
「雪歩、可愛いしもべ」
「……あ」
「汝は心配せずともよい。遠き時代より交わりし互いの縁を、いま一度見定める
だけです」
「は、はい」
その頬に右手を滑らせ、微笑みを浮かべてみせる。妖艶と言われるような表情に
なっているか不安だったが、雪歩の顔に陶酔の兆しを認めて満足した。
このまま強引に唇を奪っても雪歩は貴音を受け入れそうだが、筋を外れてしまう。
ほんの少し残念に思いながら、こう告げた。
「共に参りましょう。ただし手出しは無用です」
「……はいっ」
おぼろげに見えてきた伊織の計画とは、少々違った行動になりそうだと思った。
147:祓魔の聖戦(6/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:35:20.32 OdfZIloo
だが、水瀬伊織ならこの程度の路線変更は対処できようし、そうでなければ……貴音が
認めた甲斐がないというものだ。
****
「遅かったわね、貴音」
「失敬。連れの者がおりました故」
「……雪歩」
巨大倉庫の中心に立ち、大仰な態度で話し始めた伊織の顔色が、貴音の背後から
姿を現した雪歩を見て変化する。その表情から貴音が読み取ったのは焦りより
感心であり、伊織の用意したシナリオに貴音が朱を入れるであろうことは案の定、
予測済みであったようだと知れた。
「い、伊織ちゃん」
自分の出番とわかったのだろう、雪歩が声を張り上げた。
「これ、いったい何なの?伊織ちゃんと四条さんの間に、なにかあったの?」
「雪歩、危ないわ、ちょっとどいていて」
「伊織ちゃん、こんなスタジオ危ないよ?なにかお話があるなら、どこか別の場所で」
貴音としては、雪歩がスタジオまで隠れてついてきてしまうと伊織が会話のしどころを
失うのではないかと考えてのことだった。雪歩を同じ『舞台』へ上げることはこの先に
支障なかろうし、これで彼女は正式に観覧者の地位を得たことになる。
貴音は声をかけた。
「萩原雪歩」
「四条さん」
「心配は無用です。お下がりなさい」
「でもっ」
「雪歩」
「……はい」
ほんの少し語気を強めると、しぶしぶながら従う。次は伊織の手番の筈だ。
「水瀬伊織。先ほどの続きです。お主はわたくしの何を知っているのだ」
「あーら、言葉が乱れておいでよ?四条貴音さん」
「相手の程度に合わせているだけです」
「それはわざわざ手間かけさせたわね」
「はぐらかすならそれでもよかろう。お主の口を今宵限り閉じさせればよいだけのこと」
「へえ、どうやって?私の血は安くないわよ!」
来た、と貴音は思った。まなじりを上げ、対峙する相手を睨みつける。
「なに?」
「昼間はトップランクの人気アイドル、見た目の美しさと独特な雰囲気で見る者を
惑わす。でもその実態は夜の闇に紛れてなにも知らない人間の生き血をすすり、
従順な下僕と化しておのが欲望のままに跳梁跋扈する吸血鬼。それがあんたの
正体よ!」
「ふん」
予想の範囲内で助かった、と不敵な笑みの裏側で貴音は思った。きっかけが
貴音の吸血鬼なら、その幕引きもそうなるはずだ。これは、雪歩の中二病を
治療するための大掛かりなセレモニーなのだから。
伊織と別れてからの一週間、貴音も彼女なりに研究をし、理解できたことがある。
中二病は、『治る』ものではなく、『卒業する』ものなのだ。
「そこまで知っていながら、なぜ我らの邪魔をする?所詮人の身ではかなわぬと
解ろうものを」
「忘れたの?その人の力で永いこと寝てたくせに」
伊織の口上は、要するに芝居のト書きだった。筋立ての詳細を知らない貴音に、
大仰なセリフ回しで互いの役回りを解説するためのものだ。
