10/11/17 18:54:30 5foSoAtP
>>30
彼女は何処にでも、何時でもそこにいる。
今日は大きな病院の、小児科の病室にいる。
大きく開け放たれた窓では、秋風がレースのカーテンを揺らしている。
彼女は随分と長く入院している少年のそば、窓際に置かれたベッドの片隅に
腰掛けている。
2人で小さな公園を見下ろして、遊んでい子供たちを眺めていた。
その時、ノック音と共にドアが空いて、あの医院長(少年は鬼瓦と渾名を付
けた)が入ってきた。この病院を支配する独裁的な男。少年の大好きな若い
研修医を、影で虐めているのを知っている。昨夜も廊下の片隅で怒られていた。
誰も何も言えないことをいい事に、カルテで頭をコヅキながら
「そんなことも知らなくて責任を取れるのか!?今週中にあの医学書を読んでこい!」
医院長は意地悪く一週間後に聴く。
「あの件はどうなった?」
しどろもどろのの研修医に向かって
「第3章の第2項、150ページに書いてあるだろう?お前は読んだのか?」
また怒られる。その夜は部屋の片隅で涙ぐんていたのを知っている。
鬼瓦はギョロっとした目で睨みながら、
「今日はちゃんと食事を取ったのか?夜は時間を守って寝ないと駄目だぞ」
いつも子供扱いをして、命令口調でしか話さない。だから、病院中がコイツを嫌って
いて、お医者さんも、看護師さんも、お手伝いさんも皆で、コイツがいなくなれば
良いと願っているんだ。それが僕の担当医だなんて!
少年の嘆きとは裏腹に、この病院は地方での一番人気と、治療実績を誇っていた。
実力のある医者が集まり、患者に対する治療とケアで、他の追従を全く許さない。
少年の両親も、最後の望みを託して、無理に転院させたのだ。医院長は独裁的な
男だったが、目的はシンプルで、たった一つだけである。
「患者さんに最善の治療を施す」
その為であれば全てが二の次となる。医院長は自分が院内で嫌われていることを
知っていた。昔からの慣習や当たり前の常識を、抗議の声にも関わらず全て無視
した。それでも従わない古参の人間も、強権を発動させて辞めさせたが心が傷んだ
誰にも理解されない男。
深夜遅くに帰宅すると、少年の病気に関する論文を、片っ端から読みあさる。
何か新しい治療方法は無いのか?研究は進んでいないのか?
自分でなくても良い、どこかに優秀な専門医がいれば、招聘することも厭わない。
少年はあらゆる事を憎んでいた。眼下に公園が見える病院に転院させた両親。
鬼瓦のような医院長。そして不自由な体に生まれた自分自身。
午後の風が少し強く吹き込んで、彼女の長い黒髪が舞い上がり、立て掛けてあった
薙刀にさらりと触れた。そのまま流れ落ちて、何事もなかったように元へ。
ふと少年は気がついた。そう言えば少しだけ元気になったかも知れない。一日
に一度だけれど、公園を散歩して外の空気を吸えるようになったこと。泣きだった
両親の顔が、心の底から嬉しそうな顔をしたこと。研修医が同期会に行ったら、
他を圧倒する実力が付いていたと喜んでいたこと。
こんどはあの小学校へ行ってみよう。一人暮らしのおばあちゃんの元へ