【鬼子たんの】鬼子Lovers【二次創作です】at MITEMITE
【鬼子たんの】鬼子Lovers【二次創作です】 - 暇つぶし2ch51:panneau ◆RwxKkfTs..
11/07/31 11:21:50.55 htJTDa6U
●ここは以後日本鬼子の長編SS(または数レスに渡る大きな作品)や巨大AAを投稿するためのスレです。
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本スレ 【語り部】萌えキャラ『日本鬼子』製作25【募集中】
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避難所スレ 萌キャラ『日本鬼子』製作in避難所10
URLリンク(jbbs.livedoor.jp)

萌キャラ『日本鬼子』まとめwiki
URLリンク(www16.atwiki.jp)

52:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/01 11:54:06.20 NhqQfSe6
panneau氏、ありがとうございます。
このままじゃ寂しいと思うので、昨年自分が書いたまま放置してたSSを投下。

URLリンク(www16.atwiki.jp)
の続き。
決して新作長編ではありませんのでご了承あれ。

(1/2)
 寝そべると、くしゃりと鮮やかな葉っぱの絨毯が音を奏でた。
 紅葉山に広がっていた朝霧の露だろうか、葉っぱはひんやりと冷たく、火照った全身の熱をそっと吸いとってくれる。
 空は青い。雲一つなく青い。夏のように群青色をしているわけでも、冬のように白んでしまっているわけでもない。青を眺めて、僕は身体を宙に浮かすような気分に浸る。
 とさり、と葉の潰れる音がする。
 僕の隣で 鬼子おにこさんが横になって空を眺めていた。ん、と身体を伸ばしている姿がなんともいえない艶めかしさを薫らせる。
「はぁ、軽い運動のあとの伸びって、格別ですねえ」
 気持ちよさそうにため息を漏らしているけれども、僕は違った。確かに気持ちはいいけども、とてもじゃないけど格別だなんて言える気分じゃない。
「二日間走り続けてあとの軽い運動、ね……」
 運動不足の僕にとっては……いや、例えマラソンのランナーだとしてもさすがに四十時間耐久ランはキツイのではなかろうか?
 もう息も絶え絶えで、吸っても吸っても酸素が結びついてくれない。
「ふひぁ~」
 鬼子さんに擦りつくように 小日本こひのもとが寝転がった。こちらは休む暇なく睡魔と戦っている。
 おかしい。わけが分からない。
 人外の存在にわけも何もないのだろうけど、とっくに合理化されてしまっている僕のような下級の神にとっては、人外な人体構造に困惑するばかりだった。
「はぁ……はぁ……」
 と、僕と同じように息切れして肺をひゅーひゅーと鳴らす存在がいた。
「か、観念したか、姉ちゃんよぉ……」
 ヒワイドリ君だった。
 そう、こいつのせいで……こいつらのせいで、僕らは延々と走り続けられたのだ。
 逃げに逃げ続けた結果、ヒワイドリ一族を少しずつ脱落させることが出来たものの、ヒワイドリ君だけは僕らの逃避行に―鬼子さんのお尻にしっかりとくっついてきたのであった。
「……逃げようと思えばあと二日は逃げられますけどね」
「マジかよ……」
 マジかよ、はこっちのセリフだ。これ以上走ったら天ツ神の住まう世界へ引っ越せざるをえなくなる。
「でも、あなたはヤイカガシさんとも仲が良さそうですし、もし宜しければご一緒に旅をしませんか?」
 その一声に、ヒワイドリ君に圧し掛かる疲労の荷は全て吹き飛んでしまったようだ。
「鬼子ルート来たぜええ!!」
 何を言っているんだ、この卑猥な鳥は。
「宜しくね! 鳥さん!」
 小日本がひょこりと起き上がり、結んだ髪を揺らした。
「おうよ! っしゃあ、早速だが乳の話を―」
 白鳥は、即座にその小さな胸を見つめる。
「―十年後、しようじゃないか」
「じゅーねんご?」
「ああいや、なんでもねえ、なんでもねえんだ」
「むぅ、きかせてくれないといじわるするよ!」
 ぱっと桜を散らして立ち上がった小さな女の子は、てこてことヒワイドリ君を追いかけはじめた。
 幼い子に優しいのか、胸が小さな子にはそのような雑言は慎むのだろう。
 きっと、小日本とヒワイドリ君はいいコンビを組むことになるんだろうなと、一人心の中で呟いたのだった。

53:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/01 11:55:18.29 NhqQfSe6
(2/2)
「鬼子さん、その、ヒワイドリ君と一緒に旅をしちゃっていいんですか?」
 どうも無意識に敬語を使ってしまう。あんなに鬼を疎んでいたはずなのに。
 とにかく、僕の友人は小日本に対しては害のない存在でいられるだろうけど、鬼子さんに対してはその卑しい気持ちを爆発させるだろう。
「大丈夫ですよ」
 返事はあっけないものだった。
「もし身の危険を感じたら、萌え散らせてあげればいいのですし」
 と、空の薙刀で僕を一突きし、あどけなさの残る笑顔を見せた。
 ……萌え散らせちゃかえって逆効果だってことは先の戦いで証明済みのような気がするけど、その指摘をする気はなかった。
「それに、ヒワイドリさんから単に逃げただけではないんですよ。寄りたいところがあったから、そのついでに逃げてきたって言ったほうが正しいのかもしれません」
「寄りたいところって言うのが、ここなんです―ここなのか?」
 しばらくの間はいつも通りを意識して話そう。別に敬語を使っちゃいけないってことはない。だからこれはきっと僕のねちっこい、ハリボテの自尊を保つためなのだろう。
「うん。もう少し歩いたところだけど」
 小日本がヒワイドリ君を捕らえた。暴れる鳥の首を掴み、ぶんぶんと振り回す。小さな子どもは何事にも本気で取り組む。その意味を何となく理解した。
「あ、思ったんだけど―」
 ふと、疑問に思っていたことを口にする。
「小日本の恋の素を使えば、一瞬でここに着けたんじゃ」
 瞬間移動の能力。あれさえあればどんなところにでも、文字通りひとっ飛びで行ける。ヒワイドリ群も撒くことが出来て、一石二鳥ではないか。
 鬼子さんが少し難しそうな顔をした。神器の解説ほど難解なものはないとある神は語る。単純な神器でさえも、人間が全てを語るならば生涯をその神器に捧げなければならないほどなのだから。
「ヤイカガシ君、あのね、恋の素はどこでも瞬間移動出来るってわけじゃないんですよ。あれはこにぽんと縁を結んだ―つまり、友達になったものの所へ向かうものなんです。
 確かに目的の場所にこにぽんが縁を結んだ方がいます。でも、あの、着地するときにその方の家を壊しかねませんから……」
 ああ、と合点する。あんなものが屋根にでもぶつかったら、きっとその家は粉砕炎上してしまうだろう。この山が黒い炭の山になってしまう可能性も考慮しないといけない。
「ヤイカガシさんは、ヒワイドリさんと一緒に旅するのは嫌ですか?」
「そうじゃないけど……」
 むしろ嬉しい。知り合いがいると言うのはとても落ち着く。でも、絶対鬼子さんに迷惑をかけてしまう。それだけは避けたいところだった。
 小日本が振り回していたヒワイドリ君が宙を舞う。どうやら手を滑らせたようだった。
 そんな微笑ましい光景を見ていると、どうも自分の考えが馬鹿馬鹿しく感じられるようになってきた。
「私は、どんな縁でも大切にしていきたいと、そう思っているんです」
 どこかで聞いたことのある言葉だった。僕はただぼんやりとその話を頭の中でお手玉のようにくるくると回していた。
 さらり、という音と共に、隣の少女は長い黒髪を揺らして起き上がる。
「さあ、行きましょう。もう少し歩かないと」
「あ、ねねさま待って!」
「おいおい、どこ行くんだよ!」
 三つの声と、三つの足音が通り過ぎる。桜の女の子と白い鳥の戯れ事が終わると、木々の葉が擦れる音とヤマドリの鳴き声が世界を支配した。
 ……ああ、小日本が言ってたことを思い出した。せっかく会えたのに別れるのなんて嫌だ、か。この二人は縁をとても大切にしているんだ。
 神器を使う鬼と、神器を使う人間の子……いや、そもそも少女は人間なのであろうか?
「おいヤイカガシ! ふけこんでねえでとっとと来いや!」
 鳥の友人の叱咤で我に返る。そうだ、そんなことはどうでもいい。
 今は、みんなと一緒にいられる、それだけでいいじゃないか。
 獣の遠吠えが聞こえた。物騒なアヤカシに食べられる前に、早く合流してしまおう。

54:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/01 12:02:41.98 NhqQfSe6
あ、ルビ設定のまま落としてしまったorz
こんな歌麻呂ですが、これからもよろしくお願いします……。

55:創る名無しに見る名無し
11/08/01 22:22:21.77 pvfEuVSy
>>52-54
歌麻呂さんの小説は、ふんわりきめ細やかでいて、すっと頭に入ってくる文章で大好きです。
そういえば、少年じゃない日本狗の出てくる続編もありませんでしたっけ?

56:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/02 10:19:36.86 PkNa+qMX
>>55
ありがたいお言葉です……恐縮です。

 >少年じゃない日本狗
ええ、>>52-53の短編の続きに青年なわんこが登場しますが、
そこまで投下するとキリがなくなってしまうので自重しました。
(あれ、知ってるってことは、以前に投下してましたっけ? うう、記憶が……)



今作ってる長編小説『【編纂】日本鬼子さん』は
今週中に連載をSSスレ、pixiv、TINAMIらへんで
同時に始めようかと思っていますが、
執筆ペースと相談しながら決めます。

投下間隔も一週間を予定してますが、どうなることやら……。

57:みずのて 1/3
11/08/04 01:13:33.72 Vm2WbjGk
避難所的なスレから転載させていただきました。転載元はこちら↓
URLリンク(jbbs.livedoor.jp)
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某月某日。あの日は暑かった。
 ボクはなんだってこんな川辺にある木の影でこんな手記をつけているんだろう。
原因はわんこの奴だ。何でも、その日ご主人様にヒマを出されたとかで
「こんな時のアイツらは無理についていこうとするとぜってー『わんこデリカシーがない』とか
  ヌカしやがんだよ。だからさ、ちょっと遊びに行こうと思ってよ。穴場があんだ。付き合え風太郎」

 それで巻き込まれるボクもいい迷惑だ。ボクが空を飛べるからって、便利な足みたいに使わないで欲しい。
・・・まあいい。ここは涼しい。川の上流の方では滝が大量の水を落として大きな滝壺ができてる。
「まいなすいおん」をたくさん出しているに違いない。

 周囲は山奥と呼ぶにはそれほど鬱蒼としていなくて、涼しい風が通り抜け蒸し暑さやヤブ蚊のような
不快なものもない。それなのに人の気配が全くない。確かに穴場だ。
川の流れが手前に来る頃には川の深さは程よい浅瀬になっていて、わんこがふんどし一丁で
魚を捕まえようと走り回ってる。

 よくもまあスタミナが持つものだ。ボクは一足先に木陰で一休みだ。
「おっしゃぁあ!夕飯、3匹目ぇ! お~い、もうギブアップか?バテるのはえ~ぞ~~!」
 君をぶら下げてここまで飛んできたんだ。休ませてくれ。
しかし・・・ホントに元気だ。あれだけ肉体派なのにボクが会得できなかった風遁の術をいくつか
モノにしただなんて、信じられない。ボクだってかなり勉強したはずなのに・・・

・・・胸の奥がチリッと疼く。・・・わかってる、ツマラナイ嫉妬心だ。ボクがわんこに優っている所なんて
せいぜい、この空を飛べる翼と頭でっかちなオツム位だ。あいつは素直に褒めてくれるけど、
ボクにいわせれば屈託の無いあいつの方がよっぽど凄い。ちょっと折れたり濡れたりすると役にたたなくなる
翼と物を一寸たりとも動かせない知識だけあってもそんなに自慢になるわけでもないや。

 ヒヤリ

 そんなとりとめのない事を考えていたら、不意に首筋をゾクリとしたものに撫でられた・・・気がした。
滝壺の冷気とも明らかに違う。ハッと気がつくと、わんこが滝壺に向かって走ってゆく所だった。

「おいっ!そっちは危ない!早く戻って!」
思わず、手にしたメモ帳を放り出し、あいつを呼び戻そうとする。
「ははっ、またいつもの心配性かよ?ダイジョウブ大丈夫!今、でっけぇ得物とってくっから!」
構わず、滝の方へ走ってゆくわんこ。もう水は腰の辺りまで来ている。

違う。違うんだ。この冷気は明らかに異常だ。あいつは気がつかないのか?
 それに滝壺というのは小さくても見かけよりずっと危険な場所であることもあるのに。
ボクがあわてて駆け出したのと悪い予感が当たったのはほぼ同時だった。

58:みずのて 2/3
11/08/04 01:15:35.62 Vm2WbjGk

 「うぉ!なんだこれは!」
一瞬、滝の向こうに女性の顔の陰が見えた?と、思った次の瞬間、
 滝壺の方から水でできたような無数の『手』が湧きでて、わんこを一瞬で捕まえてしまった。
いつもは俊敏に動く彼も腰まで水に浸かっていればその機動力も無意味だった。

 ──ぼうや・・・・──
 ひどく、細く、哀切な呟きがかすかに聞こえたような気がした。
「っ!? あれは・・・水引鬼っ!!」

 何らかの事情で赤子と母親が滝壺で入水自殺した女性が鬼と化したもの。だが、無垢な赤子に対して赤子と共に
死を選ぶような親が一緒に涅槃にゆけるはずもなく・・・・結果、赤子の魂と引き離され未だ現世で自分の子どもを探し求め
次々と子供を水に引き続けさまよう鬼と化した霊。人間界のにゅーすでほうどうされる、水難事故の何割かはこの鬼の仕業だ。
 くっ!ここに人の気配がなかったのはそのためだったのかっ?!

