FFの恋する小説スレPart11at FF
FFの恋する小説スレPart11 - 暇つぶし2ch230:ラストダンジョン (447)   ◆Lv.1/MrrYw
11/10/31 00:46:33.51 g1sAe1bz0
 呼びかけられてケット・シーがマリンに顔を向けた途端、はっとして小さな肩を震わせると、
ぎこちない動作で顔を逸らし右手で頬の辺りを掻く仕草をして見せた。
『ああ、なんや恥ずかしいトコ見られてしもたなぁ……』そう言ってもう一度マリンに顔を向ける
『ボクのこと心配してくれて、おおきに』。
 それはいつもの気さくで愛らしいケット・シーだった。マリンは内心でホッと胸をなで下ろす。
 頬にやった手を今度は口元に持ってくると、わざとらしく咳払いをしてみせる。それから、
ケット・シーは質問に答えた。
『おふたりさんにも話した通り今のボクはリーブの操作やのうて、ボク自身の意思で動いてる
んやけど、どうもリーブは“ボク”を動かす事ができなくなったみたいなんや。そんで、ボクと
接触を図るために利用したのがシェルクはんのSNDやった。確認した訳やないけど、多分ボクと
シェルクはんが接触する機会を待っとったんやろうな』
 目の前にいるふたりに事情を説明しているうちに、ケット・シー自身もこれまでの状況を落ち
着いて整理する事ができた。
 何らかの理由でインスパイア能力を使ってケット・シーとの接続ができなくなったリーブが、
外部―つまりネットワーク経由でケット・シーと接触を試みるためには、人の記憶や精神に
さえも干渉できるシェルクのSNDが必要だった。そのために彼はシェルクの能力と、SNDの実験
データを利用したのだろう。ケット・シーが直接、SNDに関する情報収集にあたった覚えは無い。
となるとこれらの記憶はリーブが用意したものだ。
 仮にこの推測が正しければ、リーブの中でこの計画はかなり前からあったと言う事になる。
 しかもシェルクは、ケット・シーのライブラリの中にSNDに関連しそうな記憶情報を見つけたと
言ってその閲覧を求めた。つまり、わざわざシェルクの興味を引く様な項目であると見せかけ、
さらに保管形態を変えていたのだろう。その証拠に、その記憶情報はシェルクを陥れるための
罠だった。支障を来すほどでは無いにしろ、シェルクを欺き一時的にでも危険にさらすという
狡猾なやり方が、ケット・シーは気に入らなかった。
 いくら過酷な過去や後世に伝えるべき過ちであったとしても、記憶はあくまで自分が立ち返る
為のもの。自分以外と共有するべきは客観的な記録であり、個人の主観によって形成された
記憶では無い。何よりケット・シーの癪に障ったのは、その押しつけ行為だった。
 考えれば考えるほど腹立たしくもなる一方で、何に腹を立てていたのかが見えると冷静にも
なれる。
『んで、シェルクはんを盾にしたリーブの要求は1つ「インスパイアっちゅー異能力をもつ自分を
抹殺してほしい」。ついでに、それができるのはボクしかおらんそうや』

