10/08/26 23:57:37 MAg3YC5y
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届け先の電磁嵐がひどいせいで、予定されていた便が欠航になった。
男は、臨時の休みを得ることとなった。
既に搭乗する準備を進めていたので、フリーに使えるヨットを借りだして
小惑星へでも遊びに行こうと思い立った。
ヨットの格納庫へ向かう途中、彼はぼんやりと考える。
小惑星へ行ったところで、楽しいことがあるわけでもないことは分かっていた。
何処へ行こうが何をしようが、彼が心の底から楽しめることは無かった。
機械的に仕事をこなし、休みがあっても楽しいことはない。
寝ているか、惑星探査に関する古い資料を読むくらいがせいぜいだ。
何の喜びも驚きもなく、充実した感じを得ることもない。
空虚な生活を送っていた。
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26:A sort of short story ~ by『Light Song』
10/08/26 23:58:29 MAg3YC5y
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格納庫へ通じるハッチの横で、何かかが蹲っているのが目に入った。
薄暗くて良く見えなかったが、どうやらへたりこんだ少女の横で、
小型のロボットがオロオロしているようだ。
「……どうしたんだ?」
彼は声をかけた。
「ぷろぐらむ ノ フグアイ デ タオレテシマッタノデス」
―ずいぶん前時代的なロボットだな。
古典にある宇宙戦争の物語に、こんな形のロボットが出てくるのがあったことを思い出した。
ヒト型のロボットとコンビで、主人公の青年のお供のような存在だったはずだ。
「でばっぐ ト ぷろぐらむサイコウチク ガ ヒツヨウ デス」
ロボットの声を聞きながら少女を見やった。
肩を微かに上下させながら、ぐったりとしている。
その動きに合わせて、束ねた髪先が揺れた。
鮮やかな、コバルトブルーの髪。
―間違いない。
「この娘、『初音ミク』だな。お前さんは、マネージャーロボットか何かか」
「ソウデス コノ すてーしょん デハ ワタクシ ガ まねーじめんと ヲ シテイマス」
ロボットは無機質に答える。
続けて、
「アナタ ウチュウセン ウゴカセル。みくサン ヲ ツレテイッテホシイ」
「はぁ?」
27:A sort of short story ~ by『Light Song』
10/08/26 23:59:23 MAg3YC5y
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ロボットの話を要約すると、
ライブを終えた初音ミクは、移動中に倒れてしまった。
バグが侵入したようで、専門的な処置をしないとプログラムそのものが危うくなる。
従いているのは旧式マネージメント・ロボットだけで、星間航行許可も無い。
なので、男に依頼したい……というような内容だった。
「しゃあねぇな、わかったよ。で、どの星だ」
ロボットが告げた星は、彼の故郷の星だった。
♪ ♪ ♪
スリープ状態となったミクを抱きかかえ、後部席に座らせると、ヨットを出した。
―なんだか奇妙なことになっちまったな。
目的地まで行って帰ってくるとすると、彼の臨時休暇がまるまる潰れる計算になる。
あまり気が進まなかった。
再び故郷の土を踏むことは、夢に敗れて逃げ帰ってきたような気になる。
―しかし、“病人”を放っておくわけにもいくまい。
宇宙空間に出て開帆すると、意を決して、ラムジェットを噴射した。
―これは、人助けのためだからな。
大義名分を自分に言い聞かせ、彼はその星をコンソールに打ち込んだ。
♪ ♪ ♪
28:A sort of short story ~ by『Light Song』
10/08/27 00:00:08 +OzCcoam
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男が故郷の星を飛び出して、5年が経っていた。
もう一生、戻らないつもりだった。
眺めていると、吸い込まれそうな気分になる青空。
空を鮮やかなオレンジに染め上げる夕陽。
静謐に輝く月。
神秘的な稲光。
その星で、あらゆる美しい現象を見てきた。
はっとするほど美しい風景は、見慣れたはずの空にあった。
彼は、かつて恋人だった少女のことを思い出す。
彼女と出会った頃、彼は現実の生活に埋もれて、空を見上げることすら忘れていた。
そのことに気づかせてくれたのが、彼女だった。
天空の美しい現象を眺めるとき、彼の側にはいつだって彼女がいた。
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29:A sort of short story ~ by『Light Song』
10/08/27 00:00:56 +OzCcoam
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「いいものを見せてあげる」
そういって彼女は、彼をある場所へ連れ出す。
言われたとおりに頭上を見上げ、彼は、息を飲んだ。
大きな月が、夜空に青く輝いている。
その神秘的な光に、言葉も出ない。
「条件がいいとね、すっごく綺麗に見えるのよ」
彼女は嬉しそうに言う。
「美しい景色って、案外身近にあるものなんだよ」
彼女はいつだって突然に、彼を誘う。
―ね、夕陽を見に行かない?