「下らぬ。お主等の世話に少し飽いただけだというのに」
「一休みに300年もかけてたから、あんたの大事なしもべは空腹で死んじゃった
じゃない」
貴音演じる吸血鬼はつまり、300年前に人間と戦い、最近まで雌伏していたようだ。
なにかがきっかけになって目を覚まし、この時代の人間を意のままに操るべく夜な夜な
血を吸って歩いているのだ。
「かまわぬのだ。人はいつの時代にもたんとおるのでな」
「そして人のいるところには、必ず私たちがいる」
148:祓魔の聖戦(7/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:35:53.09 OdfZIloo
じり、と伊織が身構えたのがわかった。これは以前出演した特撮番組の殺陣の
きっかけと同じで、つまりはこういうことだ。
……アクションシーンの始まり。
「お主等はいつもそう言う」
言いながら、貴音も腰を落として右手の─固唾を呑んで見守る雪歩から死角に
なった方の─ポケットに手を入れる。この中に『スタート用』と書かれたスイッチを
説明書と共に発見したのはさっきのことだ。
「今も、300年前も、その前も。いちいち我等を煩わせる、お主等は何者なのだ」
「あら?興味ないんじゃなかったの?」
「我ではなく、我が同胞が欲しておるのだ。お主等を未来永劫……」
空いた左手で真っ直ぐ伊織を指差し、ポケットのスイッチを準備して……叫んだ。
「晒し者にするためになあッ!」
押すと同時に、爆発音。
「きゃあああっ!」
貴音の視界の端で、雪歩が叫び声をあげた。
飛び散る地面ともうもうたる土煙。爆煙は褐色の竜巻となって、伊織の立っていた
場所を天井まで覆い尽くした。
小さな電子機器はその瞬間、伊織の足元に仕掛けられていた火薬を破裂させた
らしい。その規模の大きさに貴音は、一瞬『敵』の安否を気遣ったほどである。
ただ、貴音の予想している筋書きでは当然これでおしまいの筈はない。当たり前だ、
相手は『正義の味方』なのだから。
耳鳴りがおさまる頃を見計らって、強めの声音でつぶやく。
「ふ、他愛もない」
「それはどうかしら?」
「なに?」
案の定答えがあった。声の主が見あたらず、とりあえず上だろうと視線を天井
あたりに流す。
「『闇を照らすは気高き光』」
「どこだ!」
「『魔を征するは聖なる刃』」
「し……四条さんっ」
雪歩が声を上げるのと同時、貴音も見つけた。積み上がったコンテナ様のセットの
屋上に人影がある。
「そこか」
「『闇より這い出る魔の眷族を、光の刃で清めて祓う』」
人影はさらに一歩、セットから身を乗り出した。ちょうどそこはスタジオ内のスポット
ライトが集束しており、変身─衣装の早変わり─を終えた伊織をひときわ
鮮やかに浮かび上がらせた。
「『太陽の女神の戦巫女!スウィート・エンジェリオン、ここに参上っ!』」
「……おのれ」
口上の終わりしなに漏れたのは、台詞ではない。貴音の心からの一言だった。
あの服装は以前、雪歩からデザインを見せてもらったことがある。765プロダクションの、
来シーズン用の未発表の衣装をベースとしたものだ。
真っ白な上下セパレーツにコーラルピンクの縁取り。ノースリーブの羽根のような
肩口から伸びる腕は健康的な白さを際立たせ、ひらりと広がるスカートから覗く
膝小僧もそれは同様だ。胸元には大きなラップキャンディ型のリボン、背中に負って
いるのはクリスマスを思わせるスティックキャンディをかたどったアクセサリーで、
これからの立ち回りを思えば打撃武器にもお誂えである。
その衣装をまとった伊織の姿は確かに美しく、可憐で、それでいて力強さを合わせ