「くそっ!この、放せ!ぐぼっ!がぼっ!」
滝壺に近かった為、振りほどいても振りほどいてもわんこに幾重もの水の手が巻きついてゆく。
 そして、だんだんと滝壺の奥へとひっぱられてゆく・・・・

た、大変だっ!スグに助けないと!
 さっきまで休ませていた翼をバサッと広げる、自信はないけど、空からなら掻っ攫うように引っ張りあげれば
助けられるかもしれない。
「バカっ ボゴ・・・ヤメろっ!来るんじゃねえ!おめえまで・・・ぶゎっ・・・引かれる・・・・」
こちらの意図を察したのか溺れかけながらも制止するわんこ。ゴウゴウと流れ落ちる滝の音の向こうからでも微かに聞こえた。

 だからって、そのまま見捨てられるわけないだろっ。震える手で懐から護符をつかみ出す。
何度練習しても起動しなかった風遁の術の符。

「ぼ・・・ボクだってっ。ボクだってぇ!!」
 何度も練習してきた為かこんな状況でも呪はスムーズに口からまろび出た。術が起動したのか考えもせず、翼で空を蹴り、
わんこに向かって突進する。

 ゴウッ

突風が吹き荒れ無数の水の手がトンネルを形作るように道を開けた。その中を遮二無二飛びわんこまで到達する。
「つかまれっ!わんこっ」
いつもはバカでかい百鬼辞典を背負うための紐、頑丈さは折り紙付きだ。
 今思い返せば、水の中のあいつを引き上げる時によく翼が折れなかったものだ。
なんとか、水から引き上げ、滝壺から・・・いや、女の陰がうっすらと浮かんでいる滝から逃げるように離れようとする。

──ぼうや・・・まって!───
 さっきよりもハッキリと呼び止める声が聞こえる。背筋をぞくりと戦慄が駆け上がる。振り返らなくても何故か分かる。
滝の向こうにクッキリと白装束を着た長い髪の女の陰が浮かび上がっているのだ。

59:みずのて 3/3
11/08/04 01:27:20.83 Vm2WbjGk

 「疾っ!」
 片手で印を結び、先の突風を今度は自分の翼を舞い上がらせるように制御する。
その大雑把な制御の強い追い風が自分の翼を今にも折らんばかりにキシんだ音をひびかせる。
ここを切り抜けられるなら後でモゲたってかまうもんか。だから今だけでいい。もってくれ。
 だけど、そう祈ったのもつかの間、ガクンと上昇が止まる。ヒンヤリとした冷たい手がボクの右足を掴んでいる。
 ゾッ!としながら思う。
捕まった!もうだめか・・・・そう、諦めかけた───

 キンッ

 一閃が疾ったのはそんな時だった。足をつかんでいた手は急に水に戻り、その勢いで『水の手』達から急速に離れ・・・
いや、放り出され、勢い余って近くの木立につっこんだ。

 「まったく、また女性絡み?地蔵様のおっしゃるようにアナタには女難の相があるみたいね」

 女性の、それもとても綺麗な声が聞こえた。滝の向こうから聞こえる声とは明らかに違う。
見ると、赤い紅葉模様の着物を着た女性が何か長物を持って、滝壺近くにある岩の上に佇んでいた。
 さっきまで無数にあった『水の手』はどこにも見当たらない。

「うっせ。なんでおめーがいンだよ」
一緒に木の枝にひっかかったわんこがブスッと不貞腐れた声で返事する。
「鬼は鬼門からやってくるものよ。どこからだろうと・・・ね・・・・・さて」
そう呟くと長く漆黒の髪をひるがえし、滝の方へ向き直る。滝の奥にはまだ白装束を着た女の陰が居る。

彼女は岩の上から滝の向こう側へと語りかける。さして大きな声でもないのに滝の水音でもよく通る澄んだ声。
「あなた。いくら待っても、坊やはもういないわよ。時間はかかるだろうけど、祠で祀るから、
 罪と穢れを落としてから坊やに会いにいったらどうかしら?」

──ぼうや、アタシのぼうや、返せ、返せ返せ~~~~~~──
  またもや、滝壺から無数の『水の手』が湧き上がる。今度は彼女を包囲しながら集まってくる。
 彼女が肩に担いでいた長物は薙刀だった。それをポンポンと軽く動かしてため息をつく。

「やっぱり、説得は無理。かぁ。じゃあ、ちょっと荒っぽくいくけど、ガマンしてね」

60:みずのて 4/3
11/08/04 01:28:16.16 Vm2WbjGk
 
 ギ

 彼女が得物を構えただけで周囲の空気が一変した。周囲から襲い掛かった『水の手』は薙刀の一閃であっさり水へと還る。
そして、彼女は岩の上から滝へ向かって跳躍した。

 「萌え───
        ──散れっ!!」

 その瞬間、ボクは目を疑った。女の陰ごと、滝が切れたのだ。いや、今思えばそれはただの錯覚だったのかもしれない。
ハッと気がつけば、周囲の背筋が寒くなる冷気も消え、例の紅葉模様の着物の女の人も岩の上にたったままだった。
 今はこっちを向いてゆるりと微笑んでいる。
 そうだよ。滝の水が切れるなんてこと、あるわけがない。きっと気の迷いだ。
でも、ボクはそのときつい、口走ってしまったんだ。

「か・・・カッコいい・・・」
              ポクッ
「痛いっ!な、なんだよ」
間髪いれず、わんこがつまらなそーな顔してボクを殴った。
「うっせ、何でもねーよ」
ブスッとした顔で返事された。こんな時にツッコむと本気で怒るからボクはこの時殴られ損だと思った。けど違ったんだ。
 後で聞いた事によると、彼女が彼のご主人様らしい。

・・・・あーーーそうか。彼は彼で大変なんだ。それからだろうか。ボクの胸の中のチリッとしたのが起きなくなったのは。
きっと、わんこはわんこで足掻いてて、ボクとあんまり変わらないんだってわかったから。
 あのヒト(鬼だけど)と比べたら、ボクもわんこもあまり変わらないんだろう。

 だから、まあ、休みの日の憂さ晴らし位はつきあってあげるのも悪くないか。

                                      ─終─


61:創る名無しに見る名無し
11/08/04 01:37:28.57 Vm2WbjGk
3スレで終わるはずが、改行規制により4スレに分割せざるをえなくなりました。すみません。

62:闇の邂逅 1/17
11/08/04 01:39:37.45 Vm2WbjGk
こちらも避難所的なスレから転載させていただきました。転載元はこちら↓
URLリンク(jbbs.livedoor.jp)
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 月明かりが煌々と照らす明かりの下、犬は歩いていた。大きな犬だ。首には黒く光を失った数珠がまかれている。
それ以外に何の特徴もない。その犬が周囲の匂いをかぎまわり、主の姿を探し求めている。あたり一面瓦礫の山だ。
 周囲は焼け焦げた匂いが充満していた。大規模な爆発により周囲のコンクリート・アスファルトは所々剥がれ、
飛び散り、焼け焦げて異臭を放っている。時折、熱された石が犬の足の裏をジュウと焼く。
しかし、犬はそんなことに全く頓着しないで一心不乱に探し続ける。すでに身体のあちこちはススに塗れている。

どこからか緊急車両のサイレンの音が近づいてくる。
 不意に、犬の鼻がピクリと動き、焼け爛れた瓦礫の山に駆け寄るとその下に駆け寄り掘り起こそうとする。
ガリガリと爪を立て、大きな瓦礫がいくつも転がりだす。
その先にあったのは・・・・主がつけていたはずのススだらけの般若面とその下に広がる真っ赤なシミ・・・・
 犬は天に向け高く長く吠えた───

63:闇の邂逅 2/17
11/08/04 01:40:14.50 Vm2WbjGk
 数時間前、そこは廃工場だった。人気のないエリア。ぼんやりとした街灯が誰もいない路地を照らす。
周囲は寂れた廃工場・倉庫群が並ぶ。時々消波ブロックに波が砕ける音と船の汽笛がどこからか聞こえてくる。
 海の近くにあるこの場所は都心に近く、かつては一大工業地帯を建造する計画がたちあげられていた。
しかし。それは様々な要因により破棄せざるをえなくなってしまった。
そして使い道がないまま、今日まで放置されていた……はずだった。

 そんな廃工場の一角には不似合いな黒塗りの高級車が数台乗り付けた。
車から出てきたのは黒スーツを着た屈強そうな男達。周囲をガッチリ固めながら後部座席のドアを開く。
「先生、到着しました」
 男達に囲まれるようにして狡猾そうな男が一人出てきた。大仰そうに周囲を見回す。
「本当にここなのかね?」
ひとりごちる。男達は無言で彼を誘導する。
 彼は金にモノを言わせたやり方で強引に事を運ぶやり方で悪名が知れ渡っている政治家だった。
他の男達はそのボディガードだ。

 そして、そんな彼らを出迎えるように廃工場からでてきたのはこれまたこの場にそぐわない白衣の老人。
ワシ鼻でいかにも研究者といった雰囲気を醸し出している。猫背のまま頼りない足取りで
男たちの前に歩み寄るとワシ鼻の下のヒゲをモゴモゴさせて言う。
「ようこそお越しくださいました。こちらです。どうぞ」
両手を白衣のポケットにつっこんだままそう告げると、返事も待たず工場の暗闇に姿を消す。
 男は言葉だけ丁寧なつっけんどんな対応にやや不満そうにしながらも、後に続き工場内に姿を消した。

 内部は剥き出しの裸電球が一つだけ灯され光源になっている。そんな光りの中に浮き上がる景色。
所々剥がれたコンクリートの床は埃とオイルが混ざって積もり、錆びた工具が無造作に転がっている。
工場の片隅には盗まれてきたとおぼしき小型のスクーターが分解途中で放置されている。
 周囲には潰れかけた空き缶やお菓子の袋が散乱しそこに埃が積もっている。その様子はどう見ても廃工場だった。

 先ほどの白衣の老人はそんな景色のなか、配電盤らしきボックスの前でやはりポケットに片手を入れながら、
男達がやってくるのを待っていた。
 じっと値踏みするような視線を男たちに向けたまま、無言でたたずんでいる。
こんな寂れた場所に呼び出された男がつっかかる。
「それで、こんな所が本当に研究所なのかね?博士」
傲慢な調子で、言葉を続ける。
「全く、こんな場所くんだりまで出てきておふざけではすまないんだぞ。
 分かっとるのかね?君にはいくら投資したと思っている?!」
唾をとばさん勢いでまくし立てる。そんな物言いにも慣れているのだろう。博士と呼ばれた男は特に気にした
風もなく、ポケットの中で何かを操作する。すると、配電盤に偽装していたボックスが開き、
地下への階段が現れた。
「どうぞこちらへ。研究の成果をお見せしましょう」

男達は他、黒服の男達ともども、博士とともに地下への階段へとおりていった。

64:闇の邂逅 3/17
11/08/04 01:41:11.06 Vm2WbjGk
階段の先にあったのは最新鋭の研究設備。リノリウムの廊下を明るい照明が照らし、清潔で清浄な空気。
そして薬品の匂いが漂う空間だった。そんな空間を歩きながら博士と呼ばれた男は解説を続ける。

「先だって、やっと完成した所です。実用化までやや調整が必要ですがあと一つ条件が揃えば起動できるでしょう」

 博士の横を歩きながら、その言葉にもふん、と鼻を鳴らしただけで興味がなさそうな男。逆に、先ほどまでの
無表情ぶりはどこへやら、やや興奮ぎみに研究成果を話す博士の言葉にも冷淡に応じる。

「君の研究が成功するのは喜ばしい事だろう。だが、わしの役に立つかどうかは別問題だ」
水をさされ、やや冷静に博士がこたえる。
「そうですな。・・・ちょうどいい。成果の一部をごらんにいれましょう」

黒服の男達をともない、二人は廊下を歩いてゆく。そのうち、左右に分厚いガラスで区切られたゲージの
ようなものが配置されている所にでた。だが、中にあるのは赤茶けた土が盛られているだけのように見える・・・
「これが?!ただの土くれではないのかね?」
博士は答える。
「いえいえ。これはまだ初期の頃で見た目では分かりません。もう少し先に進めば目に見えてわかるように
 なるかと」
その通りだった。何の変哲もない土くれがいずれモゾモゾと動き出したりフルフルと振るえるものが増えてきた。
 さらに中には顔のようなモノを備えて明らかに動き回っているものまで出てきた。
その様子に男はだんだんと薄気味悪そうになってきた。
「これが・・・研究の成果だと?」
「ええ。人の『念』を込めやすくした土・・・我々は『念土』と呼んでいますが、これらをもっと人の思念に
 強く反応するように、念を強く焼き付けられるように成分を調整しました。
 これらは一般的にいわれる『負』の想念に特に強く反応するようです。これらの研究が巧くいけば、
 人の想念を思うように操ることも可能になるでしょう。
 それこそ、先生の説得に応じないものを従わせたり・・・ね」

 今までの無愛想さがうそのように饒舌に語る博士。それには応じず、あくまでぶっきらぼうに返す男。
「当然だ。そうでなければ、投資した意味がない」

 歩いていくうち、ゲージの中の存在・・・ただの土くれであるはずのモノはますます不穏さを増し、
中にはゲージ身体を打ちつけるもの、無数の顔とおぼしきものが蠢き、うめき声をあげるものがでてきている。
それに伴い、分厚いガラスゲージにはホログラフィー……だろうか?
不思議な幾何学模様が投影されるようになってきた。その不思議な模様に対し、男が質問する。
「一体、これはなにかね?」
「フィクションに登場する妖怪を封印するお札はご存じですかな?これはその応用です。
 原理は不明ですが『念・想念』を押さえ込むのにそれなりに有効ですので。
 それと、こちらのもう一つの模様ですが・・・
 これも表示していないといつの間にか種もないのに発芽してただの土くれに戻ってしまうものでして」

 博士が示したもう一つの模様は知る人が見れば『気配消し』の呪符だと分かるだろうが博士は知らない。
解析は後回しにしているのだ。利用できるなら理屈などどうでもいいというのが基本姿勢だ。
世の中には解き明かしたい謎が多すぎる。

「ふん。科学至上主義みたいな君がよくまあ、こんなオカルトを信じたものだ」
「なに、このノウハウを提供してくれたのは共同研究者の彼の専門分野でして。互いに役に立つ間は何でも
 利用するのが我らの主義です」
「なにっ?!他にもこのことを知っている者がいるのか?!」
「心配はいりません。彼奴も私と同じく科学に魂を売り渡した者。孫娘を生かすため人の道を踏み外しました。
 今は私と研究データをやりとりしておりますが、先生の事は知りませんし、いざとなればその孫娘を
 押さえてしまえばどうとでもなるでしょう。先生の御力があれば造作もないこと。そうでしょう?」
「ふん。わしにかかればどうにでもなる。だが、可能なかぎり面倒事はなしにしてくれ」
「もちろんですとも」