231:ラストダンジョン (448)   ◆Lv.1/MrrYw
11/10/31 00:49:55.22 g1sAe1bz0
 こうやってボクの怒りを煽るのもリーブの思惑なのだと付け加えるが、分かっているからと
言って腹の虫がおさまるわけでは無い。
 話を聞き終えた頃には、胸の前で手を組んだマリンは眉を顰め苦悶の表情を浮かべていた。
 一方のヴェルドは、思いついた疑問をストレートに口に出す「それにしては随分と話を大きく
したな。あいつらしくない」。
 リーブの性格からして不要な混乱は好まない。当事者同士で片の付く問題ならば、その範囲
外に問題を持ち出す様な行動は考えづらかった。だが今回に限ってはその逆で、積極的に
周囲を巻き込もうとしている様に見える。
『そこなんやけど……』ケット・シーが首をかしげながら続ける『ボクも同じこと思って聞いてみた
んや。そしたら「皆の反面教師になる」んやて。それが局長としての責務やからって』。
 ケット・シーはリーブから聞いた事を説明する。
『―“継続的な支配体制の構築”という意味において、この能力は絶対的な力を発揮します。
 その模範となるのが私の役割であり、局長として全うすべき最後の責務です。 ―やと』
 言葉として伝える事はできても、ケット・シー自身はその意味を計り兼ねていた。
 一通り話を聞き終えたヴェルドは目を閉じ、ついには眉間に深いしわを寄せたまま黙り込ん
でしまった。
『なあ、これってどういう意味やろか?』
 問われたヴェルドはゆっくりとまぶたを開けると、低い声でこう問い返した「デンゼルがここを
出て行った後、俺の言った事を覚えているか?」。
『ええと、空爆は絶対させたらアカンって話やったか?』
「そうだ。正確にはその空爆がもたらす影響について」
 ―ジェノバ戦役以降、世界を保っていた“『英雄』の秩序”は崩壊する事になる。
「現在の『英雄の秩序』、それをもたらした一番の要因は間違いなくリーブだ。WROという組織を
立ち上げ、為政者として表立った活動をしているのは彼だけだからな」
 先のメテオ災害の元凶となった神羅カンパニーの重役幹部でありながら、ジェノバ戦役の英雄
という相反する面を併せ持つのは彼の他にいない。リーブが適任者と言うよりも、彼にしか
できなかったと言った方が正しい。
 飛空艇師団長のシドも表立った活動という意味ではリーブと似ているが、彼の場合は各地の
政に干渉することはしない。また高度な専門性を要する特性上、飛空艇師団の構成員もかつて
の神羅カンパニー宇宙開発部門出身者が多く、WROほどのばらつきは無い。
「さっきお前が指摘した通り、人々は世に起きた不条理や身に降りかかった不幸を、誰かの
責任にさせたがった」たとえそれが百パーセント人災とは言えなくても。ヴェルドは敢えてそれを
声に出す事はしなかった。

232:ラストダンジョン (449)   ◆Lv.1/MrrYw
11/10/31 00:53:28.98 g1sAe1bz0
「―それがかつてのアバランチであり、神羅だった」
 世界には神羅に対して未だ抵抗感を持つ者も少なからずいる。これはルーファウス神羅が
表舞台に表れない理由の1つだろう。恐らくリーブはその意識を逆手に取って、WROの運営に
利用している。
「要するに彼らが求めているのは“象徴”だ」メテオ災害後に登場したWROは、人々にとって
格好の寄る辺となり、ディープグラウンド騒乱を経てその地位は不動の物となった。
「……言っておくが、象徴を求める行為の是非を論じる気はないからな」そう前置きした上で、
ヴェルドはケット・シーの語っていた結論をなぞる。
「つまりWROは神羅の二の舞……いいや、リーブはそれも見越して組織を立ち上げたんだろう」
 ヴェルドの言葉に続いて、マリンとケット・シーがそれぞれに呟く。
「みんなの期待や希望を一身に背負って……」
『同時に、不満や怒りのはけ口も引き受けた』
 両者の言葉に黙ってヴェルドは頷く。所属する隊員の経歴や出自もばらばらのWRO、言わば
巨大な寄り合い所帯を束ねるためには、同一の目的と強い象徴が必要だった。メテオ災害から
の復興、ディープグラウンドソルジャーという共通敵の存在。それら共通の目的が消滅した今も
なお、WROが組織としての機能を保っていられるのはリーブの持つ象徴性だった。
(あいつは英雄というカリスマに頼らない象徴性を選んだ。それが局長のとった戦略なのだろう)
 規模で言えばタークスなど遠く及ばない、何より自分の判断と行動が世界に及ぼす影響は
計り知れない。局長という立場で受けるプレッシャーなど見当が付くはずも無い。仮にそれが
自分にしかできないと分かっていても、生半可な覚悟で就ける職では無いし、維持はそれ以上
の困難を伴う。常人では到底―少なくとも自分には不可能だとヴェルドは思う。
(局長となった時点からあいつは個を捨てた。隊員の、あるいは民衆の象徴であり続ける事を
選んだ。それが『局長』であることの意味。……俺が英雄統治と呼ぶ物の本質)
 しかし、その不可能を可能にしたのはリーブの持つ精神力。そして、リーブに言わせるところの
異能力。
「だがな、恐らくリーブが見ているのはその先だ」
『先?』
 ケット・シーは首をかしげる。ヴェルドの言う「先」に思い当たるところが無い。
「神羅の二の舞……」ケット・シーに促されたヴェルドが答える「メテオ災害の影に隠れてしまった
本当の脅威を、あいつは再現しようとしている。それは目に見える破壊や災害の類では無い、
けれど確実にある脅威」。
『そういえばリーブも似た様な事言ってたっけか……』
 ―確かにこの能力を破壊という尺度だけでみれば、
    あなたの評価通り、脅威としてさほど重要視するものでは無いでしょう。
 つい今し方まで聞いていたリーブの声がよみがえる。その先に続いた言葉と、ヴェルドの声が
重なった。
 ―しかし“継続的な支配体制の構築”という意味において、この能力は絶対的な力を
    発揮します。
「英雄統治。……すなわちその先にある独裁体制の構築。神羅がかつて目指した世界。
あいつになら、それが可能なんだろう」