―今日、流星群があるって、知ってた?
―回り道しようよ。きっと、いいものが見えるよ。
―夕立ちは好きだよ。止んだ後、きっといいものが見られるからね。
その悉くが、言葉に出来ないほど美しいものを、目の当たりにする経験となった。
そして、そうしたものを見つめている彼女の目は、比喩でなく「輝いて」いた。
彼は、そんな彼女が、好きだった。
♪ ♪ ♪
30:◇BY8IRunOLE
10/08/27 00:01:46 +OzCcoam
↑ここまでです
規制中なので代理投下をお願いしています
長々とすみません、あと1回で終わりです
31:A sort of short story ~ by『Light Song』 ◆BY8IRunOLE
10/08/29 18:14:44 yWcvnAmD
目的の星がレーダーに入ってくる。
もう少しで視認できる距離になる……
その時、後部座席がもそっと動いた。
振り返ると、ミクが顔を上げてモニターを見ていた。
「大丈夫なのか?」
声をかけると、にっこり笑った。
若干、生気が無かったが、それでも嬉しそうな顔で、モニターに映る星の光を目で追っている。
その健気な表情に、チクリと胸が痛む。
もう少しで着くからな―
そう言おうと思った矢先、じんわりと滲むように、コクピットの中に音が満ち始めた。
モニターには星が無数に見えている。
その星たちの光が音を奏でているような、不思議な感覚。
はじめは、微かな音。
質量のある物を地面に落とすような、くぐもった低音。
それが、規則的に打たれている。
ヨットが、星の重力に引っ張られて加速する。
通常なら、ラムジェットを逆噴射して制動をかけながら、周回軌道に載せるべきなのだ。
しかしその時は、なぜかそうしなかった。
自由落下に任せて、一刻も早くその星に辿り着きたかった。
低音に、シンセサイザーのような音が重なる。
音は、速度と同期して、速いBPMで流れている。
心臓の鼓動が、それにつれて早くなる。
得体のしれない焦燥感が、彼を支配していた。
―“病人”のミクを乗せているためか?
たぶん、そうじゃない。
着いたら……そこへ着いたら、やりたいことがあるんだ。
探したい奴がいるんだ。
謝りたい奴が、そこに居るはずなんだ。
彼はディスプレイを油断なく見つめ、軌道を整えながら、ヨットを落下させていく。
成層圏に突入する。
いつものミッド・シップの3倍くらいの衝撃が、彼らを包む。
♪ ♪ ♪
32:A sort of short story ~ by『Light Song』 ◆BY8IRunOLE
10/08/29 18:16:28 yWcvnAmD
念願叶ってスペースシップのクルーになった。
近傍の惑星に行って簡単な講習を受けた後は、船に乗って実務をする。
生活の拠点を外星に移すことになる。
彼が故郷を離れる日。
彼女は見送りには来なかった。
来るはずがない、知らせなかったのだから。
別れは、言わなかった。
出会いも突然なら、別れも突然訪れるもの……そう勝手に決めつけた。
もしも別れなんて切り出したなら、彼女はきっと、愚直に彼を待ち続けることだろう。
それは彼女にとっての幸せじゃない。自分のことなど忘れてくれればいい……。
彼はそう考えていた。
けれど、それは彼の独りよがりだった。
そのことに、今更ながら彼は気づいたのだった。
気づかないふりをしていたのかも知れない。
彼女の、まっすぐに輝く瞳。
それを見ながら話すことから、彼は逃げた。
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33:A sort of short story ~ by『Light Song』 ◆BY8IRunOLE
10/08/29 18:18:12 yWcvnAmD
ミクの歌声は、彼に忘れがたい印象を与えた。
それが何故なのか、彼はようやく知ることになる。
ミクの声は、彼女の声にとても似ていた。
しかし、そのことにすら気づくまでに今までかかった。
故郷の未練を振り払うごとく、彼は無意識に、思い出さないようつとめていたのかも知れない。
―オレは、なんて愚か者なんだ。
自分自身に呆れ果てつつ、ディスプレイに映る青い惑星を眺める。
彼女は、身近なところにある素晴らしいものを発見する才覚に優れ、またそれらを大事にしていた。
当時の彼には、その感覚は分からなかった。
それ故に、彼女の感覚は単なるノスタルジーに過ぎないと思っていた。
―宇宙へ、未来へ飛び出す人類に、そんな後ろ向きなものは必要ない。
そう思っていた。
けれどその心の奥底で、彼はそんな彼女を尊敬し、あるいは怖れていたかも知れない。
目の前にある事象を素直に受け止めるということは、実は難しいことだ。
故郷を後にして宇宙船乗りになった今、彼は故郷に一度も帰ったことがない。
帰ろうと思えばいつでも帰れる距離にいるのに、故郷に帰らないのは、
彼が夢を実現できずにいることに対する気まずさがある。
帰ってしまったら、“負け”を認めたことになる。
だから、帰るわけにはいかない。
でも。
本当に、そうなのだろうか?