やがて二人は厳重そうな鉄製の扉の前にやってきた。

65:闇の邂逅 4/17
11/08/04 01:41:38.08 Vm2WbjGk
「ここです。ここが研究の最たるものが納められています。ごらんになられますか?」
「当然だ。何のためにここまでやってきたとおもっとる」
それを受け、博士はいくつものセキュリティカードを取り出し、幾重にもかけられたパスワードを入力。
 しばらくして何重にも閉じられた隔壁が開き始める。その先は・・・・広いがシンプルな筒状の空間のようだ。
吹き抜けの空間につきでた通路のような足場が部屋の中央まで続き、中央付近で少し広くなっている。
入り口からだと空間と通路しか見えない。

 「どうぞこちらへ。」
博士が男たちを伴い、突き出た通路の先端まで歩いてゆく。
その突き出たような足場の先、下を見下ろすと、大量の赤い土がうごめいていた。
ただ、今までの赤土と比べて量と様子が尋常じゃない。生き物のように蠢き、うなり、まるで世の中のものすべてを
恨んでいるかのようなうめき声を常にあげている。
「君、これは一体?!」
普段は強気で振る舞っている男もさすがに動揺していた。無理もない。モゾモゾと動く大量の土の表面に
怨念めいた顔が一つ一つ浮かび上がり、時々得体の知れない形状の手だか触手だかを上方の自分らに向けての
ばしてくる。そして、それぞれの顔がおおぉおぉぉおぉお・・・とうらめしげに、苦しげに声をあげているのだ。
虚空に向けて。

「これが、様々な怨念を凝縮した『怨念土』です。様々な場所から人の『想念』を集め、ここまで育て上げました。
 ただ、この状態では様々な思念が入り乱れるだけで方向性が決まっておりません。まともな形にならないのです。
 そこで、先生にあと一つだけ協力をお願いしたいのですが・・・」
 いいつつ、博士が軽く腕を振ると天井から輪のついた紐がスルスルとおりてきた。

「なんだと!こんなものの為に金を出せというのか?!それこそ馬鹿げとる!わしは出さんぞ!」
「いえいえ。資金ではありません。そんなものより、この思念体の塊に方向性を与えるだけの強烈な自意識が
 必要でして。────そう、例えば・・・あなたの野心が最適なのです」

その言葉とともに、近くにおりてきた輪をぐい、と引く。その途端、足下の床が消えた。あっという間もなく
落下する男たち。博士は引いた紐にぶら下がる形で宙にとどまった。よく見ると、袖の中にカギ爪が
仕込まれていて、輪にひっかける形で身体をつり下げていた。
 今まで乗っていた足場はまるで支えなどなかったかのように落下した。最初からそうなるような構造で、
彼がぶら下がっている紐一つで折れ曲がるようになっていたのだ。一瞬で男達は土に飲み込まれた。

「き、貴様っ!・・・あぶぅ」
そこまで言って政治家だった男は黒服の男達とともに恨み言さえ残せず土に飲み込まれ、練り込まれた。

「・・・・さて、これでうまく起動すればいいのだが・・・・」
紐にぶら下がったままひとりごちる博士。やがて、足場がゆっくりと戻ってきた。
わざわざこのことのためだけに用意された仕掛け。すべて最初から計画に折り込み済みだった。 野心が強く、
資金力を持つ者に話を持ちかけ、資金と、献体を確保する。これが初めてではない。が、まだ上手くいかないまま
これだけの規模になってしまっていた。 以前は前は飢えた野生動物を幾度か投入してみたこともあった。
しかし、やはり互いに干渉しあって確固とした方向性は定まらなかった。

戻ってきた足場に足をつけ、データを確認しようとモニタールームに戻ろうと歩き始めた時、明確な声が響いた。
「おのれぇぇぇえええええ」
ハッとなり、身をのりだして下をのぞき込む博士。今までてんでバラバラに蠢いていた赤土が一つの顔を
形作り、こちらをみあげていた。一際大きな鬼の顔の眼窩には青白い燐光が灯り、博士を凝視している。
いつもの冷徹なまでの冷静さをかなぐりすて、興奮気味に叫ぶ博士。
「ハッ、やった。やったぞ!ついに成功だ!」
だが、研究者にありがちだが彼は失念していた。その礎となった男の事を・・・成功した時のリスクを・・・

 政治家だった男の野心はそのままこの巨大な赤土に宿り、恨みと怒りを博士に向けたまま動き出した。
その身体には未だ無数の顔が浮かびあがり、恨み言をうなり続けている。
しかし、そのケタ外れに強い自意識が一つの巨大な鬼の姿にイビツながらも固定していた。
その巨大な土の塊をその強欲さに見合う巨体で博士に襲いかかった。
 その数分後、この研究施設は壊滅した。

66:闇の邂逅 5/17
11/08/04 01:42:08.36 Vm2WbjGk
 ピクッ

夕食の後、ゆったりした時間帯。お茶を煎れようとしていた鬼子の手が止まった。
 いつもの紅葉模様の和服姿。片時も手放さない般若面を頭の横に装着している。長い漆黒の髪をもつ鬼の娘。
頭に生えた小さな2本の角が何かの気配を察知して疼く。

妹分のこにぽんはTVに登場する芸人に「これツマンない~」と桃色の着物をバタバタさせながらツッコミを
いれている。そういいながらも最近入ったばかりのTVにかじりついてる。

ここしばらくは、鬼子の家も人間の某友人のおかげか、いかにも旧・日本家屋。といった風情から脱却しつつある。
不要品だなんだといいながら、型遅れの電化製品やら漫画やら便利なものを持ち寄ってきてくれるのだ。
・・・とはいえ、鬼子が必要だと感じるものはそう多くない。これもこれもと勧めて来る友人にそれは無用だと
断るのは少しばかり心が痛む。
それでもいくつかは考えもしなかったものもあり、これはと譲り受けるのにはTVのようなのが多くなっている。
・・・特に豊胸グッズに心が動かない訳ではなかったが、人間向けの物が鬼の娘に通用するかわからない上、
不要品ということは・・・それはともかく。

「わんこ」
 そう呼ばれている犬耳の少年。鬼子の声にいつもなら必ずぶっきらぼうにぶーたれる彼。
小日本と共にあぐらをかいてTVを観ていた彼の耳がピク、と動いた。それだけで鬼子の意志をくみ取る。
自称、ひのもと家の番犬。兼、居候。

「あーそーいえば、田中から新しい「でーぶいでー」借りてきてたんだった。おい、こに、観っか?」
「ホント?!観るみる~~でもなんでもっと早く思い出さなかったのよ~わんこ~」
 いいかげん飽きてきたTV番組を見てて損したとばかりに責める小日本にわんこはいつもの調子で答える。
「あーワリ。ついうっかりな」
そういいながら、赤い着物の懐からディスクを取り出し、DVDも再生できる旧型のゲーム機にセットしはじめる。
そんな会話に鬼子も加わる。
「あら、それじゃあ、この前借りたのは返さないと。この時間なら何とか間に合うしね。ちょっといってくるわね」
それを聞いた小日本は不満そうだ。起きだして、鬼子の袖にまとわりつく。
「えー?ネネさまも一緒に観ようよ~~~?」
一人で観るのはつまらないとばかりに鬼子を引き留めようとぶら下がる。
「ごめんなさい。早めに戻るから。わんこの背を借りればスグ戻ってこれるし。
 あ、そうだ。帰りがけ「こんびに」で何か買ってくるから。何がいい?」

「あ、アタシ『銀のフォーク!』」
 聞かれてもいないのにちゃぶ台の上で丸くなっていた猫、ハンニャーが顔を上げ答える。
鬼子はちろ、と目をやり、目で「(こにぽんの事、しっかり見てなさいよ)」と念を押す。
 ハンニャーはわかってるってとばかりにウィンクを返す。
一方、小日本は、ぬ~と、不満顔になり、やがて、ん~と、ん~と、悩みはじめた。
その末、「ぶらっくさんだー!」と、最近お気に入りのお菓子の名前を挙げた。
 そんなやりとりをしているうち、
「ほら、セットできたぞ。見ンだろ?」
わんこがメニュー画面を示し、コントローラーを差し出して来た。わんこは何だかんだいいながら、面倒見がいい。
TV画面にはちゃんとアニメタイトルの「再生」の部分にカーソルがあっている。
「んじゃ、ちょっといってくるわ」
小日本にコントローラーを渡し、とっとと外に出ていった。

「それじゃ、すぐ戻るわね」
小日本の手が袖を離れたのを見逃さず、スルリと離れわんこの後に続いた。

その後ろでは
───金欠戦隊カネネンジャー
 「非情!タイムサービスの罠!肉類が売れ残ってない!タンパク源の補充は誰の手に!」────
早速DVDの再生が始まっていた。

67:闇の邂逅 6/17
11/08/04 01:42:42.89 Vm2WbjGk
ドロン
 そんな音とともにハンニャーが人の姿をとった。本来は可愛げのない猫又だが、人の姿をとると
年齢不詳の妖艶な美女になる。着物をゆるりと着こなす姿からは小憎たらしい猫の姿が本性とは思えない。
 もっとも、人の姿になっても、猫の耳と二股に分かれた尻尾はそのままだが。
そして、いつもなら鬼子が座るだろう座布団の上にあぐらをかいてすわる。小日本の隣。
イイコイイコするように小日本の頭をなでた。
「いいコね。よく我慢したわ」
 頭を撫でられているこにぽんはいつもより少し寂しそうだ。画面をみながらぽつりと呟く。

「だって、ダダこねてもネネ様を困らせるだけだもん。だったら、気づかないフリして送り出すのが
 いい女の条件だっていったの、ハンニャーじゃない」
 そういう横顔はなんとなく泣くのを堪えているようにも見える。

ふ、とハンニャーの口元が緩む。
「そうね。あなたはいい子よ。あなたは間違いなくイイ女になれるわ。
・・・・さぁて、一緒にこれ、観てあげる。鬼子の代わりにはなれないけど、ね」

─────────────
 鬼子が外に出た時には玄関先に巨大な犬がたたずんでいた。
首に首輪ではなく大きな数珠のようなものをかけている事と人が乗れるほど巨大な事を別にすればよくいる雑種だ。
実はこの姿がわんこと呼ばれていた少年の本当の姿だ。
 さっさと乗れとばかりに頭を振る。ヒラリと鬼子が飛び乗った瞬間、矢のように疾りはじめる。
「まったく、この気配はこの前の所ね。いつの間にこれだけ大きなものを」
 疾走し躍動するわんこの背にしがみつきもせず、かるく数珠に手を添え横座りしたまま呟く鬼子。

 かつて、幾度かニンゲンが心の鬼とおぼしきものを作ろうとしている所に乗り込み、手遅れになる前に
萌え散らした事があった。ここ暫くはその気配が起きることもなかったので、もう諦めたのかと思っていたが
そんな事はなかったようだ。
 人の心が生み出す鬼を人によって御せる道理はないだろうに・・・

 巨大な犬は鬼子をのせたまま疾る。山を下り、森を抜け、民家の屋根を渡り、ビル群をも走り抜ける。
相違をズラした一種の『異界』を走っているためか鬼子達に気がつく人間はいない。
 場所は確か、街外れの倉庫街・・・廃工場の集まっている地域の地下。
あそこなら多少の荒事も人目につかないだろう・・・・そんな目論見をもっていたが甘かった。
─────────────
 現場に到着した時、目にしたのはビル数階分かはあるだろう、とても巨大な赤鬼だったのだ。

 オオオォォオォオォォォォ・・・・・

赤鬼といってもほとんど全身がドロドロした赤い泥のようなものが人の形をとって動いているだけ。
といった感じだ。
 しかも、体のあちこちに顔のようなモノが浮かんでうめき声をあげては消えていく。恨みのこもった声を
上げては他の顔に塗りつぶされる。まだ不安定のようだ。

そんな状態のまま、手当たり次第に周囲の施設を破壊している。手近な支柱に腕を叩きつけるとズブリと支柱が
腕に飲み込まれる。そのまま力任せに引きちぎるとガラガラと崩れる。

 以前潜入した研究施設はほぼ破壊され、周囲には偽装された廃工場があったと思えない程、地下に瓦礫の
空間ができあがっていた。

 ひとしきり破壊した後、壊すものがなくなったんだろう。赤鬼はその瓦礫の空間から這いだそうとする。
・・・その視線の先には人の街があるだろうネオンの光が広がっていた。

「そこの者、まちなさい!それ以上進むことはまかりなりません!」
 倉庫の上、わんこの背から鬼子は赤鬼に呼びかける。

68:闇の邂逅 7/17
11/08/04 01:43:23.47 Vm2WbjGk
巨大な赤鬼はギョロリ、と虚ろな眼窩の奥に灯る青白い眼光で鬼子を睨み、次の瞬間、問答無用で攻撃してきた。
 巨大な腕を振り上げムチのように振り下ろす。わんこはさっと跳びのきその攻撃をかわす。
ドロの手は倉庫の屋根にベチョリとたたきつけられ、バキバキと毟りとり、そのまま租借するように取り込んで
しまった。

「ダメね。話が通じない所かちゃんと自我がハッキリしているかも怪しい状態みたい。よくもまあこれだけの
 想念を一つに結びつけたものだわ」

ブルッ、と犬の耳が動く。「それでどうすんだ?」と、聞いているのだ。 鬼子はすぅ、と一息吹い、命を発した。
「わんこ」
一言、名を呼んだだけだが、事は足りた。
 わんこは鬼子を背にのせたまま次々と周囲の屋根を渡り、手近のもっとも高い煙突を駆けあがった。
 そのまま巨大鬼の頭上を飛び越えるようにジャンプ。

そこから、いつの間にか背の上に立ちあがった鬼子がナギナタを構え飛び降りた。
 耳元をびゅうびゅうと風が抜け重力に引かれ体が落下する。赤鬼がぐんぐんと近づいてくる。
 鬼子のツノがぐぐっとせり出し、目が釣り上がり、瞳が紅く燃える。
そのまま紅葉を撒き散らしながら高速落下した。

「萌え・・・・
      一閃っ!
          散れっ!」

 落下の勢いのまま肩口から脇下まで一気に切り裂いた。
オォオォオォォォォオォオォオオ!
 巨大な鬼が吠えた。切り傷に沿って次々と木の芽が芽吹く。いつもなら、このまま一瞬で若芽が葉となり
紅葉と化し、萌え散るのだが・・・しかし。

木の芽は紅葉する間もなくドロドロとした表面の流動物に飲み込まれて消えてしまう。
与えた斬撃によるダメージもあまりないようだ。腕が切り落とされてもおかしくないがそんな様子さえない。