233:ラストダンジョン (450)   ◆Lv.1/MrrYw
11/10/31 01:06:03.62 g1sAe1bz0
『まさか!?』
「リーブさんに限って、そんな事……」
 戸惑いがちに呟いたマリンに向き直ると、ヴェルドは穏やかに答えた。
「そうだな。リーブに限ってそんな選択はしないだろう。ただ、あいつがいなくなった後の保証は
無い」聡明な君主が去り治世が乱れるという教訓は、歴史に多く残されている。
「ケット・シー。リーブと同じ異能者、もしくはお前と同じ様な存在は他にもいるのか?」
『分からん。少なくともボクは聞いた事あれへん』
 質問したヴェルドも答えは同じだった。神羅の情報網を持ってしても、そんな能力の存在すら
把握できていない。同じ社員だったリーブがその能力を口外したがらなかった事もあるが、
リーブひとりが努力したところで、他に同じ様な能力の持ち主がいれば、何らかの形でその
存在は露見するはずだ。たとえば古代種の様に。
 なにより、不確定だったとしてもそんな能力が存在する可能性を知れば、あのプレジデント
神羅が見過ごしておく筈は無い。
「どれだけ優れた統治者でも、人々を従え治世を維持するのは難しい。さらにこの情報化社会に
おいて、人々の思想をひとつに束ねておくのはさらに困難になる。人の数だけ多様な見方があり、
思想がある。それらが互いに触れる事を容易くしているのがネットワークだ」
 そこまで聞いてケット・シーにもようやく脅威の正体が見えてきた。
『監視か!?』
「簡単に言えばな」神羅はミッドガルの至る所にID検知エリアを設けて、人々の移動を監視して
いたのは不穏分子の早期発見という意図もある。が、思想まで監視する事はできないし、人の
脳を覗く技術というのも存在しない。
『ディープグラウンドでこっそりSNDっちゅー技術を開発しとったんは、そういう目的もあったん
かいな……』
 いくらなんでも身体は一つ。規模が大きくなればなるほど組織内でも目の行き届かない部分
は増える。しかしリーブの様な能力の持ち主なら、それこそ隅々にまで目を配れる。組織内に
起きようとする変化の前兆を早期に察知できる確率は格段に上がると言う事だ。
「しかも監視役は影武者としても機能する。支配者にとってこれほど都合の良い能力は無い」
 その有用性についてはここへ来てヴェルド自身も目の当たりにした。
『リーブが本気出しとったら、今ごろ世界はWROの支配下っちゅー事か』
「しかもリーブの様な異能者が他にいるのかどうか分からない。異能力の原理はおろか、存在の
確証すら無い。すると今後、自分以外に悪意のある異能者が現れた場合、そいつが世界の
覇権を握ろうとすれば最悪の事態に陥る」

234:ラストダンジョン (451)   ◆Lv.1/MrrYw
11/10/31 01:07:20.02 g1sAe1bz0
 神羅でさえ成し得なかった思想の監視と統制―人々の自由が奪われた世界。仮にそこが
争いの無い世界であっても、平和と呼ぶには些か疑問が残る。
「だからリーブさんは、それを演じた……?」
 マリンの言葉にヴェルドは頷く「大方『そうする事ができるのは異能者たる自分だけだから』と、
あいつの行動理念はそんなところだろう」。
 憤然とした口調でヴェルドは吐き捨てた。



