アグリアス様に萌えるスレ part51at FF
アグリアス様に萌えるスレ part51 - 暇つぶし2ch1:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 00:01:34 T2u4ktK70
夏の陽射しを浴びて金の髪を輝かせながら汗を流す彼女は最高です

アグリアス様に萌えるスレ part50
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-----------------------------------------------------------
-スレ建てについて-
・1000に近くなったら、次スレが立つまで書き込みは自粛しましょう。それが嫌ならご自分で立ててください。

-このスレの利用に当たって-
・荒らしに反応する人も荒らしです。どうしても気になるならNG処理を。
・SSや絵の投下の際は、誰の作品かわかりやすくするために、できるだけトリップをつけてください。

2:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 00:04:00 XIHOZ0+y0
って、前スレ999よ!
お前が書き込んでる間に立てちまったよスマン。

3:前スレ999
10/07/19 00:07:41 FfpTFUZl0
>>1-2
いやいや乙です。
スレ住人側で次スレ立てできれば、それに越したことはないしな。
スレ立て代行依頼のほうは取り下げてきたから問題ないよ。

4:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 00:10:41 kXZmMh+l0
>1
乙!!!

50を越えたアグスレに栄光あれ!!!

5:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 00:13:40 FfpTFUZl0
ただ前スレで無駄にスレ潰してた阿呆連中にはちょっと腹立ったので、再度コピペさせてもらうか。

>テンプレにもある「1000に近くなったら、次スレが立つまで書き込みは自粛しましょう」の意味分かってる?
>スレ立てしようと試みても、「そのホストでは立てられません」と不定期に2ch側から弾かれて失敗することがあるんだよ。
>だから「スレ立てしてみます→失敗したので別の方お願いします」という流れができてしまうために、
>スレをある程度開けておいてくれ、てことなんだよ。

最近スレの流れも緩やかになってきたので、
「1000に近くなったら~」を削除してもいいんじゃね?と提案しようかな?とも思ってたけど、やっぱりまだ必要だなw

6:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 00:17:58 VhzDC6d80
いちもつ

7:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 00:25:21 ajhox0N00
どこにいる!!どこへ逃げても無駄だぞーッ!!
こんなところにいたのか!さあ、観念するんだな!
>>1

8:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 00:41:24 T2u4ktK70
通常は950で次スレ。
流れが遅い場合でも970になったら次スレを立てる。
980になったら危機感を持って次スレの話題以外は自重する。
990を越えたら重複を避けるためのスレ立て宣言のみでスレ立て失敗しても報告しない。

というのが理想かな?


この季節、アグリアスさんの髪は陽光を浴びてキラキラと輝いているだろう。
この季節、アグリアスさんの流す健康的な汗もまたキラキラと輝いているだろう。
この季節、アグリアスさんのゲルミナスブーツの中は(ry

9:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 01:03:03 FfpTFUZl0
>スレ立て宣言のみでスレ立て失敗しても報告しない

そこ難しいってか微妙なとこだよな。
失敗した側も、これから引き継ごうか考えてる人も、果たしてどうするべきか迷ってしまうだろうし。

10:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 01:04:54 DHpeL4iR0
>>1 乙!
もう1時か…続きは明日だアグさん

11:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 03:21:11 S/kl08kN0
>>1乙 依頼した人も乙
どのくらいで新スレ立てるかある程度明確にしておけば、混乱は少ないかと思います。

アグ萌えスレSSまとめ@wiki URLリンク(www39.atwiki.jp)

テンプレにこれも追加しましょう

12:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 08:35:02 DHpeL4iR0
初めてのシリーズ物
長くなるかもしれませんがご指摘等々お願いします

本編にはオリキャラが複数登場しますので目を通してくださる方はあらかじめご了承願います

13:月光  chapter1.  1/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 08:38:29 DHpeL4iR0
春のうららかな風と海から吹き寄せるひんやりとした風のどちらをも肌で感じながら、一路はフォボハム平原を進んでいる。
彼等はこの平原を超えた先にある、ある台地を目指していた。
何故、その地へ向かっているのか。
その理由に答えるには、まずラムザの過去を語らねばならない。

おおよそ一年前、骸旅団と呼ばれる義勇団がラムザ、ディリータを中心とする士官候補生の前に立ちふさがった。
貴族に対して要人誘拐や暗殺などのテロ活動を各地で行っていた骸旅団の行いは、もはや北天騎士団には看過しえぬ状況になっていた。

そして、士官候補生とミルウーダ率いる骸旅団の残党は盗賊の砦で初めて相まみえた。

14:月光  chapter1.  1/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 08:43:43 DHpeL4iR0
貴族などの支配者階級の圧政に苦しむ民を解放する。

そのような桃源郷とも言える世界の理想を掲げる頭目ウィ―グラフの実妹、ミルウーダからすれば禍根である畏国軍の、
それも貴族ばかりが集められた分隊に対して必要以上の牙を向く事は当然の事だった。
だが、飢えと貧窮から既に盗賊の集まりと化していた骸旅団の結束力は著しいほどに乏しく、
戦略、戦術ともに骸旅団はラムザたちの前に辛酸を舐めることとなった。
農民あがりの彼等には戦術、戦略という言葉は円程遠いものであったことは想像に難くない。
彼女は最期までラムザの助けを断りつづけた。そして騎士時代から募る貴族への深い憎悪を抱えながら、
坂道を駆け上がるように進んでいた革命の志半ばで、ミルウーダはレナリアの地で生涯を閉じた。

15:月光  chapter1.  3/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 08:49:27 DHpeL4iR0
ラムザはそのレナリア台地に向かっているのだ。
彼はかの女剣士と改めて対峙しようとしている。剣を置いた言葉なき会話を。

彼はただ悔しかった。助けたかった。彼女の人生はまさに発展途中だった田畑を焼き払われたようなものだ。
まだ生き続けることができた人間を、砂が無残にも自分の手からこぼれおちるように、自分の手で彼女の命を無残にも落としてしまった。
ラムザは後悔の念からか、手に携える手綱を強く握った。
だから彼は走る。ティータも感じているだろう無念さ、悔しさそして恨み、それらを全て受け止めるのだ。自らの代償を示す行為のあらわれだ。

彼は異端者の刻印を押されていた事もあってか、教会が布教活動の一環として行う、神聖なる存在の“神”など毛根の先端まで信じてなどいなかった。
ラムザは今一度手綱を強く握った。
しかし、彼女たちが無事安らかな地へ旅立つ事を、ラムザはどこにいるのかもわからない“神”に祈った。

話がうますぎるか。
ラムザは傲慢ともいえる自らの考えに苦笑した。代償からか、ラムザの両手には暫く綱の跡がくっきりと残った。

16:月光  chapter1.  4/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 08:54:06 DHpeL4iR0

隊の一行は突き詰めてラムザにとくに目的を問うたりはせず、外で先導する数人の見張りを除き、
残りの隊員を乗せた馬車は実の無い話と共にゆらゆらと進んでいく。

隊の数人が馬車の中で四方山話に明け暮れていた。
話を聞くにどうやら最近の流行はラム酒に油虫を入れることだそうで、飲むと身体が芯から温まるという旨を一人が一生懸命語っている。
その端で一人、副隊長の、騎士アグリアスは板に付いたような気難しい顔で武器の手入れを丹念に行っていた。
彼女が馬車で移動する光景は極めて珍しい。

というのも、先日彼女が程なく愛でていたチョコボが夜のうちに何処へとぞ走りに行ったきり姿を見せなくなってしまったのだ。
時間に暇があればチョコボの食事や毛繕いを率先して、夜にはチョコボの羽毛を借りて星空の元で安らかな眠りにつくこともあった。
それだけにアグリアスには衝撃が強く、尚気丈に振る舞おうとする彼女は、しかし何人も寄せ付けない言い難い悲壮感を暫くの間纏っていた。
心底心配したラムザが無断で軍資金の一部を使いチョコボを新たに見つくろうとしたものの、
財布の紐を握るアグリアス自身にその事実が知られることとなり話は難解を極めることとなる。

結局、彼女は新たなチョコボを望まずに他の隊員と同様に馬車での移動を希望し今に至るのである。

17:月光  chapter1.  5/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 08:59:54 DHpeL4iR0
程なくして武器を磨き終えたアグリアスは目の前に愛剣をかざした。
失踪事件からいくらか立ち直ったのか、剣の光沢によって映し出された彼女の顔はいつもと同じ気難しいものだ。
ただ、普段は自らの武器の煌びやかさに一人満足げな表情をする彼女だけに、今日はその変化の片鱗を見せているのもまた事実だった。
そんな微細の変化を感じ取ったラヴィアンは、数人の中での話を適当に切り上げアグリアスの元へ近づいて行った。

「どうかいたしたのですか、アグリアス様」
ラヴィアンが近づいてきたことに気づいていなかったのかじっと剣を見つめていた彼女は、横から飛んできた言葉に驚いたように顔を上に向けた。
一言断り、ラヴィアンがアグリアスの隣に腰掛ける。

「いつものご調子ではないようなので。まだ、チョコボのことを…」
アグリアスは静かに首をふった。
「違うんだラヴィアン。あれはもう過ぎた事だ。それに奴は今頃違う地で自由に楽しんでいるに違いない。うん、そうに決まっている…」
自分の言葉に反し、未練を隠しきれない表情でアグリアスは語った。
チョコボ失踪時、捜索隊は今まさにアグリアスたちが行軍を進めるこの地帯まで探索網を広げたのだが見つけるには至らなかった。
「違うんだ…」
アグリアスは、捻り出すように言葉を紡いだ。そんな様子を見せる彼女に、ラヴィアンは思い当たる節があった。
「ラムザ隊長のことですね?」
う、と声を上げてアグリアスは気難しそうな顔を解き、隣に座っているラヴィアンの顔を見た。罰の悪そうな顔で。
ラヴィアンは言葉を続ける。
「隊長の過去は前に私やアリシアもラッドから聞きました」

かの事件はアグリアス達が加入する前に起こった事件である。

18:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 09:02:38 91M77LhNP
支援した方がいいかな、支援だっ!