 落下してきた鬼子を建物の壁を蹴り先回りしたわんこが受け止め、跳躍する。その直後、赤鬼の腕がわんこの
居た場所を直撃し、その場所をむしりとる。

「ダメね・・・だが足止めだけでも・・・・わんこ!」
 その声を受け、片耳だけ動かして応じた後、赤鬼の両足をイッキに駆け抜ける。

斬っ
  斬っ!!
       オオォォォオォォォオ・・・・

すれ違いざま、両足に斬りつける。多少は効果あった。
 斬り裂かれた両足にさすがの赤鬼もたまらず膝をつく・・・・が、
暫くすると切り離された足がドロドロと集まり再びゆっくりと立ち上がりはじめる。
 「やはり。切り離されても、合流する以上、結果は同じか」
チラリと周囲を見回す。今までの攻防で、飛び散った赤鬼の断片が散らばっている。
(チッ、あれだけ切り刻まないと行動不能にすることは難しいか)

 だが、そんな事は事実上不可能。幸い、今までの攻防で赤鬼の移動は止まっている。
少しの間だけだが、人間の街へ向かう心配はない。が、このままではジリ貧になることは目に見えてる。
「てれび」に登場する鉄砲みたいに飛ぶ発破(ミサイル?)があればと思うが、無いものねだりをしても仕方ない。

69:闇の邂逅 8/17
11/08/04 01:43:51.20 Vm2WbjGk
 これはそろそろ”異界”に通じる陣を施術し、そこに誘導した後、延々行動停止するまで斬り続けるしか
テがないか・・・しかも寸刻みで。それには結界師の白狐の手を借りなければならなくなるが、
そのような事は本意ではない。それに作業の果てのなさに気が重くなる。
 いっそ、人間が作り出した業、たまには人間に丸投げしてしまおうか?
などと、物騒な考えまで浮かびだした頃・・・・

「はははは!ほら、ここに居た、我がトサカに感知できぬ乳はない!」
思わず、胸元を隠す。聞き覚えのあるこの声は・・・
「でゲス、でゲス。やっと追いついたでヤス!毎度のこととはいえ、置いてきぼりはひどいでゲス!
 あと、もうちょっと膝をこっちに向けてくれれば・・・もう少しでもう少しで見られるでゲスのに」
 続いて聞こえてきた声に思わず足を閉じて裾を押さえる鬼子。
「あなたたち・・・こんなときに・・・・」
みれば、赤鬼が通った足跡、触れたところは無差別に毟りとられ地面が剥きだしになっている。その最寄りの穴。
そこから珍妙な生き物が二匹、顔を出している。

 魚みたいな顔とその上にのっかっているニワトリを思わせる生き物。ヒワイドリとヤイカガシだ。

 どこへいってもこのナマモノ達はついてくる。そういえば忠実な臣下みたいに聞こえるが、
する事はセクハラばかりなので救いようがない。
幾度シバキ倒しても全く懲りず、こうやって戦場までつきまとってくるのだ。

「イラついてるときに変な茶々入れるな。迷惑だ」

 きっと、今の私は極低温の視線を放っているんだろうなと鬼子は思う。こんな非常時にこいつらは・・・・

「ああ・・・その目で罵って踏んづけてほしいでゲス・・・ぐぇっ」
 とりあえず手近な瓦礫を投げつけて戯言を封じた。その一連の動作に容赦はない。
「でで、で、今度の鬼はどんな輩なのであろ?」
二つ目の瓦礫を持ち出したのを見てヒワイドリがあわててまじめな質問をする。

 地中を進んできたため詳しく知らないのだろう。ヤイカガシは土の中を移動する特殊能力がある。
「あれよ」
 おおざっぱに示すとそこには、再び背を向け街へ向かって歩きだした巨大な鬼の姿があった。
今のやりとりで貴重な時間を浪費してしまったようだ。

 鬼子を見失ったのか端から興味をもってないのか、足が再生した後は目下、興味を引きそうな街に向かっている。

その巨大な姿にアングリと絶句する二匹。
「『みさいる』だ!みさいるをもってこーい!」
「『ばーずぅか』でも可でヤス!なんでゲスかこの怪獣映画は?!」

 ダメね・・・この2匹も田中さんの「あにめ」に影響を受けてる。さっきまであまり人のことを
言えない感想を持っていたのに呆れる鬼子。

「もしくはガスタンクでの大爆発でゲス!くる途中にそれっぽいのがあったでヤス!」

「そういえば、途中、方向を確認する為に時々地中から顔を出したが、ガス漏れしていた所があったな。
 臭くてかなわんので、すぐにひっこんだが」

「?!ちょっと待ちなさい?!それ、どこのこと?」
この辺りは廃工場ばかりで、大して使われないうちに遺棄された場所だと思っていたのに、
ガスがあるのかといぶかしむ。

 実際には地下に研究施設があったが、そこの為にガスをはじめとするライフラインが存在していたことを
鬼子達は知らない。研究施設内部だけでなく、廃棄施設に偽造されていた部分も実際には使われていたのだ。
・・・・もっとも、制御・メンテナンスは極力地下から行える構造になっており、外から見たらとても
機能しているようには見えないのだが・・・・
「すぐそこに案内なさい!」
何とかなるかもしれない。そう、思い始めていた。

70:闇の邂逅 9/17
11/08/04 01:44:32.29 Vm2WbjGk
 夜。街中。とうに日が沈み、街の夜の顔が目を覚ましていた。公共交通機関は岐路についた会社員や夜の街に
繰り出す遊び人や暇人を乗せて走る。道は車で溢れ光の洪水を生み出し、ビル街はネオンサインで彩られている。

 そんな中を縫うようにして疾る異形の陰があった。
人の歩く歩道、車の走る車道、並木道の木、ビルの谷間。
 馬数頭分の巨躯であろうか。蜘蛛のように複数の足を巧みに動かし、道無き道、時にはビルの壁を何の
苦もなく移動している。SFだったら『多脚砲台』という表現がぴったりくるだろう姿。
しかし、その上に乗っているのは砲台ではなかった。それは甲冑姿の武者の上半身に酷似していた。
そして、鬼火を思わせる青白い光が複数、周囲を囲むように常に旋回している。
 そんな異様な存在が街中を移動しているのに人々は全く気がつかない。
まるで存在などしていないかのだ。そして甲冑姿の武者に付き従う赤と白の人影が二つ。
白い方は寄り添うように。もう片方の赤いほうは、子供のように騒いでいた。

「ははは!スゲーやお師匠さま!オレも修行したらこんな風になれるのか?!」
 赤い方はカン高い声でずっとはしゃぎ続けている。赤い袖なしの衣を纏い、腰には妙な刀を差している。
太刀にしては短く脇差しにしては長い。その上サヤが丸い筒状だ。
 短くバサバサの髪と端がボロボロな赤い着衣で声も見かけからも性別は伺い知ることはできない。
少年といわれれば少年のようだし、少女といわれても違和感がない。
 そして、不思議なことに身体は武者の身体と見えない糸で結びついているかのようにどんなに激しく動いても
一定距離を保ったまま離れない。

「ちょいといいかげんになさい、カイコ。いつも言っているでしょう。黒金様に対する口のきき方に
 気をつけなさいと。あなたの師である以上に我々天魔党のお守り方、侍部門の当主でもあらせられるのよ」
 そう窘めるのは白いほうの影。女、両肩を露出した肌も露わな花魁姿。しかし、顔は能面の憎女の仮面を
かぶり表情は見えない。が、声を聞くかぎり面白くないだろうことは想像に難くない。こちらは武者の脇に
ひしとしがみつき、一寸たりとも離れまいとしているかのようだ。

「へっ、だったら、お師匠様のお手を煩わせず、自力で移動するなりしてみろってんだ。
 跳んで移動するたびに片腕で抱えられて、キャッわたし恥ずかし~ってか?!」
からかうような声で自分の肩を抱き、くねくねと身体をくねらせて挑発するカイコ。
「っ!!んなっ!こ、ここ、このっ小僧!」
ミエミエの挑発にあっさりひっかかり言葉を詰まらせる女。
 その時、重々しい声がこの諍いを断ち切った。
「跳ぶぞ」
次の瞬間、巨体が宙を舞う。
「キャッ」
白い影の女はひしっとしがみつき、
「うわわっ」
赤い影は急に引っ張られる様子に背をのけぞらせる。
 構わず、次々とビル群の間を縫うように跳び、いくつものビルの谷を越えた後、ひときわ高いビルの上で
停止する。眼下には星の海のようにネオンに光る街並みが広がっているが、武者の目が向いているのはもっと
海のほう、灯りのない暗いエリアを注視している。
「この先か・・・お憎」
 「ハッ」
請われて、女は懐から呪符をとりだし、呪を紡いで起動する。

71:闇の邂逅 10/17
11/08/04 10:36:05.46 Vm2WbjGk
符は赤い燐光を発し、少しずつ燃えながらほとんど明かりのない小高い丘に向けて飛んでいった。
「ふむ。気配は向こうからするが卦の方向はあちらか・・・ならば従うのが筋であろうな」

 武者の表情は甲冑の奥なので伺うことはできないが、落ち着いた思慮深い声で結論づける。
「黒金様がお決めになったのなら従いますが・・・私は好みません。あのような胡散臭い輩が立てた卦など」
「だな。なんかヤな感じがする。でも、あんた、そいつらの教示を受けといて言うかぁ?」
 憎女の面がキッと言い返すその前に武者の声が割って入った。
「よさぬか。こうやって役に立つ以上、お憎が必要である事は変わらぬ。おかげで我々は民草に混乱を招かずに
 行動ができるのだ」

『天魔党に力をもたらす存在の誕生』そんなお告げがあったのは二人が「うさんくさい」と評する呪術専門部門、
『翁』が立てた卦によるものだった。
 今こうして、武者に付き従うお憎という女、黒金の為なら命さえ厭わぬと言う気性の持ち主だ。
今、気配絶ちの呪符によっって周囲の人間に存在を悟られないのも『翁』に教えを請い、
呪術の一端を学んだからに他ならない。
 基本中の基本、呪符を起動させるだけの技術。たったそれだけの事を学ぶだけでも『翁』に頼る事が
どれだけ危険な事か。
・・・そして、彼女は武者の為なら例え命を対価にすることさえ厭わない気性なのだ。
そして、『翁』相手にどれだけの対価を払うことになったのか。決して口にしないだろう。

「黒金様・・・なんともったいないお言葉」
先ほどの刺々しさとはうって変わって忘我の声でつぶやく女。
 カイコの方は何とも形容しがたいような、理解しがたい表情をしている。毎度のこととはいえ、この二人の
こういう事は理解できないでいる。

ともかく。
「そろそろ刻も惜しい。いくぞ。二人とも用意をしておけ」
「ハッ」
「あいよ」
 この一行が目的地に着く少し前、海の近くで大規模な爆発が巻きおこった。

72:闇の邂逅 11/17
11/08/04 10:37:17.46 Vm2WbjGk
  「─────萌え散れ!」
 幾度目だろうか。この巨大な敵に対して切りつけたのは。
 戦いは消耗戦の体を成してきていた。
腕を伸ばせば腕を斬り、足が市街地へ向けば足を斬り。

 いくらかドロの様な赤土は飛散するものの、大半は流れて合流し、また再生する。
 機動力と体力を誇るはずのわんこも息があがってきている。幸いなのは何度攻撃しても敵の視界から外れれば
途端に興味を無くし、一息つくことができるくらいか。
 だが、逆に言えば、思うように誘導したければ常に攻撃して興味を引き続けなければいけない。
 周囲は長い攻防の末、あちこちの地面、建物がむしりとられて、ひどいあり様になっている。

 目的の場所まであと一息───

 「よし、準備できたでヤス!急いで離れるでゲス!」
 アスファルトやコンクリートが剥がれた地面の一つからヤイカガシが顔を出し合図をよこす。
それと同時に誘導した先のガスタンク。その周囲に設置された明かりが巨大鬼を照らし、または点滅しはじめた。

 鬼子がこの場所へ誘導・時間稼ぎしている間にヒワイドリがガスタンクにでたらめにライトを設置したのだ。
 この巨大な鬼は考える力はなく、とにかく興味を引く方に引き寄せられていく。ならば、その性質を利用して
ガスタンクに取り付けられればどうにかなるというのが今回の作戦だ。

 後は、このタンクに取り付いた所を遠距離から鉄の棒でも投擲し、タンクをぶち破れば自然と火花が散り、
ガスに引火・爆発するだろう。

ヒワイドリは俊足だ。点灯するライトの電源を入れた直後に安全圏に離脱しているはずだ。

 目論見どおり、巨大な赤鬼は自分の身体には大きすぎるタンクに取りかかり、取り込もうとしはじめる。

「それじゃあ、離脱するわよ。わんこ」
 それを聞いてわんこは一声、吠えた。途端、首に巻いた数珠の一つが光り、風の術がわんこと鬼子を包む。
 この数珠はある程度簡単な術を込めておくことができる。今までの攻防でも幾度も緊急回避に役立っていた。
だが、今の術で最後だ。わんこは風の術に乗り、この場所からいっきに離脱しようとした。
 しかし、次の瞬間、二つ予想外の事が起こった。
一つは、鬼子たちが安全圏に達する前に予想より早く巨大鬼がタンクを破壊、その瞬間、照明の火花が散り、
大爆発を起こした。

もう一つは、わんこが風の術で加速しはじめた瞬間、赤鬼のカケラ、とはいっても、一抱えくらいはある怨念を
宿した土が鬼子の足に絡み付き、わんこの背から引きずりおろしたのだ。
 わんこがその事に気づくもすでに遅く、風の術と爆風にどうすることもできず、安全圏まで押し流された。
 その後ろで鬼子は爆風に飲み込まれていった。

73:闇の邂逅 12/17
11/08/04 10:37:59.44 Vm2WbjGk
天地を揺るがすような大爆発。タンクに充填されていたガスは予想以上の効果を生んだ。
 当然、それを貪欲に取り込もうとしていた巨大な赤鬼は爆発四散した。
 その不安定な身体は爆発の衝撃と大小の破片に引き裂かれ、うちいくらかは焼き尽くされたが、
中には念を内包する性質のまま広範囲に飛び散ったのもあった。後にこの土が原因で日本の各地で心の鬼が
実体化する事件が頻発するようになる。

 それはともかく。

 その巨大な赤鬼、その核の部分は死んだ訳ではなかった。爆風に煽られ、巨大な赤土の固まりとして、
とある山頂に着地していた。山といっても分類としては丘に入るだろう。
 昼間なら手近な散策スポットになるくらいの高さ。
 その上空をいくつもの木の枝にぶつかり、土の固まりをまき散らしながら減速してベチャリと地面に落ちた。
しばらくしてモゾモゾと動き出す。