----------
・インスパイア能力の持ち主が独裁者だったらとんでもない世界だよね、という話。
 インスパイアの政治的利用を目論んでみた。むしろ「リーブならその方が似合いそう」
 という個人的な印象と妄想が飛躍した結果とも言う。
・ヴェルドさんの解説=英雄統治にまつわるお話はPart9 626-627(まとめ:21-2)辺りに。
・要約するとシェルクはサムネに釣られたっていうオチです。

235:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/10/31 16:53:09.66 doSGKxSB0
GJ!

236:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/11/03 12:02:17.08 Qokb9+M50
GJ

237:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/11/06 20:37:54.70 4jZ09KXU0
GJ!

238:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/11/11 19:26:58.42 V4Zvmtt/0
乙!

239:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/11/16 21:36:36.98 Rfp9TwgZ0


240:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/11/22 05:03:07.32 TRgBMJLD0


241:ラストダンジョン (452)   ◆Lv.1/MrrYw
11/11/24 01:52:55.92 E+rt8tcO0
前話:>>229-234
----------

 いつになく語調が強くなってしまったヴェルドの声で、反射的にマリンは肩を竦めた。その様子に
気付いたケット・シーが慌てて間に入る。
『ちょお待ってや。なんやよう分からんけどマリンちゃんに八つ当たりすんのは筋違いやで?』
「……すまん、そんなつもりは無かったんだが」
 両者の視線が正面からぶつかった後、一瞬の沈黙。
『そ~んな顔してよぉ言うわ。いっぺん鏡の前に立ったらエエ』
 途端にケット・シーの口調が茶化すようなものに変わった。ちらりと横目で見たマリンの表情から、
おおよその意図を把握したヴェルドだったが、一方でこういう場合に取るべき最も効果的な対処法
をとっさに思い付けずにいた。
 そんなヴェルドを導く様にケット・シーが片手を振って手招く。何の疑いも抱かずにヴェルドが机の
傍まで来るとケット・シーも机の上で立ちあがり、おもむろにヴェルドの頬に両手を宛がい、それを
思い切り左右に引っ張った。
「んっ?!」
 元がぬいぐるみと言うだけあってつねられても痛みは無いものの、不意を突かれてヴェルドは
思わず素っ頓狂な声を上げる。頬を引っ張られている事もあり、その姿はいっそ滑稽だった。
『さすが元タークスっちゅうだけあってそうとう身体を鍛えてはる様やけど、明日からは表情筋も
鍛えた方がエエで』おっさん表情がカタいんや、とケット・シーがどこか説教じみた口調で言う。
「……そうか?」
 両頬を引っ張られ、くぐもった声になりながらもヴェルドが応じる。
『アカンわ~、言うてるそばからコレやもん』
 大袈裟なため息を吐くケット・シーに抗議しようと口を開きかけたヴェルドだったが、横合いから
聞こえてくる小さな笑い声に視線だけを向ける。
 すると目が合ったマリンはぱっと口元に手をやって、こみ上げる笑いを必死でこらえていた。

