11/06/16 23:28:00.58 Ov2NEhXA
>>110
無双ではあんまりピックアップされていない有名どころだと
厳島の戦い
元就版桶狭間。中国の勇、陶・大内氏を一気に衰退させ、尼子や大友との決定的な敵対関係が始まる
下剋上で成りあがった陶晴賢の顛末と瞑想する主家をも支え続けた弘中隆包の最期が熱い
もちろん元就はじめ毛利の三兄弟が目覚ましい武働きをした戦でもある
耳川の戦い
九州といえばこれ。島津に脅威を抱いた九州最大勢力の大友宗麟が島津に攻め込むも
兵の纏まりを欠いていた大友がずさんな進軍をしていたところを島津に徹底的に打ちのめされる
結果的に島津が釣り野伏せやらで兵の質の高さを九州勢力に示し、逆に大友では愛想を尽かした人達が離反していった
摺上原の戦い
新伊達軍と佐竹ら反政宗軍の戦い。結果的に自分で討ったとはいえ父親の弔いという名目もあるため引くに引けない政宗
これを機に伊達の弱体化をはかろうとする佐竹義重ら反政宗軍は数の力で一方的に攻め立てる
撤退する伊達の殿をつとめた鬼庭左月斎の命をかけた奮戦や運も味方し政宗は武名をとどろかすことに成功する
当時中心だった織田の戦での有名どころはたくさんある
・志賀の陣
信長包囲網の大勢力になされるがままの織田軍が多くの重臣に死者を出しながらも降伏に近い和平で生き延びた戦い
三好、六角、本願寺、朝倉、浅井らに対して織田五大将や佐久間、森らの活躍で事なきを得た
・天正伊賀の乱
若い頃はバカ息子として有名な信雄の独断から始まる戦。数々の講談で有名かも
蒲生氏郷、丹羽秀長、滝川一益、堀秀政ら名だたる将の活躍と藤林・百地らの死にざまは見どころ
・魚津城の戦い
謙信死後、景勝が支える上杉へ攻め込む織田軍柴田勝家、佐々成政、前田利家
森・滝川の動きから景勝は援軍を出せず小勢だった魚津の兵士は自刃する。その後に信長の横死が発覚した
・神流川の戦い
信長の死後、北条氏政の指示で氏直が指揮する大軍が関東を指揮する滝川一益軍に迫りくる
弔い合戦ということで無謀ながらも相対した滝川軍が大敗。前田慶次や真田幸村も滝川軍にいたとされる
真田昌幸は戦後一益を長島城まで護衛した後もろもろあって関東の覇権争いに参加する
年表順で言えば厳島が一番最初で耳川の後に天正伊賀の乱、神流川の後に摺上原の戦いがある
中心部での戦と共に地方の戦を学んで、かつバックグラウンドも抑えると戦国時代の流れが本当によく分かる