 ズボッ
土の固まりから人の手が突き出た。
 赤土をかき分けでてきたのは人、しかも青年の姿をしていた。表面上は。
「んだぁ?くそっ、やっと自由に動けるようになったと思ったらここはどこだ?つか、俺は誰なんだよ?」

荒っぽいしゃべり方だが、顔はそれなりに整っている。
 ただ、ドロの中にいたため、全身・髪ともにべったりと赤い土にまみれていた。

青年はさっきまで巨大な赤鬼の中から外を見ていた。意識もあった。しかし、身体を自由に動かせなかった。
幾重もの想念がひしめきあい、絡み合った濁流の中ではいくら足掻いてもあの巨体を御することは
不可能だったのだ。ひときわ強い自意識が勝手に身体を動かし、短い復讐を終えた後は貪欲に周囲のものを
取り込んで行くのを眺めているだけだった。

だが、やっと今回、バラバラに吹き飛んだおかげで自由に動けるようになった。
赤い土の固まりから立ち上がる。身には何も纏っていない。精悍な体つきだが、一つだけ人間と違う所があった。
海蛇を思わせる黒と黄色模様の長い尻尾が生えているのだ。
 それをピシャリと一振りして周囲を見回す。
どうやらここは山というか丘の頂上らしい。人の気配はない。
「ま、適当な所からカブるものかっぱいでみっか」

そうつぶやくと、手近に資材置き場らしきものがあることに気がつく。
 何かの資材を積み上げているようだ。ボロボロのブルーシートが掛けられている。

「お、ちょうどいい。とりあえずはこれでいっか」
ブルーシートを剥ぎ取ろうとしたそのせつな・・・
「ひゃあ?!」
 唐突に悲鳴のような声が上がった。
「あン?『ひゃあ』?」
 資材の間に潜り込み、眠っていたのだろうか、気弱そうな瞳が彼を見上げていた。

74:闇の邂逅 13/17
11/08/04 10:38:35.57 Vm2WbjGk
───「ここか、例の場所は」
符は赤い鬼火が目的地に着いた途端、燃えつき、消滅した。 どんな事態にも対応できるよう、二人の従者は
武者の巨躯から降り、周囲を警戒するように見回している。黒金と呼ばれた男も今までの異形から人の姿に戻った。
それでも、ツノが生えた甲冑姿は異様な威圧感がある。
「一応、結界を用意しておくか。お憎!」
「ハッ」
呼ばれ、懐から複数の呪符を取り出し宙に放つ。起動した符は青白く光りながら周囲をゆっくりと旋回しはじめる。
 これで、この呪符の内側のものの気配は周囲に察知されることはなくなる。
しばらくして、何かの言い合うような声と足音が聞こえてきた。
「え~ん、とにかく、下ろしてください~」「うるせえ!」
       ピシャッ!
  「ひゃんっ!ひ~~ん、また叩いた~ヒドいです~」
「うっせ、まだ叩かれ足りねーのか」「ひーん、とにかく、ごめんなさい~~」

 気配を隠す様子は全くないようだ。無防備にもこの結界内に入ってきてからこちらに気がついた。

「あん?なんだあ?オメェらは?珍妙な格好しやがって」
「いや、さすがにおめぇに言われたくねぇよ」
カイコがストレートな感想を返す。荒っぽい言葉遣いをしているのは先ほど土から出てきた青年だ。
はぎ取ってきたボロボロのブルーシートを身体に適当に巻いている。
 さらに珍妙なのは肩越しに何かを運んでいるようで、白く円錐状の細長いものをつかんで背負っている。
肩越しに見えるのはなにやらモコモコした白い山っぽいものが二つ。それが、もう一人の声の主らしい。
 お憎が余計なことを騒ぎ立てる前に手で制し、黒金は話を切り出す。
「我々は天魔党。鬼の国の遣いよ。これはと思うものを我が党に引き入れている。我らがここにいるのも今宵、
 この場所にて我が党に有益な者が現れるとの卦が出たため、迎えにきた次第だ」

「へぇ。そりゃつまり俺がその『てんまとう』とやらの有力株って訳だ。光栄だねぇ。よく知んねぇけど」
 片眉をあげ、軽く応じてくる。
「さてな。実はおめーの背負ってるソイツの事かもしれねーぞ?」
カチンときたのか、カイコが意地悪そうにいう。
 「あ?こいつがか?さっき、その辺で拾った」
片腕でぶら下げてるのを軽々と前に持って掲げた。それは少女の姿をしていたが、人間ではなかった。
 頭からはウサギを思わせる耳が二つ生え、胸と腰、そして手足もウサギのそれを思わせるふわふわな毛で
包まれていたが、何よりも異様なのは青年に逆さ吊りで運ばれていた事だ。
 本来尻尾があるだろう場所にツノが生えていて、そのツノを片腕で持ち上げられているため、あられもない格好で
武者達の前にさらされていた。
「フエ~ン、恥ずかしいです~~とにかく下ろしてください~~」
逆さ吊りのまま、赤面した顔を両手で覆い、半泣きで訴える。
「だから、うるせぇつってんだろ」(ピシャッ)

青年の尻尾が容赦なく、少女の尻をひっぱたく。「ひ~ン、トニカク痛いです~」
 さっきの会話を聞く感じ、どうやらこの短い間に何度も同じ事をやり取りしてきたようだ。

「で?俺をその『てんまとう』に勧誘しようってんの?それともコイツか?俺が拾ったんだ。やんねーぞ?」
 黒金が答える
「さてな。どちらかまでは卦には出てなかったからな。だが、我が党はこれより国盗りを始める。
 そんな小娘をいたぶるよりも我らが手勢になった方が有益だと思うがな」
ピク、と青年は反応する。

「・・・それは面白いのか?」
「それは貴様次第だな」「ふん・・・・」
手に娘をぶら下げたまま、沈思黙考する青年。ふと、何か思いついた顔になり、返答する。
「いいぜぇ。入ってやっても。ただし、一つだけ確認したいことがある」
 ニヤアといった笑みを浮かべる。
「ほぅ、なんだ?」
「あんたさぁ・・・・強ぇえんだろうなあ!」
 手に持った娘を放り出し、青年は黒金に飛びかかった。

75:闇の邂逅 14/17
11/08/04 10:39:12.34 Vm2WbjGk
「きゃんっ!」
地面に放り出された娘の悲鳴を合図に二人の戦いが始まった。
 青年の上半身が一瞬でワニに変貌し、武者に襲いかかる。

「黒金様!」お憎が声を張り上げる。
上半身を食いちぎられるかと思いきや、ガッキとワニの上顎と下顎を受け止める武者。
「お贈!手出し無用ぞ!それとカイコ!」
「あいよ!」
カイコは呼び声に応じて腕を一振りする。
途端、周囲を回っていた気配消しの呪符が見えない糸に引かれるように範囲を広げる。
 二人の戦場を広げたのだ。
今までよりもより広い範囲で呪符は戦場を巡りはじめた。

「ひ~~ん、トニカク痛いです~~」
放り出された娘は伏せた姿勢で打った腰をさすっていた。その前に憎女がスッと立ちはだかる。
「ほらほら、こんな所に居たら黒金様のお邪魔にもなるし、アナタもとばっちり受けるわよ?
 私の後ろにさがってなさい」
「ひぇえぇ~~トニカク怖いです~~」
そういいながら、お憎の後ろに隠れ伏せたまま頭を押さえ込む娘。

 その間にも青年と武者の戦いは白熱していく。
上半身ワニの姿に変貌した青年は、武者に上顎と下顎をつかまれ剛腕で引き裂かれた。が、次の瞬間、
巨大な熊の姿になり鎧武者を叩き飛ばす。
 武者は、近くの木に叩きつけられたもののダメージを一切感じさせない動きで体制を立て直すと抜刀する。

熊が再び飛びかかるとたちまちのうちに両腕を断ち切り、首をハネた。
斬り飛ばされた部分は赤い土くれにもどって飛び散った。

 しかし、熊の胴はそのまま巨大な大蛇になり、鎧姿に巻き付いた。そのままギリギリと締めあげる。
すると、今度は武者の背から虫の羽が生え巻き羽撃く。周囲を圧する音とともに2つの巨体は空高く
舞い上がった。2・3回振り落とそうと飛び回るが大蛇は離れない。最後には自分の身体ごと手近な岩に
叩きつけた。 たまらず離れた大蛇は今度は鷹の姿になり武者を追うように空中に舞い上がった。
そのまま飛びかかると思いきや、頭上にまわりこみ急降下し、獅子の姿となり頭上から襲いかかる。

「おいおい、何だアイツ、本当にお師匠様と互角じゃないか?」
 カイコが驚いたように空中から落下しながら続く戦いを観て感心した声をあげる。
 ムッとしたようにお憎が口を挟む。
「そんな訳ないじゃない。黒金様が遅れをとるはずがないわ。あれはあのイケ好かない男の実力を測っているに
 きまっているわよ」
「へいへい」
「トニカク早く終わってください~怖いです~」
のんびり戦況を見続ける二人に反して憎女の後ろで頭を抱え込んでブルブル震えて見ようともしない娘。
元々小心なのだろう。

 その間にも青年は幾度か姿を変え鎧武者を攻撃し、武者の方でも攻撃を受けては変貌した相手を斬り伏せて
いった。やがて、巨大な虎の姿となり、鎧武者の胸を装甲ごと斬り裂いた。青年は一端動きを止めると爪についた
血をベロリと舐める。 そのままだと言葉を発する事ができないのか、爪を伸ばした状態のまま人の姿に戻る。

「いいねぇ。アンタ、凄くいい。だけど、そろそろお開きにしようぜぇ。アンタのハラワタごとさぁあああ」

 そう叫ぶと爪を剣のように長大に伸ばして振りかざし、今まで変身したどの動物よりも疾く、武者に突進する。

 一方、胸を切り裂かれた鎧武者も流血しながらもダメージを受けたとは思えないほど静かに刀を構えていた。
「よかろう。ならば受けてみよ。我が奥義、暗黒雷光!」

全身からいっきに妖力が吹き出し、刀に集中する。そして刀に集まった妖気は暗黒の雷となって一瞬で敵を貫いた。

76:闇の邂逅 15/17
11/08/04 10:39:40.81 Vm2WbjGk
────「くっくっくっ・・・・」
青年は笑っていた。愉快でたまらないというように。
 先ほど受けた黒い雷鎚は胸を穿ち、青年を数メートルも吹き飛ばしていた。身体からは血のように見える、
赤いドロの様なものが流れ続けている。地面は吹き飛ばされた青年によってえぐられた跡が残り、
まだシュウシュウと煙をあげている。青年の身体は藪に突っ込んだ状態で停止していた。

「気は済んだか」 武者が前に立ち問う。
「ああ、アンタとなら退屈せずに済みそうだ」「そうか」
武者は手を振り、カイコに合図する。
「しかし、黒金様っ!この者は・・・・!」危険です、と憎女がいいつのる。
「よい。決めた事だ」「・・・・!はっ、そうおっしゃるのであれば」
納得していないのだろう。渋々といった感じで引き下がる。

「さあ、どいたどいた!ほらアンタ。手当すっから身体起こして!」
 カイコがお憎を押し退けるように青年の前に出た。いわれた当の本人はキョトンとした表情だ。
「あン?手当て?」
「そうだよ。妖怪や鬼ならまだ余裕あるだろうけど、人間なら死んじまうような大けがだぜ、それ」
 青年は自分の胸に開いた穴を見つめ、グリグリと指先でホジり始めた。穴からおびただしい量の赤いものが
流れ出る。しかし、痛みを感じていないようだ。
まるで自分の身体にできた珍しいデキモノをいじっているような風情だ。
「おいおい、その身体はまだ安定してねぇみたいだからそうイジるんじゃねーよ。じっとしてな」
そう言うと、腰に差している刀を鞘ごと抜いて目の前にもってきてから抜刀した。
だが、鞘から現れたのは刀身ではなかった。シュルシュルと螺旋状に現れたシルクのような白い帯のようなもの。
それが意志を持った生き物のように青年に巻き付きはじめた。

「お、おいおい。ちょっとまて」
「言ったろ。アンタの身体はまだ安定しきってないんだ。
 応急処置ついでにしばらく全身を固定する。おとなしくしてるんだな」
たちまちのうちに白い帯で全身を巻かれ、やがてでっかい繭のようになる。

「よし、一丁あがり。どうだい、お師匠さま?」
武者に向かって得意げに報告する。武者はしばらく繭の糸を何カ所か引いてチェックした後・・・
「腕をあげたようだが、まだまだ甘いな。細部の癒着をもっと均一にせねば長くは持たぬ」
「ちぇっ。お師匠はやっぱり手厳しいや」

カイコは武者の変身した一形態・蜘蛛の糸を繰る技を継承する弟子だ。そして、現在、糸を操る業を修行中。
この糸は様々な性質を持たせることが可能な為、応用が効く。修行の意味も込めて今回、同行させたのだ。

「済んだのなら撤収するぞ」「あいよ」
武者の身体がまた変貌する。足が無数にある巨大な姿だ。
「おいおい、まぁだ、んな隠し玉もってたのかよ」
「ま、お師様が変身して戦ったのなんてひさしぶりなんだ。アンタだって充分スゲーよ。
 傷が治ったらまたリベンジすりゃいいだろう」「およし、カイコ。煽るんじゃないよ」
憎女がたしなめる。
「よせ。それより早く準備をせぬか」
いつもの諍いを制し、出立をうながす武者。
「へーへー。こっちはもう済んでいるよ」
カイコはさっきの妙な刀(?)を鞘に納め、腰に差した。 ぐい、と何かを引くしぐさをすると、その場に居る全員が
武者の身体に引き寄せられる。
「ちょ、ちょっと。コラ!!」
憎女も武者の身体に引き寄せられ、抗議の声をあげる。
「今度は定員が多いんだ。文句は受け付けねぇぞ」
カイコの見えざる糸で武者の身体に各々が固定されたのだ。
「ひーん、何で私まで~~放してください~」
その声には武者が答える。
「ここでの戦いは少々派手に過ぎた。気配を消していたとはいえ、長居すると異変を察知した『鬼を祓う者』が
 やってくるだろう。それでもいいのか?」
「ひ~~ん、それは嫌です~~」
そうして、巨大な虫と化した武者は一行を乗せ帰還を開始した。

77:闇の邂逅 16/17
11/08/04 10:40:23.03 Vm2WbjGk
───ガスタンクの爆発は思いの外大規模だった。
周囲はあらゆるものが破壊され、あちこちから余熱による煙がシュウシュウと立ち上っている。