242:ラストダンジョン (453)   ◆Lv.1/MrrYw
11/11/24 01:55:25.79 E+rt8tcO0
『な?』
 それ見た事かと言わんばかりにケット・シーがたたみかける。
「……これはなかなかの難題だな」
 観念したと言う代わりに、ヴェルドは肩を落とした。
『そうでもないやろ? フェリシアはんに手伝うてもろたらエエ。さっきのあんた、めっちゃエエ顔
しとったで。……ま、ボクと比べたらまだまだやけどな!』
 言いながら、今度はぐりぐりと頬を押し込みながらケット・シーが返す。
 そうこうするうち、受話口から辛うじて聞こえてきた僅かな音声に気が付いた。
「……おいツォン? まさかお前まで」
 抗議の声は不鮮明な発音になりながらも、しっかりと通話先に届いた様だ。
『さすがにこれは、ケット・シーの主張を全面的に支持せざるを得ませんね』
 相変わらず冷静な物言いの元部下に、ヴェルドはケット・シーの両手を押さえながら反論を試みる。
「ちょっと待て、万年仏頂面のお前が言えた義理か?」
『ボクからしたらどっちもどっちやな~。アンタらにらめっこしたら延々と勝負つかなさそうやし』
 ケット・シーがおもしろがって横やりを入れる。言いながら、この二人が向き合う場面を想像して
みたが、勝負が付かないどころか表情が変わらず見応えは無さそうだという結論に至る。
「ところでケット・シー、そろそろ手を離してくれないか?」
『また表情筋の訓練したくなったら、喜んで手伝ったるで~』
 ヴェルドは自分の両頬を軽く撫でながら、今ケット・シーに言われた事を少しだけ心に留めておく
べきかと真剣に考えていた。
『やっぱアカンな~。こりゃ毎朝ウィスキーから始めな』
 腕組みをしてヴェルドの姿を見上げていたケット・シーがため息混じりに感想を漏らす。
 ちなみにウィスキーは、神羅時代に朝礼で受付のお姉さんが“笑顔の練習”と称して発声訓練して
いたものだという記憶を元に言っている。これがリーブのものなのか、他のケット・シーの物なのか
は判然としない。
 何はともあれケット・シーの思惑通りに場の雰囲気が和んだところで、控えめな声でマリンが
尋ねる。
「……おじさんは、どうして迷っているんですか?」
 質問者に顔を向けたヴェルドは、その真意を計り兼ねて首を傾げる。
「いきさつは分かりません。だけどデンゼルがおじさんをここへ連れて来たと言う事は、おじさんも
リーブさんを助けたいと思ったから。ですよね? なのに」
 マリンはそこで言葉を止めた。目の前にいたヴェルドの表情はこれまでに無く硬かった。そこから
は頼もしさや威圧感は消え、あるのは困惑だけだった。先ほどの憤然とした態度もケット・シーの
言うような八つ当たりではなく、どちらかというと自身の中の迷いが振り切れない事に対する憤りに
見えた。

243:ラストダンジョン (454)   ◆Lv.1/MrrYw
11/11/24 01:58:26.41 E+rt8tcO0
(どうしてだろう?)
 ……まるで昔の父を見ているようだった。自身の抱える苦悩や、あるいは悩む姿を見せまいと
振る舞い背を向けた父。見せまいとすればする程、見えてしまう事に気が付かないでいる。だから
いつしかマリン自身も、見えないふりをするようになった。けれど見えないふりをしていても、問題は
無くならないと言う事も分かっている。だからいつか、私達はきちんと向き合わないと行けない。
向き合った先に何があるのかは分からない。だけどそれは、また別の話。
 マリンは目を閉じ小さく頭を振って、目の前のヴェルドに視線を戻すと再び問いかけた。
「なにを迷っているんですか?」あれだけ冷静な状況分析ができるのに、何を迷うのだろう? 
マリンにはどうしても分からなかった。
 ヴェルドはケット・シーの横にあった端末へ顔を向ける。通信リスト上に並んだ名前にリーブの
名が無いのを確認する。
『心配せんでエエで、ボクとリーブの接続はとっくに切れとる。ここで何か話してもアンタの声を聞か
れることは無い』
 リストに視線を向けたヴェルドの懸念を酌んだケット・シーが答える。
 さらに電話の向こうからは、元部下の落ち着いた声が聞こえてきた。
『あなたは我々やWROとも行動を共にせず、ここまでほぼ単独で動いている。私も個人的にその
理由はお伺いしたいと思っていました』
 つまりそれは、ヴェルドの“目的”が誰とも一致しないと言う事を示唆している。ならばこの先、
互いにとって不要な衝突を避けるためにも、あらかじめ彼の目的を聞き出しておくべきだとツォンは
考えていた。
 長い沈黙の後、ぽつりぽつりとヴェルドは語り始める。
「単独行動を問われるなら答えは簡単だ、今の俺は自己満足のために行動している。……そう、
独善ですらもない身勝手な理屈のためにな」
 落ち着いた、というよりはどこか弱々しい声は、これまでの自信に満ちたそれとは正反対だと
ケット・シーは思った。
「メテオ災害以降、局長としての自身を象徴とすることで隊をまとめ上げ、世界を復興へ導こうと
したリーブの取った選択は最善だし行動は賞賛に値するものだ。ケリー達をはじめWROの隊員も
よくやっている。……誰もリーブを批難する事はできないし、そうされるべきでは無いと思う。局長
を取り戻そうとケリー達が躍起になる気持ちもよく分かる。俺がケリーの立場なら同じ事をした
だろう」
 そう語るヴェルドの脳裏には、かつての部下達の姿がよぎる。
 話を聞いていたツォンの脳裏には、過去の自分の姿が重なる。
「だが、俺の目には……」自身の本音を言葉として口に出す事、ことさら元部下だったツォンに聞か
せる事に躊躇いが無いと言えば嘘になる。それでもヴェルドは、話の先を続けた。
「あいつが『局長』であればある程、リーブという個は失われていく様に見えるんだ」
 ヴェルドにとってリーブは、社に背き追われる身となった自分を助けてくれた恩人であり、信頼の
置ける数少ない旧知だった。その恩に報いたいという気持ち、昔馴染みを救ってやりたいという思い
が、ここまでヴェルドの背中を押してきた。