持ったまさに太陽の天使と呼ぶに相応しい見目であり、彼女の登場を目の当たりに
した貴音はつい言葉を失ってしまったのである。
アイドルとしてはクールビューティーを前面に押し出してはいるが貴音とて一人の
乙女、かわいらしいものにはつい惹かれてしまう。自分に似合うかどうかではなく、
あのようなキュートな衣装を着ている伊織を……貴音が本心から羨んでの嘆息だった。
それが伝わったのかも知れない。満足げに微笑む伊織の表情はいかにも生き生きと
して、まさに主役の佇まい。翻ればこちらは……悪役とはいえあのような、はしたない。
149:祓魔の聖戦(8/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:36:34.70 OdfZIloo
よろしい、と貴音は思った。この上は憎まれ役を、見事に引き受けて見せましょう。
「エンジェリオン、か」
「違うわ、スウィート・エンジェリオンよ」
きっと自分で考えたのだろう。伊織はこの魔法少女の名が気に入っているようだ。
「些細なことだ、墓碑に刻む文字数を省いてやろうと言うのに」
「要らないお世話ね。そのお墓に名前を刻まれるのは……」
伊織が両手を上げた。今度は向こうの攻撃だ。……しかし、貴音はどこにいれば
よいのだ?おそらく足元のどこかに火薬が仕掛けてあり、先ほどの伊織と同じように
身を隠せばよい筈だ。
そして伊織は、背中の巨大キャンディを取り上げて体の前に構えた。……飛び道具
だったのか?
「あんたの方なんだから!」
「くっ!」
持ち手だと思っていたキャンディの棒の部分は、なんと銃身であった。マズル
フラッシュとともに貴音からかなり遠い地面に土煙が舞い始め、点々と跡をつけながら
段々近づいてくる。弾着のルートは大きく弧を描きながら迫って来ており、貴音は
これで走る方向を把握した。偶然だろうが雪歩と分断される方向、貴音は右奥に
逃げねば銃撃に捉まってしまう。
「このっ、ちょこまかとーっ」
伊織はますます意気揚々とマシンガンを振り回す。貴音に逃げる隙を与えるためでは
あろうが、構図だけ見るとどちらが悪役かわからない。
濛々たる砂埃が雪歩を視界から消した。これはつまり、貴音の姿も雪歩から見えない
ということだ。そのまま弾着を避けて走り続けると、進行方向の壁がドアのように開いた。
了解して勢いをつけ、飛び込むと同時に誰かがドアを閉めるのがわかった。
その直後、ドアの向こうで聞こえた爆発はおそらく、先ほどの伊織のように貴音の
姿を消し去るための煙幕だろう。逃げ込んだ小部屋で貴音は一息つき、呼吸を整えた。
「四条さん。ご協力に感謝します」
「あなたは」
ドアを閉めた人物がこちらに向き直り、そう礼を言った。貴音はこの女性を知っている。
「……秋月律子」
「ご無沙汰してます。30秒ばかりありますから、大まかに打ち合わせと行きましょう」
律子とは直接には幾度か会っただけだが、噂はそれ以上に聞いている。アイドルと
しては決して侮れないレベル、それ以外の部分ではいわゆる参謀タイプの人間である
とのことだ。
「あなたが裏で糸を?」
「残念、発案は伊織です。私は雪歩のため、裏方全般を引き受けたの」
「そうですか。では、筋書きを教えてもらいましょう」
「……なにも聞かずに?」
律子がいぶかしんだのは、貴音が『自分が陥れられている』可能性に及ばなかった
ことについてだろう。
「そうですね。時間が惜しいので端的に言えば、今あなたが『事務所のため』ではなく
『雪歩のため』と仰ったので、もう少しこの芝居に乗るつもりになりました」
「助かるわ」
「では、教えてください」
猪突猛進型ではあるが頭も相応に切れる伊織が、相手や自分を怪我させかねない