ほかにも上の方に舞い上がって落ちてきた瓦礫、地面に食い込んだままの瓦礫が焦げて転がりわずかに残った火が
チロチロと燃え続けている。

 そんな焼けた地面をものともせず進むものが一人・・・いや、この場合は一匹というべきか。わんこだ。
爆発が収まり、風の術が解けた頃、すぐに戻ってきたのだ。

 戻ってきたといっても、周囲の様子は爆発により一変している。匂いも消し飛んでしまった状況では
ちゃんと元の地点に戻ってこれたかは疑わしい。地面の匂いを嗅いで、主の痕跡を探しては移動するを繰り返す。
だが、今のところそんな気配は見つからない。

 移動しては地面の匂いを嗅ぐ、移動しては匂いを嗅ぐ。そろそろ嗅ぎなれた土の匂いに近づいてきた・・・はず。
だが、彼女の、主の気配は見つからない。しかし、不意に突き刺すような生臭さが脳天を直撃した。

 間違いない。ヤイカガシの異臭だ。どうやらここが例の場所付近らしい。近くに般若面と怨念土の残滓も
見つかった。だが、主の匂いは見つからない。
あの爆発で消し飛ぶようなヤワな主ではない。そう思い、周囲を嗅ぎ回る。焼けた鉄片を鼻でどかし、
足の裏を焼く鉄板や足の裏に刺さる焼けた鉄片には目もくれず、鼻腔内粘膜を焼くかのような異臭から主の臭いを
さぐりあてようとさまよい歩く。

 永遠に近い短い時間。やがて気力と時間に限界が来る。
人間が騒ぎだしたのだ。人間にこの姿を見られる訳にはいかない。わんこは焦燥にかられて吠えた。
 長く遠い遠吠え。とたん、すぐ後ろでカラリと瓦礫が崩れた。
「!!」
 ほかの所でも瓦礫は崩れている。だが、何か意図的なものを感じ、その瓦礫に駆け寄る。
「わんこでヤスか。手伝うでゲス」
聞こえてきたのはヤイカガシの声だ。
「鬼子の腕が瓦礫に挟まって動けないでゲスこっちで示す鉄柱を抜いてほしいでヤス」

 いわれた鉄柱をみたがなんてことのないものだった。よくわからない。
これくらいのものなら簡単に抜けそうなものなのだが・・・
「今、鬼子はあっしの神通力で地面に潜っているでゲス。もし、少しでも離れようものならたちまち生き埋めに
 なってしまうでガス」

 そういうことか。とりあえずニンゲンの車の気配が近づいてきている。あまり時間がない。
その鉄柱をひきぬいた。

とたん、また地面が爆発した。いや、爆発ではなく吹きとんだのだ。そして、夜の月の明かりの中に広がる黒髪、
月を背後にナギナタを手にわんこの主が復活した。

78:闇の邂逅 17/17
11/08/04 10:40:56.46 Vm2WbjGk
「ふぅ、やっと抜け出られた。助かったわ、わんこ。それとヤイカガシ」

 あの爆発の際、まだ近くにいたヤイカガシがとっさに鬼子を地面の中に引きずり込んだのだ。

当然、地面の中にも熱と衝撃は来るが、直接爆発を受けるよりはずっと影響が少なかった。
しかし、この辺りの地下にはヤイカガシが通り抜けられないものも多く存在する。
 とっさに地下に引き込んだはいいものの、ヤイカガシが抜けられないものの一つ、鉄のパイプが鬼子の右腕に
ひっかかり、抜け出せなくなったのだという。般若面を回収し、身支度を軽く整えた姿は特に怪我もないようだ。

「さて、人が近づいて来ているみたいだし、さっさと退散しましょ。二人には特にお礼をしなくちゃね。
 あとヒワイドリもか」
が、わんこはプイを横を向き、さっさと乗れ、とばかりに耳で鬼子にうながす。式神のプライドとして、
この程度で恩に思ってほしくないのだろう。
鼻先や足の裏は相当焼け爛れているだろうに、何でもないことのように振る舞っている。

「さて、あっしもそろそろいくでガス。この辺りの地面は泳ぎにくいでガスからお先に失礼するでヤス」

とぷん

 瓦礫をかきわけ、水に潜るように地中に消えるヤイカガシ。
こっちもだ。いつもはことあるごとにパンツを寄越せ寄越せとうるさいのに、こういう事で要求することはしない。
 気になるから聞いてみたいが、普段そんなこと聞こうものならホントに下穿きを渡さなくてはなりそうで
怖くて聞くに聞けない。何かそれなりにこだわりでもあるんだろうか?

 ・・・と、そろそろニンゲンの乗った車が近づいてきた。
緊急車両と思しきサイレンが聞こえてきている。時間がない。撤収しよう。
それと「こんびに」と・・・・「どらっぐすとあ」で火傷に利く塗り薬やおみやげを買って帰らないと。
 本当は歩いて帰りたい所だが、足を火傷していてもわんこの足の方が早いし、なによりも彼のことだ。
気遣われていると知ったらひどく怒るだろう。

 さて、わんこに火傷の薬を塗る口実をどうしようかと思案しながら、鬼子は背に乗り、その場を撤収した。

                                        ─終─

79:闇の邂逅 あとがき
11/08/04 10:41:30.83 Vm2WbjGk
・・・・という事で、おもいっきり天魔党のキャラを使った話を作ってみました。ついでに、以前チロっとだけでた
鬼土(きど)の設定を少し改変して使わせてもらいました。チョット思いついただけなのに、やたら分量がデカくなるのは
私の悪い癖です。改めないと・・・・それでは失礼します。

80:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/04 22:09:00.33 mo+AS5Dn
【編纂】日本鬼子さん はじめに

今ある日本鬼子さんの作品を参考にしながら、
自分なりに編纂して鬼子ワールドを開拓してみました。

まだ文章に力がなくて陳腐に見えるかもしれませんが、
宜しくお願いします。

叱咤・激励・雑言・罵り言承っております。
どれも小躍りしながら拝読致しますが、
お返事はできないと思いますのでご了承下さい。

ただ短歌であれば返歌を、
五七五であれば七七でお返しはしたいと思います。
試験的に。
(ちなみに本編に短歌も俳句も川柳もほぼ登場しません)

最後に、参考にさせて頂いた
イラスト、漫画、SS、音楽、レスに
大いなる敬意を表しまして、本編スタートです。

TINAMI版→URLリンク(www.tinami.com)
pixiv版→URLリンク(www.pixiv.net)

81:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/04 22:12:46.20 mo+AS5Dn
【編纂】日本鬼子さん序「どうしてなの……」
   一の一

 間に合った。
 間一髪だ。
 どうにか鬼の一撃を防ぐことができた。
 薙刀で鬼を振り払い、距離をとる。相手の姿は黒く、まるでそこだけに夜が訪れているようだった。まるで遠近感を感じさせない。ただその輪郭のない黒い頭に生えた角だけが夕陽を浴びて黒光りしている。
 無言の雄叫びをあげ、獲物の邪魔をした私を威嚇していた。

 夕暮れの山間、そこに広がる畑、この時間……。戦いたくないところに鬼が現れてしまったのは運がなかった。
 鬼が踏みしめた畑は邪気によって穢されてしまっている。私には対処のしようがない。
やっと大きくなってきたほうれん草も、これではもう食べられない。
 日が沈んでしまえば、闇に染まりきった鬼と戦うのは困難を極める。
この鬼は、夜や闇や影に関係した神さまが堕ちてしまわれたのだろうが、今この段階で特定する呪術や観察眼は持ち合わせていない。
 それから、

「ああ、ああぁ……」

 私の背後で腰を抜かしてしまっているのは、仕事帰りの農夫だろう、帰り道で鬼に出くわしてしまったようだ。
この方に怪我をさせないように戦わなければいけない。逃がしてあげたいけれども、
敵に背を向けるほど私は愚かではないし、そうでなくてもその役は不適任なんだから。

 そう、私一人では、何もできない。
 もしも、こんな自分に生きる価値があるのだとしたら、

「黒き鬼よ、あなたを散らしてあげましょう」

 鬼と戦って、あるべき姿に還してあげるしかない。
 挑発に乗った鬼が闇夜の腕を振りかざした。とっさに防御の構えをとり、頭上で受け止める。
まるで大岩を持ち上げているような重みが両腕にのしかかる。押しつぶされそうになるけど、
こういった力任せな鬼はいたるところで出くわしてきたし、その度に散らし、浄化してきた。
 力を受け流すように薙刀で払いのける。五尺ほど離れた地面に腕が振り落とされ、耕された土が邪気を含んで飛び散った。

 ごめんなさい、と心の中で呟きながら影の鬼の懐に潜り込む。
 隙は一瞬だけしか見せないから、合掌はできない。
 だからせめて、あなたを―

「萌え散れ!」

 一閃。

 上下に裂けた鬼が声にならない叫びを上げる。罪の意識を抱きつつ、薙刀に付いた邪気を振るう。
同時に背後の鬼が影となって四散した。こうして、元のおられるべき場所へと還ってゆく。
鬼の正体は「影」の神さまの一柱であったようだ。

82:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/04 22:14:07.27 mo+AS5Dn
   二の二

 薙刀を神さまの元へお返しし、振り返る。
そこにあるのは黒く穢れた畑と、尻餅をついたままでいる男だけで、もう鬼の姿は見当たらない。

「あの……」
「来んな!」
 男に声を掛けたか掛けないかの、ほんの一瞬の出来事だった。
 陽は山に入り、カラスの群れが列をなして秋の山へと飛んでいる。
風は畑の実りを揺らし、足元に広がる穢れはただじっとそこにあり続けていた。

 男は私を拒絶していた。

「おめえらが、おめえらが畑を荒らしてっから、みんな苦しんでんだ! 許さねえ、許さねえ!」

 そう……だよね。
 私も同類、なんだよね。

「同族殺しめ! 俺もやんのか? やんならやれ、どうせ飢えて死んじまうんだ! さあ、さあ!」

 私の頭には、角が生えている。
 さっきの鬼と同じ、醜い角が。
 ただそれだけの理由で、人々は恐れおののく。

 ある人々は「鬼が来たぞ」と叫んで逃げまどい、
またある人々は敵意を見せない私を見て「父を返せ」と「子を返せ」と涙を流しながら怒鳴り喚く。

 ただ角があるだけで。

「殺せ、さあ殺せ!」
 ときには、彼のように気の狂った人を目の当たりにすることもある。

 でも、私の取る行動はただ一つ。
 人々に背を向け、静かに立ち去る。それだけ。
 金切り声を背に受けながら、歩く。

「どうしてなの……」

 ぎゅっと、手のひらを握りしめて、過去を思った。
 遠くから列をなしていたカラスの声が聞こえる。
 本当は分かってる。こんなこと、考えたって意味のないことだって。
 涙が穢れきった地に落ちる。

 でも、問い掛けに答えてくれる人なんて、どこにもいなかった。

83:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/04 22:17:33.96 mo+AS5Dn
明日あたり、一話を更新したいと思います。

それ以降は一週間ペースの連載で続けていきたいと考えてます。
まあ、そんなこんなで、宜しくお願いします。

84: ◆XcAeHXuSbk
11/08/05 02:28:29.09 tD30im5B
>>83
楽しみにしてます。
というか週一ペースは凄いですね。

85:創る名無しに見る名無し
11/08/05 03:02:06.02 Li0rpfR2
鬼土は色々応用利きそう。なかなか面白い設定でした。

86:時の番人 ◆B1etz7DNhA
11/08/05 13:51:54.12 LTLaldqy
書き込みテスト

87:時の番人 ◆B1etz7DNhA
11/08/05 13:54:08.10 LTLaldqy
歌麻呂さん、いよいよ長編がスタートしますね。

鬼子の根本と成りえる「鬼」という性にあえて含みを入れて
最初から表現するなんてチャレンジャーですね。今後の心の中の葛藤が
どう展開していくか楽しみにしています。

私は初心者なので、人の文章にあれこれ言える立場ではありませんが、
私のSSを読んでくれた人からある言葉を頂きました。
「強調したい場合は除きますが、同じ言葉を近い所であまり使わないほうがいいですよ」と。
これは私自身の勉強の為と思い、その方は教えてくれました。

歌麻呂さんの物語に入る前の序章の文の中で気になる所がひとつ。
>相手の姿は黒く、まるでそこだけに夜が訪れているようだった。まるで遠近感を感じさせない。
という文章の「まるで」がひょっとしたらそれに当るんではと。
強調の為、使っているのであれば私のレスはスルーしてくださいね。

勝手な妄想の黒い鬼(勝手に目も解る様にしてしまいました)
URLリンク(dl6.getuploader.com)


88:時の番人 ◆B1etz7DNhA
11/08/05 14:03:10.63 LTLaldqy
勝手な妄想の黒い鬼(勝手に目も解る様にしてしまいました)
私も「勝手」を続けて使ってみました。

勝手な妄想の黒い鬼(表現には無いですが、目も解るようにしてみました)
個人的妄想の黒い鬼(勝手に目も解る様にしてしまいました)
勝手な妄想の黒い鬼(目も解る様にしてしまいました)
上記3行の方が読みやすい・・・かな??
素人考えでした。すみません。

89:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:54:58.66 tXXxKtAM
皆さんありがとうございます。
一週間ペースでやってけるかは不安ですが、なんとか身を尽くしてやってみようかなと。

ありがたいことにイラストやら「序」の修正すべき部分もあったようで。
TINAMI、pixiv版の方は訂正しておきました。

では一話目、始まりです。

90:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:55:56.73 tXXxKtAM
【編纂】日本鬼子さん一「そういうことじゃなくてさ」
   九の一

 この日、アタシは悩んでいた。周囲からすればたいしたことのない話なんだろうけど、
自分にとっては今後の人生の方向を決定づける重大な選択を強いられているんだと思っている。

 我をとるか、乳をとるか―。

 うん、正直冷静に語ってしまうと実に下らない。だから少し強引に事のあらましを話しておきたい。
 あれは朝目が覚めたそのときだった。

「……乳について語りてえ」

 開口一番、最悪だ。女性の部位は分け隔てなく愛する……というか、木を見て森を見ないようなことがないように
心がけていたはずなのに、今朝のアタシときたらこれだ。こんなのでは世間から失笑を買われかねない。
 とにかく、突如として胸語りの衝動にかられたアタシは貴重な高校生の夏休みを利用し、この猛暑の中、
本屋―主に同人誌を取り扱ってる店―へと赴いた。地元にはないので三十分電車に揺られて近くの大都市に着く。
このときも、目に行くのは女性の胸ばかりだった。確かに日頃落書きみたいなイラストを描いてるためか、
きれいな人がいたら参考がてらに目が行ってしまうのは認めよう。
でもこんなエロオヤジみたいな視線で人を見たことなんて一度もなかった。

