【鬼子たんの】鬼子Lovers【二次創作です】at MITEMITE
【鬼子たんの】鬼子Lovers【二次創作です】 - 暇つぶし2ch250:創る名無しに見る名無し
11/10/04 16:10:38.22 gAlUhkpM
>>241-248
お疲れ様です!
いや、もうホント「しっくりくる」って感じですね。
鬼子創作の王道、というか。

自分なんか邪道もいいとこ邪道のモノしか創作出来ないんで、
ここまで巧く中道を行かれるとちょっと悔しいくらいですw

251:創る名無しに見る名無し
11/10/06 00:00:21.90 diNLHSLO
>241-248
乙~ 色々登場したな~ やっと登場させたのはシロか狐じーさんかどっちだっ?!
白狐といい、ハンニャーといい、神代の世代が割りと多いな?! 案外ハンニャーと白狐も面識あったりするのか?
それはともかく、わんこもなんというか下手すりゃ主役張れそーだな~

ヒワイ、その程度の乳の話でも寄ってくるのか?!感知能力パネェっ!?田中さん身の危険を感じて
ヒワイが拘束されている時に~とかいってたけど、群れて顕れるなら意味ナイヨっ!見方を変えればそれ神隠し!
田中さんの明日はどっちだっ?!

シロちゃんはわんこ以外でもヘマやってぶっ倒れてツンツンされてそーだっ!主に木の小枝とかでW

252:創る名無しに見る名無し
11/10/06 02:56:20.42 FgFiJQGg
>>241-248
今回も楽しかったです!!

ヒワイドリは(人にとりつかない限り)直接的な行為には及ばない輩かな、と思ってましたがww
まあ年頃の女の子が警戒するのは分かりますわ~。
あと卑猥神輿が面白すぎるw似たようなのがかるたの絵にありませんでしたっけ?

白狐爺ちゃんの只者じゃなさに、物語世界の奥行きを感じます。
あと、シロの天然っぷりが微笑ましくってにやにや。
なんというか、歌麻呂さんの小説って、絵が思い浮かぶ描写ですよね。

御結の描写もいいですねー。
鈴が代表デザインの定位置についた!とか、大人こにぽんかっこよす!とか、一気に妄想が膨らみました。
あと、御結がわんこでも扱いづらそうな重い刀ということで、
そんなのを背負いっぱなしで戦えるのかなと要らぬ心配をしてしまいました。
鈍器wにしたって隙ができそうですし…。
まあ逆に言えば、これで体力を鍛えられるのかも。

そうそう、「俺の唯一の支えである、憧れである存在と同じ高みに行けないなんて言われたら」
のところで、「みずのて」のわんこが浮かびました。
何かを必死に追う姿って魅力的で、それを憧憬の念で見上げる人だっているんだよね。
そういうこと、わんこ本人には見えていないんだろうけど、そこがいい。

次回は実践篇の予感…って、鬼が卑猥神輿だったらどうしようww
それともわんこの過去篇かな?いやーさらに青いわんこも見てみたい!

253:創る名無しに見る名無し
11/10/06 21:30:15.96 3wPlzDmS
・・・ん?あれ?読み返していたら狐爺、こにぽんの刀見っけた時、「おった、おった」言ってるのな。
「あった」の方言にそういうのあるのかな?それとも人格でも宿っているのかな?あの刀

254:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/07 20:57:48.01 CSxUNyra
わわ、こんなに感想をいただけるとは……! 恐縮です。

>>250
しっくりきますか、安心しました……。
でも個人的には、いわゆる邪道な鬼子さんの世界のほうが力強い魅力を感じますね。
いつかその魅力も伝えられたらいいです。

>>251
シロちゃんも白狐のじっちゃんも登場させたかった、というのが正解ですw
  >ヒワイが拘束されている時に~とかいってたけど、群れて顕れるなら意味ナイヨっ!
田中さんもその数と迫力に驚いたそうです。

シロちゃんにはこれからもドジさせていきたいですねw

>>252
卑猥神輿はいつか見たイラストを参考にさせていただきました。感謝と尊敬の念を。
   >歌麻呂さんの小説って、絵が思い浮かぶ描写ですよね。
『日本鬼子』を知らない方にもわかりやすいよう心がけているので、そう仰ってくださると励みになります。

ひとまずここで忠実に代表デザインのこにぽんが誕生しましたかね。
>>188さんお待たせしました。よろしくお願いします。

>>253
メタなことはあまり言いたくありませんけど、
その部分は「おったおった」と「あったあった」でかなり迷いました。
しかし「人格でも宿っている」ですか……なるほどそういう手もありますねw

255:創る名無しに見る名無し
11/10/07 21:07:07.08 sSk8xXwF
せっかくここまで続けておられる事ですし、各一話(又は一レス)ごとに挿し絵を入れて整頓しては?
基礎・紹介用の作品が欲しいと言われて久しいけど、その候補として充分だと思うのですが。絵も付けば更に分かりやすいかと…。
もし自力で描けなくても、親しい絵描きさんがいらしたら頼んでみたり、pixiv等で頼めそうな人を探したり…。
本スレでお願いって手もあるだろうし、確かツイッターで依頼募集中な鬼子描いてる方(炭素さんだっけ?)もいらした気が…。



あ?自分?自分は絵描きでないです。ド下手でございます。余計なお節介で申し訳ございません。

256:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/07 21:52:20.20 CSxUNyra
さ、挿し絵とは何と恐れ多い提案を……っ!
そうですね、鬼子さん初見の立場の視点で考えてみれば、
イラストがあると視覚的にも華やいで読者さんも見やすいと思います。
自分も若葉マークの方たちを対象に書いている(つもり)なので、この提案は嬉しいです。

ですが、うーん、なんていうんでしょう。
『【編纂】日本鬼子さん』を書いている身として、
頼んだり募集したりするのがさしでがましく思えて仕方ないんですよね。
そう思う理由は山ほどございますし、
いちいち述べてたら行数オーバーになりうるのでここでは割愛しますが。

私のチンケな落書きでも、「廃墟の月」でも、音楽でも、動画でも、感想でも、
何かを生み出すってのはかなりの体力を使うわけでして、
とてもじゃありませんが、こんな私の口からお願い申し上げることなんてできませんよ。

しかしイラストかあ……。頂いちゃってる姿想像するとニヤニヤが止まりませんねw

257:創る名無しに見る名無し
11/10/08 23:58:46.23 Mp/Y3kaz
しかしようやくSSスレ4が流れたな…。
せっかく異常な荒らしの作品が全部流れた事だし、綿抜鬼って薄気味悪いキャラも掃除して欲しかったり。
あれを見るたびに『もしかしてSS書きはみんな自演してるんかな?』なんて思い出して不安になり、作品を純粋に楽しめないから。

258:創る名無しに見る名無し
11/10/09 00:34:03.20 0Z8e+l6N
>>挿し絵
逆に考えるんだ・・・イラストにSSつければ完璧じゃね?
絵、つけてもらったお礼ではないけど、書いて描かれてなら何度かあったな。あれはあれでオモシロかった。
互いに気に入ったらかく。って姿勢だったのがよかったんだろうけどね。

259:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/09 22:24:44.96 NakW2002
>>258
そ、そいつは完璧ですね!
夏だ水着だ関連のイラストにSSつけた例もありましたし、
過去のものをあされば素晴らしいものがたくさんありますよね。
面白い! と思えたら書く。そうやって作られた作品ほど力強いものはないですね。

260:創る名無しに見る名無し
11/10/10 16:24:02.05 vD96kQ3p
>>257
賛成。あんな荒らしの残した垢が未だにそこかしこにあるのは、鬼子プロジェクト最大級の汚点だわ。
たとえ周りに甚大な迷惑をかけても、作品やアイデアとして面白ければ何やっても良いというなら、
多人数によるプロジェクトとして進めていく事なんて出来ないだろ。もしもっと大きい事(アニメ目指すとか)やりたいなら必須の措置かと。

261:創る名無しに見る名無し
11/10/11 21:06:36.93 krs5jjZF
>>260
じゃあ決まりだな。
奴の作品はSS・キャラ含めて全て完全に封印、外部等で知らずに使っている人がいたらスレ住民で注意を促す形で。
スレ住民による最低限の自治も出来ていないなら、鬼子で創作や販売する周辺へすらも迷惑がかかる。
自演をしている疑いが大きいから、同情誘う奴には耳を貸してはならない。同情による助長がここまで蝕む結果を招いているからな。

262:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:13:01.03 jsOkAg8n
「縄ほどけ。んで乳の話をしろ!」
「ハアァ?」
「邪魔しちゃ悪いよ」
「あー、最近物騒ですもんね」
「お爺ちゃん、ごめんなさい」
「こに、もうオトナになれた?」
「霊刀『御結』じゃ」
『俺の飼い主に手を出すな、鬼子は俺が守る』
 彼ら彼女ら鬼の子ら、ゆゆしき刀の提げたるを、法螺貝響けば鬼ぞ来る。

TINAMI URLリンク(www.tinami.com)
pixiv URLリンク(www.pixiv.net)

序 スレリンク(mitemite板:80-83番)
一話 スレリンク(mitemite板:89-99番)
二話 スレリンク(mitemite板:128-139番)
三話 スレリンク(mitemite板:176-185番)
四話 スレリンク(mitemite板:196-204番)
五話 スレリンク(mitemite板:216-224番)
六話 スレリンク(mitemite板:240-248番)

次回の更新は10/18(火)を予定しています。

263:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:14:02.24 jsOkAg8n
【編纂】日本鬼子さん七「朗報だ」
   八の一

 鳥居をくぐり、階段を八段飛ばしで雪崩れるように駆けおりる。鬼はあらゆる獣と同様、腹を空かせたときが一番獰猛になるのだ。
 街道に出る。人々でごったがえしていた。進行方向は俺たちの逆で、社へ向かっている。
ほぼ音に近い速度で屋根を超え、防人のみとなった門に到着した。俺たちの存在に気付いた門番が重々しい門を開ける。
 環濠と明日葉畑と逆茂木と防砂林に挟まれた道の遠方から大量の砂埃を飛ばす白い平板のようなものが向かってくる。

「相手の勢いを利用するのじゃ」
 背中には千の命がある。小日本とシロもいる。一撃の戦い。一瞬の交わりで勝利は決するだろう。
自然拳に力が入ってしまう。こういうときこそ気を落ち着かせなくちゃいけねえってのに。
 長大な鬼が近付く。しかしその輪郭がはっきりするにつれ、一体だと思っていた鬼が小さな鬼の群だということに気付いた。
 馬鹿な、鬼が群れて村を襲うなんて聞いたことないぞ。
飢えた鬼が何体も集まったんなら、村を襲うより先に共喰いを始める。みんなで仲良く「お食事」なんて考えられん。
 いや、そもそも群棲となると短期決戦は臨めない。
敵は五十、いや百は優に超えている。対して俺たちは三。どうやって戦えばいいんだよ。

 うろたえに相手は躊躇してくれるわけもなく、距離は刻一刻と近づいてくる。
 しかし、個々の鬼の姿を見えるようになるなり、俺の―いや俺たちの抱いていた動揺は驚きと呆れへと急転したのだった。
「あとで小言を言わねばなるまいな」
 白狐爺がひとりごちた。
 地鳴りが聞こえ、地面が縦に揺れる。
 そして、『心の鬼』の大群は俺たちの目の前で停止した。

「あれ、お出迎え……にしては、あまりよくない空気だね」
 そいつの正体は、大量のヒワイドリと、そして真っ青な顔をした田中匠だった。

  φ

 地震雷火事親父といえば恐ろしい四天王として名高いけども、アタシはあえてここで違う説を提示しようと思う。
「親父は地震・雷・火事の力を持ち合わせてるんじゃねえの説」と名付けておこうか。
「この、うつけ者が!」
 その怒鳴り声に大地は揺れ、稲妻はほとばしり、そして激昂する身体から目に見えない炎がこうこうと燃えあがっている。
 うん、あながちアタシの仮説も間違ってないんじゃないかと思う。

「お主、どれだけの民を恐怖に陥れたのか、わかっとるのか!」
 真っ白い巨大なキツネが赤いトサカのヒワイドリをかんかんに叱りのめしていた。
日本さんに怒られても平然としてるヒワイドリも、さすがに応えてるみたいだった。
「日本さん、あの怖いお爺ちゃんキツネ、人間の姿になれちゃったりする……んだよね?」
 みるみる生気を奪われている心の鬼をよそに、そんなことを訊いた。というか、そもそも喋ってる時点で普通の動物じゃないけどさ。
「ええ、そうですけど、何か気になるんですか?」
「いや、別に」
 感覚がどんどん適応しちゃってる自分に苦笑いする。
日本さんの影響なのかよく分かんないけど、最近あっちの世界で幽霊みたいのを目撃しても、
神さま的な何かなんだろうと括ってムシして終わっちゃうんだよね。慣れって怖いわ。

「何しに来た、田中匠」
 わんこ坊主が雑談に加わる。
 そう言えばなにしに来たんだっけ。こにぽんに謝る……のはヒワイドリが言ったことで、自ら提案してはない。
受動的にこんな場所まで来ちゃったんだと今更実感する。
「あ、そっか、ごめんね、日本さんとこにぽんと水いらずだったのに」
 まあ、今こにぽんの姿は見当たらないんだけどね。多分このデカイ門やら板塀やらトゲトゲしたワナみたいのやらに
囲まれた村の中にでもいるんだろう。とりあえず、アタシの立場は冷やかし以外の何者でもない。
 そのとき、門が内側から開かれた。

264:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:14:44.66 jsOkAg8n
   八の二

「白狐様!」
 息も絶え絶えの鎧姿の男性が這い出るように門から現れた。
侍……というにはあまりにも簡素な防具だ。まあ見張りさんにしてはそれなりによさげな装備だと思う。
 こっちの世界で見た初めての人間だった。
「鬼です! 海に鬼が打ち上げられてます!」

 落ち着いた雰囲気が一変した。日本さんもわんこも、当然アタシも、言葉を失う。
「……動きはどうじゃ?」
 ただキツネのじっちゃんだけが淡々と状況確認を続けていた。
 正直、結構な罪悪感を抱いてしまう。日本さんたちが一匹の鬼を祓うのにどれだけの集中力を使うのかはよく知っている。
伊達や酔狂で鬼子さんと心の鬼祓いをしてきたわけじゃないから、それくらい分かる。
 一度気を抜いてしまってから、再び集中力を高める困難さだって、身に沁みるほど知ってるんだよ。
 アタシたちのとんだ茶番のあとで、もし凶暴な鬼が出没したとしたら……。