19:月光  chapter1.  6/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 09:06:25 DHpeL4iR0
彼の傭兵時代の身の上話は詳しく語られる前に、ラヴィアンたちを含む一行は欲望と狂気の渦巻く一連の事件に片足を入れてしまった。
そのため、一連の事件後暫くして隊の古株からその話を聞いた時、ラヴィアンは肌に粟を生じたものだ。

王女オヴェリアの護衛として当時護衛隊長を任されたアグリアスの下、上司と等しく騎士としての誇りを鎧として彼女は常に身にまとっていた。
騎士として本懐である本戦に参加する機会が全くといっていいほど巡ってこなくても、その観念は変わる事が無かった。
彼女はおおよそ人の死とはかけ離れた位置にいた。

ラヴィアンはただただ恐ろしかった。人の命とはこんなにも儚く、人の死というものはこんなにも悲愴であるのか。
ラムザが獅子戦争の裏で活路を開きそれに同行するようになって以来、彼女は人の死と精通するようになった。
初めて人を殺害した時は、まさしく風の音にでも怯えてしまう風声鶴唳の心持だった。すぐにでも忘れてしまいたい。彼女はそう願った。

しかし時間は経てど、そのような感情を一瞬忘れることはできても、その後に頭の中には得も知れぬ罪悪感がとぐろを巻いて押し寄せてくる。
人の命を軽々しく扱っているようで、そして自分が死とは無縁であると発している。
自責にさいなまれた彼女の悲痛な叫びは未だ彼女の身体のどこかに留まりつづけている。

アグリアス様とて同じはず。
ラヴィアンは一度床に伏せていた視線を今一度アグリアスの方へ向け、言葉を仰いだ。
「…この件に関して、私がとやかく言う資格はないが。…本当にこのまま行っていいのだろうか?」
アグリアスは自らの心中から言葉を抜き出すように語った。
「どういうことでしょうか?」
首を傾げて、ラヴィアンが訊く。
「…怨念とは死んでも尚、禍根を残すと聞く。ツィゴリス湿原がいい例だ。
話を聞く限り、そのミルウーダという女性は最期までラムザたち貴族を憎んでいた。嫌な予感が…」

20:月光  chapter1.  7/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 09:15:57 DHpeL4iR0
馬が吠えた。
アグリアスが最後の句点をつける前に、それまで程良く隊員を揺らしていた安楽の馬車は突然、その動きを停止した。
アグリアスを始めとする馬車内にいた兵士たちは物理学上における慣性を、身をもって体験することとなってしまった。
アグリアスはその手に持っていた愛剣を咄嗟に障害物の代わりとし、態勢を持ちこたえた。ラヴィアンは、殆どの戦士は額と地面を対面させた。

二頭の馬の荒い鼻息によって、それまで時が静止していた小宇宙たる馬車内から緊張感がとめどなく解き放たれた。
起き上ったラヴィアンは鋭い眼を保ったまま、少し赤くなった額をさする。

ったく、アリシアったら、昨日の飲みすぎで気でも失ったか。 
彼女を泥酔させた超本人であるラヴィアンは心の中で同僚アリシアを友人範内で毒づいた。
気持ちを高め、すぐに左の懐にささっている鞘に手を伸ばす。
外で何か起こったのか。敵の来襲か。
一同は皆一様に身構えた。アグリアスとラヴィアンとて例外ではない。

21:月光  chapter1.  8/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 09:24:54 DHpeL4iR0

「どうした!」
膠着状態の中アグリアスが、外で馬車を引いているアリシアに叫ぶ。すぐに返答がきた。
「た、大変です!それが…それが」
どうやら命に別条はないようだ。
アグリアスは部下の無事に一旦は心の中で安堵したが、すぐに要領を得ないアリシアの返答に、上司としての気質ゆえか怒鳴り返した。
「どうしたと聞いているんだ!!物事を明確に述べんか!!」
馬車の外にいるアリシアがアグリアスの言葉に体を震わせたのが馬車内から見て取れた。
アグリアスの横で身構えているラヴィアンも、すぐ上から降ってきた怒号に一瞬体を震えあげる。
戦士たちは緊張感を解かないまでも、厳格な上司を持ったアリシアとラヴィアンに、心の隅で僅かな憐憫の情を抱いた。

「はい!た、竜巻が!前方に巨大な竜巻が発生しています!!」
アグリアスはその言葉を聞くとすぐに後方の天幕から外に舞い降りた。ラヴィアンも続く。

アグリアスの視線の先には、アリシアの言うとおり巨大な竜巻が発生していた。
その大きさはまるで天に届きそうな程である。細長く不格好ではあるが勢力は強大なようで、
竜巻の近くでは根元で半分に折れてしまった木々が砂埃とともに辿り着くはずもない天までの遍路を始めていた。
竜巻はまるで表現しようの無い自らの怒りをぶつけるかのように、左右に頭を振りながら、
見えない手でむんずと木を掴んでは自らの腹の中に放り込んでいる。

22:月光  chapter1.  9/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 09:30:46 DHpeL4iR0

「皆さん危険です!すぐにこの場を離れましょう!」
殿としてボコの鞍上にいたラムザは手綱を引きすぐに馬車の前に走り出ると、隊の皆にそう激励した。
前方の巨大な竜巻に対して明確な対処案を見いだせないでいたアリシアは、横から飛んでくるラムザの指令に驚きながらもしっかりと頷き、
馬車を反転させるべく鞭を手に取った。
馬車から見て先程は後方に位置する、今は前方へと位置している剣聖オルランドゥが騎乗するチョコボに引かれながら、
鞭で刺激された馬は今来た道を蹄で噛みしめるように戻っていく。ラムザはその間、ただひたすら竜巻の流れを見ていた。

瞬間、竜巻がこちらを見た、
そのようにラムザは感じた。
何故そう感じたのかはわからない。しかしラムザは、竜巻から目を離すことができなかった。
離せば自らの信条を破る、そのような感覚にさいなまれたからだ。

「ラムザ!何をやっている!貴公もすぐに来い、巻き込まれるぞ!!」
ラムザの異常にいち早く気付いたアグリアスが皆の制止を踏み切り、再び馬車から下りた。
そして硬直しているラムザの元へ走っていく。

「隊長!!危険です!!」
天幕からのラヴィアンの悲鳴がラムザの意識を引きもどさせた。
顔を上げる。
先程まで指の関節で全長を表現できた竜巻が、今は首を上にもたげてもその終わりは確認できない。
もしかしたら本当に天まで続いているのかもしれない。

23:月光  chapter1. 10/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 09:37:47 DHpeL4iR0

「ラムザ!!死にたいのか!!」
轟音ともとれる風音の中で、本気で怒号を飛ばしているアグリアスのよく澄んだ声がラムザの右耳の鼓膜を突き破った。
ラムザは一瞬苦笑いを浮かべた後、すぐに彼女の怒りに触れないよう、驚きよりもむしろだらしなくたるんでいた顔を程良く引き締め、反転した。
手綱を手に取り手前に引く。
うずうずしていたボコが、待ってましたといわんばかりに呼吸も忘れる程に来た道を全速力で引き返し始めた。
猪突猛進するボコが、ラムザへ向かって走っていたアグリアスにどんどんと近付いていく。

「アグリアスさん!しっかりと掴まってください!」
アグリアスの返答が聞こえる前に、ラムザは右手に手綱をしっかり握りしめながら半身を左斜め地面すれすれに傾け、
向かってくるアグリアスに向かって腕を突き出す。
加速度十分、刹那、アグリアスはすっぽりとラムザの腕に抱きかかえられるような格好でボコに騎乗した。
そのままアグリアスを自らの前に乗せ、ラムザは彼女に手綱を握らせた。

「すまない!!」
アグリアスの通った声が迫りくる爆音にも似た風音にも負けず辺りに響く。ラムザは一度頷くと、すぐに前方を確認した。
もう馬車が目と鼻の先の距離だ。
やはり馬は遅い。次に用意する時は馬じゃなくてチョコボにしよう。ああ、アグリアスさんの髪はいいにおいだ。

危機の真っただ中でラムザは大よそ浮足立っていた。

24:月光  chapter1. 11/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 09:43:42 DHpeL4iR0
次に後ろを振り返った。
風音からある程度の予想はついていたが、こちらももはや目と鼻の先だ。
凄い、まるで自ら意志を持っているかのように行動している…

「ラムザ!!来るぞ!!」
同じく後ろを振り返ったアグリアスが、今や襲いかからんとばかりの竜巻を目のあたりにし、悲鳴めいた声をあげた。
アグリアスさんらしくないな、とラムザは至極冷静に思った。
人間、死の淵に近づくと冷静になるって言うけど本当だったんだ。
まだ死にたくないけれど、こればっかりはしょうがない。一か罰かで…

―――    逃…さない。 … 族… の …  ―――

ラムザは驚きのあまり、あれ程きつく握っていた手綱をこぼしそうになった。
仲間が発した声ではない。もう後ろから雪崩のようにせまる怪物によって仲間の声など遮られるに違いないのだ。
頭の中で声が響いた。
誰だ?しかし聞き覚えのある声だ。

まさか…――

ラムザが、先程までの冷静で穏やかな顔とはうってかわった、後悔、焦燥感にまみれた表情で後ろを振り返ろうとした。
その時にはまさに、眼前に大きな口を開けた巨大な怪物がラムザに最後の一瞥した視線を投げかけていた。

瞬時、世界が灰色となる。

25:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 09:44:45 S/kl08kN0
支援します

26:月光  chapter1. 12/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 09:49:13 DHpeL4iR0

― …ムザ … ラムザ!! ―

ラムザの耳に届いてきたのは朗らかな笑顔の天使が鳴らすラッパ音でも天衣を纏った可憐な女神によるハープの演奏音でもなく、
よく聞きなれた、耳がこそばゆくなるフルートのような声色だった。
ああ、もう少しこのままでいようか。

「ラムザ、起きてくれ!!」
極地の揺れがラムザを襲った。たちまちのうちにラムザは意識を戻し、目を覚ました。
視界一杯にはアグリアスの心配そうな顔が広がっている。
ああ、冥土明利につきるなあ。
ラムザはまたも浮足立っていた。

「目が覚めたか、よかった」
安心したのか、珍しくアグリアスはその顔にほほ笑みを浮かべるとラムザの眼前からその姿を消した。
ラムザはアグリアスを追うかのように、その半身を起した。そして周りが新緑で覆われる限りない平原であることに、ラムザは初めて気付いた。
どこまでも一面に続く緑、雲ひとつない快晴の空、
聞こえてくるは時折その目的を思い出したかのように花や草を揺らす、轟音とは程遠い風の草笛だけである。
ラムザは周りの穏やかな風景に戸惑いを覚えると同時に、ここが天界ではないのかと半ば本気で考えた。

27:月光  chapter1. 13/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 09:54:27 DHpeL4iR0

「ここはどこなんでしょう?」
「私にもわからない。目が覚めたら隣にお前しかいなかったんだ」

ラムザは起き上った。周りを再度見渡す。
ここが、かのレナリア台地ではない事は明白だった。竜巻が近くを通り過ぎた形跡はどこにも見当たらない。
そもそも、台地という点でラムザ達が今いる地とレナリアは相似していたが、
高地から先を見れば遠く遥かにイグーロス城が小指程の大きさながらも確認できたレナリアと違い、
この地は見渡せど見渡せど、地平線が続くばかり。

小さいながらも辺りは見渡せば見渡すほどのどかで広大で、しかしどこか閉鎖的なのだ。まるで世俗から離れているように。

「竜巻に飛ばされてこのような所に?」
「そうかもしれない。だとすると随分と遠くまで飛ばされてしまったのかもしれない。
しかし貴公も私も怪我ひとつないのが幸いだな」

アグリアスはその髪を払いながらラムザに振り向くと本当に不思議そうな表情でそう告げた。
ラムザが彼女の旨に同意する物言いをした。
「とりあえず辺りを散策してみましょう。仲間がどこかにいるかもしれません」
ボコもいるといいんだけど、と心の中で望みながらラムザとアグリアスは緑の草原を歩きだした。

28:月光  chapter1. 14/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 10:02:39 DHpeL4iR0
歩けど歩けど、緑が続く。鳥一羽鳴かず、虫一匹飛び跳ねない。
辺りに響くは二人が草を噛みしめる音、そよ風が陽気に吹く口笛音だけである。

そんな非現実な周りに、しかし二人は不思議と溶け込んでいた。
ゾディアックストーン、ルカヴィ、そして人間の醜い憎悪と果てなき欲求。
旅の途中で再三接触したこれらの存在は、ラムザ一行を非現実的な世界へと引きいれるには十分な要素だった。
彼等は近づきすぎたのかもしれない。
現に発狂者が出てもおかしくないこの状況下で、この二人はただ仲間の安否を気遣っている。
周りで起きている不可思議な現状の事など、ムスタディオが隠れて飼っているポーキーの晩飯ほどにどうでもいいことなのだ。

どれくらい歩いたのだろうか。
一向に陽が沈む気配を見せない草原の先に、今までは見えなかった黒い点のような物が二人の眼前に飛び込んできた。

「あれは…町でしょうか」
「ここからだとよく見えないが、何かあることだけは確かだ。先を急ごう」

二人は大急ぎで高地から降り、その黒い点がある方向へと歩みを進めた。

29:月光  chapter1. 15/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 10:07:06 DHpeL4iR0