火遊びを裏づけなしにしているとは考え難かった。消し炭の破片が目に入るだけで
巨額の補償問題に発展しかねないキャスティングなのだ。
そのこともあったのだろう、伊織が先に攻撃を受けるストーリーにしてあった。これで
彼女が無事なのであれば、詳細を知らされていない貴音もある程度は安心できる。
火薬の量やタイミングなどは演者である伊織には測りかねようし、誰かナビゲーターが
いるだろうというところまでは貴音に想像がついていた。彼女のプロデューサーでは
ないかと予測したところだけが、これまでのところ大きな誤算である。
「あらあら、あんたはまた穴倉に潜っちゃったの?私は300年も待てないわよ?」
150:祓魔の聖戦(9/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:37:26.72 OdfZIloo
舞台側で伊織の声がする。断続的に爆音が続いているのは、貴音の準備を待って
いるのだろう。
律子から必要な情報を得て、貴音は準備に入る。そろそろ魔物の本性を現す頃合だ。
服の襟に手をかけた。
この服は彼女の私服とそっくりだが、似せて作られた衣装である。この下に『本性』の
衣装を着け、上から羽織っているだけのマントのような作りなのだ。
ドアの影に身構えて、息を吸う。伝声管とメガホンを組み合わせた仕掛けが壁を
這っているという説明を受けており、ここで声を張り上げれば舞台中に大音声が
響き渡る。
「誰が逃げ隠れなどするものか!」
地声がうまく響いたか、予想以上の大きな音に自分で驚く。壁の向こうの伊織も
同様で、一瞬声の勢いが消えたのがわかった。
「よくも散々虚仮にしてくれた!もうよい、遊びは飽いた。血なども飲みたくもないわ。
今からお主を微塵に切り裂いてくれる!」
まだ隠れた状態であるので、貴音の姿は後ろに控えている律子にしか見えて
いない。本性の衣装になっていても構わなかった筈だがあえて普段着のままでいた
のは、それをきっかけとするためと自分の気持ちを切り替えるため、そしてもうひとつ。
襟の手に力を入れ、一気に脱ぎ去る。それを確認した律子が手元のスイッチを操作
すると、ドアの向こうでひときわ大きな音が聞こえた。貴音が逃げ込んだ場所の
隣にある建物が、爆発とともに崩れ落ちた音、の筈だ。
「そこかあっ!」
伊織の銃声が聞こえ、その方向に歩き出す。『本性を現した吸血鬼』には、スウィート・
エンジェリオンといえども通常の銃弾では傷ひとつ負わせることはできないのだ。
ドアを超えて砂埃を抜け出すと、正面に銃を構えた伊織、左奥の壁に身動きできずに
いる雪歩が見えた。雪歩がこちらの姿に気づいて一瞬安堵の笑顔を見せ、ついでその
表情を凍らせる。
衣装をぎりぎりまで脱がなかったもうひとつの理由は……そのコスチュームが
いささかならず恥ずかしかったためだ。
ベースは先日も着た『ナイトメア・ブラッド』であるが、仔細を大きく違えていた。
背中の羽根と言い手足の爪と言い、鎧としてはより鋭く、禍々しくデザインされている。
色もブラッドレッドではなく、貴音のイメージカラーであるダークワインレッド。そこまでは
いい。しかしその上、ただでさえ露出の多い布地がますます減っていた。ブラもボトムも
ビキニラインは通常よりなお小さく細く、腹や足などほぼ丸出しである。肘からさき、
膝より下こそ堅牢に守られているものの、実際の戦場でこの格好をしようものなら
ものの数分で膾にされてしまうだろう。
繰り返しになるが、貴音も本来は一人の乙女である。仕事ならともかく、映像にも
残らない余興でここまで肌を曝け出す衣装はどうにも恥ずかしい。いや、映らないと