「畜生、何もかも鬼子のせいだ!」
 鎧の男が突然日本さんを睨みつけた。
「貴様が、貴様が鬼を呼びだしたんだな! この村を滅ぼすために、裏切るために!
あのときからそうだ! 俺は、俺は貴様を恨んでいる、憎んでいる!」

 今、アタシの何かが崩れたような気がした。
 それを無理やり言葉に表すとすれば多分「日本さん神話」のようなものだと思う。アタシの中の神話が解体されていく。
 あの言葉を思い出す。

 ―怖いんです!
 ―私は、人間じゃないんです。異形の存在です。
その違いを知ってしまったら、きっともう今までのように私を見ることなんて、できないです。

 鬼手枡との戦闘を目前に、日本さんは中成になることを恐れていた。自分が鬼であることを気にしていた。
 どうしてあんなに怖がっていたのか、その根本的な意味を今まさにアタシは理解した。
「ますらおの民よ、やめなさい、単なる偶然じゃ。その怒りこそ、鬼の拠り所となるぞ」
 白狐さんが男をなだめ、たしなめる。でも焼け石に水と言うか、男の怒りが静まる気配はなかった。
「白狐様の仰る事はなべて正しいです。
しかしながら! 何故穢れ多き鬼をお庇いになられるのですか! 彼奴らが来やがる度に我々は―」
「慎みなさい、守神様すら彼奴と呼ぶか」
 守神の見習いわんこは、ただ俯き、尻尾を硬直させて拳を震わせていた。

 アタシは、何もできなかった。俯くことも震えることもできず、ただ茫然としていた……んだと思う。
「失礼、つかまつりました」
 腰を直角に曲げる。鎧の擦れる音がした。怒りを極度に抑えているのか、棒読みの謝罪だった。
「物事の内を視る眼を養いなさい。左様に努めればお咎めは無しじゃ」
「勿体無き御言葉」
「匠さんや」
「は、はい」
 ほとんど何も耳に入ってこなかったけど、白狐おじいさんの呼びかけだけはなぜかすんなりと耳の奥にまで届いた。
「ヒワイドリを連れて社に行きなさい。ますらおの民や、丁重にこの乙女を案内せい」
 鎧の男は無言で歩きだした。慌ててその後ろを歩く。
 多分、この人はアタシの想像以上に疲れているんだと思う。そして、日本さんはもっともっと疲れてるに違いない。
 でも余裕なんてちっともなくて、門をくぐる前に能天気な笑顔を見せることすらできなかった。

 というか、ちょっと怖かった。
 日本さんがどんな顔をしてるのか、見たくなかったんだ。

265:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:15:27.79 jsOkAg8n
   八の三

   φ

 なんてことはない。
 鬼子が貶されることだって、俺がそのとばっちりを受けることだって、実によくあることだ。
 だから俺は気にしてない。気にしないよう励んでいる。
 実のところ、あの人間を喰い殺してやろうかと思った。
鬼子への暴言もさることながら、白狐爺の面前で無礼をはたらいたことで頭に血が上りそうになった。

 ―その怒りこそ、鬼の拠り所となるぞ。
 この一言がなかったら、確実に俺の牙は赤く染まっていた。あの人間に向けた言葉は、俺に向けられた言葉でもあった。
 爺さんのおかげもあって俺はなんとか堪えることができたものの、鬼子はまた違う傷を負ったに違いない。
 田中に一番見せたくなかった姿を見せちまったんだ。あの何も考えてなさそうな田中も心理的な強い影響を受けたに違いない。
 今の鬼子の精神状態で鬼を祓えるのか?
 いや、鬼子は俺が守ってみせる。例え鬼子が戦えない状態でも、その分俺が動けばいい。

 防砂林を超え、砂浜に行き着いた。空は厚い雲に覆われ、海は風に煽られ白波が立っていた。
そして、波打ち際に鮫のきぐるみのようなものがうつ伏せに倒れていた。
 奴が堕ちた鬼なのか心の鬼なのかは定かでないが、後者だったら鬼子の弱った精神につけ入らせないようにしなきゃいけない。
「私が祓います」
 薙刀を取り出し、一歩二歩と砂を蹴った。
「お、おい、大丈夫かよ」
 心配で、ぴくりと足が動いてしまう。
 鬼子に付いていくべきか、鬼子に任せてここで待つか……。

「わんこや」
 俺の僅かな動揺を白狐爺は見逃さなかった。
 とどめられるのか? きっとそうだろう。
「鬼子に憧れとると言っておったな?」
 それは稽古場でのことだった。白狐爺は覚えてくれていたんだ。
「行ってきなさい、しっかり学びとってくるんだよ」
 それはとどめの言葉ではなかった。
 俺の背中を押してくれたんだ。
「はいっ!」
 腹から声を出す。白狐姿の爺さんは目を細めて頷いた。

 鬼子の足跡を二歩分飛ばして追いかける。潮風に揺れる黒髪が近付く。それから息を整え、鬼子の隣で歩幅を合わせた。
 瑠璃色、なんて洒落た言葉は似合わない。真っ青な鮫が半ば波に呑まれつつ打ち上げられていた。
胸びれが人間の腕の形をしており、尾びれの根に鮫肌の獣の脚が生えていた。鬼子は気を失った鬼の前で屈みこんだ。
 そのとき、鮫の鬼がビクリと痙攣し、しゃちほこのように顔をあげた。
「ち、血いぃっ!」
 鬼子を目にした途端絶叫し、立ち上がっては釣り合いを崩し、波打ち際でおぼれていた。
鮫の姿をしているくせに、泳ぎはあまり得意じゃないのかもしれない。いや、単に混乱してるだけだな。
 まあ、つっこむべきところは他にもある。

「血? 血って、どこにあるんだよ」
 「ひい」ならまだ分かるが、明らかに「血い」と言っていた。
そういう言葉しか喋れない鬼なのかもしれないが、こんな怖がりな鬼は初めて見た。
「……へ?」
 鮫の鬼がえらを激しく開閉しながら鬼子を見つめる。
「すす、すまんよぉ。あ、慌ててたもんだから、てっきり紅葉柄のそいつを勘違いしちまったんだべさ」
 と、奴は鬼子の衣を指差した。確かに、言われてみれば血潮と勘違いしないでもないが、さすがに無理があるような気もする。

266:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:16:02.98 jsOkAg8n
   八の四

「お、怒らねえでくれ。間違ったのは謝るから、怒らねえでおくれよ」
 鮫の鬼はさめざめと―決してだじゃれではないが―すすりはじめた。なんというか、いちいち行動がおかしくて笑えてしまう。
 負の思考を持つ鬼は心の鬼である可能性が高いと般にゃーが言っていた。今回の場合は心の鬼で間違いないだろう。

「私は、怒ってなんていませんよ」
 鬼子が口を開いた。
 それは、まるで耳元でささやいているような、子守唄のような声だった。
「鬼さんは、私のこと、怒ってるように見えましたか?」
「それは……見えねえけどよ、そ、その手に持つもんはなんだべ? おっおっ、おらを、きるっ、斬る気けえ?」
 どもりながらさすその指は目で見えるほどに震えていた。
 しかし、言ってることはつまり、薙刀を捨てろ、ということだ。
鬼の前で武装を解除するということは、相手に首根っこを掴ませる行為と等しい。

「あ、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。薙刀はここに置いておきますね」
 しかし、鬼子はそんな行為ですら平然とやってのける。背中側の浜に鬼斬を置いたのだ。
「ふ、ふかひれ……」
 わなわなと震える鮫の鬼をよそに、鬼子はちらりと俺に目配せする。
 信頼されていた。
 だから、俺も鬼子を信じるために、「もしものこと」がないように、心の鬼に対する敵意を最小限にまで抑えるよう試みた。

「あなたは、とても繊細な心をお持ちなんですね。
私を見て驚いてしまったことに深く心を痛めて下さいました。相手のことを思いやれる、優しい心の持ち主です」
 心の鬼はほんの少しだけ頬を緩ませるが、すぐに青ざめた表情に戻ってしまう。
「そんな褒めちぎられるもんじゃあねえよ」
 それはなんとも言えない悲しみを帯びた顔だった。
「なんもしてねえのに、人間はみんな怖がって仲間外れにするんだ」
 きっとそれは、この鬼の宿命なのだろう。怯えきった姿は人間の恐怖や不安が具現化したものなのだ。
恐怖に毒された人間が恐怖の権化と仲良くなろうというほうがむずかしい。

「おらなんてどうせ必要ねえ存在なんだ。だから、山から身投げすればいいと、おらなんか死んじまえばいいと思ったんだ。
でもな、崖っぷちに出た途端怖くなっちまって、代わりに海で身投げしたんだ。溺れて、流されて、そしたらおめえらがいたんだべ」
 臆病なくせに実に切実な口振りだったから笑いを堪えるのに必死だった。
 しかし、こんな滑稽な鬼ではあるが、嘘吐鬼のように人間の感情を吸い取って具現しているんだ。
完全に気を抜いたら奴の邪気に一瞬で呑まれてしまうだろう。

「やっぱり、優しい心の持ち主ですね」
 そう鬼子は切り返した。
「でも必要なくなんてないです。私には必要なんです」
 鬼子の心の中には、もう鬼を祓おうという考えはないのかもしれない。
あるのはただこの鬼を慈しむ心だけだ。同じ鬼として生きる存在として、心を砕いているのだ。
「なあ、どうしておめえは、そんなあったけえんだ? こんなおらをどうして見捨てようとしねえんだ」

「私が、日本鬼子だからです!」
 その凛とした訴えが海岸に沁み渡った。波の打ち寄せる音がしばし場を繋いだ。
「ひのもと……そっかぁ、おめえ、お天道様なんだなあ。あったけえわけよ」
「いいえ、あなたと同じ、鬼の子です」
 そう、鬼子は神さまではない。人間の心を持つ鬼に過ぎない。

「いんや」
 青ざめた鬼は、ゆっくりと首を左右に振る。
「おらにゃあ、敵いっこねえベよ」
 俺もそう思う。

267:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:16:33.36 jsOkAg8n
   八の五

 田中の前で貶されて、それなのにこうして心の鬼と接することができる。
 ……いや、違うな。
 そんな鬼子だからこそ、こうして接することができるんだ。爺さんが言ったことを思い出す。
俺が鬼子に追いつけないってことの意味が分かったような気がする。
 けど、だからこそ、鬼子の前に立って戦いたい。

「青鮫なんて名前、おめえみてえな大層なもんじゃねえもんなあ。生まれから違うんだぁよ」
 青鮫と称する心の鬼は、再びよよと泣き崩れた。
「あの、もし宜しかったら―」
 鬼子が、一歩歩み寄った。

「私と、お友達になって下さいませんか?」

 それは、鬼子の切実な願いでもあった。今この場所に恐怖というものはどこにもなかった。
「おめえと友達になれるってんなら、そ、それ以上の幸福はねえべ」
 青鮫の涙の粒が大きくなる。
「でもよ、おめえも鬼なら、そいつはできねえ話だってんのも、分かってんだべ?」
「はい」

 心の鬼は、自身の抱く根本の悩みが解かれたり最大の欲求が満たされたとき―要は存在価値を否定されたとき―に浄化される。
鬼斬は強制的に存在価値を否定する武器だから鬼子はあまり使いたがらないんだ。
本当は、今回みたいに願いを叶えさせてやって、出来る限り否定される感覚なく祓ってやるのが鬼子の本望なのだ。
 青鮫は恐怖にさらされることなく誰かと仲良くなりたかったのだ。だから鬼子と友になれば、その願いは叶うことになる。

「友達にはなれねえが、いい夢見させてもらったベ。ひのもとさんさ、おらぁ、幸せもんだよなあ」
 青鮫は、さめざめと身を震わせ、やがて静かに消えていった。
「私も……あなたと友達になりたかったです」
 友達になれたと思ったその瞬間、友達は姿を消してしまう。
そして、心の鬼と向き合うってことは、心の底から接していかなくちゃならない。上辺っ面の言葉では響いてはくれない。
 鬼子は今まで、どれほどの鬼に涙を捧げたのだろうか。

 やはり憧れてしまう。優しくて、あたたかくて、そして強い。
でも学ぼうと思えば思うほど、鬼子は俺なんかとは全然違う世界に住んでいるような、そんな気がしてならなかった。
「辛かったろう」
 人間の姿に成った白狐爺がやってきて、そっと鬼子の髪を撫でた。ぽろぽろと滴を輝かせる鬼子は無言で爺さんを抱きしめた。
肩を震わせる。白狐爺はしわくちゃの手で、やさしくやさしく、撫で続けていた。
 波がしぶきをあげる。いつか、俺が白狐爺の代わりに鬼子の全てを受け止めることができたら……。

 そのとき、白狐爺の手が止まった。俺の耳も異音を感知する。白狐爺につられるように防砂林を見た。
 黒装束に、角を生やした深緑の深編笠のような頭部、真っ赤な一つ目をぎょろりと光らせ、はさみ型の手を動かす。
「またかよ、チクショウ」
 拳を構え、応戦体制に入る。ヒワイドリ、青鮫、そしてこの鬼。今日に入って三度目だ。
こんな立て続けに鬼が現れることなんて初めてだったが、今度の鬼は知能の低そうな鬼であると見た。
 さすがにもう鬼子はぼろぼろだ。俺が奴を退治してやる。

 意気込んだそのときだった。
 防砂林から、更なる鬼が現れた。先鋒から甲乙丙丁……合計四体の群だ。
黒ずくめに深い笠姿、同族の鬼は明らかに俺たちを仕留めんとしていた。
「嘘だろ?」
 ヒワイドリの群体とは違う。奴らは意識的に陣形を組んでいる。二体が前方に立ち、他の二体がそれぞれ斜め後方に位置している。
 鬼は集団行動のできない低脳な奴らなんじゃないのか?
 般にゃー、言ってることが違うじゃねえか。

268:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:17:06.35 jsOkAg8n
   八の六

「鬼子とわしで迎え撃つ。わんこは不意を打たれぬよう辺りを警戒しておれ」
 そんな。
 鬼子はまた戦うのか?
 でもそんな道徳めいた考えに囚われてはいけない。今はただ戦うことに集中するしかないんだ。
 鬼子は浜に置かれた鬼斬を掴み取り、鬼の一撃を立て続けに防ぐ。

