11/08/05 23:55:56.73 tXXxKtAM
【編纂】日本鬼子さん一「そういうことじゃなくてさ」
九の一
この日、アタシは悩んでいた。周囲からすればたいしたことのない話なんだろうけど、
自分にとっては今後の人生の方向を決定づける重大な選択を強いられているんだと思っている。
我をとるか、乳をとるか―。
うん、正直冷静に語ってしまうと実に下らない。だから少し強引に事のあらましを話しておきたい。
あれは朝目が覚めたそのときだった。
「……乳について語りてえ」
開口一番、最悪だ。女性の部位は分け隔てなく愛する……というか、木を見て森を見ないようなことがないように
心がけていたはずなのに、今朝のアタシときたらこれだ。こんなのでは世間から失笑を買われかねない。
とにかく、突如として胸語りの衝動にかられたアタシは貴重な高校生の夏休みを利用し、この猛暑の中、
本屋―主に同人誌を取り扱ってる店―へと赴いた。地元にはないので三十分電車に揺られて近くの大都市に着く。
このときも、目に行くのは女性の胸ばかりだった。確かに日頃落書きみたいなイラストを描いてるためか、
きれいな人がいたら参考がてらに目が行ってしまうのは認めよう。
でもこんなエロオヤジみたいな視線で人を見たことなんて一度もなかった。
おかしい。
何かがおかしい。
でもその原因がわからない。昨晩兄貴の作った三時のおやつっぽい夕食にいちゃもんをつけたからだろうか。
それとも姉貴とのコスプレ談義が白熱を極め、四時間も盛り上がってしまったからだろうか。
いや、そのあとで見た夢が原因かもしれない。
紅の和服に長い柄の武器を持ったコスプレ少女が悪を蹴散らす、そんな夢だったんだけど。
……どれも理に適っていない。そんなささやかな出来事のせいで価値観を変えられてたまるか。
しかし現に価値観がすっかり変わってしまった自分に戸惑っている。同人誌を前にして、手先が震えているのが分かる。
どうしても胸に力を注いでいるクリエイターの作品に手を伸ばしてしまい、いつものように内容を吟味することはなかった。
そりゃ、目の保養になるんだからいいかもしれないさ。
でも、もしそれだけの理由で享用してしまったら今までのスタンスはどうなる?
クオリティを二の次にしてまで、無秩序の奈落へ突き進む必要があるというのか?
語弊があるといけないので、蛇足に一つ言いたい。乳漫画だとしても、乳に愛がこめられている作品ならいい。
そういう話は、自然と話もすっきりしていて、読了したときの気分は実に爽快だ。
アタシの言いたい「無秩序の奈落」ってのは胸をまるで道具のように使い、
それで読者を釣ろうとしているような、そんな卑怯な作品のことを言っている。
まあ、結局アタシは後者の誘惑に乗って軍資金を使い果たしてしまったから、偉そうなことは言えないんだけど。
そんなこんなで、いくつもため息をもらしながら地元に戻ってきた次第だ。