言ったが、これがカメラに写る仕事なら地位も境遇も省みずキャンセルしたかも
知れない。雪歩のため、と心に決めたからこそこの衣装を身にまとい、こうやって
悪役を演じ続けてはいるが、正直ここまで扇情的な演出が必要だったのか、と
全てが終わったら伊織を問い詰めるつもりである。
土煙から自らの姿が全て現れた頃、銃撃では効果がないと心得た伊織が武器を
下げた。
「豆鉄砲の出番は終わりか?まだ少し背中が痒いのだがな」
「うるさいわね」
「こちらの台詞だ。我らを小馬鹿にし続けた一族よ」
「なにか言いたいことがあるの?宵闇の住人」
「ない。なぜなら」
右手を一振りすると、手首の内側から細身の剣が登場する。見た目は鋭利だが、
殺陣で使用する樹脂製である。
「今ここで貴様を滅ぼすからだ!」
叫び、一気に伊織に駆け寄る。
上背もあり鷹揚な印象のある貴音だが、職業柄筋力は充分に鍛えてあった。瞬く間に
距離を詰め、大きく振りかぶった一太刀目は例のキャンディで辛うじて受け止められた。
「ぐぅっ!」
「きゃああっ」
151:祓魔の聖戦(10/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:37:59.55 OdfZIloo
ぎぃん、と樹脂同士にしてはよい音がする。伊織が歯を食いしばり、雪歩が少し離れた
場所で悲鳴をあげ、手で顔を覆った。
貴音も伊織も子供向けの特撮番組にゲスト出演したことがあるが、その立ち回りに
際してはいくつか基本的な決まりごとがある。先ほど律子から受けたレクチャーでも
その話題が出ていた。
たとえば、今のような上段からの切り込みは下から受け、力相撲になる。そして受けた方が
必ず競り勝ち、切り込んだ武器を跳ね飛ばすのだ。
「があっ!」
「ぬう?」
伊織の武器が貴音の剣を押し上げ、体を崩した貴音は数歩引いて姿勢を整える。
その隙を突いて、伊織がキャンディを―ここから先は棍棒扱いらしい―横薙ぎに
振る。
横からの剣撃には剣撃で合わせ、三度の打ち合わせの後四度目で互いが引く。
また、武器同士の戦いが続くと子供が飽きるので適宜、互いに避け合いながらの
肉弾戦を一しきり。手足の攻撃は長い武器に比べると動きが小さくなりがちなので、
体全体を使って大きく打ち、大きく受けるようにする。
右、左、右と切り込むが全て合わせられ、四撃目はタイミングを合わせられて剣を
弾かれる。すんでのところで踏みとどまり、剣を後ろ手にして左フック、右ハイキック、
左後ろ回し蹴り。
一対一での立ち回りの場合、カメラは横からは撮らない。攻撃が当たっていないのが
見えてしまうからである。必ず写線上に二人が重なり、攻撃がいかにも迫力あるように
撮影する。
この場合の写線はカメラではなく、唯一の観客である雪歩だ。貴音の視界には
目の前で切り結ぶ伊織と、その先に腰を抜かして固唾を呑む雪歩が見えている。この
位置なら蹴りが実際には当たらなくても、雪歩からは痛烈な攻撃に映る筈だ。
伊織が下段にガードを固めた。ならばと、右足をまっすぐ振り上げる前蹴りを見舞う。
「かあっ」
「きゃあああっ!」
両手を合わせた部分に脛が噛み、伊織が後ろ向きに―貴音は自分の方が
驚きそうになるのをあやうくこらえた―十数メートルも吹き飛んだ。地面に深い
引き摺り跡を残し、雪歩の脇を通り過ぎて向こう端の壁に激突する。
呼吸を整えて足元を見ると、地面に穿たれた跡の中に細い切れ込みがある。ここの
仕掛けはこれだ。どこかのタイミングで腰にでもワイヤーを取り付け、それがレールに
沿って伊織を引き摺って行ったのだ。
「どうした、もう終わりか?」