「どうして……どうして戦わなくちゃいけないの!」
 汗なのか、波しぶきなのか、何なのか、紅葉と一緒に滴が舞った。
 敵は無言で攻撃を仕掛け続けた。まるで感情というものを知らないのか、大きな目玉で鬼子を睨み続ける。
 戦う理由なんてまだ分からねえけど……。でも多分、俺たちは戦い続けなくちゃいけないんだと思う。
でもそいつは答えなんかじゃない。答えにしてしまったらただの殺戮兵器になっちまう。
 とにかく、今の使命は鬼子と白狐爺の護衛だ。気をできるだけ鎮め、全神経を八方に広げる。

 薙刀の交わる音、白い砂が辺りを舞う。背後の海鳴りに白波が返答する。
巨大な肉が叩きつけられる音は白狐爺が大外刈りを決めた音だ。

 波の音が大きくなる。
 それはほとんど直感といってもいい。海の鼓動が不自然に早まったような気がして、とっさに振り返った。
 黒ずくめの鬼が二体海から現れていた。甲乙丙丁戊己。これで六対三だ。
「不意打ち組か、上等じゃねえか!」
 こういう奴らには威風堂々と正面からぶつかるに限る。
肝っ玉で負けちまったら、完全に手玉に取られる。遊撃は先制攻撃が命だから、そいつを潰せば数の不利はある程度補える。

 一体の攻撃を右手で掴み取り、もう一体の平手打ちをかわした。かわしたほうの敵の背中に回し蹴りを入れる。
その勢いを利用し、攻撃を受け止めた方の敵を踊らせ、みぞに肘をめり込ませた。鬼は仰向けに倒れ、痙攣する。
これでしばらくは動けないだろう。
 海にいたからか、挙動が遅い。海に身を隠し、襲うという手としてはいいが、損害をまったく考慮してない。
「来るなら六体まとめてかかってきやがれ!」
 不意打ちするには人数が足りない。よろめきながら立ち上がった鬼の懐に入ろうとしたそのときだった。

 奴の背が、薙刀によって貫かれた。
 黒ずくめの鬼はのたりと倒れると、風に吹かれる砂のように姿を消した。
 そして新しく視界に入ったその景色に、鬼子がいた。

 砂浜に埋もれるようにして倒れる、鬼子が。

「鬼子ォ!」
 ほとんどつまづくようにして駆けだした。

 砂を蹴りあげるのも束の間、後頭部に激しい衝撃が奔る。魂が前後に揺さぶられる錯覚に加え、意識が遠のいていく。
 すぐ隣に敵がいるのにさえ気付かないなんて。

 うつけ者だった。本当に、俺って奴は、周りが見えないうつけ者だ。

 ぼやける視線の先に白狐爺がいる。何かを呟いていたような気がする。
その指先から三尺ばかりの結界をいくつも生み出していたような気がするが、もう俺は浜に伏していた。

 チクショウ……。

 自分自身すら守れねえで、鬼子が守れるかよ……。

269:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:17:43.23 jsOkAg8n
   八の七

   φ

「こにぽん、だからごめんねって、本当にさ」
「ふーんだ、タナカなんてキラーイ」
「こにちゃん、許してあげようよ。田中さんすごく反省してますよ」
「やっ!」
「弱ったなあ……あ、そうだ、こにぽんにお土産があるんだった。ほら、プリンだよ」
「ほんとにっ? タナカ、だいすきー!」
「早っ! 変わり身早っ!」
「あ、でも……このぷりん、ねねさまにあげるの。こに、食べちゃったから」

 まったく退屈な偵察だ。

 天井裏から童女の会話を聴くだけの簡単な任務なのだが、簡単すぎて寝不足の自分には過酷すぎる。
上が最重要任務と銘打ったクセに、実につまらんものだ。
 まあ見張りなんてどれもつまらんものだから仕方ない。
 最初聞いたときは面白そうな任務だと思ったんだけどなあ。

『鬼を祓う鬼がいるみたいだ。ミキティ、よろしく頼む』

 部下を愛称で呼ぶなんてセクハラだ。そりゃくノ一として本名で呼ばれるよりかはましだけど、正直やってられない。
 まあ上司の愚痴はいいとしよう。どうせ任務を放り出して遊んじゃってるんだろうし、そういう人なんだと諦めている。

 問題はこの連れだ。
「くくく、さあ烏見鬼(おみき)、どの奴に願望鬼を憑かせれば良いかな?」
 青狸大将(あおりだいしょう)の下品な笑い声と口臭はいくら修行を積んでも耐えられるものではない。
 奴は現在私の元に配属されている荒廃衆と呼ばれる鬼の武装集団の長だ。願望鬼と呼ばれる心の鬼に毒された集団で、
体の一部を誰かに憑依させ、願望の赴くままに操作することができる。青狸大将は部下全員に自身の願望鬼が宿ってると言っていた。

 願望鬼の特質が偵察向きだと「忍」に置かれているけど、正直使えない。
大将ですら私語ばかり口にするは、音は立てるは、腹の出てるはで、本物の「忍」だったら存在全てを消し去ってやりたいくらいだ。
まあ彼の従える悪の手先鬼(てさき)は敵の誘導に使えたから、まだ捨てるには惜しい。
こうして結界の張られた社に潜入できたのも村の外で老白狐らとたわむれて時間稼ぎしてる奴らの手柄だ。

 今回は『鬼を祓う鬼』に近い存在に願望鬼を潜ませ、『鬼を祓う鬼』の情報を得ることが目的だ。
憑かせるといっても心を操らせることはしない。発信器、盗聴器として心の鬼を利用する。偵察向きというのは、そういう理由なのだ。

 憑かせる対象を吟味する作業に移る。

「あれ、その刀おニュー?」
「えへへー。れいとうおむすび、だよ!」
「冷凍おむすび? 解凍おむすびとペアなのかな? で、そいつで鬼たちをスバババって一刀両断しちゃうわけか」
「こに、退治したりなんかしないよ! こにはね、みーんなに『めばえ咲けぇ』ってしたいの!」

 この部屋にいる田中と呼ばれる人間、こにと呼ばれる小さな鬼、シロと呼ばれるまだ弱い狐神(しかし込み上げる素質を感じる)が
『鬼を祓う鬼』に近い存在であることは会話から容易に理解できる。
 感情に富む小さな鬼にまず魅かれた。しかし、恐らくこの三人の中で最も『鬼を祓う鬼』の側にいる存在であると推察する。
『鬼を祓う鬼』も初耳だが、これほど感情豊かな鬼も見たことがない。まるで欲望を感じないのだ。
だが『鬼を祓う鬼』に近すぎるのもいけない。憑けたとしても、かすかな邪気を感じ取られて祓われる危険があるからだ。
 似た理由で若き白狐の神にも憑けるのは難しいだろう。狐はすさまじい霊力を持つ。
だから、かすかな邪気を発しているだけで気付かれるか、それ以前に憑けない可能性が高い。
「……人間だ。田中と呼ばれてる人間に憑かせなさい」

270:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/11 22:18:05.37 jsOkAg8n
   八の八

 鬼を恐れない人間なんて珍しい。それに霊力がなければ勘付かれる可能性もずっと少なくなる。

 青狸大将がにまりと黄ばんだ歯を見せつけ、それから悪臭を伴う息を吐き出した。藤色の煙が天井をすり抜けて部屋に侵入する。
「くくく、無事憑依完了だ。それから―」
 声が大きい。私は黙って天井裏から抜ける道を引き返した。

「朗報だ、『鬼を祓う鬼』が倒れたぞ」
 思わず青狸大将を見る。悪の手先鬼に憑いた願望鬼からの速報だ。

「我が手先鬼も皆討たれたようだが、『鬼を祓う鬼』とそいつに従う狗畜生を負傷させ、
白狐のジジイは霊力をふんだんに使ったおかげでもう使いものにならねえようだ。
報酬の方、ご検討願いたいところだな」
 金に五月蝿い輩だ。眠い頭にがんがん響く。

「傷? 負わせて当然だ。討ち取らないと話にならない」
 青狸大将の舌打ちを流しつつ屋根に出る。厚い雲に覆われた空が広がっていた。

 早く上に報告して寝てしまおう。そう心に決め、社を発った。

 私たちの故郷、天魔党の国へ。

271:創る名無しに見る名無し
11/10/11 22:58:23.69 R9wQ5RUO
>>263-270
お疲れ様です!腐れ荒らしがチョイ役に使って汚した『青鮫』を作品に登場させ、
しっかりと見せ場を作って下さるなんて、なかなか粋な計らい、お見事です!
天魔党にも繋がる話すらも出てきた事ですし、これが何人かが求めていた『紹介用』鬼子で大丈夫かと。
ようやく荒らしの呪縛から解かれようという時に、素晴らしい作品を拝めて眼福です。

272:創る名無しに見る名無し
11/10/11 23:08:01.27 krs5jjZF
>>271
作品で勝てないからって、外部まで粘着して時の番人さんを潰した奴とは全く違うよな。
本物はキチンと作品で圧倒してなお、自身としては寡黙で多くを語らない。
何度となく言われてきた『グダグダ言わずに作品で魅せろ』をまさに実践なされてるのが素晴らしい。
麻呂さんズはゲーム絵放棄されて泣かされつつ、それでも作成を投げなかった音麻呂さんに続いて、
歌麻呂さんも荒らしに苦しめられたSS書きの方々に、挫けない希望の光を見せてくれていると思う。
あのクソ荒らしは許せないが、ちゃんと禊ぎを済ませさえすれば、みんなで乗り越えていける気がしてきたわ。

273:創る名無しに見る名無し
11/10/12 11:01:34.97 QCACh22l
>>272
本人は時の番人さんへの粘着についてはやってない(別の人物だ)って言ってたよ。一応補足。

274:創る名無しに見る名無し
11/10/12 11:33:08.67 jOVsQqz0
>>269
青「ミキティもその刀おニューだもんね~」
鳥「次 無駄口きいたら今度こそ殺すぞ」

というやり取りを幻視した。
にしてもすげえ取り合わせですな…

275:創る名無しに見る名無し
11/10/12 16:50:25.45 udRUAdF9
>>273
やめてくれよ…他にもあんな気持ち悪い粘着荒らしがどこかに潜んでいるとか、想像しただけでも吐き気がする。
ただでさえ奴が反省したフリだけして、未だに居座ってる可能性もあるのにそれより非道い状況とか気が狂いそうだわ。

創作しながら荒らしていたのは奴だけ、他には荒らしはいない、綿抜鬼はネット上から全て消す。それで良いじゃないか。

276:創る名無しに見る名無し
11/10/12 18:08:07.90 rePD2N+s
良くはねーなー。私はキャラとしては気に入ってるからにゃー。

もう済んだことじゃないの。ちょいと粘着しすぎだぜ。

>>263-270
乙です。まさかのミキティ参戦!
あのキャラとかこのキャラとかも出てくるのかなぁ?

先が楽しみです。

277:創る名無しに見る名無し
11/10/12 20:15:43.69 udRUAdF9
>>276
ぶっちゃけどっちが粘着してたんだか、って話なんだけどな…。


例えとして適切かは解らないけど『あたしは市橋が格好良いと思うから』とか言って、
傍聴席から黄色い声援送りながら著書やその他グッズを振り回す女性がいたら、遺族はかなり苛立つと思うんだが。
もしそういう状況になったら、本屋に並ぶ著書すらも憎悪の対象になる事は理解出来ないかな?

キャラクターには生命が無いし、筆を折られたのも最後はご本人の判断だって?
そうかもしれないけど、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』となってしまう心情を理解するのも優しさだと思うよ。
そして今回の場合、本当の加害者が誰かは解っているんだから。

278:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/12 21:38:12.91 aWaOhoBf
活気あるコメントたち……恐縮でございます。これからも邁進していきたいですね。
今後の展開に関しては答えられませんが、答えられる範囲で返事をさせていただきます。

>>271
どのキャラクターも主人公として輝かせられるよう心がけています。
青鮫や青狸大将やミキティもそうですし、鬼手枡もモモサワガエルもモブのおっちゃんも、
私にとっては大切な鬼子さんワールドの住人ですからね。

>>274
二人らしい会話ですねww
はたしてミキティに安息の日々は訪れるのか!?w
二人に加えて願望鬼と青鮫、手先鬼……。正直、今回新キャラを登場させすぎたなあ。

>>276
ありがとうございます。
お目当てのキャラを登場させることができたら幸いです。
まあ、登場させるキャラクター選択はほとんど私の独断と偏見なんですけどw

先々週あたりから申しておりますが、
これから少しずつ私の独創的なものが増していくと思います。
>>271さんらの仰る『紹介用』としてふさわしいかどうかは、
この物語がきちんと幕を閉じて、それから腰を据えて話し合っても遅くはないと思います。
個人的な心情としては、毎週毎週危ない綱を渡ってる感覚なんですよw

というわけで、作者めの戯言でございました。
皆様コメントありがとうございます。感想も指摘も叱咤も激励もみんな栄養です!

279:創る名無しに見る名無し
11/10/12 21:55:36.08 udRUAdF9
>>278
全て書かれた後での判断との事ですが、勝手ながら期待しております。
もしあなた様までがあの荒らしやその一味…綿抜鬼派とでも呼べば良いでしょうか?
彼らに毒されてしまったならば、鬼子スレは荒らしが大手を振って自演や粘着を行う地獄絵図となるでしょう。
あなた様が鬼子スレ存続の最後の希望です。どうか忌まわしい荒らしの作品を全ての記録と記憶から完全に消し去って下さいませ。

280:創る名無しに見る名無し
11/10/13 00:06:48.25 LgsTOBDP
綿抜鬼に関しては第三者がデザインを起こされ
多数の人にも人気があり描かれてるのは事実だからにゃー。

何かしら不快な思いをされてきたのだろうが
だからといってそれらを全て否定するのは如何なものか?
しかも流れに関係なくほじくりだして主張するのはどうかと思いますぜ。

あと書き手に強要も余り感心しないなぁ。

う~ん、この話題は避難所向きだにゃー。何でしたら避難所で議論しましょう。

281:創る名無しに見る名無し
11/10/13 00:29:07.12 u2rZzKAJ
>>280
『期待しております』が強要に見えるなら、荒らし養護派は救いようが無いですね…。
キツい言い方になりますが、流石人の気持ちを理解出来ない、楽しければそれで良い快楽主義な方々だと感心してしまいます。
それに避難所がほぼ機能停止している中で、一体向こうで何を話すというのか、全く理解しかねます。
また荒れてれば面白い・賑わってると思ってる、釣りの人でも呼び寄せられれば良いと考えられているのですか?