果たしてそこには村があった。
ただ、どうやら村の周りは城壁のようなもので囲まれているらしく二人が村の中を遠目から直接確認する事はできなかった。
ただ、囲っている城壁からちょこんと、村の中心部に位置するのだろうか、教会と思われる屋根の先端がラムザとアグリアスを窮屈そうに見つめている。

その村は異様な存在感を放っていた。
円村というものは元来、村の周囲に耕地を耕し発展、繁栄を続けるものだが、
二人の辺りは土地を掘り返した形跡ばかりか踏み荒らされた痕跡すら無い。この場から村だけを取り除いても、誰も不思議に思わないに違いない。
それほどまでに、優雅でぼんやりとした周りの光景と、無機質で禍々しいくっきりとした印象を与える城壁との違和感は酷く鮮明であった。

アグリアスたちの前に開いている門はまるで大きな口を開けた化け物のようで、
ラムザたちが門をくぐるのを今か今かと待ちわびているようだった。
その口たる、門の中に広がる町の風景をまたもラムザ達は垣間見ることができなかった。門の辺りに不自然な靄がかかっているのだ。

30:月光  chapter1. 16/16 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 10:09:28 DHpeL4iR0

「行ってみましょうか、アグリアスさん?」
「何を今更。行くしかないだろうに」

二人はお互いの顔を見やり神妙に頷いた。
不思議な草原、不自然な町、不可思議な靄、二人の周りには怪奇が多すぎた。
これ程の条件が揃っても、彼等は臆することなく怪奇の一端へと向かっていく。
一片の怖ろしさ、それにも勝る仲間の安否を心の中で気遣いながら。

二人は門をくぐる。木でできた門の橋がキイキイと悲鳴をあげるがすぐにその音は止んだ。
待ちわびたかのように靄は急いで二人を包み込む。村の中に入ったのだ。二人は一層緊張感を強くした。

その時、後方に位置する門があるはずのない顔が、ぐにゃりと狂喜のために歪んだ。
まるで、これから起こる展開に喜びを隠せないかのように。
ラムザはすぐに振り返る。
当然、靄で門の存在はおろか隣のアグリアスの姿も見えない。
ラムザはこれ幸いにと、隣にいるアグリアスに悟られないよう、静かに一人、震えた。

31:惑星 ◆fhZWInPd1U
10/07/19 10:11:15 DHpeL4iR0
一応全四章構成です 
稚拙な文章ですが、機会を見つけてまた投稿させてもらいます ではでは

32:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 10:14:01 S/kl08kN0
乙です。サイレントヒルみたいですね。
続きを楽しみにしています。

33:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 10:14:24 91M77LhNP
乙です。次回も楽しみにしてますよ

34:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/19 23:37:11 kXZmMh+l0
乙!!!

35: ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:10:03 omrgMUrX0
本格的な物のあとで恐縮ですが 新スレ記念に投下します
例によって空気なんか読まない

36:証(あかし)(1/8)  ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:11:19 omrgMUrX0
「なぜだッ!なぜ除名なのだ!なぜ私を連れて行かないんだッ!」
ラムザの天幕の中から、アグリアスの大声が響いた。

「落ち着いて下さいアグリアスさん。理由は先ほど……」
ラムザはアグリアスを何とかなだめようとするが、
「納得できん!」
アグリアスは怒りに震えてラムザに食って掛かる。
「今さらオヴェリア様の元へ帰れなど、よく言えるものだッ!
私が、私がッ……なぜお前に付き従ってきたか分からんのかッ!!」

ラムザは、オーボンヌ修道院への最後の出撃の前に、部隊の主だった者を集めた。
そして、こう言ったのである。
「最後の戦いに出撃する者以外を除名する。帰る場所のある者は、帰って欲しい」

恐らく、最後の戦いからの生還は難しい。そんな戦いに、全員を巻き込むわけにはいかない。
そう考えた上での処分だった。
金で雇われていた傭兵はともかく、以前よりラムザと共に戦ってきた者には、この処分に納得の出来ない者が多かった。


ムスタディオからは殴られた。
「お前はオレの友達なんだぞ!オレはお前のために戦いたいんだ!」
だけど、君にはゴーグに父上がいる。帰る場所がある。君は帰るべきなんだ。
いつか、飛空挺を完成させると言っていた、君の夢を叶えて欲しいんだ。

ベイオウーフさんとレーゼさんも反対だった。
「俺たちは君がいたから、こうして今、一緒にいられるんだ。どうか、最後まで手伝わせてもらえないか」
ありがとう。その思いはとても嬉しいです。
でも、あなた達には、幸せになって欲しい。そして次の世代へ、思いを繋いで欲しいんです。

マラークとラファも。
君たちはこの世にたったふたりの兄妹だ。君たちを見てると、僕とアルマを見ているようだよ。
どうか、兄妹仲良く、生きていって欲しい。僕もアルマを必ず救い出すよ。

アグリアスさん。
あなたには、オヴェリア様がいます。どうか、オヴェリア様のところへ帰って下さい。
オヴェリア様も、あなたを待っているはずです。
アリシアとラヴィアンも一緒です。これまで、僕のわがままに付き合ってくれて、本当にありがとう。

シド様、メリアドール、労働八号。帰れない戦いです。僕に、その命を下さい。


この3人には、戦う理由がある。
シドは公式にはすでに死んでいる。帰る場所はこの世にないのだ。
メリアドールは、弟を殺し、ルカヴィとなった父を追い、戦わなくてはならない。
労働八号は、主人であるラムザの命令に忠実に従うのみ、である。

37:証(あかし)(2/8)  ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:12:31 omrgMUrX0
反対した者の中で、最も激しく抵抗したのが、アグリアスであった。

「オヴェリア様のことは、片時たりとも忘れたことはない!私の主は、オヴェリア様をおいて他にない!
だが私はッ!……お前の剣となって、お前と共に、この戦いを戦いぬくことを誓った!
この世界を救おうとする、お前の力となることを誓ったのだ!それが、オヴェリア様の御心にもかなう事だと信じて!!」
アグリアスは血を吐くように声を絞り出す。
「それを……それをッ!お前は……」
崩れ落ちるように膝を突き、うずくまった。
「……口惜しい……口惜しいッ!」
アグリアスの瞳からぼろぼろと涙が落ちる。
「お前にとって……私は……何だったのだッ……!」
体を震わせて、アグリアスが嗚咽する。

「……アグリアスさん」
ラムザが、激高するアグリアスをなだめようと、手を伸ばした。
「触るなァッ!!」
抜き打ちに斬られかねないアグリアスの怒気に、ラムザは思わずびくっと飛び下がった。
「アグリアスさん……僕は……」
「言うなッ……もう何も言うなァッ!!」
アグリアスは叫び声を残し、ラムザの天幕から飛び出していった。

ラムザは、後を追おうとしたが、その足は止まってしまった。
(このまま、アグリアスさんがいなくなってくれたほうがいいのかもしれない……)

ラムザも、アグリアスの思いは痛いほど分かっていた。
自分のために、オヴェリアのために、彼女は剣を振るい続けた。
ラムザの戦いの意義を誰よりも理解しようとし、誰よりもラムザのそばで戦い続けた。
その先にある平和な世界。それこそが、オヴェリアの求めるものだと信じて。

そして今、その剣の主が、最後の、帰らぬ戦いに身を投じようとしているのだ。
彼女は自分の命を朝露ほどにも思わずに、ラムザに付き従い、戦うだろう。
それを、ラムザは拒否した。彼女にとって、それは自分の存在意義を否定されたに等しい。
自分がこれまで信じてきたもの、護ろうとしたものに、彼女は裏切られたのだ。

なぜ、ラムザはアグリアスを拒否したのか。それは―

「追わないの?」
天幕の入り口に、メリアドールが腕組みして立っていた。
「追っても、拒絶されるだけだよ。それに彼女のためには、これでいいのかもしれない」
「そうかもしれないわね。でも、あなたはそれでいいの?」
「……」
「彼女に、想いを伝えなくていいの?」
「……いいんだ。もう……」
「そう。あなたはそれで後悔しないのね?彼女は、それでいいのかしら?」
「……」
「追いなさい。追って、彼女に気持ちを伝えて来なさい。あなたが、彼女にできる、最後のことよ。
……あなたが帰ってくるまで、私達は待っていてあげるわ」
メリアドールはそう言うと、くるりと踵を返した。

(アグリアスさんのために、そう思ったんだ。僕は嫌われても、彼女には生きていて欲しいから)
(僕の想い。それは……)
(僕は、僕の気持ちに、嘘をついていないか?)

さっきまで、アグリアスのいた場所に、ラムザは立った。
アグリアスの流した涙が、まだ乾かずに残っている。涙なんか見せたことのない彼女が、初めて見せた涙だ。

(アグリアスさん……僕は……!)

そして、ラムザは意を決したように、アグリアスを追って走り出した。

38:証(あかし)(3/8)  ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:14:08 omrgMUrX0
雨が降り出した。雨粒はだんだん大きくなり、土砂降りの雨となった。
アグリアスは森の中を歩いていた。ここがどこかも分からない。どこへ行くあてもない。
晩秋の冷たい雨に打たれながら、重たい足を動かしているだけだった。

容赦なく雨はアグリアスの体に打ちつけ、その体温を奪う。
獣道は流れる雨でぬかるみ、一歩ごとに体力を奪ってゆく。
重い。
体が重い。
雨だけのせいではない。
(私は……どこへ行こうというのだ。行くあてなど、どこにもないのに)
心が重い。
鉛のようだ。

足を一歩踏み出すたびに、腰で鳴っている剣。
オヴェリアの護衛に任じられた時に、特別に拝領した剣。
その後も、幾多の戦いにおいてアグリアスと共にあり、アグリアスの体の一部のようになった剣。
その剣の名は「セイブ・ザ・クイーン」。
(剣の主に捨てられ、主君と仰いだ人を護ることさえ出来ない者の剣、か……滑稽なものだ)
アグリアスは剣を抜いた。
ずしりと重い。あんなに、羽のように軽かったはずなのに―
(重い……!剣が……これほど重いなんて……)
思わず涙が出た。涙は顔を打つ雨に流されてゆく。
(剣に生きてきたつもりであった。それは間違いだったのだろうか)
(剣を振るえない騎士など、騎士ではない……私は、騎士ですらなくなるのか……)
(……捨ててしまおう。もう私には必要ない。剣を捨て、ただの女として……)
涙は冷たい雨と共に流れ、止まらない。アグリアスの手から、セイブ・ザ・クイーンが音を立てて落ちる。
そのまま、振り向くことなく、アグリアスは歩いていった。

もうどれだけ歩いただろうか。
疲れた。もう、歩きたくない―
木の根元に、アグリアスは腰を下ろした。雨は変わらず激しく降り続く。
冷え切った体は、もう動くことを拒否しているようだった。

心の拠り所を失い、自分の存在の意味を失った。たまらなく寂しかった。
会いたい……。皆に会いたい。皆の笑顔があった、あの頃に帰りたい。

ラムザ……。
私のほうこそ、わがままだったな。困らせてしまったな。許してくれ……。
だが、私は……お前と共に行きたい。たとえ行く先が地獄であろうとも……。
私は……お前の剣となりたい。共に倒れられるのなら、本望だ……。

ラムザ……私は……お前と……。

ああ……眠い。
このまま……眠ってしまおう。
これがみんな……夢なら……どんなに……いいだろう……。

39:証(あかし)(4/8)  ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:15:43 omrgMUrX0
「……ん!」
声……?
「アグリアスさん!!」
ラムザ……か?
「しっかり!しっかりして下さい!アグリアスさん!!」
ああ……なんだラムザ……ずぶ濡れじゃないか……風邪を引くぞ……。
どうして……お前が私の剣を持っている……それは私の……大事なものだぞ……。

「アグリアスさんっ!しっかりっ!」
アグリアスの顔は血の気が引いて土気色となってしまっていた。体は人形のように力がない。
アグリアスの顔に触れて、
(冷たい!)
ラムザは愕然とした。どれだけの間、この状態だったのだ。
(死なせない!絶対に死なせない!まだ、伝えてないことがあるんだ!)
ラムザはアグリアスを抱え、山道を歩き始めた。
片手には、アグリアスの捨てたセイブ・ザ・クイーンが握られていた。


遠くで雨音が聞こえる……。私は……。

はっと目覚める。起き上がろうとして、頭が朦朧とした。
ここは……どこだ?

