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創作大会しようぜ! 景品も出るよ! - 暇つぶし2ch559:梅の花 1/2
11/04/01 01:27:36.56 WAVvahlC
清らかに澄み切った空気の中にほのかに漂う香りを探す。
繊い糸をたぐるように、丁寧に。
いまにも途切れてしまいそうなその香りはしかし、
一度捉えることができれば、胸の中に花が咲くように、肺の中を芳しい香りで満たしてくれる。
ほら、今日も梅の花が咲く。
なんていい香り。
私はその清冽な甘い香りを胸いっぱい吸い込んだ。
吸い込むたびに森羅万象が身体に流れ込み、すべての物事が一新されたように感じる。
ここは梅の花の園。
世俗は遠く、彼方にある。

風が吹いてきた。
ほんの少し、剣呑な匂い。胸にさざ波がたつような。
私は梅園をゆっくり巡り、その出所を探す。
園でいちばんの老木の根元にそれはいた。
襤褸の小山のように倒れ伏している。
頭髪のほとんどが白髪になった男。
顔は茶色く日に灼けて、深いしわが刻まれている。
やっとの思いでここに辿りついたのだろうか、疲労の色が濃い。
私は男を東屋へと運んだ。

梅の花を浮かべた水に布を浸して顔を拭っていてやると、男は不意に目を覚ました。
濁った充血した眼が激しく瞬く。
その眼が顔を覗き込んでいる私に止まると、
一瞬の静止のあと、なんとも言えない色が浮かび、固く結ばれていた唇がほころんで、
もうすこしで微笑するような形になった。
梅の花がひらくような、慎ましく無邪気な微笑み。
そんな微笑みが浮かびかけ、そして、消えた。
それはほんの一瞬のことで、私がその変化に驚いているうちに
疲労と悲しみで摩耗した、もとの顔に戻ってしまった。

ややあって男の唇が開き、古い楽器の弦が風にこすれるような音が漏れた。
「あんたが、梅園の仙女か…」
 そうよ、と答えて杯に水をそそぐ。
杯を渡すと男はすこしためらった後、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干した。
「うまい。…こんなにうまい水を飲んだのは、久しぶりだ…」
 好きなだけ飲んだらいい。ここにはたくさんあるから、と言うと、
男はどんよりと濁った眼で頷いた。
けれどもその顔はどれだけ水を飲んでも、癒すことのできない渇きで餓え乾いていた。

その日から、梅園でときおり男の姿を見るようになった。
すこし怖い気がしたけれど、遠くのほうから私がすることを
ただ見ているだけで、害意はないようだった。
最初のうちこそ、梅園の静謐を乱すような男の存在を疎ましく思ったが、
そのうちに慣れてしまい、気にならなくなった。
男は大人しく、無口だった。
やがてひとこと、ふたこと挨拶を交わすようになった頃、男が言った。
「あんたに御礼を」
何のことかと問うと助けてもらった御礼だと言う。
「水を、有り難う。助かった」
今更お礼を言われたことが可笑しくて笑うと、男の顔にも笑みが広がりかけた。
あのときかいま見た、あの微笑み。
私はしんとなってその笑みを待ったけれども、
なかなか捉えられない梅の香りのように、やはり、また消えてしまう。
そして、微笑みかけた男の顔にはどうしてだろう、
前にも増して砂漠のような渇きが強くなるのだ。


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