282:創る名無しに見る名無し
11/10/13 00:36:23.20 LgsTOBDP
>>281
いたずらにこのスレを汚すよりイイんじゃな~い?
>『期待しております』が強要に見えるなら
そこじゃねーですよ。とりあえず避難所いきましょ。

283:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/13 00:48:47.34 QgYytlcJ
   あさがねの土はうたてしはる水の田に植わる穂の実り見てうたてしことといかで思はん

   あるゆゑは人にやあらむいもにこそあるゆゑあるをつづりたしかな


久しぶりに歌ってみました。相変わらず腰の折れたものですけど。
やっぱり歌はフィーリングとイマジネーションですね。

284:創る名無しに見る名無し
11/10/13 08:39:01.61 4QlGiBwp
>>282
前に居たSS書きの話だからこっちでやりたいんじゃね?
どっちにしろ汚してるんじゃなくて、汚れを消そうと思ってるんだろうから移動はしないでしょ。

>>281
なぁ、残念だがどう言ったってこいつらはオモチャを捨てないよ。それを見た人がどれだけ悲しもうともな。
荒らしの残骸ですら、面白いと思えば何でも貪り喰らうように利用する。
死肉を漁るハゲタカやハイエナ、シデムシみたいな奴らの吹き溜まりが2chだぜ?
良識ある行動を求めた所で、誰一人耳を貸さないし無駄な労力だよ。
もう腐ったものをどうにかしようと必至にならずに、諦めた方が身の為だよ。
人の心なんざどうやったって変えようが無い。クズはクズでどうやったって更生はしないのさ。

285:創る名無しに見る名無し
11/10/13 10:23:36.09 7yMKFBSd
そもそもどんな状態なら満足するのかが分からんし。
対象者とその痕跡を全て自分の視界から消してくれ、って言うんなら
「あんたが目を閉じればいいじゃん」としか。

しかも自分では具体的に何かする訳でもなく、せいぜい愚痴を垂れ流しては
他人に「何とかしてくれ」と丸投げじゃあ
仮に共感する人がいたとして力貸してはくれんでしょ。

ていうか、
「気に入らない作品があるから、それの上をいく作品を創作してやる」じゃなく
「気に入らない創作物を消す」って発想は創作板としてどうかと。
わーたんが嫌ならもっと魅力的なヤンデレキャラをぶつけようとか
そういう考えは無い訳?

286:創る名無しに見る名無し
11/10/13 11:42:02.15 u2rZzKAJ
>>285
本当に人の心情を理解出来ない方々ですね。
私自身の力不足は痛いほど理解しておりますし、歌麻呂さんに頼りきりなのも申し訳なく感じております。
ですが、時の番人さんのような文才のみならぬ多才な方でさえ、筆を折られるほど味方も無く皆に追い込まれる状況で、
無才で孤立無縁の者が戦ったところで、何を変えられるのでしょうか?屍を増やせと願われているのですか?

荒らしに叩かれているからと面白半分に持ち上げられた作品を、荒らしが自演と解ったため扱わない。これのどこがおかしいのですか?
あなた様の住む世界ではドーピング検査にかかった選手の記録すら、通常の記録として平然と並べ立てられ、
どんな不祥事を起こした企業や芸能人であっても、大手を振って活動を出来るのですか?理解に苦しみます。

>>284
例え荒らし相手でも屍肉を漁る…なんともおぞましい話です。綿抜鬼はそんなスレ住民の狂気の象徴なんですね。
これではやはり『ひのもとおにこ』ではなく『リーベングイズ』だったと言わざるを得ないと確信します。
敵兵すら兵器開発の材料とした731部隊と同様のやり口を、創作活動の中とはいえ第二次大戦の反省も無く続けているのですから。
私も含めた日本人はまさに人面獣心、鬼と呼ばれても何も返せないのが当然の存在だったと、改めて理解致しました。
『初期の志を忘れてはならない!』と何度となく来られては追い返された方もいましたが、スレ住民全体で応えていたのですね。

もう日本人に絶望しました。これからは腐ったモノには近づかないよう、静かに暮らします。失礼しました。
不躾な願いですが、どうか時の番人さんが無事戻られる状況になりますように、それだけは願います。さようなら。

287:創る名無しに見る名無し
11/10/13 15:57:47.35 ppsb+k8N
>>286
時の番人さん、もうとっくの昔に戻られてるけど…w >>194

さようなら。とりあえずしばらく頭を冷やしな。
鬼子ちゃん創作が本当に好きだったら、またいつかおいで。


288:創る名無しに見る名無し
11/10/14 07:16:56.60 +Swz3Om9
>>287
戻られてるだけで、結局以前の作品は未完のままだけどな。
もしかしたら>>286が作品の続きを楽しみにしていた読者・ファンかもしれない。
荒らしの作品はそのまま愛されているのに、ぜひ続きを読みたい作品が途切れたままなら、
結構複雑な気分だと思うぜ?頭を冷やして意見に耳を傾けるべきは一体どっちだろうね。

289:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 16:27:42.65 UUYUhTwE
歌麻呂です。【編纂】日本鬼子さん八話はやや長めのストーリーになりますので、
先に三区切り分を投下して、残りは日が暮れてから投下します。よろしくお願いします。


「この、うつけ者が!」「畜生、何もかも鬼子のせいだ!」「ふ、ふかひれ……」「お友達になって下さいませんか?」
「鬼子ォ!」「こにちゃん、許してあげようよ」
「冷凍おむすび?」「『めばえ咲けぇ』ってしたいの!」
「報酬の方、ご検討願いたい」「傷? 負わせて当然だ」
 彼ら彼女ら鬼の子ら、波打つように鬼は来る、日出づる者の行く末いずこ。

序 スレリンク(mitemite板:80-83番)
一話 スレリンク(mitemite板:89-99番)
二話 スレリンク(mitemite板:128-139番)
三話 スレリンク(mitemite板:176-185番)
四話 スレリンク(mitemite板:196-204番)
五話 スレリンク(mitemite板:216-224番)
六話 スレリンク(mitemite板:240-248番)
七話 スレリンク(mitemite板:262-270番)

次話の更新は10/25(火)を予定しています。

290:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 16:29:06.09 UUYUhTwE
【編纂】日本鬼子さん八「もみじはなんで散っちゃうの?」
   十の一

 いわゆる日常的な平穏ってものは案外あっさりと奪われてしまうらしい。
戦いがすぐ近くで繰り広げられていたのに平穏っていうのはおかしいかもしれないけど、
じゃあシロちゃんやこにぽんと雑談に興じていたのを、平穏と言わずになんと言えばいい? 
でも、そういうものは、この世界において実にもろくて、崩れやすいものなんだとやっと実感することができたのだった。
 鬼にやられた。わんこは帰ってくるなりそう声を張り上げた。あわてて出てみると、
日本さんを背負い、白狐の爺ちゃんの肩を担いだわんこがそこにいた。ひたいから血を流す犬ころの姿を見て、
自分の体が青ざめていくのがわかる。シロちゃんが小さな悲鳴を上げ、こにぽんがあたしの裾をぎゅっと握りしめる。
傷ついたわんこの代わりに日本さんを背負おうと思って手を伸ばしても、吠えて拒むのだった。
それからうわ言みたいなことを言って、わんこは倒れてしまった。

 今はそれぞれ別の床で休ませている。シロちゃんは白狐爺を、こにぽんは日本さんを介抱している。
「お茶淹れたよ」
 そしてアタシは元気のない元気坊主の相手をしているワケだ。
「人間の淹れた茶なんて飲めるかよ」
 弱ってるクセに、意地だけは変わらない。包帯を巻いた頭を外に向けたままふてくされている。
 外では何やら人々が集まってお経じみた合唱が行われている。怪しい儀式で枯渇した白狐爺の力を満たそうとしているらしい。
「あの連中を黙らせろよ。昨日から休みなしで眠れねえし、気が狂っちまう」
「はは、そりゃ同感」
 湯呑の載ったお盆を置く。立ち上る湯気が渦を巻いた。

「このお茶さ、アタシだけが淹れたんなら別に飲んでくれなくて構わないけどさ、こにぽんとシロちゃんと一緒に淹れたんだよ」
 お茶を渡すと、わんこはしぶしぶ受け取り、息を吹きかけた。
しばし小波に揺れる水面を眺め、一口飲む。それからまた湯呑の中のものを見つめていた。
「……チクショウ」
 考えていることが口から洩れているような、そんな訴えだった。
若々しい悔しみに懐かしさのようなものを感じる一方で、自分を追い込む痛ましい姿に心が苦しくなる。
「アンタはよくやったよ」
 わんこの「チクショウ」みたいに、アタシも口から言葉が滲み出ていた。
「よくねえよ」
「シロちゃんから聞いたよ、後ろから叩こうとしたヒキョーな奴らをボコボコにしてやったんでしょ? しかも二人相手とか、お見事としか言いようがないね」
「見事なもんじゃねえよ。鬼子も守れねえし、自分も守れやしねえ。あまつさえ白狐爺もだ。……こんなのってねえよ」
 わんこって、こんな弱音をはくような人だっけ? なんか、こういうのを見ると、
ケガしたりカゼひいたりしたくないなあ、なんて思う。わんこの弱音はケガやカゼみたいなものなのだ。

「やれやれ、まったく、男なら堂々としてな! 見てよ、アタシの堂々っぷり!」
 無い胸を張って言ってやった。当然冷ややかな目で見られる。
「お前は馬鹿なだけだ」
 湯呑を投げるように置き、布団をかぶってしまった。
 たぶん、わんこの言う通りなんだろう。日本さんのことを差別する人がいる。その人を見たときのわんこの表情から察するに、
差別は日常茶飯事なのだろう。日本さんはそのことをひたすらに隠そうとしていた。
もしかして、アタシが知っちゃったから、日本さん鬼に負けちゃったんじゃ……。
 そういう妄想全部、知らないフリして、とぼけちゃって、鈍感な仮面をかぶっている。
 でも、それはそれでいいんじゃないかと思ってる。
 だってさ、こーゆー空気、好きじゃないもん。

291:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 16:29:38.45 UUYUhTwE
   十の二

 ふすまが開いた。見るとこにぽんがしゃくりを上げながら立ちすくんでいた。
「なあおい、どうしたんだよ」
 がばりと上半身を起こしたわんこを見るなり、こにぽんはとてとてと駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「わんわんは、変わったりなんかしないよね? わんわんは、こにのこと、ずっと好きだよね?」
 アタシは何も語らず、じっと二人を見つめていた。
「な、何言ってんだよ。俺はその……俺のままだよ」
 アタシのことをちらりと見て、少しあわてた様子でつぶやいた。
「ねねさまはね。やっぱりかわっちゃったの。ねねさま、なんにもこたえてくれないんだよ? 
ぷりんのことも、たべてくれないんだよ? わんわん、ねねさまのおはなし、きいてあげて。ねねさまつらそうなの。だから……」
 きっと、今のわんこじゃイエスと言えないだろう。いつもならハッタリだとしても自信を持って頷くだろうが、
先の戦闘で色々とキズを負ってしまっている。わんこのことだし、ほっとけばそのうち元に戻るだろうけど、
今日本さんのトコに行ったらキズが膿んでしまうかもしれない。日本さんの心をえぐることになるかもしれない。

 アタシは、立ちあがった。
「代わりに行ってくるよ。わんこは安静にしてなくちゃダメだからね」
「ほんとにっ? タナカ、行ってくれるの?」
 こにぽんは真っ赤にさせた目を潤ませながら訊いてきた。
「当然よ。こにぽんはわんこと一緒にお留守番ね」
 日本さんトコへ行くのは、一つはわんことこにぽんのためだ。悲しそうな顔をしてるのをほっとけるわけないじゃないか。
 でも本命の理由は二つ目にある。
 どうして、黙り続けるんだ。こにぽんがせっかくプリンをあげるって言ってくれたのに、
ありがとうのあの字もないってどういうことなのさ。

「……田中」
 わんこがアタシの名を呼ぶ。
「鬼子はな、今まで一度も鬼に負けたことはなかったんだ。だから俺みてえな立場の気持ちなんざ、ちっともわかっちゃいねえんだ」
 ほとんどグチのようなものだった。羨ましいのと恨めしいのがごっちゃになってまとまらないんだろう。
「だから、鬼子をこれ以上引きこもらせるようなことがあったら、俺は本気でお前を噛み殺す」
「おーこわいこわい」
「な……、俺は本気だからな!」
 本気だってことくらいわかってるさ。だからこそ、アタシは茶化してやってるんだ。


 しっけてるなあ、というのが第一印象だった。キノコでも生えるんじゃないの? 
そんな冗談みたいなことを考えてしまうほど日本さんの部屋はジメジメしていた。
日本さんは布団にもぐってピクリともしなかった。角だけ飛び出ているのがちょっとほほえましい。
「ひっのもっとさーん、あっさでっすよー。正確にはひっるすっぎでっすよー」
 無反応。となるとここは興味を持ってもらえるような話題を立て続けにぶっ飛ばしながら、
日本さんの睡眠(または狸寝入り)を邪魔するのが最適のようだ。
「起きたら朝日を浴びる! 一日の始まりと言ったらこれっしょ!」
 テンションを一人あげつつ、雨戸を引き開けた。まぶしい南の光が差し込み、布団がちょっとだけ動く。
「はい、布団ボッシュート!」
 それから掛布団をはがす。不意をつけたようで、あっけなく布団を奪うことができた。
寝巻の浴衣姿の日本さんは縮こまった様子で、必死にまぶたをつむっていた。反抗期の寝ぼすけ坊主みたいで、なんか和んじゃうね。
 ああ、そっか、今まで反抗しようにもできなかったんだもんなあ。

「日本さん、起きてるのはわかってるんだぜ? おとなしく目を開けるんだ!」
 立てこもった犯人を相手する刑事風の口調で説得するが、
止まれと言って止まらないドロボウのように、日本さんも目を開けるのを拒んでいた。
「さもなければ―」
 両手の指関節を動かし、ウォーミングアップを始める。
「くすぐりの刑に処する!」
 アタシは無防備な日本さんに飛びついた。木綿の浴衣の上から腋や横腹を揉みくだした。

292:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 16:31:24.82 UUYUhTwE
   十の三

「ひゃ、あっ!」
 日本さんの躰は、さっきまで布団にくるまっていたからか、とてもあたたかかった。
頬や腕、胸、お腹、腿、どこを撫でてもつまんでもやわらかい。こんな華奢な肢体で薙刀片手に舞い踊るんだから不思議だ。
「た、たなかさ、ぁ、んっ、や、やめ……ん」
「だがやめぬ!」
 暴れないよう両手首を掴み、空いた手でその白桃を弄りまわす。脚と脚とが絡み合う。
日本さんの息が近い。寝起きのまなこがとろりととろける。薄紅色の頬、ぬれる唇、艶めく黒髪の芳潤。