徐々に意識がはっきりしてくる。
どこかの宿だ。暖炉に火が入れられており、部屋は暖かい。窓の外はまだ雨だった。
暖炉の前に安楽椅子があり、そこでラムザが眠っていた。
「ラム……」
名前を呼ぼうとして、アグリアスは自分の姿に気付いた。
ローブを着せられていたのだが、アグリアスには小さすぎて、合わせから胸がほとんど出てしまっている。
慌ててシーツで体を隠した。
(わ、私は、いったいどうしたのだ……)
服はどこか、と目で探すと、暖炉の前で乾かしてあるようだった。

(そうだ。あの森だ。ラムザ……)
雨に濡れて、彷徨っていた。ラムザの声が聞こえたところまでは、おぼろげながら覚えている。そこから、記憶がない。
(私を追ってきたのか……。よく、私の居場所が分かったものだ)
その後、ラムザは私を連れてこの宿に辿り着いて、私を介抱したのだろう。
(ま、まさか……ラムザが私の服を……?)
そう考えて、アグリアスは赤面した。

部屋を見渡すと、ラムザの眠る安楽椅子のそばに、見慣れた剣が置いてあった。
(あれは……!)
セイブ・ザ・クイーン―あの森で捨てた、私の剣だ。
(ラムザが拾ったのか……)
剣を見ると、少し安心する。おかしなものだ。私は剣を捨てたはずなのに―

40:証(あかし)(5/8)  ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:18:18 omrgMUrX0
ラムザが寝息をするたびに、安楽椅子がほんの少しだけ揺れる。
そのたびにラムザのくせっ毛も揺れる。
それが暖炉の火に照らされて、キラキラと輝いて見えていた。
アグリアスはそれを飽きもしないで眺めていた。

あんなに激高して、顔も見たくないと思って飛び出して来たのに、
ラムザの顔を見た途端に安心して、今は穏やかな感情しかない。不思議なものだ。

「ん……んーっ……」
ラムザが目を覚ました。そしてアグリアスと目が合う。
「気が付いたんですね!ああ、よかった……よかった、アグリアスさん」
ラムザはほうっと安堵の息を吐いて、アグリアスのそばへ歩み寄った。
「どこか痛いところはありませんか?気分が悪いとかは?」
「な、ないっ。ないから、心配するな」
アグリアスは胸を見られないようにシーツに包まって小さくなってしまう。
「よかった……本当に……」
ラムザの目が少しだけキラリと光った。しかしすぐにごしごしと手で拭いてしまう。
「死んでしまうかと思ったんですよ。もう……」
「……すまなかった」
「いいんです。本当に無事でよかった」

「ここはどこなんだ」
「ドーター近くの村です。村までそれほど離れてなかったのが幸いでした」
「私はどのくらい寝ていたのだ」
「半日です。もうすぐ夜ですよ」
「しかし、よく私の居場所が分かったな」
「運がよかったんです。森の猟師が、森へ入っていくアグリアスさんを見かけていたんです。
そうでなかったら、見つけられなかった」
「そ、それで、その、私をここまで連れてきたのか」
「はい。とにかく、早く雨の当たらない所へ連れて行こうと思って」
「そ、それで、わ、私を介抱したのは、お前か」
「いえ。宿のおかみさんにお願いしました。僕がするわけにはいかないでしょう」
「あ、当たり前だ」

アグリアスの服が乾いていたので、着替えのためラムザは一旦部屋から出た。
服を着た。いつもの騎士服だ。
しかし、騎士であることを捨てた自分の着る服ではないな、とアグリアスは思った。
振るう剣、騎士であること、それらはあの森で捨てたのだ。
もう、剣を下げることもないだろう。今度は、レーゼが着ていたような、ひらひらのスカートでも着てみようか。
―自分のその姿を想像して、アグリアスはおかしくなって少し笑った。

41:証(あかし)(6/8)  ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:19:25 omrgMUrX0
「もういいですか」
ドアの向こうからラムザの声がする。
「ああ、もういいぞ」
ドアが開いて、ラムザが入ってくる。
「……すまなかったな」
「え?」
「陣では激高してしまって、恥ずかしいところを見せてしまった」
「いえ……」
「やはり、連れてはいけぬか」
アグリアスは微笑んで聞いた。その声に諦めの響きがある。
「はい……。すみません」
「謝ることはない。しかしなぜだ。私の剣では不足か」
「そんなことはないです!そんな理由じゃないんです」
「ではなぜだ。理由を聞かせてくれ。正直なところを聞かせて欲しい」
ラムザは、少し黙っていたが、意を決して言った。

「僕は……あなたに、生きていて欲しいんです。どんな形でも構わない。この世で生きていて欲しいんです」
伝えなくては。僕の想いを。

「今度の戦いは……生きては帰れないかもしれない。もう二度と、この世に帰ってこれないかもしれない。
……そう考えると、怖い。怖いんです……!」
ラムザが声を上げる。声が震えていた。人外の者とも互角に、勇敢に戦う男が恐怖に震えている。
「できるなら、逃げ出したい。でも、それはできない。逃げたって、何も変わらないから。
奴らを止められるのは僕しかいない。アルマを救えるのも僕しかいないから」
アグリアスは、恐怖に震えるラムザを初めて見た。

「そんな時に、僕のそばに、あなたがいてくれたら……!どんなに心強いか、どんなに心安らぐか……!
でも、あなたを連れて行けば、あなたも帰ってこれないかもしれない。それだけじゃない。
僕はあなたの死ぬ姿なんて見たくない。あなたがいなくなるなんて、考えたくない」
アグリアスが自分の目の前で死ぬなんて、考えるのもおぞましかった。

「だから……だから、あなたに生きていて欲しいんです。あなたがこの世に生きている。
そう思えたら、もしかしたら、帰ってこれるかもしれない。そんな気がするんです」

ラムザはうつむいて震えていた。
「ふふ……可笑しいですよね。考えると、怖くて、震えが止まらないんです。
これから、その戦いに向かうっていうのに……情けないですよね」
「ラムザ……」
「できたら、あなたとずっと一緒にいたかった。あなたと一緒に過ごした日々は、とても楽しかった。
僕も別れたくないんです。でも、そうしなきゃ……いけないんです。
僕は……あなたが好きだから。大好きな人を、失いたくないから……!」

アグリアスは、ラムザがなぜ自分を除名しようとしたか、やっと理解した。
アグリアスを生かすため。好きになった人に、生きていて欲しいと願ったため。
オヴェリアのことなどは二の次だったのだ。

ああ―ラムザ、お前は私と同じことを思っていたのだな。

42:証(あかし)(7/8)  ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:20:58 omrgMUrX0
アグリアスは、ラムザの震える肩に手を置いた。
「分かった。お前の想いはよく分かった。私は……残る。この世で、私は生きよう」
「ごめんなさい……僕の、最後のわがままです」
「謝るな。最後だなんて言うな」
肩に置いた手に、ぐっと力がこもる。
「帰ってくるんだ、必ず。帰ってきたら、もっとわがままを聞いてやる」
ラムザが顔を上げた。アグリアスが微笑む。

「私は、お前の剣となって、いつまでも共にありたいと、そう願った。お前に、捨てられたくなかったのだ。
……剣も捨てようと思った。オヴェリア様も、お前も護れぬ剣などは捨てようと。
だが、これからは、生きるために剣を振るおう。私が、お前の帰る場所となろう」
「ありがとう……アグリアスさん、ありがとう……!」
ラムザは、肩に置かれたアグリアスの手に、自分の手を重ね、その手を強く握った。声が震えていた。
「なぜ、本当のことを言ってくれなかった。なぜ、そうだと言ってくれなかったんだ。
……でも、やっと、本当のことを言ってくれた。嬉しい……」
アグリアスが、ラムザの手を握り返す。
「私も……好きだよ。ラムザ」
「アグリアスさん……!」
ラムザは、アグリアスを力強く抱きしめた。
「帰ってきます。約束はできないけれど……帰ってきます。あなたのところへ」
「ああ、待っている。……いつまでも」

これで、想いはすべて伝えた。もう、心残りはない。ラムザの表情は、とても安らかなものだった。

人は、今日が最後の日だとしても、、明日を信じ、希望を求めるもの。
私が、ラムザの希望となるならば、その希望を頼りに、ラムザが帰ってくるならば、
私は、ラムザのために生きよう。そうアグリアスは思った。

もう外は日が沈み、暗くなっていた。
このまま、ふたりはこの宿に泊まることにした。

暖炉の前の長椅子に、ふたりは寄り添って腰掛けていた。
ラムザはアグリアスの肩を抱いて、アグリアスはラムザの肩に甘えるようにして。
もう、こんな時間は、二度とないかもしれない。だから、お互いがそこにいることをもっと感じていたい。
誰にも遠慮はいらない。ふたりだけの大事な時間なのだ。

どちらから言うともなく、ふたりは同じベッドに入った。
素肌を合わせて、互いのぬくもりを確かめ合った。口づけを交わし、互いを求め合った。

ラムザ―お前が、この世に生きていた証を、私に刻み込んで欲しい。
ああ、ラムザ……愛してる……アイシテル……。
アグリアスの瞳から、涙がひとすじ、流れて落ちた。

43:証(あかし)(8/8)  ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/20 00:22:52 omrgMUrX0
はっとアグリアスが目を覚ますと、窓から朝の光が差し込んできていた。
ベッドにも、部屋にも、ラムザの姿はもうなかった。
(ラムザ……!)

部屋のテーブルの上に、手紙と、セイブ・ザ・クイーンが置かれていた。

「行って来ます。愛するアグリアスへ。ラムザ」
手紙にはこう書かれているだけだった。

いつか、ラムザが言っていたのを、アグリアスは思い出していた。
(別れは……苦手なんです)

「馬鹿……馬鹿っ……」
(ラムザの馬鹿……私の馬鹿っ……!)
もう泣くまいと決めていた。けれども、涙が溢れて止まらない。
私は、ラムザの帰る場所となる。そう決めた。だから、もう泣かないと決めたのだ。必ず、また会えるから―
それでも、溢れる涙を抑えることはできない。落ちた涙で、手紙のインクが滲んだ。

ひとしきり泣いて、それからアグリアスは宿を出た。腰にはいつものように、セイブ・ザ・クイーンがあった。
空は昨日の雨が嘘のように、晴れ晴れとした青空だった。
これから、どこへ行こう。
オヴェリアのいるルザリアへ行くことも考えた。
(しかし、異端者の烙印を押された自分が、果たしてオヴェリア様にお会いすることができるのだろうか)
そう思い、少し考えて、ゴーグへ行くことに決めた。
ゴーグにはムスタディオがいるはずだ。何らかの情報を持っているだろう。
そこで、私がどこへ向かえば良いか、考えてみよう―
アグリアスは、街道を南へ、ゴーグへ向かって歩き出した。

陣はすでに引き払われ、雨上がりの草原の岩の上に、メリアドール達は座っていた。
草原を、ゆっくりと風が渡ってゆく。
「……ちゃんと伝えて来たの?」
そこに現れたラムザに、メリアドールは聞いた。
「ああ。もう、何も思い残すことはない」
「そう。よかったわ」
シドが立ち上がる。労働八号が起動を開始する。
「……行こう!」
ラムザはマントを翻して、決戦の地、オーボンヌ修道院へ向かって歩き出した。


その後、オーボンヌ修道院は、謎の大爆発を起こし、跡形もなく吹き飛んでしまった。
そこからは神殿騎士の遺体が数体発見されたが、他には何も見つからなかったという。

ラムザは、帰ってきたのだろうか。ふたりは再会できたのだろうか。

答えは、草原を渡る風だけが知っている。


END

44:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 00:27:20 8CgF889SP
GJ!!SSの連投は幸先いいですな!!

45:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 07:14:12 ESJ//S2Y0
GJ!!乙です!
ただ、どこかで見た気が…気のせいか

46:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 08:20:28 wmAFx60a0
>>45
それアンタの気のせいじゃないよ。
まあこの人、他にも前スレで昼寝士御大とシチュエーション(新婚初夜モノ)丸かぶりやらかしちまったしなw

47:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 19:18:50 cni/t7g80
GJ!!
連投とは嬉しい限り!!

48:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 20:09:33 ESJ//S2Y0
第二章はじまりはじまり 
オリキャラ複数登場、ご注意を

49:月光 chapter2. 1/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:11:17 ESJ//S2Y0
先程までの草木が折れるこそばゆい音ではない、力強い大地を噛みしめる音が響き渡る。

アグリアスとラムザは靄のかかった町に入ったのだ。お互いはお互いの足音で存在を確認し合いながら片手を鞘に、
もう片手を柄にかけ態勢を低く保ちながら慎重に一歩ずつ歩く。
町の中だというのに人の声、生の声がこだましない。そして二人の前に広がる靄。警戒をしない理由はなかった。

「…ラムザ。目の前に何かないか?…」

アグリアスの声に、靄に塞がれている辺りを見回していたラムザが前方に目を凝らす。
暗がりで徐々に目が冴えてくるのと同じ要領で、白い靄にラムザの目は、少しずつではあるが回復へ向かっていた。
立ち止まる。
ラムザは目の前にある、不安定な一本脚で直立不動を心がける看板を見上げた。

「なんと書いてあるんでしょうか」
「…畏国語ではなさそうだな。貴公は読めんのか?」
「鴎国の言語は少し齧った程度ですけど、これはそれでもないようです。えーと、これは…」

看板の文字が靄で見え隠れする。見慣れない文字だ。

50:月光 chapter2. 2/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:16:54 ESJ//S2Y0

「ようこそ。『ハミサイダル・ガッド』へ」

ラムザでもアグリアスでもない、凛とした声が辺りに響いた。
二人は突然聞こえた第三者の声に驚きながらも、
解きかけていた緊張感をすぐに張り巡らせた。

「ラムザ…靄が晴れていくぞ」
あれほど周りを覆い隠していた靄が、先程の声を皮切りに波を引いたように一様に消えていく。
建物、田畑、そして城壁が、次々と二人の周りに姿を現した。
人の気配だ。ラムザは身構えた。
すると、看板の右横、つまりラムザ達から見て左横に、微笑を浮かべた少年が二人を見つめていた。
少年はラムザと同じ栗毛の短髪で、前髪をおかっぱのように揃えている。背丈はアグリアスの肩幅にやや届かない辺り。
年頃の男子の背丈を考えれば、十分に長身と成りえる資格を備えていると言える。

「ようこそ。『ハミサイダル・ガッド』へ」
先程の張り上げたような口調ではなく、優しげな口調で少年は再びそう告げた。
「ハミサイダル・ガッド。それが、この村の名か?…」
異国の言葉を口にするように、ラムザは怪訝な面持で呟いた。
「うん。僕たちの言葉で“目に見えぬ幸せ”という意味さ」
実に嬉しそうに少年は答えた。

「皆が待ッてるよ。僕に付いてきて!」
二人の返事を聞く前に、少年は踵を返し村の中心部へと走っていく。
「あ!待て!」
ラムザはそう声をあげると、半ば呆然としているアグリアスの手を掴み少年の後を追いかけた。

51:月光 chapter2. 3/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:22:19 ESJ//S2Y0

「僕の名はラムザ。隣がアグリアスさんだ」
 先程から歩くほどの速度に戻った少年へ、ラムザはそう伝えた。
「僕はマズラ。この村唯一の宿屋の一人息子さ」
 ラムザの肩越しに嬉しそうなマズラの声が響く。彼はとても嬉しそうにステップを踏みながら村を練り歩いている。
「貴君に訊ねたい。この村に、私たちより前に数人の旅の者が訪れなかっただろうか?」
 マズラは横から投げかけられた彼女の言葉に目を丸くした。
 そして物珍しそうな目でアグリアスを見つめ、瞬間、マズラは悪戯っ子のようにニッと笑って次のように答えた。
「お姉さん、お堅いなあ。そんなに生真面目だとせっかくの美貌を生かしきれないよ?」
 思いもしなかった返答にアグリアスは一瞬歩みをとめたが、次の瞬間、
耳まで真っ赤にしながらラムザ越しにいるマズラに向かって怒号を浴びせた。
「き、貴様!大きなお世話だ!!自分の身ぐらい自分で心配する!!それに、私だって、私だって…!!」
 怒りに身を任せ彼女は柄に手をかけした。大慌てでラムザがアグリアスの前に両手を広げ、その動きを制する。
「落ち着いてくださいアグリアスさん!相手はまだほんの子供です」
 猫のように口から一定のリズムで息を洩らし、アグリアスは少年に威嚇をした。困ったような笑みを浮かべていたラムザは、
しかし後方のマズラを横目で睨んだ。彼からの攻撃を同じく横目で流したマズラは、二人の前に一歩出て振り返った。
 その顔は喜びに満ちている。

52:月光 chapter2. 4/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:29:25 ESJ//S2Y0

「素直になりなよお姉さん。なに、簡単なことだよ。心を開け渡せばいいのさ」
「心を、開け渡す…?」
 聞きなれないマズラの言葉に、抵抗を止めたアグリアスが眉を潜めた。
「そう、開け渡す。欲望を曝け出す。うーん、言い方が悪いや。
つまり、他人に心を渡して有りのままの自分を見てもらうのさ。
ここにいる皆はそれができるよ。ああ、でも花屋のシュガリーはまだだけど」
 マズラは跳ねるように二人の前に出た。
「さあ、着いたよ。“お連れさん”がお待ちさ」

 マズラの指さす方向には、赤い屋根に白いレンガという平凡陳腐な造りの群落の中で黒い屋根にクリーム色のレンガ造りという、
周りとは一線を画した建物がちょこんと建っていた。
 ただ、クリーム色で塗られた壁のペンキは年月の所為かところどころはがれかけており、建物全体の印象は薄暗い。

「“お連れさん”…まさか!」
 マズラの言葉に真っ先に反応したアグリアスが宿に向かって走りだした。今度は慌ててラムザがその後を追った。
 宿までは数秒もかからなかった。
 扉の前に到達すると無礼も承知で、アグリアスは宿の扉を強引に勢いよく開けた。
宿屋の一階は大広間となっていて、宿の入り口と居間が併設した造りとなっていた。
そんな居間に、神妙な面持ちで議論を行っていた騎士の姿が二人。
扉の音に驚き目を丸くしているオルランドゥ伯とベイオウーフ、二人が隊で最も信頼を置く人物たちであった。

53:月光 chapter2. 5/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:34:07 ESJ//S2Y0
「伯!それにベイオウーフ殿も!」
 自分でも驚くほどの声量で叫んだアグリアスの声を聞きつけ、階上から続々と見知った顔が姿を現した。

「アグリアスさん!それにラムザも!!」
 一人が歓喜を含んだ大声でそう言ったのが二人の運のツキか。続々と仲間が階下に押し寄せる中で、
二人はまるで雪崩のように押し寄せる仲間たちから祝福を受けた。握手、抱擁、終いには胴上げまで。
 激しい揺れに気分の悪化を訴えた二人がテーブルを支えに体を崩していると、二人の後ろから、
頭の中で残響しそうな程のマズラの笑い声が二人に届いた。

「それで…私たち以外の者たちは皆無事なのか?」
 口を開けることすらできないラムザに変わり、幾分か具合を戻したアグリアスがオルランドゥに訊ねた。
彼女の片腕の中にはやんちゃなマズラ坊がもがいている。

54:月光 chapter2. 6/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:41:58 ESJ//S2Y0

「うむ。皆無事だ。君たちが揃えば隊は全員揃った事になる。行幸、行幸。」
 オルランドゥが満足そうに頷いた。
「怪我は無さそうだな」
「はい。不幸中の幸いでした」

 アグリアスの言葉に思うところがあったのか、オルランドゥが深く頷いた。
「不思議な事に、我々の中にも怪我ひとつ負った者はいないのだよ。最初は皆、草原に投げ出されていてな。
君たちだけがいないことに気付いたのだよ」
「どうやら馬車とボコも行方不明になったみたいで」
 ポーキーもいなくなったことを言外に匂わせながら、ムスタディオは悲痛な面持ちでそう割り込んだ。
「ラムザもアグリアスさんもいなくなるし。一時はどうなることかと」

「この人たちもあんた達と同じようなものさ。ふらふらとこの村にやってきたんだ。
まあ、そんなことよりこの態勢をどうにかしておくれよ」
 足をぶらつかせながら、マズラはそう訴えた。アグリアスはそうか、とマズラの言葉に頷いた。
無論、訴えは却下された。
「…皆さんは何時頃ここに到着したんですか?」
 アグリアスの横で、ようやく立ち上がったラムザが周りに尋ねる。顔色は心なしか青い。
「…二日前、いや昨日の今頃だった気がするな」
 ベイオウーフが思案するように答えた。
 会話はそこで一旦途切れ、駘蕩とした村の様子に感化されたのか居間は暫しの休息を求めた。

55:月光 chapter2. 7/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:50:09 ESJ//S2Y0

「只今、戻りましたー」
 二人にとって、聞きなれた声が扉から響いた。
 村の探索から戻ったラヴィアンは、入口前で集まっている仲間に驚いたぎょっとした。入口付近にいたラムザとアグリアスを
囲むようにして仲間が扉の前に溢れていたのだ。

「一体なんの集まりで……アグリアス様」
 仲間をかき分けてラヴィアンはテーブル前に辿り着いた。
ラヴィアンとアグリアスの視線が合う。
 よく人の酒癖を注意し、夕食に出る人参を残そうとすると怒鳴り、そのくせ本人は出されたゴブリンのしっぽをこっそりと残そうとし、
更には朝には弱く、他人を叱りつけるくせに自分には一切無頓着で、何事にも不器用で、そのくせ努力は人一倍で、
戦場では驚くほど冷静で、首尾一貫で正々堂々としていて、とどのつまり、心底から尊敬する上司が、そこにはいた。

 手に抱えていたバスケットが落ちる。
後ろで人垣をかき分けていたアリシアもアグリアスの姿を見てはっと息を呑んだ。
「アグリアス様!!…とラムザ隊長!」
 横でラムザが苦笑した。
 知ってか知らずか、二人はアグリアスの元へ駆けていった。

56:月光 chapter2. 9/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:55:53 ESJ//S2Y0


「いやー。隊長、もとい、アグリアス様と再会できて本当によかったですよー!」
「ラヴィアン、飲みすぎだぞ。お前は昔から酒癖が悪い」
「気難しい顔しちゃってー。このこのー、嬉しいくせに」
「こら、アリシア!絡むな、酒くさい!」