「……まだよっ」
ゆっくり歩み寄り、声をかける。ここの壁はもろく作られていたようで、貴音の『魔の
力』で伊織は壁に大穴を空けていた。
「往生際が悪いな。楽に死なせてやろうと言うのだぞ?」
「誰があんたなんかにっ」
貴音が近づくまでには、伊織は立ち上がっていた。これも仕掛けだろうか、スカートや
上着が大きく破れている。肌が見えるわけではないが、よくできたダメージ表現だ。
「真っ直ぐ立てもせぬひよっ子に何ができ……んむ!」
小さなモーションで伊織が何かを投げるのを、すんでのところで顔を振ってよける。
小石?いや、服の影に隠し持った武器か。数歩下がって距離をとった。
「まだ何か持っているのか」
「これよ。あんたの大好きな十字架」
片手に広げてみせたのは小さな、十字架の形をしたナイフだった。顔をしかめて
みせ、さてどのくらいおののいてみせようかと迷う。
「祝福儀礼済みの特製よ、さっきの豆鉄砲よりは効くんじゃない?」
「……小癪な」
つまり、吸血鬼に効果のある武器である。貴音は小さく歯をむき出し、唸った。
「かように小さな鉄片が我にいかほど傷をつけられる?」
「かように小さな鉄片にずいぶん驚いてたの、見てたわよ」
「ならば我につけてみよ、傷を。できるのならな!」
再び細剣を構え、伊織に駆け迫った。
『簡単に言うと、あなたの優勢、伊織の優勢、あなたが逆転、伊織が大逆転、です』
『なるほど、簡単に言ってくれますね』
152:祓魔の聖戦(11/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:38:34.37 OdfZIloo
『でも、わかりますよね?』
『ええ、しかと』
先ほどの、律子との会話の最後がこうだった。スタジオのあちこちに仕掛けを作って
あるから、臨機応変に利用して戦いの優劣を演出するということだった。
剣と巨大スティックキャンディで奇妙な殺陣を続けながら、貴音はそれを思い出して
いた。伊織は近づけば打撃、距離をとると十字架の短剣を投げてくるので、戦況を
推し量るのも骨だ。
『して、わたくしの最期はどうなるのです?吸血鬼ですから、心臓に杭でも?』
『死んじゃうの、困るんですよね。なにしろあなたはアイドルだから』
『死亡を思わせる演出だと、翌日から雪歩と顔を合わせられませんね、確かに』
『だから、憑き物だけ落とすんです』
そう言って律子は、貴音にウインクした。
「……どうした」
先ほど短剣を投げたあと、伊織の動きが止まった。棍棒を青眼に構え、何かの
タイミングを計っている。
「ははあ、例の鉄くれも尽きたのだな。いよいよ進退窮まったと言ったところか、
光の使者よ」
「……」
順序的には自分の優位になる番だ。この後が『伊織が大逆転』。今後の展開を
見極めながらゆっくりと一歩踏み出す。
「お主はよくやった。褒めて遣わそう」
「うるさいわね」
背後で固唾をのむ雪歩に、自身の威厳をありったけ表現する。悪役はこういう時、
尊大不遜な振る舞いで正義の味方に接し、最後にはそのことで足元をすくわれる
ものなのだ。
「そうよの、せめてもの慈悲だ。苦しまぬよう一瞬でその細首を切り落としてやろうか。
それとも」
残心を解き、剣を背後に回す。冷酷な声になっているよう祈りながら、舌なめずりを
した。
「おとなしくしているなら、あらためて我らの下僕としてこき使ってやってもいいが?」
「まっぴらだわ。どんな世界が来ようとも、私はあくまで私だから」
「殊勝よな。そういう顔が快楽にとろけるのを見るのはさぞ楽しかろう」
「ぬぅっ!」
殺してやると初めに宣言したのを翻し、血を吸ってやると脅してみた。これを