「鬼子ォ! 田中ァ! オレも混ぜろおぉ!」
 そして釣れるのは、白い淫らな鳥だった。
『お引き取り願います』
 鬼子さんと一緒に奴を外に放り投げた。儀式中の人々が悲鳴を上げた。
その瞬間、アタシと日本さんは、初めて心から交わり合うことができたのだった。
 いや、ただくすぐっただけですけど。

「田中さん、な、なにするんですか……!」
 息を荒げる―アタシも似たようなもんだけど―日本さんの機嫌はある程度治ったみたいだった。
「心配でさ、お見舞いなかったから、代わりに」
「代わりに、じゃないですよ、もう……」
 呆れられつつも、満更ってわけでもないみたいだった。でもその深い瞳に陰りがあるのは変わらない。
「なんかさ、悩んでることあったらさ、今すぐにでも相談に乗るよ。今すぐに」
 あえて唐突に本題へ移る。そうしないと、面と向かって話せないような気がした。

 日本さんは何も答えなかった。こんなすぐに自分の心の内を語るような人じゃないのは重々承知している。
「今回の鬼は、強かったみたいだね。っていうか、卑怯者ども、みたいな?」
 敗北の記憶を引っ張り出すことに躊躇はあった。日本さんの反応は無言だった。
「今回は負けちゃったけどさ、みんなが無事でなによりだよ。また次にさ、リベンジ果たそうよ」
「田中さんは―」
 ここで日本さんの口が開いた。

「田中さんはまだ、私のこと、友達だって思ってくれてますか?」
 その問いかけに、アタシはちょっとだけ懐かしい気分に浸ることができた。
 「お友達に、なって下さいませんか?」と緊張をあらわにお願いされたあの日がずいぶん昔のことに思えた。まだ一ヶ月も経ってないっていうのに。
「アタシは、いつもと変わらないよ」
「戦いに負けてしまってもですか?」
「生きてさえいてくれれば、それでもいいよ」
「負けたら、駄目なんです!」
 私の言葉を遮るように、日本さんは声を張り上げた。

 圧倒されてしまったアタシはしばし日本さんを見てまばたきするほかなかった。
 努めて落ち着いた口調で続く。
「私は、強い鬼でいなくちゃいけないんです。絶対に負けない鬼でなくちゃいけなかったのに……」
 鬼子さんの言葉から、まるで大木の根っこみたいにしっかりとした信念が見て取れた。
 でも、鬼子さんは再び黙りこくってしまった。
 日本さんはまだアタシに話したいことがあるはずなんだ。
 聞いてみたいけども、でも本当に聞いてしまっていいものなのだろうか?
 聞いたらその瞬間、二人の関係は壊れてしまうんじゃないだろうか?
 そんなセリフを、いつか日本さんのほうから聞いたことがあった。

 そう。
 日本さんは、アタシを試している。

293:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 16:32:57.20 UUYUhTwE
夕方の更新は以上。
この続きおよびTINAMI版、pixiv版の投下は夜になってからになります。
ご了承くださいませ。

294:創る名無しに見る名無し
11/10/18 16:43:23.44 NMgNSxRO
うおう、鬼子にとって「鬼を祓う」のってそんなに深刻な事だったんかい?
なんか今まで見てきた創作物群からはちょっと想像できないぜ?

設定の核心部分まで踏み込んでいきそうですな。期待。

そして田中、何で手馴れてるんだw
「流石にただ者ではない」という片鱗を見た気がする。

295:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 22:04:56.85 UUYUhTwE
続き。

   十の四

 アタシを友達だと思ってくれているから、アタシがどこまで近付けるのか試しているんだ。
 自分をさらけ出すことに、どれだけ勇気がいるんだろう。
たぶん、友達を作ることなんかよりずっとずっと、桁違いの勇気を使うことだと思う。
 アタシにできるのは―、

「日本さんが話したいのなら、ちゃんと聞くよ」

 その小さな背中を支えてやることだ。
「……ありがとうございます」
 このあとで、何が起こるのかはわからない。アタシたちは、そういう綱の上を渡っているんだから。
平穏なんてすぐに崩れ去ってしまうような世界で生きてるんだから。
「田中さんと出会えたのは、きっと何かの縁なんだと思うんです」 
 全てを受け入れよう。
「私が常に勝ち続けなければいけない理由を、鬼を祓う理由を、私の過去を、話しておきます」
 日本さんのお話を聞き終えたあとで、アタシは驚くかもしれない。
 あるいは、なんだそんなことか、と拍子抜けするかもしれない。
 でも、それを乗り越えて受け入れることが、支えるってことなんだ。

 そっと、息を吸う。
 やさしく息をはいた。
 日本さんの物語が、始まった。

「六年前のあの日が来るまで、私は人間だったんです」

   φ

「お母さん、もみじはなんで散っちゃうの?」
「そうね、あんなにきれいなんだもの、散っちゃうのはもったいないって思うわよね」
「うん」
「でもね、紅葉が散るのは、紅葉の神様がわたしたちのくるしいこと、かなしいことを散らしてくれるからなの。春になったらね、散らしきったもみじの木から、うれしいこと、たのしいこといっぱいの若葉が芽を出すのよ」


 六年前の秋のことだった。
 父は私が生まれて間もなく亡くなってしまったけれど、国境の山の恩恵と父の遺した畑のおかげで、
母と共に貧しいながらも幸せな生活をしていくことができた。当時遊ぶことが大好きで、国境の山はお庭だった。
友達と木登りしたり、虫取りをしたり、山頂まで駆け上がったりしていて、今では考えられないくらい、お転婆な小女時代だった。
 あの日は長く続いた秋晴れが終わり、冷たい風の吹く曇りの日だったのを覚えている。
私は日課の薪拾いに出かけていて、冒険がてら山の頂まで登って一休みしているときだった。
 隣の国の山裾から恐ろしい姿をした鬼が向かってくるのが見えた。疾風みたいな速さで馳せるので、
私は慌てて山から下り、母に知らせた。すると母は大きな釜を持って外井戸まで私を連れていった。

 お母さんがいい、と言うまで釜の中に入ってるのよ。

 もう母の声は思い出せない。でも、そんなことを言っていたのは記憶に残っている。
 私は怖かった。自分がお釜の中に入れるかどうかじゃなくて、この中に入ってしまったら、
もう一生母と会えなくなるんじゃないかと感じたのだ。だから反抗した。あれが最初で最後の反抗だった。
 私は親不孝だ。最後の最後に哀しい顔をさせてしまったんだから。

296:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 22:06:19.21 UUYUhTwE
   十の五

 お母さんね、―には、たくさんの人を幸せにできる芽を持ってると思うの。みんなね。
つらい、くるしい、かなしいって泣きたいこと、たくさん持ってるでしょう? でもちょっとしたきっかけで、
私たちはみんなしあわせな気持ちになれて、笑顔になれるの。立派じゃなくていい。
でも、―の芽が、みんなを笑顔にしてくれたら嬉しいな。

 もう、母の輪郭もおぼろげだし、母がつけてくれた大切な名前も忘れてしまった。
 でも、紅葉を見るたびに、この言葉だけははっきりと思い出すことができる。紅葉は母と私を繋げるものなのだ。
 私は母の言葉に胸をときめかした。あの時、鬼に食べられてしまっておしまいだと思っていた私にも未来があることを、
未来に向かって歩いてもいいってことを、許してくれたみたいで、すごく嬉しかった。
 体を折りたたんでお釜に入ると、母は縄で縛って井戸に下ろしてくれた。身動きが取れなくて、痛くて、怖くて、一人きりで、
探険するときの興奮はすぐに失せてしまって、だんだんと心細くなってきた。でも不思議と鬼への恐怖はなかった。
母が守ってくれるから、と根拠のない自信で心は埋め尽くされていた。
 明日友達となにして遊ぼうか、そんなのんきなことを考えだした、その時だった。
 井戸の外から、稲妻のような地震のような大きな音がして、すぐに女性の叫び声が聞こえてきた。
音は井戸の中で反響に反響を重ねる。
 それきり、だった。
 もう何の音も聞こえない。

 急に孤独を感じる。これ以上膝を抱えて待っていても、母は迎えに来ないのではないか。
頼れる人はいなくなってしまったのではないだろうか。これからぬくもりに触れることはないのではないか。
あのすまし汁は二度と食べられないのではないか……。
 お腹が減ると、余計に寂しさがこみ上げてくる。

 それからどれだけ「お母さん」と呼び続けただろう。我に戻ったのは、お釜がごとりと動き出したときだった。
お母さんは鬼に殺されてなんかいない、生きてるんだ。何事もなく鬼が通り過ぎていって、引き上げてくれてるんだ。そう思った。
でも、母の「もういいわよ」の声はどこからも聞こえてこない。それどころか人の気配が一向に感じられなかった。
それなのに、お釜は上下に揺れ続けている。
 鬼に見つかったんだ。息を殺してさらっておいて、鬼のすみかで戦利品とばかりに私を食べようとしてるんだ。
 ただただお母さんお母さんと連呼して、助けて助けてと祈り続け、こわいこわいと頭を抱えたその瞬間、違和感を覚えた。
 頭に、何か固いものが二本生えていたのだ。しばらくいじると、それが角だってことがわかった。

 鬼と成っていた。
 どうしてそうなってしまったのか、今でもわからない。
母への思いが鬼にさせたのか、お釜の中に入っていたから鬼になったのか……。
 今度は自分が怖くなり、外に出たくなった。これ以上釜の中にいたら、私は心まで鬼になってしまいそうな気がした。
母の言いつけなんてどこかへ飛んでしまうくらい怖かったのだ。
 ふたを押し開け、生まれたばかりの仔馬のようにふらついて倒れこむ。そこはもう夜で、井戸の中ではなかった。
河原の草原で、山と山に挟まれた渓谷だった。上流の空が煌々と赤く燃えていた。
故郷は鬼に滅ぼされ、私はきっとその最期を見届けていたのだ。

 でも、周りに鬼の姿はなかった。私は鬼に連れられてここまで来たわけではないようなのだ。
だとしたら、どうして見知らぬここまで来てしまったのだろう。
そんなことを思ってお釜をみると、どういうわけかお釜に手と足が生えていて、ひょこひょこと飛び跳ねている。
 私の強い祈りを受けて神さまになったのか、例の鬼の邪気を受けて鬼になったのか、
それとも神さまでも鬼でも人間でもない存在に変貌したのか……。とにかく鬼になってしまった私に心があるのは、
お釜が私のことを守ってくれたからなのだろう。でも私は混乱していて、鬼や神さまの知識もなかったので、
ただただ不思議だなあ、と思うばかりだった。
 きょとんとしている私を見て、お釜は意気込んで渓流に飛び込んだ。何をするつもりなのかわからなかったけど、
川から上がったそれを見て、納得すると同時に仰天もした。お釜の中にはお腹の膨れた鮎がたくさん泳いでいたのだ。
お釜に顔があったらしたり顔をしているようで、きっとほめられたかったんだと思う。
 山菜と朽ち木を取ってきて、ご飯を作った。ずいぶん久しぶりだった。
塩気がなくておいいくなかったけど、お腹はいっぱいになれた。
 でも母の味を思い出して悲しくなって、その日は泣きながら草を枕に眠りについたのだ。

297:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 22:06:56.30 UUYUhTwE
   十の六



 こうして、私は鬼として日々を過ごすようになった。
鬼を自覚したのは初めて村を訪れた時の人々の対応を見てからだ。

 鬼の子だ、鬼子だ。

 自分は忌み嫌われる存在なのだそうだ。冬が来て、食べるものが少なくなって、雪が降ってきて、寒くて、
里へ降りざるを得なかったときは、そんな罵倒を受けながら、お祓い程度のお米と、塩と、大量の孤独感を持ち帰ったのだった。

 鬼子だ、鬼子が来たぞ。

 いつしか私は鬼子と呼ばれるようになった。一度も来たことのない村でもみんなが口を揃えて私の名前をさらしあげる。
悪い噂ほど、早く世間に広まりやすい。噂の対象になって初めてその本意を理解できるなんて、なんだかとても皮肉なものだった。

 何度か訪れた村に再び足を踏み入れなければならないときがあった。吹雪いていて、
空腹で最寄りの村もなかったから、無理を承知で食べ物を少し分けてくれるよう頼むためだ。
 でもその村は荒れ果ててしまっていて、見るも無残な光景が広がっていた。小屋は一様になぎ倒されており、
がれきに押しつぶされた大人の周りに集って、涙を涸らしてもなお泣き続けている子どもの姿があった。
 堕ちた風の神さまの仕業だった。ある意味で、初めて鬼の被害をこうむった村を目撃したのだ。思わず踵を返し、走って逃げる。
 あの子たちはこの世の中で生き抜くことができるだろうか。そんなの、答えは決まっていた。だから余計に辛かった。
 鬼を倒せる力があったら。自分の無力感、同族嫌悪、そんな自己への嫌悪。

 私って、なんなんだろう。
 笑顔の葉っぱを芽吹かせてほしい。そう母は言ってたけど、私を見る人々はみんな、顔はこわばり、瞳孔は見開いている。
 私なんて、私なんて……!
 でも、それでも人を襲うことはしなかった。それをしたら、きっと最後に残された大切なものまで失ってしまうと思ったから。
別にそんなもの、全てを私の中の鬼に委ねてしまえばすぐに楽になれるのに。自分勝手とか、わがままとか、そういうのじゃない。

 ―春になったらね、散らしきったもみじの木から、うれしいこと、たのしいこといっぱいの若葉が芽を出すのよ。

 世の中の色々から歯向かおうとしている自分がいると同時に、母が遺してくれた最後の希望を追いかけてみようとも思っていた。
 その一環だったのかもしれない。里山から村を覗いたときに、
家々からもれるあたたかい明かりを見て、私はそれらの家族の幸せを祈り続けた。

   わらぶきの 下でなごやぐ 親と子の 喜び萌えよ 悲しみよ散れ

 私の力はとても及ばないけれども、どうか鬼に襲われることなく、私みたいに鬼になることもなく、幸せでいてください。
 感謝なんてされなくていい。日常を、日常のまま暮らしていってもらいたい。第二、第三の『鬼子』が現れないように。

298:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 22:07:29.76 UUYUhTwE
   十の七

 寒さが一層厳しくなってきても、お釜を連れて川を下り続けた。体力も精神も尽きようとしていた夕暮れに、
神さまの集団にお会いした。私みたいにみすぼらしいお姿をしていたから、
きっと信仰や感謝をほとんど受けなさらない神さま方なんだと思う。でも飢えてる様子はなく、ずいぶんと穏やかなお顔をしていた。

 おや、見慣れない顔だ。
 もしや、人間の噂に聞く鬼子と、なんだ、釜か。
 鬼のクセに邪気が感じられんな。
 感じられるのは、さしずめ空腹感ってとこだな。

 彼らは私をおちょくりはしたものの、貶すことはなさらなかった。
いや、敬語なんて取り払ったもいいような気がする。この方々にはどこか親近感を感じさせる。

 腹ペコ鬼子さんに、オレたちのバイブル、中ラ連を紹介するぜ。

 「ばいぶる」も「ちゅうられん」も意味がさっぱりだったけど、この神さまたちみたいに陽気な気分にさせるものだったら、
喜んで行きたいものだった。人間だったころみたいに、楽しみで満ち溢れていたとしたら。

 中ラ連ってのはな、中央ライス連合の略だ。ライスってのは西の最果ての国の言葉で……米だったか、飯だったか、
とにかく腹いっぱい飯が食えるんだ。俺たちビンボーな神や鬼を憐れんだ大神サマの恩恵よ。ありがてえ。

 ご飯というものは、人間の思いが詰まっているから、鬼や神さまにとっても栄養満点らしい。
ご奉納のお米やお酒も、そういう点では間違いではない。
 神さまや鬼たちが一列に並んで配給を待っている。

 なんでえこの長さは、異常じゃねえか、

と神さまの一人がつぶやいた。それに、元々の気質だかどうだかは定かじゃないけど、
行列をなす神鬼からぴりぴりとした空気が伝わる。神さまたちに連れられて中ラ連の厨房へ向かった。
 連合と聞いて大きな施設を想像したけど、実際は人力車に食材と調理器具を積んでいるだけの質素なものだった。

 いいから米を出せっつってんだ、さあ!