 満月が夜空に浮かぶ中、ハミサイダル・ガッドで唯一の宿屋の居間では盛大な祝宴が開かれていた。
静まりかえった村の中で、まるで村の活気を根こそぎ奪っているかのようだ。酒の席で隊の吟遊詩人がそう呟いた。
 豪勢に振る舞われる酒と食事を思う存分満喫しながら、ラムザ隊は馬鹿騒ぎを続けていた。

57:月光 chapter2. 9/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:01:43 ESJ//S2Y0

「いやー、あのときは駄目かと思いましたよねー」
「へー。そんなに危険だったの」
「そうよそうよー。昨日飲み過ぎたからあんたがおかしくなったかと思ったわよ」
「何言ってるのよラヴィアン!あたしは飲兵衛よ!」
「へー。そうなの。確かに酒豪という感じはするわね」

「…アリシア。この女の子は誰だ?」
「あー、それはーですねー、…誰でしたっけ?えへへー」
「飲兵衛さんはダメダメのようね。今日の昼間に挨拶をしたばかりだというのに。
いいわ、自己紹介させてもらうから。私の名はシュガリーよ」
 居間に取り付けられているカウンターでいつの間にか横で当然のように飲んでいる少女は、
アグリアスに手を伸ばした。

 少女は丁度、少年マズラと齢同じ程の容姿であった。腰にまで届きそうなクリーム色の髪、背は年相応といったところであろうか。
少年マズラよろしく、彼女もあまり着飾ることはせず、白を基調とした木綿服を着用している。
 少女の手を拒む理由もなく、アグリアスは差し出された手を握った。ガラスのように透き通った手。
マメが幾重にも連なっている自分の手とは大違いだ。アグリアスは内心でそう独りごちた。

「アグリアスだ。その隣の、テーブルに突っ伏しているのがアリシア、酒樽をまるごと担いで来そうな眼をしているのがラヴィアンだ」
「よろしく。私もこの宿に泊まらせてもらっているの。知り合って早速で悪いけれど、貴方今日は私と相部屋みたい。宿屋の主人がそう話していたわ」
 見かけに反しこれまた少年マズラよろしく、相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらシュガリーはそう告げた。
「そうか。…ん?シュガリー。貴公はもしかして花屋を営んでいる家系か?」
 花屋に家系も何もないだろうに。シュガリーはそう思いはしたが否定しなかった。
真面目な物言いは寧ろシュガリーには好意に値した。手にある杯の中身をあおる。中身はワインに似て非なる葡萄ジュースだ。

「貴方とは気が合いそう。予感…いえ、願望でしかないけれど」
 レーゼみたいな喋り方をするような少女だ。アグリアスは第一にそう思った。小馬鹿にするような喋り方はまさにそれだ。
しかし、年下だからといってそのような態度にアグリアスは別段思うところはなかった。
 アグリアスは彼女の言葉に肯定的な意味を込めた返答をした。

「ええ。そうだといいわね」

58:月光 chapter2. 10/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:07:16 ESJ//S2Y0

 時を同じくして、居間に置かれた大テーブルを囲むように、村の住人を交えて行われた
ムスタディオ主催の田舎っぺトークショーも終盤にさしかかり、それまで笑顔を介していた
隊の兵たちは段々と落ち着いた雰囲気を持ち会話を始めた。

「よく無事だったなラムザ」
「ご心配をおかけしました。伯もご無事で何よりです」
 周りの馬鹿騒ぎの中で、テーブルの端に構えるオルランドゥとラムザは静かに語らっていた。
 普段は余り自ら進んで酒を口にしないラムザも、この時ばかりは喜びの味とやらを体感してみたくなったのか、
常人の飲むペースの1.5倍の勢いで飲んでいる。今また、ラムザは手に持っている杯の中身を空にしたところであった。
「いい飲みっぷりぞ。流石はバルバネスの末子といったところ」
「得意な方ではないんですが…すみません。頂きます」
 すぐにオルランドゥの手によって空いた杯が満たされていく。

「しかし、ここは一体どこなんでしょうか」
「ふむ。言葉は通じるようなのだが、文字はちんぷんかんぷん。畏国でも欧国のそれでもない。
村人にその事を訊ねても要領を得ない答えが返ってくる」
 そこで言葉を切り、オルランドゥは手にしていた杯を口に含む程度に飲んだ。
酒瓶を用意して今か今かと注ぐ機会を待っていたラムザは、彼の杯がまだ酒で満ち足りている事に気づき少々落胆した。

59:月光 chapter2. 11/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:14:38 ESJ//S2Y0

「畏国の外れでしょうか」
 気持ちを入れ替え、ラムザは目の前にある杯を飲み干した。
そして流れ作業のようにオルランドゥがラムザの杯をすぐに満たらせる。
この間、およそ数秒。剣聖としての鋭い感性が、宴という戦場でもどうやら発揮されている。
「私たちも昨日到着したばかりで碌に情報収集はできていない。村の外に捜索隊を何人か出す予定だったのだが、
村人に止められてしまってな。
『外は地獄です。恐ろしい怪物がうようよと蠢いております。外に出るのはおやめください。』とな。
鳥の囀りさえ聞こえないというのに。ハッハッハッ…」
 よほど可笑しかったのか、珍しくオルランドゥは声を上げて笑った。
「明日から村人に話を聞いてみます。その間に、もしかしたらボコ達がふらふらとここに来るかもしれないし」
 居間に再びあの靄が発生したと勘違いをする程に、その時のラムザの視界は酔いによるものからか、薄ぼんやりとしていた。
 しかし目の前のオルランドゥの杯が確かに空になったのを目をこらし確認したラムザは、
オルランドゥにほんのばかりの意趣を試みようと目の前の酒瓶に手を伸ばした。やった、勝ったぞ。

 ラムザの手が届くほんの僅かの間に、ひょいとオルランドゥが酒瓶を取り上げた。
「おやおや、ラムザ。杯が空じゃないか」
 呆然としながら本来酒瓶があった場所に手を突き出しているままのラムザに、満面の笑みを浮かべた彼はそう告げた。
 剣聖はどの場にあっても剣聖のままでいた。

60:月光 chapter2. 12/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:18:48 ESJ//S2Y0
 時刻はそろそろ日付を跨ぐ。
 少女シュガリーとともに一足早く階上へ向かったアグリアスは、部屋の窓から外の村の風景を垣間見ていた。
辺りに同じ高さほどの建物が無い事もあり、窓からは家屋の屋根だけがちょこんと出ている。
一直線上には村の象徴ともいえる教会がそびえ立っている。
 月の光だけがこの村の唯一の街灯なのだろうか、それほどまでに村の電灯といえる電灯はその機能を果たしていなかった。
そもそも電灯など無いのかもしれない。ただ、月光に照らされるこの村はとても幻想的だ。
 アグリアスはしみじみとそう実感した。

「静かでしょう、この村は」
 寝巻に着替え終わり、自慢の髪を櫛で梳かしながら、ベッドの上のシュガリーはアグリアスにそう告げた。
「ええ、それにとても美しいわ」
 アグリアスの言葉に自慢げにシュガリーは頷く。
「この村は素晴らしい所だと村の人たちは口を揃えて言うわ。勿論私もね」
「そうね」
 アグリアスはシュガリーに微笑を向けながら言った。
 すると、体に蓄積された疲労と睡魔が突如として彼女に押し寄せた。
鎧はとうに着外していたが、体が鉛のように重い。

「今日はもう寝るよ」
「あらそう。まあ積もる話は明日に持ち越しということでいいのかしら」
 シュガリーの言葉に反応する気力も起こらず、三つ編みも解かずにアグリアスはベッドに倒れこんだ。
「あらあら」
 階下にいるレーゼ嬢の口癖がシュガリーにもうつったようだ。立ち上がり、毛布を手に取りアグリアスにかける。
 彼女は窓の外を何の気なしに見つめる。
 満月が同じように彼女を見つめていた。

61:月光 chapter2. 13/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:24:08 ESJ//S2Y0
 
 明朝、シュガリーに叩き起こされたアグリアスは不貞腐れた顔で朝の食卓に着いた。
彼女曰く“朝食は一日の元気の源よ!欠かすなんて私が許さないわ!”だそうで、
毛布をひっぺがされた彼女は渋々と起き上がり、自身の三つ編みを結い始めた。

 酒気と疲労とが複雑に絡み合ったアグリアスがやっとのことで居間に辿り着くと、そこには既に席に着いているシュガリー、
そしてアグリアスと同じ状況なのだろうか、朝食を心待ちにしているマズラと、今にも倒れそうなラムザがいた。

 軽い挨拶を終え、対面に座るラムザにアグリアスは小声で話しかけた。
「貴公も、連れてこられたのか」
 言葉なくしてラムザは渋い顔をつくり懸命に頷いた。
「他の者たちはどうした?」
「多分起きてこられないんでしょう。私たちが寝た後もまだ相当飲んでいたみたいだから」
 目の前に出されたミルクをがぶがぶと飲みながらシュガリーがそう答えた。
ラヴィアンとアリシアもこの苦行に付き合わせたいと思ったが、気づくとアグリアスの眼前には朝食の盆が広がっていた。
「いただきます」

 食事は派手すぎず淡泊ではない、丁度いい分量だった。たいそう食欲の無かったラムザとアグリアスも朝食の味に舌鼓をうちながら
ぺろりとたいらげ食後のコーヒーまで飲みほした。
「とても美味しかったです。夫人にお礼を」
 立ち上がろうとしたラムザを慌ててマズラが制した。
「いいよいいよ、そんなの。水臭いじゃないか」
「しかし、せめて礼だけでも…」
「いいじゃないの、マズラがそう言っているんですもの。それより」
 アグリアスの言葉を今度はシュガリーが制した。そしてパンくずを膝から払いながら立ち上がった。

「市場へ行くの。よかったら付いてこない?」

62:月光 chapter2. 14/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:32:39 ESJ//S2Y0

 市場は宿屋から数分歩いた場所で行われていた。
開けた広場に集まった商人は早速店構えを始めている。見上げればすぐ近くには教会がこちらを見かえしている状況だ。

「広場自体はこの村にたくさんあるわ。だけどここはこの村で一番人の流通量が多い場所なの」
 広場に到着して早々、シュガリーは二人に説明するような口調でそう言った。
 広場の一角に畳んであった日傘とシートをシュガリーは慣れた手つきで用意し始める。

「貴公自身が商売をしているのか?」
アグリアスが驚いたようにシュガリーに訊ねた。シュガリーは、お堅い口調ねえ、と軽口をたたきながらも
アグリアスの質問にはしっかりと答えた。
「ええ、そうよ。私の花屋よ。経営は私の手腕、収入はがっぽり私の下よ」
 子供っぽい笑顔で、おおよそ子供には似つかわしくない事をシュガリーは平然と述べた。
ビーチに置かれるような巨大な傘を組み終える。どこから用意したのか手にしたエプロンに袖を通し、
長い髪をヘアピンで一つに束ねた。
 脇に積み上げられた古びた樽が椅子代わりとなっているのか、一仕事を終えたシュガリーはどかりと身を下ろした。

「あれ?花は?」
店頭に何も置かずに悠然と構えている店主、シュガリーにラムザが訊ねた。
「来るわよ。もうすぐね。…ほら、来たわ」
シュガリーが先程来た通りとは真逆の道を指で示す。ラムザ達が振り返ると、細い路地から荷台を引きずりながら
こちらに手をふる若い二人の女性の姿が見えた。

63:月光 chapter2. 15/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:40:09 ESJ//S2Y0