古臭くて発展性のない、滅びゆく存在と見限った彼の故郷。
帰ったら、幼い頃に馴染んだ風景や空気が、彼を包むだろう。
それは、夢敗れたことなど不問にして、彼に何かしらの感傷を与えるに違いない。
その居心地の良さに、彼は二度と宇宙へ出ていくことは無くなるかも知れない。
宇宙へ出ていくことは、彼の幼い頃からの悲願だったのだ。
♪ ♪ ♪
34:A sort of short story ~ by『Light Song』 ◆BY8IRunOLE
10/08/29 18:19:50 yWcvnAmD
突然、なんだか分からない強烈な衝動が、彼を襲った。
彼の頭に、声が聴こえる。
よく知っている、少女の声。
―(大切なモノとか、美しいモノはね。)
その声に、ミクの声が重なる。
―(じつは、とっても身近にあるものなんだって。)
いつの間にか、ミクは音に合わせて歌っている。
―(危険な目に遭わなくたって、高いお金を払わなくたって、)
フリーライブと、通信で拾ったときに流れていた、あの曲。
―(案外、簡単に手に入るものなんだって。)
心拍数と呼応するように、ますます早まるBPM。
―(でもそれは、『簡単』ではあっても『カンタン』じゃない)
爪先まで響き、疾走するトランス・ビート。
―(『お手軽』っていうのでもない。けど、『身近』にある。)
頭の中を、優しく撫でるように、ミクの高音が駆け抜ける。
―(在るのに気付かない。見えていないだけ、なんだって。)
エッジの効いた矩形波が、高揚感を駆り立てる。
―(『神は小さな所に在り』ってね。)
船が成層圏を抜けた。
♪ ♪ ♪
35:A sort of short story ~ by『Light Song』 ◆BY8IRunOLE
10/08/29 18:22:10 yWcvnAmD
君に会えたキセキは
想い出なんかにしない
また笑い合って
繋いだ手は離さないよ……
着陸態勢をとりながら、彼は思う。
―ミクをエンジニアセンターへ届けたら、あいつを探そう。
彼女はもしかしたら、彼のことなんか忘れたかも知れない。
でも、それでも良かった。
―遅いかもしれないけれど、ずっと気付かないよりもマシだ。
彼はあらためて、かつて愛していた彼女にもう一度会いたいと思うのだった。
空は5年前と変わらず、美しく澄み渡っていた。
fine
36: ◆BY8IRunOLE
10/08/29 18:42:28 yWcvnAmD
↑おしまいです
以下、元動画のクレジット
[オリジナル]
URLリンク(www.nicovideo.jp)
URLリンク(www.youtube.com)
作詞・作曲はkzさん(Live tune)
[リミックスver.]
URLリンク(www.nicovideo.jp)
URLリンク(www.youtube.com)
ミックスは鼻そうめんP
[さらにリミックスver.]
URLリンク(www.nicovideo.jp)
URLリンク(www.youtube.com)
ミックスは同じく鼻そうめんP
37: ◆BY8IRunOLE
10/08/29 18:50:24 yWcvnAmD
うーん、正直ボカロSSとしてはイマイチでしたね……
有名曲なのに……お恥ずかしいです
この曲、実は初めて聴いたときは「DLするほどでもないなー」くらいに思ってました
けれどリミックス漁ったり聴き比べたりしながらしているうちに、大好きになりました!
綺麗なオケが聴きやすく、歌詞も素直な感じでとっても良いですよね!
オリジナルも2バージョンのリミックスも、それぞれ良さがあって最高です
余談ですが
URLリンク(www.youtube.com)
こっちはエレピが聴こえないのですが、イラストが気に入ってます
どなたが描いたんだろ?
38: ◆BY8IRunOLE
10/08/29 18:56:52 yWcvnAmD
代理投下していただいた方々、本当にありがとうございました!
長期規制と諦めてたのですが、解除されたみたいです
お手数をおかけしました
読んで下さった方、ありがとうございました!
拙いモノですが、もしもアドバイス等いただけたら……これほど嬉しいことはありません!
人が居ないのは規制のためか、はたまた自分のせいかわかりませんが……
また何か書きたくなったらお邪魔するかもです
では、失礼します
39:創る名無しに見る名無し
10/08/29 21:09:08 BA+d+jZ1
400 :名無しさん:2010/08/29(日) 20:48:04 ID:0S4.icRY0
>関連キャラスレ
見てるよー 書き込めないけど・・・
ボカロ関連でもSSはめったに探しにいかないから新鮮だよ
できれば続けて欲しい