 アンタも鬼の自覚があるんなら、いい加減聞き分けな。道中釜が壊されちまったんだ。生米は食えないものが多いから
そのまま出すのは不公平になっちまう。釜新調したらすぐ出直してやるから、今日のところは菜っ葉で辛抱してくれることを願う。

 短気な鬼と、中ラ連の料理人が口論をしていた。十数名の外野もああだこうだ声を張り上げていて、騒然としていた。
 あの、もしよろしければ、なんて言うまでもなかった。手と足のあるお釜が意気揚揚に(声こそ発さないものの)名乗りを上げたのだ。
料理人と短気な鬼の間に立ち、自らふたを開け、銀色の中を指さす。

 アンタで米を炊け、と?

 お釜はこくこくと頷き、飛び跳ねた。料理人は確認するように私を見る。どうぞ使ってあげてください、と頭を下げた。
あの日以来、お米らしいお米を炊いてあげてなかったから、お釜は早くしろと言わんばかりに、煤けたかまどの穴に飛び込んだ。
 久しぶりのご飯は甘くて、いい香りで、全身が溶けてなくなってしまいそうな感覚をもたらした。玄米に味噌と少しの菜っ葉という
貧しい食事だったけど、本当に、涙が出てしまうくらいおいしかった。おいしかったなんて言葉にできないほどおいしかった。
 神さまや鬼たちが解散した後も、私はここに留まっていた。特に理由はない。
あるとすれば、久しぶりに誰かの笑顔を見ることができた気持ちを噛みしめていたんだと思う。

299:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 22:08:06.00 UUYUhTwE
   十の八

 アンタ、色々大変なんだってな。

 料理人の彼は川で調理器具を洗いながらつぶやいた。

 辛いときは、俺の米を食え。飯がありゃ幸せさ。うまそうに食ってくれりゃあ俺も幸せになる。

 お釜は自分で自分の手入れをする。意外と綺麗好きみたいで、丁寧に汚れを洗い落としていた。
 熱心に包丁を磨く背中を見て、私は決心した。

 もしよかったら、あのお釜あげます、

 料理人の手が止まる。
 私からお釜をなくしたら、たぶん生きていくことはできないだろう。
 でも、それでいい。自分じゃ何もできないけれど、私の何かを誰かに託すことはできる。
私じゃ力足らずだから、力のある誰かに私の思いを渡せばそれでいいんだと、そう思った。

 アンタ、こんな噂を知ってるか?

 手は止まったまま、でも振り向かずに尋ねられる。

 この川を下りきった河口の村の噂さ。その村を治める白狐が、まるで人間みてえな小鬼をかくまってるって話だ。

 今度は私が停止する番だった。
 私と同じ境遇の人間がいるの? にわかに信じられない事態だった。会ってみたかった。
会って、共有できるものは共有したかった。私の心から生きることへの諦めの念は消えてなくなっていた。
 諦めてしまうことをとどめさせてくれたんだ。私の思惑を見破っていたんだ。
そんな予感が頭をよぎると、たちまち目の前の背中がたくましく思えてきた。

 礼を言われる義理はねえ。俺たちに何の違いもねえんだよ。アンタは兄弟なんだからな。

 彼はそう言ったきり沈黙を続けた。
 別れ際、お釜に名前を付けた。中ラ連の彼の助言もあって、かまどで炊かれるのが大好きな鬼という意味を込めて、
かまど炊鬼(かまどたき)と名付けた。ちょっとおかしな名前だけど、手足の生えたお釜はとても気に入ってくれたみたいだった。

 旅が始まる。一人で見知らぬ土地を歩いたことなんてなかった。海までの道のりは長かった。いくつもの村と町と国を越えた。
何度石を投げられたかわからないし、いくつひどい言葉を塗りつけられたかわからない。目が合っただけで幾人に逃げられたのか。
どれくらい挫けかけたことだろう。でも料理人が配給してくれた煎り米をつまむたび、前へ前へ進もうという気になるのだった。
 川は少しずつ広くなっていく。雪は徐々に解けていく。風に流されてきた潮を香りに気付くときには、もう桜が満開になっていた。
春だ。
 河口の村は、今まで見てきたどの町や国よりも立派な塀が築かれていた。鬼の侵入を防ぐもので、隙間はどこにもない。
道の先に大きな門が待ち構えていて、その前に白い髪の老人が立っていた。

 お主が来るのを待っておった。

300:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 22:08:41.20 UUYUhTwE
   十の九

 遥か昔から到来を予測していたかのような口ぶりだった。

お主にしか出来ぬお守を頼みたいのじゃ。

そう言って重々しい門の中へ私を引き連れた。されるがままに動くしかなかった。
こんなごくごく普通に接せられるのは鬼になって初めてだった。
 だからこの老人を疑った。狡猾な企みは私は騙されるんだと。でも抵抗はしない。すべてを受け入れる。
 人一人いない整備の行き届いた街道を歩き、村はずれの神社に到着する。

 おじいちゃん、大丈夫でしたか?

 ぱたぱたと箒を持った巫女姿の女の子が―薄黄色の髪から獣の耳を生やした子が―駆け寄ってくる。

 大丈夫じゃ。それよりシロや、旅人さんをあの子のところまで案内してやりなさい。

 老人がそう言うと、シロと呼ばれた巫女はびくりと体を震わせ、私を見た。
その眼に緊張の情は混じっていたけれど、恐怖の情はちっとも感じられなかった。

 シ、シロです。

はにかみながら少女は会釈した。

あなたの名前はなんですか?

 私は―

言いかけて気付く。私の名前はなんなのだろう。
 もうそんなもの、忘れてしまったような気がする。とても、とても大切なものだったけど、
幼いころ大切にしていた木彫り人形みたいに、知らず知らずのうちにどこか暗い所へしまいこんでしまっていた。
 不思議とむなしさはなかった。

 ああ、えと、そ、そういうことってありますよね。わたしもど忘れしちゃうことありますよ。
ほら、昨日の夕ご飯何食べたっけとか、部屋片付けなさいっておじいちゃんに言われたこととか。よくありますよ、ね?

 だから、何としてでも私を肯定しようとする小女の言動が、なんだかおかしかった。
肯定しているように見えて、的外れなことを言ってるのもなんだかくすりとくる。

301:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 22:09:00.54 UUYUhTwE
   十の十

 大きな社の脇にある小屋に入る。中は広い板張りの稽古場になっていて、指先が痛くなるくらい冷たかった。ひたひたと中を渡る。
 裏庭から元気な鞠つき遊びの声が聞こえる。

あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ、熊本どこさ、せんばさ……。

 私とはもう縁のない世界からの歌声に聞こえた。そんな日々がつい半年前まであったことがまるで夢みたいに感じる。
 裏庭の童女は鞠をつくたびに頭の両側でゆわえた短い髪束が揺れた。
背を向いていて、黄色い帯は身長の半分はあろう蝶結びで締められていた。

 あの子、あなたと同じ鬼に成った子なんですよ。

 えっ。

 思わず声が漏れ出ていた。

 だって、だってあの子は……。

 こにちゃん、おいで、紹介したい人がいるの。

 待ってください、私はまだ、心の準備が……そんなこと、言えるわけがない。緊張してたんだから。

 童女は振り返る。
 まるで相縁に魅かれあうように目と目が合う。


「ねねさま!」


 頬をさくら色に染め、屈託のない無邪気な笑顔を満開にさせた。
 私の記憶に、鮮やかな色が宿ったのは、このときだった。

 裏庭の桜は、華々しく咲き誇っている。

302:創る名無しに見る名無し
11/10/18 22:11:01.94 uHJ7hSqB
使命というよか、強迫観念?人々に必要とされる為に続けなければいけない。的な?
・・・・青鮫相手のときも、ひょっとして上手く行かなかったらズンバラリンしてたんだろうか・・・
そう思って青鮫の所読み返すとなんか薄氷を踏む気持ちになる。もし上手くいかなかったらテンパって・・・?
いや、むしろ過去に上手く行かなかったパターンがかもしれない

303:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/18 22:13:23.50 UUYUhTwE
>>294
感想ありがとうございます。
核心部分に触れてしまうからこそ、じっくり彼女とお話したいと思います。

※なお田中さんは特殊な訓練を受けています。

304:302
11/10/18 22:22:45.53 uHJ7hSqB
ぐお、>>294への返事を書いたと思ったら>>295-301が続いてた。何をいっているのかわからねーが(ry
……割り込まずに済んでよかったと考えよう。ウン
というかまさかの中ラ連や釜炊鬼まで登場?!

305:創る名無しに見る名無し
11/10/19 02:02:31.70 VtzET2PB
中ラ連はまさかだったなぁwww

歌麻呂さんそうとうディープなスレ住人だなあ。

306:創る名無しに見る名無し
11/10/19 02:12:17.76 SANNkv/N
>>289-301
おつかれさまです!
鬼子の過去、なぜ鬼を祓うのか、の核心部分でオリジナリティが出てきましたね。
ただ、ここは最初から多様な解釈があった(もしくは謎のままにされていた)部分なので、
いまさら歌麻呂さんがどう解釈しようとも、きっと他の人の想像力を縛ったりはしませんよ。
だから料理の仕方を楽しみにしていますよ!

そうだ、ビギナーさん向けに、釜炊鬼と中ラ連の元ネタ貼っときますね。
URLリンク(www.pixiv.net)
URLリンク(unkar.org)

307:創る名無しに見る名無し
11/10/20 00:43:03.79 MuHZfsBr
>>288
毎回標的は『綿抜鬼』ばかり。ひょっとして狙いは忍描いた人含め劇団の皆さんなのか?そう疑ってしまうよ。
確かオシリスキーもネタ出ししてたと思うけど、消せという人はそれに対してほぼ言及しないしね。
もう作者としてどうしても許せないなら、第三者の関わってない彼のSSのみを外せば良いやん。
そのくらいが落とし所だと思うけど、どうなんだろうか?
もしどうしてもSSすらも残したい、という方がいれば理由も聞く必要はあるかもだけど。

>>303
お疲れ様です!なんか変なのに教祖と崇められてる感じですが、
挫けずラストまで描かれる事を願っております。正直可能なら紹介用作品としての完成も求む…。

308:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/20 22:16:34.95 qNTn+PSX
皆さん感想ありがとうございます。両手を合わせてから拝読させていただいております。

>>305
ディープなのかライトなのかよくわからない立場にいると自分では思ってますw
何しろ半年間のブランクがありますからね……。

>>306
ええ、ここらへんは潔く料理をさせていただきます。申し訳ないです。
この場面が編纂の第一関門だと思ってます。大切な部分であるだけに。

>>307
挫けることは今のところないと思います。こちらの事情で更新が遅れる可能性はありますが……。
紹介用作品に値するかどうかは皆さんのほぼ一致した判断によりけりでしょうかね。作者が決められる次元の話じゃありませんよ。

これからの更新ですが、十一月はやや不規則な更新になる予定です。
   10/25(火) 九話
   11/1(火) 十話
   11/8(火) 十一話
   11/15(火) おやすみ
   11/21(月) 十二話
以後、基本的に毎週月曜更新になると思いますが、
十二月は個人的な事情により更新が不規則になるかもしれません。
ご了承くださいませ。

309: ◆eqTAfYUygg
11/10/22 17:17:13.45 wadFpR1k
じゃあ次の次の日曜日、30日までで決を取ろうぜ。そしたらみんなが納得した紹介用作品になるでしょ?
自分は歌麻呂さんの作品で賛成。細かい所までスレ内部のネタを拾われているし、
あとは挿し絵とか(ロダからアドレス引用でも良い)だけあれば、十分に理解を助ける作品だと思うから。
『鬼子が心の鬼を狩る理由』とか作者により変わる部分については、注釈だけ付け加えれば問題無いと思う。



投票方式はコテ付きでのみ1票にカウント、保留は無しの賛成と反対のみで理由を書きたい人は書き、
荒らしに対する以外個人への中傷は禁止でどうでしょうか?まあ投票方式も案でしかないですが、
今からやったら11月1日の鬼子誕生日に間に合うから良いかと思うんだけれどな~。


あの荒らしの作品をSSまとめに入れて良いかについては知りません。まとめて下さっている方の独断でも良いとは思うし、
もし消すなら容赦なく綿抜鬼もオシリスキーもまとめて消す位でないと、いくらでも荒らしが湧く気もするし…。

310:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 15:13:40.75 6Wcu3uno
歌麻呂です【編纂】日本鬼子さん九も前回同様ストーリーが長くなってしまったので、
先に「十の五」まで投下して、残りは夜になってから投下します。ご了承くださいませ。

