11/03/26 23:00:45.52 +o7CSBHB
街の狭間に構える天満宮の梅の木は、ほころびかけた花びらが背中を丸めていた。
世の中に出ることを怖がっているのは、わたしだけじゃなかったと確かめる。そして、わたしは社に向かって「バカヤロー」と叫んだ。
志望校が母校になりませんでした。長い間思い続けた憧れの男子に、あっさりと振られたような気がしました。
わたしがやるべきことはすべてやったのに、力が足りずに浪人生へと真っ逆さま。愚痴を聞いてくれるのは天神さまぐらいしかいないんです。
受験の神さま、天神さまは全国の受験生から崇められ、そして手のひら返しで憎まれる。それを許すとは、神さまだけに心が広い。
バスが行き交う大通りから鳥居をくぐり抜けると、鎮守の森の代わりにコンクリートのビルの群れ。
振り返ると門の隙間からガラズ張りの近代的な建物が見え、回転ドアがくるくると回っている。野良猫がわたしの後を付ける。
居座った牛が両側に据えられて、まるでわたしに「のんびり行くがいいでおじゃる」と話しかけるが、そんな時間はないのだよ。
来年まであと一年。長いようで、短い。人間だったら一歳年を取ってしまう期間じゃないか。時間が惜しい。
なのに、ここだけ時間を切り抜いたように、ここだけ時代を忘れたように。市指定の記念樹が周りの喧騒を吸い取る。
これから着ることのなくなる制服を身に着けて、履くことのなくなるローファーで石畳をぎゅっと踏み躙る。
池には鯉が泳いでいた。立派な錦鯉はゆらゆらと水中を泳ぐが、何を考えているのかわたしにはさっぱりだ。
そんな鯉たちの時間の流れがうらやましく思う。同じ生き物同士なのに不平等すぎるではないか、ねえ神さま。
梅の花なんか、咲かずに春を迎えろ。
絵馬がかかる本殿の手すり。ぎっしりと願いごとの数だけ目白押し、その中の一つになったつもりがいけなかったのか。
どこかの誰かの絵馬に隠れて、わたしの願いが色あせる。それを知ってか知らずか、ビルの合間のお日さまのような明るい声が横から飛んでくる。
声に驚いて野良猫が逃げた。声の主はどうやらわたしと同じくこの天満宮に目的があって来ていたようだった。
彼女は幼馴染みの腐れ縁だからこそ、明るい声が憎らしくもあり励みにもなる。明るい色のコートが無彩色な背景に映えていた。
「ゆーか、大学に落ちたんだって?わたしと一緒だね。だからお願いし直しに来たんだよ、えへへ」
「うるさいよっ。漫画家崩れのゆずな先生!二度目の新人賞落選、おめでとう!」
「はいはい、友達は大切にした方がいいよ。未来のじょしだいせーさん」
同い年だから遠慮はいらない。だから、傷つかない悪口を言い合える。