10/11/16 16:04:53 JIbvnC/y
すぐ上流に、少女がいた。今どき珍しい着物は、朱色をしていて、あの憎たらしい紅葉を服従させ、そのまま服として従わせているようだった。膝を折り曲げて畔にちょこんと座り、白い手はせせらぎにそっと触れ、形の変わる水晶を掬っていた。
夕陽は零れ落ちた珠玉に集光し、それから美しい魔法に変換されて、僕のアイリスを刺激させる。
少女は鬼だった。その頭から生える二本の角を見れば瞭然のことだ。元は国ツ神と呼ばれた守り神だったけど、間もなく転落し、人や神を卑しめる存在となってしまった。
その鬼が、目前にいる。
本能的な危機を感じ、冷や汗が滲み出てくる。僕たちにとって鬼は天敵だ。疫病神は祓えても、鬼は祓えない。その程度の紙級の神なんだ。
「どうしたのかしら? 浮かない顔したヤイカガシさん」
その声に肺が小さくなる。
知らぬ間に僕の天敵はすぐ側にまで近付いていた。もう足はすくんでしまって動けない。いや、鬼を見たときから、とっくに足はすくんでいたのだ。
「く、喰らうなら、早く喰らえ!」
精一杯強がることしか出来ない。噂では、鬼は嬲りに嬲ってから舐めまわすように口の中で四肢をかき混ぜながら喰らうのだという。死ぬのなら、せめて一瞬で死にたい。
「むぅ、なによ。私そんなにあなたのこと取って食べちゃいそうな顔してるかな?」
「と、当ぜ……」
言い掛けて、鬼の姿をまじまじと見返す。小さな僕と背を合わせようとしているのか、先程畔にいたときのように屈みこんで、それから小首を傾げて微笑んでいる。
冷静な第三者から見れば、どう見ても獣のそれではなかった。獣は僕の方だ、僕の中のヒワイドリがこの少女に喰らいつきそうになる。
少女は角があることを除けば、ごくごく普通の女の子であった。
……いや、それは違う。こんなに美しい人は、根気良く探り歩かなくては巡り会うことはないだろう。それも、都会ではなく山奥の村のような田舎で。
電気も通っていない世界に一つ佇む大屋敷。その中で静かに暮らしている箱入り娘……。そう、この長く真っ直ぐに伸びた黒髪なんてまさに和のお嬢様だ。
「それで、お前みたいなやつがどうしてこんな所にいるんだ」
話題を変える。これ以上沈黙を続けると何か抗えないものに屈してしまうような気がした。
「私は……ヒマつぶしだね!」
そんな偉そうに言われると反応に困る。
「ヒマなら適当に人でも襲えばいいんじゃないの?」
「そんな毎度毎度やってたら疲れちゃうよ」
殺ってる? 平然と残酷なことを言う女だった。
「それに、今だって……」
少女は言い掛けた言葉を呑み、僕の背後の見た。振り返ると、下流の方から小さな影がこちらへ向かってきているのが見えた。
もし続かせて頂けるのであれば、にこぽん投票が終わったときにでも。