「お前は馬鹿なだけだ」「オレも混ぜろおぉ!」
「日本さんが話したいのなら、ちゃんと聞くよ」
「負けたら、駄目なんです!」
「ねねさま!」
 彼ら彼女ら鬼の子ら、昔語りのあけぼのの、淡く切なき日はのぼる。

序 スレリンク(mitemite板:80-83番)
一話 スレリンク(mitemite板:89-99番)
二話 スレリンク(mitemite板:128-139番)
三話 スレリンク(mitemite板:176-185番)
四話 スレリンク(mitemite板:196-204番)
五話 スレリンク(mitemite板:216-224番)
六話 スレリンク(mitemite板:240-248番)
七話 スレリンク(mitemite板:262-270番)
八話 スレリンク(mitemite板:289-301番)

次回の更新は11/1(火)日本鬼子さんの誕生日を予定しています。

311:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 15:14:53.71 6Wcu3uno
【編纂】日本鬼子さん九「だから、あなたを―」
   十の一

 どうにか状況理解に努めようとしたけど、私には到底難しい話だった。ありえないことが起こりすぎている。
何もかも私とは隔離された世界にあるみたいで、気付かない間に夢の中を彷徨っているんじゃないかって思ってしまう。

「旅人さんも、せりと菜の花のおひたし、どうぞ」
 呆けている間に茶の間にあげられていた。円い食卓に狐耳の巫女が作ったらしい品々が並んでいく。湯気立つ五穀米のご飯、
おひたし、明日葉と大根とサクラマスのあら汁、白うどのきんぴら……。実に質素な、でも私にとっては実に豪華なものだった。
「さあ召し上がれ。お百姓さんや漁師さんの思いがぎっしり詰まってますよ」
「こに、きんぴらだいすきなの!」
「こには好き嫌いがなくてよろしい。それに比べてシロは……」
「うう、ひじきはぱさぱさしてて気持ち悪いんです。だって海草ですよ? なんで水気がないんですか!」
 どうしていいのかわからなかった。
私という異物が混入しているのに、まるで何年も前からこの座布団が私の定位置であるような穏やかな時間が過ぎる。

「旅人さんも食べなさい。長く苦しい旅じゃったろう、遠慮なんてせずに腹を満たすがよい」
「あ、はい」
 お茶碗を持ち、五穀を箸にのせ、口にする。ほのかな生命の薫りが口いっぱいに膨れ、甘味が舌を強く刺激した。
噛みしめるほどに大量の唾液が舌の裏側から分泌される。呑み込む前に次を求めた。箸を茶碗の中に突き入れ、
すくい出す間もなく口の中に放りいれる。奥歯でふっくらと炊き上げた穀物をすりつぶす。粘りと共に、秋の穂の香が鼻を通り過ぎた。
 菜の花のおひたしを箸で挟むと、口の中がじゅわりと溶けだして、もう何も考えられなくなった。
あっさりとした苦味に塩味が加わり、五穀米の歯ごたえと合わさって絶妙な協和を連ねた。
 喉を鳴らし、あら汁にかぶりつく。
重ね塗られる度に深みを増してゆく漆器のお椀のように、あらゆる味が交わっては響き、さらなる高みへと昇華していく……。

 気が付けば、涙が出ていた。きんぴらを口にいれると、ちょっとだけしょっぱかった。
それでも私は食べ続けていた。無心になりながらも、どこか遠くのほうで自分の半生を疾駆していた。
「……つらかったです」
 まぜこぜになったものを呑み込んで、私はそうつぶやいた。
「ねねさま、よしよし」
 小鬼の子が、私の頭をやさしく撫でてくれた。幼い、やわらかい手だった。


 気持ちの整頓がついてから再び箸を動かす。
少しずつ色々な話をした。私自身の話もした。語れば語るほど胸がずきずきと痛む。みんな、嫌な顔せずに聞いてくれた。
 狐の耳を持つ少女はシロと名乗った。かの有名な稲荷一族の末裔らしい。まだ駆け出しの巫女で、祭祀はおろか
呪術すらできないみたいだけど、親身に話を聞いてくれる。歳も近そうだ。ただ、不器用なのか、
言うこと言うことが一言多かったり二言少なかったりする。でもだからこそウソのつけない純朴な女の子だってことが容易にわかる。
 それからこ白髪で身のこなしが落ち着いている老人は
彼女の祖父にあたる(のか師匠なのか両方なのかは曖昧で謎に満ちていたけど)白狐爺だ。それが本名でないことはすぐにわかった。
でも真名は簡単に明かしてはいけないものなんだ。本当の名前は自分自身の命に匹敵するものなんじゃないかと思う。

「それで、この子は―」
「こには、こにだよ!」
 紹介が待ちきれなかったのか、こにと自称する小鬼の子がぴょこりと短いお下げを揺らした。
自分の名前を自慢げに、誇らしげにしている。そう感じた。
「はい、とりあえずそう呼んでますけど……」
 シロがお茶を一口飲んだので、私はご飯のおかわりをいただいた。こにが進んでしゃもじを握る。
「もしかして、こにちゃんと会ったの初めてなんですか?」
「ええ、そうですけど、どうしてですか?」
「いや、ほら、こにちゃん、あなたのこと『ねねさま』って呼んでたじゃないですか。
わたし、てっきり生き別れた姉妹が感動の再会を果たしたんだとばかり……」
 さすがにシロは誇張しすぎているけれども、でも不思議なことに、再会を果たした、というのはどこか共感するものがあった。
鬼の人なんて今まで見たことすらないし、私に妹は存在しないけど。

312:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 15:15:35.04 6Wcu3uno
   十の二

「あ、『こに』っていうのは『小鬼』を短くしただけのもので、本当の名前はわからないんです。
こにちゃん、記憶をなくしちゃってるみたいで」
 記憶を? そう私は繰り返して、こにの背中を見た。何もかもが小さかった。
肩も、腕も、腿も、足の裏も。触れたらすぐに壊れてしまう。そんな使い飽きた表現が的確だった。
「こにはな、村の民に拾われたんじゃよ。たらい舟に布を被せたものの中に入って泣いておったそうじゃ」
 シロの代わりに白狐爺が口を開いた。口を湿らせるためにお茶を一口飲んだので、私はあら汁を二口で飲み干した。
「わしが直々向かったら、皆鬼の子だと喚いておってたがな、言ってやったよ、
この子はわしが引き取ろう、とな。昨年の秋のことじゃ」
 汁を吸った大根を呑み込む。
 秋。私と同じだ。

「どうして引き取るようなことをしたんですか?」
 はっとなってこにを見た。こには首を傾げて不思議そうに私を見ていた。胸をなでおろし、せりに箸をつける。
「目が澄んでおったからじゃ。これほど澄んだ者が悪さなどするはずもなかろうとな。
わしらがちゃんと育ててゆけば、必ずや善き心を持った鬼となろう。そう確信した。それから―」
 白狐爺がお茶目な笑みを漏らした。
「わしのかわいい孫娘が増える。理由としては、それだけで充分じゃよ」
 老人が子どもに戻ったような、そんな無邪気な笑顔だった。こにもまた笑っていた。
同じ宿命を背負っているはずなのに、どうしてこの子はここまで無防備な笑顔を振舞えるのだろう。

「お主も、ここでしばらく暮らしてみるのはどうかね」
 唐突にそんな提案を出されて、思わず声を上げてしまった。白狐爺は真剣な眼差しをしている。逆らえない眼差し。
 でも、そう安々と頷けるほど私は気楽な精神を持ってはいない。
 私の瞳はもう濁ってしまっている。人には語れないような惨たらしい現場に何度も居合わせた。
人々の苦しいこと、辛いこと、悲しいことを全て背負い込んで、あるいは受け止めて、今の私は存在している。
受け止めること、それが私の生きる意味なのだ。
 だから人々は私を見ると逃げてしまう。私が穢れているから、近寄ったら穢れが移ると恐れて。
「お主は、人々を苦しめる鬼を祓いたいそうじゃな。しかし、そのためには並々ならぬ努力と精神と体力が必要じゃ。
それだけではない。鬼を打ち祓う武器があらねばお主の身は守れぬし、武器を扱う術を習わねば刹那に喰われてしまう」
 箸とお茶碗をちゃぶ台に置く。ことり、と小さな音がした。
「ここにはお主の必要としているものを満たせる場であると思っておる。それでも何か言いたげな顔をしておるが」

 言いたいことは山ほどある。
「どうして……こんな親切にしてくれるんですか。私を引き取ってもいいことなんてないのに」
 それが本音だった。別にひねくれているわけではない。白狐爺とシロに対する疑いがちゃんと晴れてなかったのも一つの理由だが、
それ以上に二人とこにを心配する気持ちのほうが強かった。私といたら、きっと三人を不幸にしてしまう。
私は疫病神と同じようなものなんだから。この村の人々に恐れられて、
白狐爺たちの信仰が失われてしまったら元も子もないと思うのは私だけなのだろうか。
「いいことがない? 逆じゃよ。よいことだらけじゃ」
 白狐爺はあのお茶目な笑顔をもう一度私に見せた。

「まず第一にわしにかわいい孫娘が―」
「それ、こにときにも言ってました」
「よいではないか、孫は幾人おっても足らんよ。それに、シロにお姉さんができる。
喜ばしいことじゃ。まだシロは至らぬことが多すぎるからの」
「あー、おじいちゃんわたしのこと全然信用してませんね!」
 シロがふくれっ面になった。
「そういう口は夜一人で用を足せるようになってからにしなさい」
「な、なんてこというんですか!」
「こにはできるよー!」
「ひええっ? う、うそ言ったらいけないんですよ!」
 それはまるで自然な流れの中にいるようで、私が答えを出すより前に、答えは決まってるみたいだった。

313:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 15:16:16.86 6Wcu3uno
   十の三

「あ、あの、びゃ、白狐……」
「お爺ちゃん、でいいよ」
 不思議なことに、それはどこか初めて耳にした言葉みたいな、そんな感触だった。
「お爺ちゃん、私、ここで暮らしてもいいですか?」
 私もこの輪の中に入ることができたらいいな、なんてことを思った。

「ほ、本当ですかっ?」
「やったぁ!」
 シロとこにが喜んでくれている。私は、二人を喜ばせることができたのだ。
「それでは、これからもよろしくお願いしますね、えっと……」
 嬉しそうに尻尾を振るシロが言葉を詰まらせる。
「名前、ど忘れしてたんですよね、思い出しました?」
 ど忘れなどではない。本当に忘れてしまったんだ。
もう人間だったころの記憶なんてほとんど覚えていない。私が人間だった証なんて……。

 鬼として生きるのだ。受け止めろ。そう誰かが耳元でささやいている。鬼として、蔑まれて。

「―鬼子」
 私は呟いた。声が小さすぎて、うまく伝わらなかった。
「鬼子です。私の名前は、鬼子なんです」
「でも、それ……」
「いいんです」
 シロの言葉を断つというよりかは、私の過去を断つように、あるいは受け入れるように即答した。
 鬼子として生きよう。私が鬼子なら、こにはこにだ。こにが鬼子になることはない。
『鬼子』に貶す意味は消え失せた。鬼子は、私を指す言葉なのだ。
「鬼子、ふむ、悪くない名前じゃ。鬼子、鬼子」
 白狐爺……お爺ちゃんは宝の地図のばってんを記憶するように、何度も何度も私の名前を口ずさんだ。


「ねねさまー!」
 こにの挨拶はあらかた決まっている。鞠があればそれを庭に放り投げ、私の懐に突撃するのだ。
 やわらかな感触に思わず抱きしめる。シロのお下がりを身にまとい、あんず色の頬をこすりつけていた。
本能的にこの子の髪を撫でてあげる。気持ちよさそうに目を細め、口元を緩めていた。
 薄い皮をかぶった角が生えていた。この子は私と一緒なのだ。一緒なのに、こうも違っている。
この子には疑うという術を持ち合わせていない。
「鬼子さん、ごご、ごめんなさい!」
 こにと遊んでいたシロが慌てて駆け寄ってきた。
「もう、鬼子さん見つけても突撃しちゃダメだって言ってるでしょ? まず気を付けをして、両手をお腹の前で重ねて、
相手の足元を見るくらい丁寧に腰を折るんです。朝だったらおはようございます、お昼だったらこんにちは―」
「シロちゃんつまんなーい」
「あの、別にそこまで仰々しくしなくても……」
「ふええっ? そ、そうでしたか? でもおじいちゃんからそうしなさいって……」
 たぶんそれは参拝者へのお辞儀の仕方だろう。こになら突撃挨拶のほうがまだ似合っている。

314:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 15:16:42.67 6Wcu3uno
   十の四

「そろそろ休憩しましょうか。鬼子さん、冷やし飴にしますか? 飴湯にしますか?」
「こにはひやしあめー!」
 ちょっとだけ戸惑った。そんな食べもの、食べたことがない。でもきっと二人はたくさん食べたことがあるんだろう。
 まるで私だけが阻害されているような、そんな気がする。
「もしかして、飲んだことありませんでした?」
「飲む? 飴を?」
「水飴を溶かした水に生姜のしぼり汁を入れた飲みものなんです。ひんやりしてておいしいんですよ。
お湯で溶いたのが飴湯で、こっちは体の芯からあったまります」
 シロはうっとりと目を細めた。そんな幸せそうな顔をしてしまうほどおいしいものなのだろうか。
 シロだけじゃなかった。こにもまた頬を染め、日向ぼっこしてる猫みたいに口を開けている。
尻尾があったらのらりくらりと振られているに違いない。

「シロとこにったら、本当の姉妹みたい」
 ちょっとだけ冗談めかして、くすりと笑った。
 シロは私が笑ったことに驚いた反面、安堵した表情をした。
「私も冷やし飴にしようかな」
「了解しました、お姉ちゃん」
 シロもまたそう冗談っぽく言って、縁側に上がった。

「シロちゃんとこにはね、ほんとうのしまいじゃないんだよ」
 こにはなお幸せそうな顔をしたまま、まるで紋白蝶が舞い踊ってる様を嬉々として語るように、自分を語った。
「こにね、川のうえのほうでうまれて、ここまできたの! こにね、ずーっとずぅーっとひとりぼっちだったんだよ?」
 こには記憶を失っていると聞いたし、お爺ちゃんが引き取ったってことも知っている。
でもこには完全な「孫」として引き取られたわけではなかった。ちゃんと自分の境遇を教えてもらっているんだ。
「でもね、でもね、今はちがうの。シロちゃんもじじさまも、カゾク、なんだよ! こにの、たーいせつなカゾクなの! 
ねねさまも、だいすきなカゾク! こにね、みーんなのことがだいすき!」
 家族。心の中で呟いた。家族。大好きな家族。家族のように接してくれるシロやお爺ちゃん。
わらぶきの下でなごやぐ家族のぬくもり。どこにもいない、お母さん、お父さん。家族。
「お待たせしました! 冷え冷えですよ!」
 シロが作ってくれた冷やし飴は、冷たくて、喉がくるると言って、甘くて、ちょっぴりしょっぱかった。