244:ラストダンジョン (455)   ◆Lv.1/MrrYw
11/11/24 02:00:39.16 E+rt8tcO0
「……つまり俺が助けたいのは、“リーブ”であって、“WROの局長”ではないんだ」
 もちろん、積極的にWROを混乱させたいと言う意図はない。ただ、WROが組織維持のために
リーブに依存し続けなければならないとしたら、それはヴェルドの知るところではない。それが
ケリー達と行動を共にしなかった理由だった。
 一方でヴェルドの思いがリーブの意に沿ったものではなく、むしろ局長として奔走するリーブから
すれば相容れないものだと言う事も承知している。
 なぜなら、局長としての生き方を選んだのは他の誰でもないリーブ自身だからだ。
「しかしあいつなら、どうあっても自ら局長である事を望むだろう」もし万が一、リーブに局長職から
離れる様にと説得したところで聞き入れないだろうし、力ずくでそうさせようとしたならば、そこで決別
する事になるだろう。
「だからこれは、俺の自己満足でしかないんだ。そうと分かった上で他の誰かを最後まで付き合わ
せる気にはなれない」
 互いに最終目的が異なるのだとしても、至る道程の一部が同じなら一時だけ利用すればいい。
現役を退いて久しい老いぼれの自分でも、まだ利用価値があるというのなら悪い気はしない。
「だがな、リーブにだけ俺は身勝手を押しつけようとしてるんだ。矛盾だろう?」
 言い終えた後、肩の荷が下りた様な安堵感からため息をはき出す。それを聞いていたマリンは
目を閉じて考え込んでいる。
 最初に聞こえてきたのはツォンの声だった。
『正直なところ、今の話をあなたの元部下として聞くには少々複雑な思いもありますが―』
 先ほどまでと変わらず、落ち着いた声音だった。
『あなたを信頼し慕う一個人として聞くには、これほど嬉しい事はありません』
 ツォンにとってヴェルドは、タークスとしての信念と誇りが何たるかを叩き込み、進むべき道を示し
た張本人だった。
 たとえ命懸けの任務でも意識を集中できたのは、自分の背後をしっかりと固める上司がいたから
に他ならない。
 しかし最後は主任としてではなく一人の親として生きる事を選び、一時は娘の救命と世界の危機
とを秤にかけた男。
 それがツォンにとってかつての上司ヴェルドという人物だった。
 やがてタークスの後を継ぐ者としてその背中を見送る事になった。そんなツォンにとって、今は
まだヴェルドの進んだ道のりをすべて理解する事はできないまでも、彼自身が望んでその道を
選んだという事、道を分かつ彼を最後まで信じ抜いたかつての自分も評価してやりたいと、心から
思える様になった。
 それが何よりも嬉しかった。