きっかけと捉えたようで、伊織はよろめく体に鞭打ってキャンディの棍棒を振り
かぶった。
「猪口才な!」
鈍い金属音を最後に、伊織の手から武器が弾け飛ぶ。貴音の後ろ数メートルの
位置にいる雪歩にも、この優劣は明らかであろう。雪歩から見て貴音の向こうに膝を突く
伊織と、伊織の背後に転がる棍棒が一直線に並んでいるはずだ。
「往生際が悪いな。お主のような輩を手駒にするのも面白かろうが、のちのち厄介事の
種にもなりそうだ」
一度は下げた剣を再び構え、ゆっくりと伊織に近づきながら言った。
「やはりお主には死んでもらおう。我らの栄えある未来のためにな!」
「……あと一歩」
「なに?」
声が小さかったため、反応が遅れた。しかし、それもどうやら伊織のシナリオ
だったようだ。細剣を上段に振り上げたまま動きを止めた貴音に、疲れの見える
表情で伊織は笑みを浮かべたのだ。
「あんたの立っている場所をよく見ることね、神に見放された者!」
153:祓魔の聖戦(12/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:39:12.23 OdfZIloo
「なんだと!?くぅ?」
不意に足取りが重くなり、本心から声が出た。同時に低い地鳴りが聞こえてくる。
……これは。
「あんたを縫い止めるのにはずいぶん仕掛けがかかったわ、さすがね。でも」
「こ……これは」
これは……磁石だ。いつの間にか床が地面ではなく、むき出しの鉄板になっている。
そこに靴底が張り付き、動けなくなっていたのだ。
衣装のブーツが妙に重いとは感じていたが、床に仕込まれた電磁石に反応するよう
仕掛けが施されていたのだろう。
「でも、この十字架からは逃れられないんだから!」
地鳴りはさらに大きくなり、あたりを見回すと自分に光が注がれているのに気づいた。
伊織から少し角度をつけて、前後と左右からサーチライトのような光が貴音に放たれて
いるのだ。
「なん……だと……っ」
これが、『伊織の大逆転』だ。彼女が投げていたナイフはやみくもに放られていた
のではなく、貴音を囲むように巨大な十字架の結界を張るべく設置されていた、という
筋立てなのだ。
光と地鳴りがひときわ大きくなった。すなわち、『結界が強くなった』のだろう。そろそろ
クライマックスだ。
「ぐおおおおおっ!」
貴音は大きな声で唸る。巨悪の最期だ、怒り任せの最大の抵抗を見せねば正義の
味方も甲斐がなかろう。
磁石で縫い止められた足取りがままならないだけでなく、手も体も動かし難い。
布地の少ない衣装だが、この中にもいろいろ仕掛けてあったようだ。それに抗いながら
もう一度剣を振り上げる向こうに、取り落とした棍棒を再び手に取る伊織の姿が見えた。
「劫魔伏滅、エンジェル・ウォーハンマー!」
必殺技の呪文だろう、棍棒を頭上に掲げて叫ぶと、キャンディの部分が変化した。
自動車用のエアバッグでも仕込んであったのか、破裂音とともに十字架型の両手棍、
すなわち巨大な金槌の姿になったのだ。
「闇より出でし悪しき者よ、神の破槌にて光に還れ!」
「おのれ、スウィート・エンジェリオンンンッ!」
伊織の祝詞に応ずるように、貴音の怨嗟の絶叫が響く。白く輝く十字架を構えた
伊織が貴音に向かって走り出し……。
……その時。
「だめええええっ!」
悲鳴とともに、二人の間に雪歩が割って入った。
「ばっ、ばかっ」
「雪歩!?」
驚いた表情の伊織は、しかし走る勢いを緩められない。彼女の頭の中にはこの
ような妨害は想定外だったのに違いない。
そして貴音は、自分をかばって伊織に立ち塞がる雪歩の足が震えているのに
気がついた。