 おかしい。

 何かがおかしい。

 でもその原因がわからない。昨晩兄貴の作った三時のおやつっぽい夕食にいちゃもんをつけたからだろうか。
それとも姉貴とのコスプレ談義が白熱を極め、四時間も盛り上がってしまったからだろうか。
 いや、そのあとで見た夢が原因かもしれない。
紅の和服に長い柄の武器を持ったコスプレ少女が悪を蹴散らす、そんな夢だったんだけど。

 ……どれも理に適っていない。そんなささやかな出来事のせいで価値観を変えられてたまるか。
 しかし現に価値観がすっかり変わってしまった自分に戸惑っている。同人誌を前にして、手先が震えているのが分かる。
どうしても胸に力を注いでいるクリエイターの作品に手を伸ばしてしまい、いつものように内容を吟味することはなかった。
 そりゃ、目の保養になるんだからいいかもしれないさ。
でも、もしそれだけの理由で享用してしまったら今までのスタンスはどうなる?
クオリティを二の次にしてまで、無秩序の奈落へ突き進む必要があるというのか?
 語弊があるといけないので、蛇足に一つ言いたい。乳漫画だとしても、乳に愛がこめられている作品ならいい。
そういう話は、自然と話もすっきりしていて、読了したときの気分は実に爽快だ。
アタシの言いたい「無秩序の奈落」ってのは胸をまるで道具のように使い、
それで読者を釣ろうとしているような、そんな卑怯な作品のことを言っている。

 まあ、結局アタシは後者の誘惑に乗って軍資金を使い果たしてしまったから、偉そうなことは言えないんだけど。
 そんなこんなで、いくつもため息をもらしながら地元に戻ってきた次第だ。

91:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:56:37.63 tXXxKtAM
   九の二

 やっぱり、何かがおかしい。
 道端ですれ違う女性の胸を見て、反射的に手が動いてしまったこともしばしばで、危うく犯罪になりかけたこともあった。

 落ちつけ、まずは心を落ち着かせてみよう。
 そういうときは、外で読書をするに限る。まあ読書といっても同人誌なんだけど。
 地元で有名な八幡宮に足を踏み入れる。真っ赤で巨大な鳥居をくぐると、多くの人で賑わう路地が一直線に続いていた。
 ……いや、さすがに鳥居や本宮の真ん中でルツボを取りだそうなどという気はない。
有名な神社だけど、一ヶ所だけ、人気がなく木陰もあって風通りもいい格好の読書スポットがあるんだ。
 本宮へと続く大石段の手前を左に折れる。林の中の小道に入ると、人々の賑々しい声は背丈のある木々に吸い込まれていった。
聞こえるのは砂利を踏みしめる音とアブラゼミの鳴き声、木々を掠める風の音だけだ。そして苔の付着した石鳥居をくぐる。

 祖霊社。
 アタシの隠れ家に着いた。
 吹き抜けの寂れた社へと続く砂利の路を歩く。左右にはカドの欠けている灯篭が並んでいた。人は誰一人としていない。
手近な灯篭に腰を下ろす。緑に包まれた空気をしばし味わいたかったが、待ちきれずに混沌たる書を開いた。

「ふむ、よい乳だ」

 よくない。内容なんて崩壊していて、ただ胸に全ての画力を注いでいる漫画を見たって
面白くないのに、何がアタシをここまで暴走させるんだろう。

「何、読んでるんですか?」
「『魔王少女マオ☆まお』のパロだよ。いやあ、表紙買いって怖いわ」
 そんな雑談を交わしながらページをめくる。
「えと……あの、かわいい絵ですね」
「だろう? こいつが生きる原動力なんだから」
 いや、違う。アタシの原動力は乳ではない。なのに、まるで誰かがアタシの口を操作して勝手に喋らせているみたいだった。

「あ……」
 小さな悲鳴を耳にする。いかがわしいコマのあるページに到来したのだ。

 頭上で木が大きく揺れた。風が吹いているのだろう、葉っぱの擦れる音が境内を包む。
 遠くの方では鳥が鳴いている。近くに巣でもあるのだろうか、餌を求めるヒナの声が飛び交う。
 しゃわしゃわしゃわ……。蝉の鳴き声が、一段と大きくなった。

 ―あれ、なんか、おかしくないか?

 恐るおそる漫画から目を離す。そっと視線を前へ向けた。

 そこには、深紅の着物を着た女性が、困惑した表情を見せ、アタシをじっと見つめていた。

92:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:57:12.00 tXXxKtAM
   九の三

 死んだ。

 ああいや、これはつまり身体的生命活動の停止を意味するんじゃなくてですね、
ほら社会的抹殺を今まさにここで宣告されちゃったことに対する激しい動揺やら衝撃やら日常崩壊やらバチ当りやら悟りやら、
その他諸々やらに関する数多のほとばしる熱いパトスを端的に述べたものであって、
つまりアタシはもうお嫁にいけないんだという古典的諦めをかの三文字で表そうとしたわけですけども、
そもそもアタシみたいな輩を嫁にする野郎なんてどの次元探そうともいないっつーか、
むしろこっちが○○は俺の嫁って宣言したいクチだしうんぬんかんぬん。

 まて、落ち着け自分。今自分が呼吸をしているのかどうか把握できる程度の冷静さを取り戻そう。

「あの……」
「ななななんだイ?」
 声が上ずっている。愛想笑いを浮かべようにも、頬が歪んで愛想もなければ笑いもない。
気持ちの悪い汗がにじみ出ていて、もう「にげる」のコマンドを連打したかった。

「え、えと、落ち着いて下さい」
 和服の少女が、言葉を選び選び口にする。初対面の彼女から心配されているようじゃいけない。
 まだ社会的抹殺から逃れる術はある。深呼吸をして、そっと同人誌をカバンに収めた。

 と、ここでようやく目の前の少女の黒髪から人間のものとは思えない二本の角が生えていることに気が付いた。
 それに加え、リボンを結ぶ感覚で般若のお面を側頭部からぶら下げていた。

 よくよく見れば、この少女だっておかしい。
 確かに境内で同人読んでるアタシよりかは遥かにマシかもしれないけど、
暑苦しい紅い着物とか、熱心に読書する人に声を掛けちゃうところとか、常識外れだと思わないかい?

 いや、待てよ……?
 もしかしたらこの子は同志なのかもしれない……
いや、「同じ志」とはいかなくとも、「同じ類」とは言えるのではないだろうか?

 この子はコスプレイヤー説、浮上。

 ならば、警戒しなくても特に問題ないだろうし、いやむしろ友好関係を築くのが紳士淑女の礼儀というものだ。

 わざとらしい咳払いをし、握手を求めるために手を伸ばした。
「アタシ、田中匠(たなかタクミ)。君もよくここに来るの?」
 少女はしばらく呆然とアタシの手を見ていたが、そのうちふっと、緊張した顔をほころばせ、満開の笑みに転じた。
「ひ、日本鬼子です! 初めてで、その、宜しくお願いします!」
 一気にまくしたてた少女は、そのまましがみ付くように握手した。アタシの手よりも少しだけひんやりとしている。

「ひのもと、おにこ?」
 変わった名前だ。日本という苗字もさることながら、鬼子……鬼の子だ。
そんなひどい名前を娘に付けた親の顔が見てみたい。

93:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:57:43.34 tXXxKtAM
   九の四

「変な、名前ですよね」
 自虐的な笑みを見せる。やはり自分の名前にコンプレックスを持っているみたいだった。

 うつむく彼女の角が目に入る。
 ああそうか、と疑問に合点がいく答えが浮かんだ。

 「日本鬼子」っていうのはコスプレしてるキャラの名前なんだ。
 日の出を背に歩む、角の生えた少女……いいじゃない。

「アタシはその名前、好きだけど」
「ほ、本当ですかっ? は、初めてです、褒めて下さるなんて……!」
 目をキラキラと輝かせる。「鬼子」に扮した少女はまるで自分の名前を褒められているかのように喜んでいた。

「もっと、日本さんのこと、知りたいなあ」
 未知の作品に対する知的好奇心が口に出る。
 少女ははっとアタシを見つめた。希望に満ちた眼差しが日射しのように注がれた、
と思いきや、ふと悲しそうな顔をして目線を灯篭に移してしまった。

「田中さんは、私のこと、怖がらないんですか?」
「まさか」
 コスプレイヤーに鬼はなし、と自称コスプレイヤーの姉貴は口癖のように言っていた。
コスプレはそのキャラクターを思う気持ちがないと演じきれない。だからコスプレイヤーは思いやりを知っている。
 それに、帯の上に乗った形のいい乳。偉人は口を揃えて「貧乳美乳巨乳合わせてそれ即ち正義なり」と言っていたではないか。
 ……これは失言だった。

 とにかく「日本」少女は即答に半ば驚いた様子だったけど、小さく頷くと真剣な面持ちで口を開いた。
「鬼を祓っているんです。人々の心に棲まう、鬼たちを」
「鬼が、鬼を?」
 興味深い設定に鼓動が大きくなる。
「鬼といっても悪い鬼ですよ? 人に害を為さない鬼もいれば、ちょっぴりイタズラ好きなだけの鬼もいるんです。
もちろん、国一つ滅ぼしてしまうような鬼もいるんですけど」
 悪い鬼、かあ。

 今朝見た夢を思い出す。悪の化身を華麗に蹴散らす少女の夢だ。
まるで、アタシの夢がそのまま作品になっているような、そんな不思議な感覚にとらわれた。
「なんか、面白そうだね」
 日本さんの臨場感溢れる戦闘シーンを見事なコマ割りで進められたら、読むだけでときめいてしまいそうだ。

「面白くなんて、ないですよ」
 アタシの静かな躍動とは裏腹に、和服少女は盛り下がる一方だった。
 ここって、一緒に盛り上がって、意気投合する感じの場面じゃないの?

 少女は俯き、そして祖霊を祀る神社を見つめた。その横顔は、どこか遠い過去を眺めているようにも感じられた。

「なら、なんでコスプレしてるの?」
 ……こんなこと、訊いちゃいけなかったのかもしれない。
 この瞬間、アタシの日常は崩壊してしまったのだと、第六感が知らせている。

「こす……? あの、こすぷれって、なんですか?」

94:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:58:08.67 tXXxKtAM
   九の五

 思えば疑問は山のように存在していた。
 なぜ、この子はアタシに声を掛けたのか。モラルがないように思えたが、
その身に染み込んでいる立ち振る舞いや着物の着付けを見ればむしろその逆だとすぐに分かる。
 沢の流れるような黒い髪、般若の面から滲み出る千年紀の色映え、
素人目にも分かる、市販の浴衣とは別次元のやわらかみと深みを兼ね合わせた着物……。
 ここまでキャラクターとユニゾンできる人なんて、コミケのどこを探したって見つかるわけがない。

 「鬼子」という名前。その名に対するコンプレックス。彼女の設定をまるで自分の宿命のように語る口振り。
 「私のこと、怖がらないんですか?」の一言だって、よく考えてみればおかしい。

 そして「鬼子」の輪郭を垣間見た夢や、制動しきれない乳に対する強い情熱……アタシ自身もおかしい。
 今まで気にしなかった―いや、目を背けていた違和感がここに集い、巨大な仮説が誕生した。

 アタシたちは、「日本鬼子」を、誤解しているのではないか。

「君は……君が日本鬼子、本人なんだよね?」
「はい」
「『日本』さんを扮しているわけじゃないんだよね」
「はい」

 勘違いしていた。
 この子はコスプレイヤーなんかじゃない。

 鬼を祓う、鬼だったんだ。

「鬼は、嫌いですか?」
 その言葉は震えていて、アタシのことを……いや人間を怖がっているようにも思える。

 確かに「鬼」という概念については、文化的に「嫌いだ」という答えがひっつくのは仕方のないことだろう。
 でもこの子は「鬼」を祓う鬼だ。
その勇ましい姿を想像して、憧れを抱いたのは確かだし、それは今でも変わらない。

 ……いや。ちょいと待たれよ。
 そもそも鬼は存在しない。神もいない。
 だからこそ灯篭に腰掛け、境内で同人誌を読もうなどという背信行為ができる。
 なら「彼女は鬼である」と考えるよりかは
「彼女は鬼の外見をまねた人間である」と思うのが理屈に合ってると思わないか?
 となると彼女は鬼でもなく、またコスプレイヤーとも言い難い。

 いわゆる重症中二病患者の疑い出てくる。

 リアル中二病ほど痛々しいものはない。
 けれども、もし「日本」さんが本当にいたとしたら、それは一期一会なんていう騒ぎじゃない。
 文字通り夢にまで見た、正義のヒロインじゃないか!

95:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:58:37.00 tXXxKtAM
   九の六

「日本さん」
 だからアタシは、一つの賭けに出た。
 実に滑稽でありながら、最も有効的な賭けだ。
「鬼祓いをさ、今ここでやってみてくれないかな?」

 鬼なんていないんだから、鬼祓いだってできるわけがない。
「もし鬼を祓えたら、私のこと嫌いになるんですか?」
「いや、むしろできなかったら距離を取らせていただきたいというか……」
 もちろん、中二病的な意味で。

「わかりました」
 彼女はなぜか嬉しそうに頷いた。
 胸が、きゅん、と締めつけられる。
 普通の中二病なら、ここで待ったを掛けるはずなのに。

 ―もしかしたら。

 角の生えた少女は般若のお面を手に取り、それを自身の顔に近づけた。
 にわかに風が吹く。
 その風が少女を包み込むと、ふわりと紅葉が舞い上がった。まるで幻を見ているみたいだった。
 紅葉はどこから来たんだろう……そんなことを思った瞬間、
胸から強烈な衝動が全身を駆け巡り、全ての思考が遮断された。

 ただ、ただアタシは……。
 少女の胸に目が行く。ただそれだけを見ていたかった。
 あわよくば、それを語り尽くしたい。この身を尽くしてでも、語り尽くしたい!
 心が暴れる。まるで身体の内側で大嵐が渦を巻いているようだ。

 乳、乳、乳……。

 暴走を止めるには般若から視線を逸らせばいい。そう本能は指令を下しているんだけれども、
もう窮極的真理の証を目の当たりにしてしまった今、逃れる術は一つとしてなかった。

 ―乳、乳、乳!