245:ラストダンジョン (456)   ◆Lv.1/MrrYw
11/11/24 02:04:55.54 E+rt8tcO0
「……やれやれ」ヴェルドが苦笑したように口を開く「お前の言葉を聞いてどこか安堵している
自分が情けなくなる一方で、これほど頼もしい部下を持てた事を誇りに思うよ」。
 局長自ら隊を混乱させてどうするとリーブを追及すれば、自分の方こそ職務放棄しただろうと
あっさり反論されてしまった。しかも事実であるだけにそれを否定する事はできず、そんな自分が
リーブを救いたいなど、それこそ矛盾以外の何ものでも無い。何より、リーブ自身がそうしてくれと
言っている訳ではない。
『過酷な任務や、なによりあなたの厳しい指導にも耐えてきた元部下です。もう少し信用して頂いて
も損はしませんよ?』
 そう言ったツォンがくすりと笑ったような気がした。
『せやな~。ツォンの仏頂面なんかまさに指導のたまものや』
 からかい口調でまたもケット・シーが横やりを入れる。
「きっと」マリンがゆっくりと顔を上げる「リーブさんは、ぜんぶ知った上で行動しているんだと思い
ます。おじさんが今日ここへ来る事も。このことを知って私達がどんな風に感じるのかも」。
 通信越しに聞かされた父の声が語った真相は悲しいものだった。あふれる涙が止まらなかった。
 だけどその後は夢中だった。そんな事させないと、自分にできる事を探して必死になった。
 ここにいるみんながそうだった。
 そのことに気付いた今なら、自信を持ってこう言えた。
「だけどこれって、私達がものすごく信用されてるって事ですよね? ……その、ちょっと素直じゃ
ないだけで」
 ケット・シーとヴェルドがマリンに顔を向けると、彼女は満面の笑みでこう続けた。
「だから私達はなにも迷う事なんて無いと思うんです。おじさんは……」
 言いかけてから違うとマリンは首を振る。おじさんや私だけじゃない、デンゼルやケリーさん達
だって同じなんだ。
「……おじさんも、私達もみんなリーブさんが“独裁者”になって欲しくないと思ってる」
 ほらね、迷う事はなにもないでしょう? マリンは小さく首をかしげて微笑んで見せた。

246:ラストダンジョン (457)   ◆Lv.1/MrrYw
11/11/24 02:06:43.64 E+rt8tcO0
 つられたようにヴェルドは目を細め、そのまま視線を机上に向けた。
「そうだな。お前さんが素直じゃないのも本体譲りだと考えれば納得もいくしな」
『なんやてーっ!? ボクはリーブと違てもっと素……』
 反論しようと両手を挙げたケット・シーだったが、途中でそれを諦めた。
『……せやね。ボクが言うたらおかしいかも知れんけど、ひねくれ者っちゅーか』

 ―なんて言うんやろ、お人好しすぎるっちゅーか?
    ああ、せや考え方や……。

『ちゃうわ。頭がカタいんや』

 ―みんなの幸せ考えてるんは、よう分かる。
    あんたは昔っからそうやった。
    せやけどな、ボクから言わせたら根本的に間違っとるんや。

『こんなにみんなが心配しとるのに、それ分かっとるクセにそうするから腹立つんや』

 ―なんやろ? なんでこんな腹立つんやろ?
    これじゃまるで……。

『ホンマに、腹立たしいぐらい、どうしようもないアホなんや』

 ―ああ、そうか。そうやったんや。
    ボクは。



----------
・毎度ぐだぐだですみません。登場人物数に比例して煩雑度が増す傾向があるという一番の例にorz
・ヴェルドが本音を吐露する場面での葛藤はPart8 201-202(まとめ19-4)から続いています。
(部下を持つ者としての責務か、個としての感情か。ヴェルドが後者を選んだ事に対するリーブの
指摘があっての話として)
・マリンの心中描写については、Part7 655-657,661-665(まとめ14)から続いています。
 バレット親子(形見のペンダント)の件は、別のお話としてきちんと書けば良かったと反省している。
・作者の中でマリンちゃんは読心術(=ライフストリームの気配を察知する能力)があるんじゃないかなと。
 FF7のエンディングとか。

247:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/11/24 20:50:44.17 WAuI1qej0
GJ

248:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/11/27 07:33:34.55 U97clGGs0
GJ!

249:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/12/02 15:53:28.90 teYUTWv/0


250:名前が無い@ただの名無しのようだ
11/12/08 08:59:37.48 KoufgpI/0



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