本当に雪歩が貴音の『魔力』に囚われているのなら、怯えたりなどしないだろう。
マスターを護るのはサーヴァントの務めなのだから。雪歩が震えている、その理由は。
体じゅうの力を振り絞り、貴音は雪歩の肩に手をかけた。
「よいしもべだな」
「マス……」
「だが、もうよい」
とん、と体を突き、伊織の進路から彼女を避けさせた。
「し、四条さんっ?」
「雪歩」
彼女が怖がっているのは吸血鬼でも神の使いでもなく……。
大切な友達同士が争っていること、なのだ。
154:祓魔の聖戦(13/16) ◆KSbwPZKdBcln
11/12/08 20:39:57.60 OdfZIloo
「萩原雪歩、心のままに生きよ。我でなく、自身の、な」
「だあああああああっ!」
伊織が高く─踏み切り板かトランポリンか─ジャンプし、巨大なハンマーを貴音の
脳天に振り下ろす。数メートル離れてぺたりと座り込んだ雪歩には、まさに吸血鬼を
退治する神の使いが見えたことだろう。
伊織の着地とともに大きな爆発音と、いちばん当初にあったような砂煙が立った。
たちまち全員の姿が見えなくなる。
直後、貴音のすぐ脇の地面に穴が開き、中から顔を出したのは……。
「─」
「しっ」
つい言葉を発しそうになる貴音を制し、現れた秋月律子はさきほど彼女が脱ぎ捨てた
普段着の衣装を取り出した。最後の仕上げというわけだ。
****
戦いは終わり、やがて周囲を遮っていた塵埃も落ち着いてゆく。少しずつ晴れる
視界の中に雪歩が見たものは、一人うつむき立ち尽くす伊織。
「い……伊織ちゃんっ!」
いまだ震えの止まらない膝頭に鞭を入れ、どうにか立ち上がって彼女の元へ
駆け寄る。
「伊織ちゃん!いったいこれは─」
「雪歩」
伊織が視線を定めたままなのに雪歩は気づいた。彼女が見つめていたのは。
「あ……!」
「あの吸血鬼は消える前に、あんたになんと言ったかしら?」
その先にあるのは、安らかに目を閉じる、元の姿に戻った貴音であった。
「四条さん!」
「……雪、歩」
地面に膝を突き、手を差し入れて助け起こす。普段着の服を上からかけられている
その下は一糸まとわぬ姿である。あの禍々しい吸血鬼のいでたちは、伊織の一撃で
霧消したという設定なのだろう。
「四条さんごめんなさい、わたし、わたしっ」
「大事ありませんか、雪歩」
「ねえ、雪歩」
手にしていた武器を投げ捨て、伊織も二人に歩み寄った。
「いくらなんでも気づいてるわよね?これ、お芝居よ」
「うん……。私がおかしなふうになっちゃったから、二人で付き合ってくれたんだよね」
「ま、そういうこと」
中二病は治るものではなく、卒業するものである。
自らの内になにか大きな能力や才能が秘められているのでは、と夢見ることは
誰にでもある。だが子供ならともかく、大人と呼ばれる人種はそれに陶酔しない。
その能力を開花させるのは自分自身であると知っているからだ。それを知ることで、
人はまた一歩成長するからだ。
人間には無限の可能性がある、それは事実だ。しかし、可能性を現実に変えるのは
神や悪魔や超常現象の力ではなく、その本人の努力そのものであるのだから。
「うん。四条さん、迷惑かけちゃってすみませんでした」
「萩原雪歩。わたくしの言動がもとで、あなたの思い込みが迷走を始めたのだと聞き
及びました。わたくしは、あなたを陥れる気も一人勝ちに浸るつもりもありません。
あなたとは、正々堂々と芸能を競い合いたいと考えているのです」
「はい、肝に銘じます。わたし、これからもっと頑張って、四条さんに認めてもらえる
ようなアイドルを目指しますね」
「その程度では困ります。私にとって脅威に足る存在となってもらわねば」
「ふええ?それは無理ですようっ」