「紹介するわ。おさげの髪がナヴァリ、クルクルした髪がカイリアよ。」
 ゆっくりとした速さで荷台は彼等の前に停車した。
 二人はどちらも灰色の作業服を着用しており、泥だらけだ。
 ナヴァリは泥まみれの服の袖をまくってタンクトップのように着崩している。男勝りな性格であることが伺える。
対してカイリアは同じように泥だらけでありながらも自らの顔には泥の一粒だってついてはいない。
ナヴァリには無い気品さが前面に表れていた。かくに、こうまでも差が出るものなのか。
 遠目ながらラムザはそう観察し、次に二人の後ろにある荷台の中身を確認した。汚らしい荷台に似合わず、
中は色とりどりのちょっとした庭園ができあがっている。橙、赤、白という目が眩みそうな程の元気な色の花が
束ねられたブーケ、陽光に似た色を放つ蕾をつけた花壇など。
 芽吹きの季節ということもあってか、荷台の中の花畑は普段以上に厚い化粧を施しているようだった。

「あんたねえ、もうちょっとちゃんとした紹介の仕方が…ん?」
 ナヴァリがそこで言葉を切り、アグリアスの顔をじっと見つめた。
「なにか」
 アグリアスは若干困惑した。
「あんた…アグリアスさんかい?」
「そうだが…どうして私の名を」

64:月光 chapter2. 16/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:50:46 ESJ//S2Y0
 そこでナヴァリは驚いた表情で隣にいたカイリアに顔を向けた。カイリアも驚いた表情をナヴァリに向けている。

勢いよくナヴァリはアグリアスの手をとった。
「いやー!あんたがアグリアスさんかい!!皆と再会できてよかったねー!!」
 ぶんぶん、と効果音がつきそうな程に手を振られるアグリアスに、カイリアが口に手を当て、笑みを浮かべている。
「あの。どうしてアグリアスさんのことを…」
 ラムザが遠慮がちにナヴァリに問いかけた。その言葉でナヴァリは初めてラムザがアグリアスの横にいることに気付いたのか、
同じように彼にもアグレシッブな握手をした。
「あんたが隊長さんだね。噂はかねがね。お二方、本当に無事でよかったね!」
 呆れた顔でシュガリーがため息をついた。横に控えていたカイリアが助け船を出す。
「実はアグリアスさん。あなたのお部下さん方と昨日お会いする機会がありまして」
 そういえば昨日ラヴィアンとアリシアは村の探索に出たと話していたな。
アグリアスは酒で浸食されていた脳を洗い出しそのような話を思い出した。
「そこであまりにもお二方が浮かない顔をしていらしたので、ナヴァリが訊いたんですよ」
 カイリアの説明を引き継ぐように、ナヴァリが話し始めた。

「そうさ。そしたらポツリポツリと話を聞く事が出来てさ。不慮の事故で最愛の上司と、隊長がいなくなってしまったていうじゃないか。
その日は家の農園で採れた果物をあげて返したんだけどさ」
 そう言ってナヴァリはカラカラと笑う。
 何と親切な方か。部下二人も見習うべきだ。
アグリアスは勢いよく頭を下げた。
「品物まで頂いて、私の部下が大変世話になった。礼を言います!」
「やりすぎだって姉ちゃん…」
 商人全員が注目する中でマズラの呆れた言葉に、市場は普段以上の和やかさを取り戻したようだった。

65:月光 chapter2. 17/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:57:18 ESJ//S2Y0


「こんにちは。花を一本くださいな」
 市場が多少の賑わいを見せる中で、まるで冬が到来したかのように通行人の気配が無かったシュガリーの花屋にも
遂に春が訪れた。
「あら。マウリドじゃない」
 読んでいた本から目を離したシュガリーはその客人を見つけると喜んだように手をうった。
「早いじゃない。今日は何にするのかしら?」
「青いバラを一輪くださいな」
 笑顔でマウリドはそう告げた。袖口のないワンピースからは健康的な素肌が露わになっている。
優しげな笑顔は清楚な雰囲気を与えた。

「青いバラ…花言葉は“神の祝福”、か」
 後方で樽に座っていたアグリアスがそう呟いた。
「へぇ。詳しいんですね、アグリアスさん」
「うむ。オヴェリア様の影響だが」
 シュガリーは刺を切り、そのままマウリドに手渡した。青いバラは太陽の光に反射することなく独特の色合いを維持していた。
「ありがとう」
 嬉しそうにマウリドは花の匂いをかんでいる。
そしてバラを手にしたマウリドはアグリアスにそのバラを差し出した。

「差し上げます」
 アグリアスは目を丸くした。
「私にか?」
「アグリアスさん。祝福ですよ」
 横にいるラムザがそう茶化した。
 アグリアスは少し唸ったが、差し出された花を静かに摘み取った。
「ありがとう、マウリド」
 少女は嬉しそうに微笑んだ。
 

66:月光 chapter2. 18/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 22:56:59 ESJ//S2Y0

「ちょっと待ちなさいな。マウリド」
 帰る素振りを見せる少女にそう言を発したシュガリーは、次いで後ろを振り返った。
「マズラ。あなた、確か家の手伝いがあるんじゃなかったっけ?」
 シュガリーの突然の言葉に、マズラは面食らった。
「何を言っているんだいシュガ…」
「あるんでしょう?」
 マズラの言葉を遮ったシュガリーは悪戯小僧のような笑みを浮かべていた。それに刺激される形で、
マズラも同じような笑みを浮かべた。
「ああ、そうだった。じゃあ僕は一旦戻るよ」
 壁に積み上がった樽から降り、マズラは食べ終わった林檎の骨を辺りに投げ捨てた。ちなみに、林檎は
隣の商店で先程、カイリアが人数分購入した物である。
「あらそう。残念だわ」
 シュガリーがそう述べた。言葉と顔が合致していない。
「では僕も。この村を探索してこようと思います」
 横で同じく林檎を齧っていたラムザも、マズラの後に続く。
「それでは私も…」
 なし崩し的に進む展開に待ったをかけたのはやはり若店主、シュガリーその人だった。

「駄目よアグリアス、貴方はここに残るの」
 ポカンとするアグリアスを尻目に、シュガリーは目の前のマズラとラムザにも視線を向けた。
「マズラ、優先順位が変わったわ。ラムザにこの村を紹介してあげて。頼んだわよ」
「ああ。仰せの通りに」
仰々しい態度をとり、マズラとラムザは路地に姿を消した。

67:月光 chapter2. 19/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:04:12 ESJ//S2Y0

「ふぅ。やっとお邪魔虫がいなくなったわね」
 二人が路地へ入るのを確認してから、先程から立ちすくんでいたアグリアスとマウリドにシュガリーはそう話しかけた。
「なぜ、私をここに残した?」
「その理由を語るには、まず貴方のその堅い口調が解けなければね」
 身長も齢もまるで違う相手にここまで翻弄されてしまうものかと、どこか客観的な思いでアグリアスは事態を眺めていた。
普段なら子供相手に説教の一つでもかましているアグリアスだが、どうしてか彼女にはそうする気にはなれなかった。
 彼女は分かっているのかもしれない。自分が子供っぽく、生意気で口が悪く、やる気がないように見えている事を。
全てを知っているうえで彼女はそれを続けているのかもしれない。アグリアスが小さき店主シュガリーに若干の好感を抱いているのは、
初志貫徹とした彼女のその行動が起因になっているからかもしれない。

「わかったわ。これでいい?さあ、教えて」
 額の汗でへばりついた前髪を払いながらアグリアスはそう告げた。
「昨日言ったでしょう。積もる話がある、と。まあ焦ってはいけないわ。とりあえず水汲みをお願い」
 本日二度目の笑顔を浮かべ、シュガリーはアグリアスに向かって如雨露を突き出した。
その横ではマウリドが困ったような笑顔を浮かべている。
 やはり叱っておくべきなのかもしれない。
 日差しを一重にうけながら、アグリアスはそう熟慮した。

68:月光 chapter2. 20/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:09:08 ESJ//S2Y0

 陽炎が蝋燭のように何度も立ち揺らめく中、一戸建て集落の中で、この村の象徴ともいえる教会は異様な存在感を放っていた。
ところどころペンキがはがれた箇所は、ススのようなもので薄汚れている。
 およそ厳かで聖なる印象とはかけ離れた教会は、それでも開かれた戸口から村人を何人も招き入れている。
「大きいなあ」
 ラムザの言うとおり、教会の高さは畏国の平均以上だ。
「大きいだけさ。中は以外と狭いよ」
 マズラとラムザは開け放たれていた扉をくぐった。

 中は外面以上に簡素な造りであった。信者が崇拝する偶像、神や祈り子が描かれている
ネオステンドグラスは一切描かれていない。そもそも窓が一切取り付けられていないのだ。
 ラムザは上を見た。塔の最上まで続くだろう天井はほの暗く、より一層不気味さを煽っていた。
「村人全員はここに来たらあの壺に蝋燭を立てる。毎日、それだけのためにここを訪れる」
 広い広間の中心には、大人の顔を十人あわせたような巨大な壺が無造作に置かれている。
そこから、白く細長い蝋燭が突き出ている。
 壺の横に無造作に積まれている蝋燭の中から一本を取り出して、マズラは火をつけた。
横では村人が同じように蝋燭を灯している。
マズラは既に半分近く埋まっている壺の端に、遠慮がちに蝋燭を立てた。
「行こう。ここで話はしづらい」
 ラムザは無言で彼の言葉に頷いた。

69:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 23:13:55 yI0+UqFl0
今現在のFFDQ板で連投規制への支援は実際に効果出てるかな

70:月光 chapter2. 21/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:15:31 ESJ//S2Y0

「あれが崇拝?」
 不思議な光景を見たかのように、ラムザは開口一番、マズラにそう尋ねた。
「ああ、そうさ。田畑を耕しているように見えたかい?」
 マズラは言った。
「蝋燭を立てる事が崇拝なのか?」
「村人は必ず一日一本蝋燭を立てる。それに、偶像崇拝なんてこの村の風習にはない。
何千年も前にいた神の姿をした石像に拝んだところで何になるというのさ」
「君たちの神はファーラムじゃないのか」
「ファー…なんだって?神に名前なんてないよ。神は神さ」
 マズラの言葉にラムザは唸るばかりであった。この村の宗教は大よそイヴァリース全土に広がるグレバドス教とは
全く異なるものだった。やはり、別大陸に来てしまったのか。ラムザは考えを煮詰めることができずにいた。

「ああ。知りたいのならもう一つ。僕だけじゃなくて、村人全員がだけど。僕たちの名前は皆、洗礼名なんだよ」
「洗礼名?」
「そうさ。子の名前を実の親ではなくて、神様が名付けるんだ。僕のこのマズラという名前もシュガリーもナヴァリも、
ほかのみんなも全て教会から授かったものさ」
 その言葉の真意をラムザは汲み取ることができなかった。
「帰ろう。このままだと母さんに薪割りでも頼まれそうだ」

71:月光 chapter2. 21/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:22:14 ESJ//S2Y0


 その夜、ハミサイダル・ガッドの一角では再度宴による盛り上がりを見せた。噂を聞きつけたお調子者たちがこぞって現れたのだ。
初対面といえど、ラムザ隊も村人も物おじせず誰彼かまわず酌を勧めるものだから、ただでさえ近隣住民に迷惑をかける程の騒音を
発生させる宴にはますます拍車がかかった。

 あれから本当に薪割りを手伝わされ、更に食事の支度まで手伝わされ、頃あいを見てマズラ一家から逃げ出したラムザは
その身体を先刻ぶりに休息の地へと運んだ。
 昨夜、杯をともにあわせたオルランドゥは、村で腕の立つ老剣士ルナードなる者と会話を弾ませていた。
 親友ムスタディオは村で機械工具をいじっているマドーシャスという若者と一緒に馬鹿騒ぎをおこしている。
 どうやら個人個人は村人と相手を見つけて飲みあっているみたいだ。
 ラムザはカウンターの一角の席に座る、一人で杯を注ぐアグリアスの姿を見つけた。久方ぶりだ。
何時も飲んでいるラヴィアンとアリシアは同年代と思われるナヴァリ、カイリアと意気投合している。