 武器をもらった。
 薙刀『鬼斬』。鬼を斬ることに特化した薙刀で、欠けることもなく錆びることもない神器だ。
神器といってもほとんど人の目につかなかった代物のため、神話や民話として語られることなくこの場に収まっている。
いつかの時代にもこの薙刀を使って鬼を祓っていた存在がいたのかもしれない。
 柄を握りしめるとずしりと重かった。
 薪割り用の斧を振るったことはあったけど、薙刀はそれ以上に姿勢を落とさないとすぐ体勢が崩れてしまう。
最初は素振りですら鬼斬に振り回される有様だった。
 でも薙刀の扱いに慣れていくと、自分の肩から指先までの神経が切っ先まで伸びて結ばれているような感覚を持てるようになった。

「天下無敵、という言葉がある」
 打ち合い稽古の最中にお爺ちゃんは平然と言ってのけた。私の繰り出す突きも払いも巻き落としも全て防がれる。
「間違ってはならぬぞ。天下無敵は天下に敵がおらぬことではない。天下に敵を作らぬことじゃ」
 おじいちゃんの小太刀さばきは清流のようだった。長さの不利を微塵も感じさせない。
「お主が一人を敵と判断すれば、その判断の領域は徐々に拡くなる。
好まざる者に霧粒ほどの小さな恨みを持てば、いつしか親しき者を敵と見なしてしまう日が訪れよう。
さすれば、残された道はただ一つ、自己をも敵と見なすのみ。それはすなわち―」
 袈裟斬りをかわされるや否や、小太刀が薙刀を絡ませ私の胴に入った。
「戦場では死を意味する。他殺ではない、自殺じゃ」

315:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 15:17:35.64 6Wcu3uno
   十の五

 お爺ちゃんは息をついて木刀を帯に挟んだ。確かに私は殺されていた。
長物はそれだけで優位に立てるけど、橋かかられるともう逃げられない。お爺ちゃんは少しの隙すら本気で喰って掛かるのだ。
「敵を特定する者の世界は、敵で満たされておる。
やがてはすれ違う人も、触れるものも、食べるものも、空気ですら潜在的な敵となる。わかるかね」
 なんとなくわかるような気もするし、わからないような気もする。今、お爺ちゃんにお腹を打たれたから痛いけど、
この「痛み」やそれを与えた「相手」を敵視しちゃいけない、恨んじゃいけないってこと……なのだろうか?

「敵を作らない方法なんて、あるんですか?」
「もちろんとも」
 おじいちゃんは振り返り、しわがたくさんの笑顔を見せた。
「相手と自分を一体化させればよいのじゃ」
 言ってることがよくわからなかった。その反応が面白いのか、お爺ちゃんは楽しげに頷いていた。
「相手がいて初めて自分が生成される。相手の嬉しいこと、喜ばしいこと、悲しいこと、苛立たしいこと……
そういったものを受け入れて初めて自分を成り立たせるようなものの観方じゃよ。言葉で述べるのは実に難しい話になるんじゃがな」
 しかし……とお爺ちゃんは続けた。
「お主の生き様は、それに通ずる何かがあるのではないかな」
 少しだけ昔の自分を振り返った。
 お爺ちゃんの言葉は哲学的で難しかったけど、きっとお腹が痛くてもその「痛み」を受け入れなさいってこと……
いや、私の「痛み」だけじゃない。それはきっと相手の「痛み」まで呑み込んでやっと成立するんだと思う。

「ねねさま、じじさま、ごはんだよ!」
 階段の上からこにの声がする。思想なんて遠い彼方のぶつであることが容易にわかるような、そんな無邪気な声だった。
「鬼子や」
 薙刀を立てかけ、階段へ向かう途中でお爺ちゃんに呼び止められる。
「こにがあれほど笑顔でいられる理由を知りたいと思ったことはないかの」
 思わず私は振り向いた。そこには老けこんだしわの多い白髪の人が立ち尽くしていた。
 背筋に冷たい汗が垂れる。同族として、ずっとずっと知りたかったことだった。
でもお爺ちゃんのほうから不意に投げかけられると急に腰が引けてしまうのだ。
私が臆病だから……いや、違う。臆病なのは、お爺ちゃんのほうだった。
「申し訳が立たぬの、わしもまだ成長せねばならぬのじゃよ」
「いえ、お爺ちゃんは充分立派です」
 嫌味でも皮肉でもなんでもない。私は心の底からお爺ちゃんのことを慕っていた。
「いや」
 首を横に振った。
「弟子から学ぶことも多くあるんじゃよ、鬼子」
 それは独り言だった。私に向けられたものじゃなかった。

「こにはな、外の世界を知らない」
 語りだした深い彫の瞳は天井を見つめていた。
「わしが引き取ってから、こには一度も外に出ておらん。わしは恐れたんじゃよ、鬼というものをな。実に愚かなことじゃった。
民の恐れに晒されれば、こには傷つき、邪気で満たされ、人々に害なす鬼に成ると考えた。
しかし、お主を一目見て、わしの考えは外れていたのだと気付いたんじゃ」
 人々に忌み嫌われたとしても、人を食らうような鬼になるとは限らない。
私のように理性を保持し続ける鬼はいる。お爺ちゃんですら、そのことに気付かなかった。
 それじゃあ、私みたいな鬼はずっと存在しなかったの? 私は歴史から見ても、特異な存在であるということなの?

 立てかけられた鬼斬を見る。ねえ、と心の中で問いかける。あなたの古い主人様は、どんな方だったんですか?
「これがわしの限界なんじゃよ。こにを匿うことでしか守れぬのじゃ。あわよくば―」
 お爺ちゃんの視線が、天井から移って私に向けられる。
「孫には広い世界を見せてやりたいのう」
 ―こにね、川のうえのほうでうまれて、ここまできたの!
 もしかして、おじいちゃんは……。

316:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 15:18:22.34 6Wcu3uno
夕方の更新は以上。
この続きおよびTINAMI版、pixiv版の投下は
例のごとく夜になってからになります。
ご了承くださいませ。

317:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 22:13:01.86 6Wcu3uno
   続きの十の六

 桜の春は散り、木蓮の春へと移り変わった。紫陽花と共に梅雨が訪れ、そして夏が音を立ててやってきた。
やがてひぐらしの物悲しい声に思いを馳せているうちに残暑は過ぎ去っていて、気が付くと群生する彼岸花が一斉に
鮮やかな血の色をした花を咲かせる。人々が絶叫と共に天へと伸ばす手のひらみたいで、私は直視することができなかった。
 金木犀の香りが漂いだしたけど、すぐに嵐が来て流れてしまった。
でもしばらくもしないうちに木々は色を改め、あっという間に紅葉の季節になった。私の季節がやってきた。

 お爺ちゃんは一つの季節に一度、多いときは月に一度くらいの間隔で鬼退治に出陣していた。
シロは祭壇へ赴き、折鶴を折ってそれに祈りを籠めていた。
「わたしはまだ何もできないひよっこですから」
 そう言って力なく笑う。シロにはまだ制御できないという理由で大幣(おおぬさ)も振れないし、
力がないので弓も引けない。でも、お爺ちゃんの無事を祈る気持ちは誰よりも強かった。
 もどかしかった。まだ未熟な私は鬼と対等な戦いすらできないだろうし、
お爺ちゃんの戦う姿をこの目に焼き付けて学びたかったけど、村人が混乱してしまうのでそれすらできなかった。
「次はねねさまのばんだよ?」
 裏庭でこにと遊ぶことが、私の役目だった。

 それから紅葉も散って、冬がやってきた。今年もたくさん雪が降った。枝と木の葉の布団で眠ったこと、お腹が減って
凍え死にそうだったこと、熾火が私の魂なのだと錯視したこと、吹雪で倒壊した家屋につぶされて息絶えた人々のこと……。
 私は、ぬくぬくと冬を越してしまっていいのだろうか。こうしている間にも、
寒さや飢えに苦しみながらも生きながらえている人たちがいるのだ。

 戸惑っている間に春が来た。あのとき憧れを抱きながら眺めたぬくもり中に、今の私はいた。
毎日がありきたりで、どこまでも幸せだった。でも本当にここは私の居場所なのだろうか?
 もちろんこの場所を嫌ってるわけでもないし、お爺ちゃんやシロやこにを避けたいと思っているわけでもない。
 どうしても疑問を抱いてしまうのは誰かのせいではない。宿命のせいなのだ。
きっとここに留まってはいけないのだ。帰る場所は、ここじゃない。
 なら、帰るところはどこなの?
 わからない。
 ……いや、本当はわかっているのだ。答えは一言で済むくらい簡単なものなのだ。それはそう―

 法螺貝が鳴った。
「おにっ!」
 こにが小さな悲鳴を上げる。
 考えの糸が切れた。

 何よりもまずこにの安全を優先しないといけない。
稽古場の二階、こにの個室に向かう。一階は避難しに来る人々でいっぱいになるのだ。
 部屋から外を見た。鬼が来る凶兆なのか、西の空が黒い。お日様は十分高いところにあるし、空も青く晴れ渡ってるはずなのに、
西の地では地面まで光が届かないらしい。光を吸い取ってしまう鬼だろうか。いやそれにしては様子がおかしい。
鬼である私にはわかる。今まで経験したことのないほどの邪気が、村と社を囲う二重の結界をすり抜けてぴにぴりと背骨を振るわせる。
「こわいよ、ねねさま」
 その異変をこにも感じ取っているのだろう。私の裾を掴んで離さない。
 私だって怖かった。何が怖いとか、そういうことじゃない。本能的な死の恐怖だ。
ああ、私もこの村も、死んじゃうんだなっていう、諦観の境地に至ってしまっている自分に対する恐怖だ。

 その鬼は、まるで山だった。山が音を立てて村を呑み込もうとしているようにも見える。
 自暴自鬼(じぼうじき)。暴走を続けた心の鬼の末路に成る鬼だ。私がぬくぬくと暮らしている間に、
鬼は行き着くところまで成長してしまったのだ。おそらく奴は自身を保てなくなり、
時を待たずして崩れ、消え去ってしまうだろう。でも村に着く前に自壊する保証はどこにもない。
 これをお爺ちゃん一人で倒せというの……? そんなの無理だ。無理に決まっている。
 ならどうする。このまま指をくわえて身を委ねなくてはいけないのだろうか。
「ねねさま……」
 こにが私を見つめていた。

318:歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg
11/10/25 22:13:28.37 6Wcu3uno
   十の七

 決心する。
 この子のために、私は抗おう。諦観の僻地から抜け出すために。
「私、鬼を祓ってくるね」
 裾を握り締めるこにの手をやさしくといてあげる。
「やだっ!」
 でも、こには頑なにこれを拒んだ。ぶんぶんと首を左右に振り、私の腕を幼い胸の中に収め、離さなかった。
「ひとりはやだよ……」
 このとき、私はようやく二の舞を演じていることに気がついた。お母さんと同じことをしようとしている。
 そんなことをしたら、こにが第二の『鬼子』になってしまうのではないだろうか。それだけは阻止したい。

「なら、一緒に行く?」
 こにを守って、村も守る。
 それが私の生きる道なのだ。
「うん、行くー!」
 満面の笑みが咲いた。


 神社から西の門に向かうまで、かなりの時間がかかってしまった。屋根の上を駆け抜ける術はまだ習ってなかったし、
鬼斬を持ってこにと一緒に走るのは容易なものではなかった。空気のかげりが徐々に染まっていく。生ぬるい風は、
流れの止まった川の水に浸かっているような気分にさせる。雄叫びが想像以上に大きい。すぐ近くにいる。この門のすぐ先に。
「開けてください、お願いします」
 門の前で臨戦態勢に入っている防人に声をかける。
振り返った防人はいらついた顔をしていたけど、私を見るなりすっと顔の色が青白くなった。
「鬼、鬼子ッ!」
 槍を突きつけられる。そのへっぴり腰の姿を見て、勇壮でないとか女々しいだとか、
そんなことはちっとも思わない。ただ私の自己同一性が洗練された、それだけ思った。
 私ばかりを見ていて、足元にいるこにの存在にすら気づいていないみたいだった。

「おじい……白狐爺の手助けがしたいんです。あの方一人で太刀打ちできるような鬼じゃないんです!」
「き、貴様、白狐様が負けるとほざくか! この村を幾百とお救いになられたことすら知らぬ卑しい奴め。
あの巨大な鬼と共謀していることくらい俺にも分かるわ!」
 この人は私のことを理解しようとする気はちっともないみたいだった。
私がどんなに心を開こうとしても、人々は心を開いてはくれない。それとも、自分がまだ開き足りてないのだろうか。

「村から去れ。いや、世から去るのだ! そうだ、俺の手でやってやろう。そうすれば俺が英雄だ」
 一歩、二歩と防人がにじり寄ってくる。口元は歪んだようにほくそえんでいて、瞳孔は見開いていた。門の裏側から咆哮が聞こえる。
気が動転してしまっているのだろう。幾度となく見てきた人の姿だけど、だからといって慣れるようなものじゃない。
褄下でこにを隠すように立ち、千鳥足の防人を凝視する。

 再び門外から低いうなり声がした。休む間もなく火薬の爆裂するような音がするなり、門が叩き壊された。
「じ、じじさま!」
 がれきと共に、お爺ちゃんが石ころみたいに跳んできて、私たちの前で止まった。
「お主ら、伏せい!」
 お爺ちゃんの断末魔の矢先、雷神様が怒り狂うように門柱が軋みを上げた。
途端に柱は霧がしぶきを上げるみたいに粉砕した。左右に建てられた物見櫓も倒壊する。私はこにを抱きしめて、縮こまっていた。

 横目で様子を窺う。今さっきまで門であった場所に巨大な垢だらけの贅肉がじわりとにじり寄ってきている。
体長は私の三倍はあるだろう。横幅はそれ以上にある。お爺ちゃんはいつもいつも、こんなのを相手に戦っていたのだ。
私はこんなのと戦う術を一年間学んできたのだ。でも稽古場と戦場とではわけが違う。
 鬼は息を吸うだけで隙間風のような不気味な音を奏でる。吐き出す息は粘り気のある疾風だった。
胸の奥でどろりと濁った渦が巻きだした。防人が苦しそうに呻き声をあげる。


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