 四肢がはち切れ、胴は爆ぜるのではないか。
 もう全てを投げだして悲鳴を上げてしまおうか……そう思った、そのときだった。

 アタシは、全ての苦しみから、解放された。

96:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:59:04.61 tXXxKtAM
   九の七

 胸の中の乳語りの衝動が、身体から抜け出てきたような、そんな気分。
 思わず力が抜け、砂利の地面にへたりこんだ。
 自由だ。もう、気持ち悪い思考に至らなくて済むんだ。

 そんな安息な日々が、再び訪れ―なかった。

「乳の話を、しようじゃないか」

 謎の台詞を耳元で囁かれる。鳥肌が立ち、全身が硬直した。
 そこには、鶏に似た二足歩行の生命体がいた。

「な、なにこれなんなのっ?」
 逃げようにも、腰が抜けて力が入らない。
「ふむ、嬢ちゃん、オメェとはいい乳の話ができそうだぜ」
「しゃ、喋ってるーっ?」

 なんだ、なんなんだ「コレ」は!
 こんなのが、現実にあっていいものなのか?

「おいおい、このオレを知らねえったあ、よっぽどの田舎モンみてえじゃねえか。
ま、そいつはそいつで面白ェからいいんだけどよ。つーことで、出会った印に一杯乳を肴に呑もうじゃないか」
 赤眼に赤鶏冠、白い羽毛に包まれた三十センチほどの生き物は実に饒舌だった。もう何を言ってるのか頭に入ってこない。
「ひの、ひのもとさん……!」
 戸惑いなんて隠せるわけがない。もう死に物狂いで日本さんに助けを求めた。

 彼女は両手を伸ばし、何かを呟いていた。
 何をマイペースに! そう言おうとしたとき、少女の前に長身の棒のようなものが……いや、これは薙刀だ。
彼女の身長を優に超す薙刀が生み出されていた。

 もう、中二病とか理屈的とか、そういった考えは遠く異次元へと飛ばされていた。

 日本鬼子だ。そう思った。
 正真正銘、彼女は日本鬼子だ。

「あなたに憑いていたのは、心の鬼の代表格、ヒワイドリです」
 日本さんは薙刀を構え、呟いた。
「この子に憑かれると、ひ、ひ……卑猥なことばかり考えるようになります」
 日本さんの顔が赤くなる。なんて純情な心の持ち主なのだろう。こっちまで恥ずかしくなってくる。
「いいねえ鬼子。オメェの恥じらいのこもった『卑猥』ってワード、最高に―」

 ズドゥッ!

「でも、もう大丈夫ですよ」

97:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/05 23:59:29.73 tXXxKtAM
   九の八

 さっきまですぐ横にいたはずの心の鬼が見当たらない。
さきほどのあらぬ音と関係がありそうな気がしないでもないけど、あえて気にしないことにしよう。

 ヒワイドリという鬼に憑かれていたから、今日は変な衝動に駆られてばかりいたのか。
 実にしょうもない鬼だ。確かに迷惑だしお金の無駄遣いをしてしまったわけだけど、
別に命を狙われたわけでもないし、誰かを死に至らしめるわけでもなかった。
危うく電車内で痴漢をはたらき、法的に拘束されかけたけど。

 あと、角がなくても鬼と呼ばれるらしい。アタシたちの考える妖怪みたいなものも鬼として考えていいのかもしれない。

 日本さんが血振りをすると、薙刀が紅葉となって消えた。
「あの、田中さん」
 面と向かった日本さんを見上げると、彼女が、手を差し伸ばしてきた。

「お友達に、なって下さいませんか?」
「……え?」
 拍子抜けたお願いに、思わず耳を疑ってしまった。
真剣そのものの表情からそんなことを言い出すとは思いもしなかったというか、唐突というか……。

「だ、だめですよね? 私、鬼ですし」
「いや、まだ何も言ってないんだけど」
「なら、お友達になって下さるんですね!」
 日本さんの眼が輝く。
「えーっと、そういうことじゃなくてさ」

 なんというか、日本さんってちょっと世間知らずだよなあ。
 立ち上がり、スカートに付いた泥を払う。
 友達、という言葉が嫌いなわけじゃない。
ただ、それを口にすることがおこがましく思えてしまって、気が引けてしまうんだ。

「友達ってさ、『友達になろう』って言ってできるもんじゃないと思うんだよね。
一緒にいて、話して、少しずつ相手のことが分かってきてさ、嫌なところを見つけちゃっても、
それでもやっぱり一緒にいてもいいなって思える存在……っていうのかな?」

 歯切れの悪いことを言ってしまった。慣れないことを言うもんじゃない。
「ま、ぶっちゃけ兄貴の受け売りだから自分自身よく分かってないんだけどさ」
 照れ隠しに笑ってみるけど、きっと頬がひきつってると思う。

 そもそも兄貴のお説教の中で語られた話じゃないか。もうずいぶんと昔のことで、何で叱られたのかは忘れちゃったけどさ。

「……田中さん」
「ん?」
「だながざん……」
「え、ちょ、なんで?」
 日本さんが、泣いていた。アタシに手を差し伸べたまま、大粒の涙を拭うことも忘れ、
しゃくりあげ、肩を震わし、唇を噛みしめ、ひたすらに泣いていた。

98:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/06 00:00:06.94 Z/pK+/XG
   九の九

「だながざん……わだじ、こんななのに……ずびっ、すごいです、大切にじでぐれて……」

 砂利の上に滴が落ちた。

 すごくなんて、ないさ。アタシなんて中途半端なオタクでしかないし、これといって何の役にも立たない。
アタシを助けてくれた日本さんのほうがずっとすごい。
 ってことを言いたかったけど、相手が泣かれてちゃ言っても通らないような気がする。

「日本さん」
 宙ぶらりんの手を握り締めた。やっぱりひんやりとしている。きっと心があたたかい証拠なんだろうな。


「助けてくれてさ、ありがとう」
 アタシはやると決めたらとことんやる女だ。
「お礼しようにも金欠だから何もできないけどさ、行きたいトコあったら、一緒に行こうよ」
 だから、日本さんが友達になりたいっていうんなら、その地位に就けるようにやってやろうじゃないか。

「なら……私のおうち、来てくださいますか?」
 鼻声のささやかな要望に、アタシは得意顔で頷いてみせた。
「いいよ。どこなの?」

 すると、日本さんは祖霊社の方を指差した。なるほど、北東にあるんだな。
 ちょうど山があるから、その山の中に住んでいるのかもしれない。

「祠の中です」

 アタシはやると決めたらとことんやる女だ。

 いや、でもしかし。

 ―冗談きついっすよ、日本さん。

99:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/06 00:14:07.67 Z/pK+/XG
TINAMI版 URLリンク(www.tinami.com)
pixiv版 URLリンク(www.pixiv.net)

前話
>>80-83

次回の更新は八月十二日(金)を予定しています。

100:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/06 00:51:07.80 Z/pK+/XG
>>57-61
おおお! 風太郎くん!
そうか、わんこの隣にいるからこそ、そういう悩み事を持ってるのか。
風太郎くんならきっとそんな悩みを持っているに違いない!

各キャラクターが活き活きしてて、情景が輝いて見えました。
というか、うまーく短くまとまってて羨ましいです……!

>>62-79
その発想を下さいw
鬼子さんて何にでも合うんだなあ……と思いましたよ。
自分の中じゃ鬼子さんの世界なんて
「日常」か「昔の日本」に限られちゃってるわけですが、
ちょっとSFが混じっててもとてもしっくりしてて驚きました。

個人的には、それまで異質の雰囲気だったのが
5/17でストンと現代文明に呑まれつつある日本家の日常に転換する場面。
あの展開はうまい! 思わず唸ってしまいましたよw

101:創る名無しに見る名無し
11/08/06 01:18:53.89 Dc8Eoriv
イイ感じだな。SSスレ

期待してるぜぇ。

102:創る名無しに見る名無し
11/08/06 14:57:45.18 S36esgOf
>>90-98
これはw 以前の長芋マンガを見てるとさらに楽しく読める構成w 田中さんこんな風に思ってたのかw
(※注意:創り手ごとに解釈は違います。逆に受け取り手も色々な解釈で楽しめるのが鬼子世界です)

見方を変えると全然違う側面が見えてくるというのも面白いな。みずのて、わんこ視点もイケるか?

103:創る名無しに見る名無し
11/08/06 17:16:29.06 mBPsebcI
「みずのて」「闇の邂逅」「【編纂】日本鬼子さん」
・・・急にレベルが上がったって思うのは私だけ?

短編小説
『心の鬼とは』~ある田舎町での話し~

山間にひっそりたたずむ小さな田舎町。人通りは少なく、自然が織り成す音だけが漂っている。
夏の日差しを浴びて、強く輝く水溜り。今朝まで雨が降っていたようだ。
その上を飛び跳ねながら走り回る一人の少年がいた。
頭は丸坊主で、黒光りするほど焼けた肌。
7歳くらいと思われるその少年は、年齢に似合わず筋肉質な体つきをしていた。
毎日、近くの山や丘を駆け回り遊んでいるのだろう。

「お~い、健太ぁ~。手を合わせにいくぞ~」

遠い所から、少しか細い声が聞こえて来た。

「じっちゃ~ん。今日も行くのかぁ~?」

大きな力強い声で、健太はそう答えた。
声をかけてきた人は、この村に住む老人。健太のお爺さんだ。
父親と母親は、遠くの街まで出稼ぎに出てるので、お爺さんが預かってるのだ。

「なぁじっちゃん。聞こう聞こうと思ってたんだけどさぁ」

健太は、お爺さんの所まで走って行ってたが、息一つ乱れていなかった。
おもむろに手を繋ぐ2人。健太は、繋いだ手を大きく振り元気良く歩いている。
お爺さんは、少しよろけながらも笑顔で一緒に歩いていた。

「なんじゃい?聞きたい事って」
「あのさぁ、何で毎日毎日神社へ行くの?」

口を尖らせながら言う健太の表情からは、神社へ行くより遊びたいと読み取れた。
お爺さんは、笑顔で小さく深呼吸する。

「心の鬼って知っとるかぃ?」
「心の鬼~~~?何それ?」
「運動会の駆けっこで、負けたら健太はどう感じる?」
「そんなの無い無い~。いつも一番だから」

負けず嫌いで、運動能力抜群で、勉強嫌いの健太は、
言葉だけではなく、目を大きく見開いてそう言った。
お爺さんは、繋いでいた手を離し健太の頭の上へ乗せた。

104:創る名無しに見る名無し
11/08/06 17:17:53.44 mBPsebcI
『心の鬼とは』2

「神社で、手を合わせながら教えたるわぃ」
「なんだよ、もったいぶって・・・」

神社は近くにある。セミの鳴き声で覆い尽くされた境内に、
小さな賽銭箱があった。
お爺さんは5円玉を二つ取り出し、一つは健太に渡し、もう一つの5円玉を
『ポン』とその賽銭箱に入れた。
健太もお爺さんにつられ、5円玉を投げた。
2人は目をつむりながら手を合わせる。

「健太。もしじゃ、もし駆けっこで負けたらどう感じる?」
「ん~~~。嫌な気分になる」

健太は手を合わせながら目をつむっているのだが、退屈なのだろう。
たまにチラチラとお爺さんを見ている。

「嫌な気分だけなら大丈夫なんじゃが、そこから相手を叩いてやろうとか、
 虐めてやろうとか思う心が出て来たら、それが心の鬼なんじゃ」
「え?じゃぁどんな形をしてるの?」
「形などありゃせんわぃ。相手を落としいれようと思う心が鬼なんじゃ」

健太は頭を傾け、キョトンとしている。
意味があまり解っていないのだろう。
手を下ろしたお爺さんは、健太の方を見て笑顔になった。

「まぁえぇ。こうやってお参りしていたら、邪気が祓われるからのぅ。
 心の鬼も出てこれまいて」

そう言い、お爺さんと健太はまた手を繋ぎ、楽しそうに帰って行った。

そう、昔の人は邪気を祓う為にお参りしていた。そして各地で開かれるお祭りも
邪気を祓う為の行事なのだ。
忘れてはいけない事・・・。しかし、それらを伝えられない状況が現代にはある。

お爺さんと健太が去った神社に、季節にそぐわない一厘の紅いもみじが漂っていた。

おわり

105:創る名無しに見る名無し
11/08/08 06:49:26.64 ZzRLBTzK
心の鬼も民間に浸透している・・・・なんという共存関係・・・

106:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/08/08 16:29:08.04 GGs+KJAe
>>102
お、面白い読み方をしてますねw ありがとうございます。
視点を変えるのは書く側としては大変ですけど、
インスピレーションがびんびん湧いてきて楽しいですよね。

>>103-104
おお! こういう作品待ってました!
視点を変えるってさっき言いましたけど、
まさにこれ、視点の大きな飛躍じゃないですか!

自分にも発想はありましたけど(という言い訳をしつつ)、
書くまでには到れませんでした。

心の鬼のイメージが固まりましたよ。ええ。

107:創る名無しに見る名無し
11/08/08 23:47:29.87 ZE5lyqq7
>>56
あれ、たしかにSSスレには出てないような…?
どこで読んだんでしょう(笑)
ヤイカガシがかなり警戒してるので、正体は何だろうと思ってました。

>>57-60 みずのて
夏に涼しげな小編、ありがとうございました。
わんこから見ると、鬼子さんはこんなに大きく見えるんですね。
心細そうな鬼子さんもいいけど、頼れる背中の鬼子さんも好きだな。

そうそう、滝を通して女の姿がぼんやり見えるというなら、
「陰」じゃなくて「人影」の「影」では?

>>62-79 闇の邂逅
す、すごーい…なんという充実のプロローグ。
翁とお憎の関係とか、ヤイカガシが報酬を要求しないとか、細部に鮮やかな作りこみがなされてるのもにくいっ。
鬼の中の人はヌエさんですよね。彼(彼女)のどこか分裂した性格と能力は、たしかにこの出自なら納得かも。

>>90-98 「そういうことじゃなくてさ」
私も、鬼子さんの生真面目で天然に見えちゃうところが、長芋さんの鬼子さんを思い出しましたw
あと、心の鬼に取り憑かれたときの感覚や行動がリアルで、思いつかなかったけどありそうだなー!と。
形式も手伝ってか、文章がリズミカルで、とっても読みやすかったです。

>>103-104 心の鬼とは
鬼子は直接出てこない、こんな切り口もいいですね。あと健太かわいいぜ健太。
除夜の鐘で払う百八の煩悩も、心の鬼みたいなものなのかな。


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