「隣、よろしいですか」
「む。ラムザか」
 ラムザの姿を見て、アグリアスは若干取り乱したようにラムザは見えたが、
気にかけずに彼は、自分の席を用意した。
「村の探索はできたか?」
 そう切り出しながらアグリアスはラムザの分の杯を用意し、並々と注ぐ。
「見物なんてほんの僅かな時間ですよ。ここに帰ってからは薪割りに釜戸に火をつけ、配膳まで。
ここの夫人は意外と人使いが荒いです」
 斧は他の隊の仲間が使っているため使う機会がないと考えていただけに、掌にできた代償をラムザは真摯にうけとめた。
 杯を傾ける。
 疲れた体に染みわたる酒の成分はラムザの体の至るところに瞬時に行き渡った。
 

72:月光 chapter2. 22/24 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:31:32 ESJ//S2Y0

「アグリアスさんは何をなさっていたんですか?」
 途端にアグリアスは狼狽した。
「う…最近の若い者は、その、色々と知りすぎている」
 ラムザの質問には答えずに、赤裸々にそう語ったアグリアスは手に持った杯を一気に飲み干した。
 昨日の剣聖よろしくいい飲みっぷりだ。
口をついて出そうになったその言葉を何とか呑みこんだ。。彼女の行動の理由が非常に気になるラムザではあったが、
如何せん彼女の今の状態を見る限り、箸に当たり棒に当たりそうである。
 名残惜しいながらもラムザはそこで話を転換させることにした。

「マズラと村の教会に行ってきました」
 アグリアスの顔が一瞬で緊迫した表情へと変わる。
目で続きを促され、ラムザは話を続けた。
「教会と言ってもそれは名ばかりのものです。中は普通の家屋を広くしたばかりで、中央に壺が置いてあっただけでした」
「壺とは?」
「蝋燭を、村人一人一人が毎日、蝋燭を立てるためのものです。彼等にとっての崇拝はそれが全てです」
「聞いた事の無い崇拝の仕方だな。教団名を聞いたのか?」
「それが…教団名も神の名も、彼等にとっては無意味な行いらしいんです」
 ムスタディオのトークが終わったのか、テーブル席からどっと笑い声があがった。
アグリアスは思案するような面持ちで、空になった杯を見つめた。
「グレバドス教の影響をこの地は全くと言っていいほど受けていません。やはりここは別なのか、それとも…」

「アグリアス。部屋に行きましょう」
 ラムザの言葉はそこで遮られた。二人が振り返ると、先程のムスタディオのトークショーを眺めていたのだろうか、
笑いによるものか目じりに涙を浮かべたシュガリーが立っていた。
 アグリアスは沈思黙考していたが、やがて遠慮がちにラムザを見つめた。
「すまないラムザ。この話はまた今度にでも」
「いえ、レディーファーストです」
 彼女の元来の生真面目さをよく理解しているラムザは拙者扼腕することなく笑顔でそう返した。
アグリアスは申し訳なさそうにラムザに振り返りながらシュガリーとともに階上に上がっていった。

 ラムザは彼女の姿が見えなくなるとカウンターの上に重たい頭を乗せた。
 ひんやりとしていて気持ちいい。
彼は次の朝食時まで同じ態勢を取りつづけることとなる。

73:月光 chapter2. 23/24 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:38:20 ESJ//S2Y0

「お熱いところを申し訳なかったわね」
 部屋に着き、開口一番、シュガリーは昨日と同じように窓の外を見つめるアグリアスにそう告げた。
「構わない。シュガリーはまだ幼いから貴公は何も悪くはない」
「…口調、戻っているわよ」
 シュガリーの言葉を聞き流し、アグリアスは窓の外の景色を眺めつづけた。その顔は美しくも儚く、
月光が彼女の顔を照らし続けていなければそのまま闇に溶けてしまいそうなものだ。

 暫くの静寂が部屋を包み込んだ後、耐えきれなくなったのかシュガリーが喚きだした。
「あーはいはい。私が悪かったわよ。今日の昼ね?昼の事で怒っているんでしょう!
確かに私やマウリドはからかいすぎたかもしれないわ!あの子ったら可愛い顔して私以上に
突っ込んでくるから…でも事実でしょうに!貴方がラムザのことを異性の対象として見つめているなんて初対面でわかったことよ!」
 恐らく昼から抱え込んでいた罪悪感に蝕まれた胸中の内を罵声とともに放出したシュガリーは、
免罪符を発行して安心したのか、ベッドに倒れこんだ。

「あら。私は怒ってなんかいないわ。それにお相子よ。あなたもマズラのことが好きなんでしょう?」
「なっ!!」
 心底驚いたのか、反射的にシュガリーは羽毛枕から起き上がりアグリアスを見つめた。
アグリアスは先刻とは真逆の、好奇心、そして悪戯心に満ち溢れていた表情をしている。

74:月光 chapter2. 24/24 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:42:59 ESJ//S2Y0

「どうしてそんな…」
「あら。私も初対面でわかったわよ」
 悪びれもなくアグリアスはさらりとそう告げた。シュガリーは咄嗟に言葉を詰まらせる。否定をしないことが
肯定の意味合いを醸し出していた。窓から身を離したアグリアスは三つ編みを自ら解きながらこう言った。
「積もる話があると言っていたわね。実は私もなの。今日は色々と話し合いましょう。
マズラの事について、ね」
「な、な、…」
 口をパクパクと開き、シュガリーはベッドに近寄るアグリアスから逃げることもできずにその場にすくんだ。
普段は強気で斜に構えている彼女は今、生真面目で純粋な彼女に見事に料理されようとしていた。
 アグリアスは思った。
彼女はやはり私に似ている。どんなに生意気でも、純粋な部分は見事に私と合致しているのだ。

 その後、夜通しかけて行われた彼女たちの会合を見聞していたのは、空にぽっかりと
穴が空いたように浮かぶ満月だけだった。
 彼はいつもそこに居続けた。
 そこが彼の特等席なのだ。そこから村を見下ろせる。
 村の全てを。
 だから彼は席を構えその夜も、明くる夜も、その明くる夜も…

75: ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:43:48 ESJ//S2Y0
第二章終了 gdgd長々と失礼しました

76:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 23:57:40 cni/t7g80
乙です!! ムッハー

77:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 01:44:08 zYg71W5S0
乙カレー
後で感想などまとめて言うとしよう
今は完走を祈るのみ

78:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 06:44:04 bJmJwHhb0
ミッドガルハダサイ

79:カミガタ  1/2 @残月 ◆7J/IbzSWxU
10/07/21 16:34:26 uzqnQpRJ0
スレ開始早々からSS豊作とはwwww
前スレの最後の方でちょいと話題になったアグリアスの髪。
その話題で頭に浮かんだ駄SS投下する。



――――――――――――――――

 髪を切ろう。
そう思ったのは今朝の事だった。
いつものように早朝の日課である鍛錬を終た後、水浴びに行く途中で暑い風が吹いてきたのだ。

じわっと汗が噴き出る。
雨季から乾季に変わる時の季節風だ。
たまに夏と思わせるような風が吹いてくる。

頭が暑い。
風で噴き出た汗に加え、鍛錬で掻いた汗で首周りがべとつく。
いっその事切ってしまおうか。
うん。そうだ。そうしよう。
髪は女にとって特別だと言うが、私はそうは思わない。
別段綺麗な髪でもないし、今さら乙女のように容姿に気を掛ける必要もない。
この道を選んだ時から女としての道は捨てて来たのだから。
そう。だから別に髪を長くしている理由もないのだ。



「実はラムザ。髪を切ろうと思うんだが―」
「えっ!!」
驚愕の表情と共に椅子を蹴って立ち上がるラムザ。
「ぼぼぼぼ、僕何か悪い事しましたか!?それともFaith95!??」
「Faith? 何を言ってるんだ??」
「ま、ままま、待ってて下さい。今、信疑仰祷を―って算術も陰陽術も付けてない!??」
信疑仰祷?算術??
なぜプライベートな話から戦術論へ???
「そ、そうだ。解法すれば」
「…良く判らんが、落ち付けラムザ」
「いい、いいですかアグリアスさん。い、居ない居ない居ないんです。家畜にかm――」
「熱き正義の燃えたぎる! 赤き血潮の拳がうなる! 連続拳!」
「グワバッ!!」

80:カミガタ  2/3 @残月 ◆7J/IbzSWxU
10/07/21 16:42:11 uzqnQpRJ0

―――。

「落ち着いたか?」
「は、はぃ…。 お手数お掛け致しました」
「何をそんなに慌ててたんだ?」
「僕たちと旅をするのが嫌になって修道院にはいるのかと…」
「早合点したわけだな?」
「はい…すみません。 でも、何で髪を?」
「長くなって来たからな。そろそろ切ろうと思ったんだ」
「…切っちゃうんですか?」
「うむ。戦いに髪の長さは関係ないからな。寧ろ動きやすくなるやもしれん」
「…」

会心のギャグを決めた積りだが、ラムザは無言か…。
ラヴィアンの言うスキンシップは難しいな。

「コホン。 そ、それに、直に乾季がやってくる。そうなれば涼しさを求めるのは当然だろ?」
「…」
「でだ。ラムザはどんな髪型が良いのかと………どうしたラムザ?」
「いえ、アグリアスさんがそれで良いのなら良いんですけど…」
「ふむ?」
「僕は髪が長いアグリアスさんの方が好きだなぁって」
「!」
「それに、髪解いた時、月明かりに照らされて…髪がキラキラ光ってて。 まるで教会の女神画のようでした!」

ラムザは子供のような満面の笑みでサラッと言ってのける。
め、女神?私を???女としての自分は捨てて来たのと言うのにそんなな私を女神と言うのかか?
せ、せせせ世辞だ。そうだ世辞に決ってるラムザは優しい人間だからなこんな女にも気を使ってくれているのだろうというか落ち付け!無駄に心拍数をあげるんじゃない!!!!
ま、まま、落ち付け落ち付けどんな時も冷静に対処すれば百戦危うからずさぁ落ち付け落ちち付け落ち付けけけ――

「っと、すいません。勝手なこと言って。アグリアスさんの思うようにしてください。髪が短くなったら短くなったで、違うアグリアスさんが見れて僕は嬉しいですし」
「そ、そそそ、そうか。――ん?」
「おい、ラムザ」
「はい?」
「さっき髪を解いた時って言ったな?」
「えぇ。今でも思い出せます。綺麗な満月の晩、女神さまになったような―」
「あのな、ラムザ」
「はい」
「私は普段三つ編みを解かない。解くのは寝る時と沐浴中だ」
「あ――」
「さて…覚悟は良いな?」




81:カミガタ  3/3 @残月 ◆7J/IbzSWxU
10/07/21 16:44:40 uzqnQpRJ0
サァっと風が髪を薙いでいく。
髪を短く切るのは止める事にした。
まだこんな私を女と見てくれる人のために暫くはこの髪型でいようと思う。
長くなった分をラヴィアンに短くしてもらっただけ。
予定では髪バッサリ短くする予定だったから逆に暇になってしまった。
さて、今日は何を――

「お、今日もアグ姐ぇはエビフライだね。うははははっ」

             ―よし。今日の仕事はムスタディオの墓造りだな。



今日は日射しも暑い。

夏の到来を知らせる風が悲鳴と酸鼻をさらっていった。
                                               おしまい

82:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 19:32:54 G3Nwu2QO0
乙です
やはりアグリアス様には長い髪がにあいます

83:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 19:40:57 Q8Cn2jN0O
御二方乙!
シュガリーとアグリアスかあいいよ

84:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 21:43:39 MHOWpPnG0
URLリンク(aug.2chan.net)

85:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 08:25:52 IBwAduDnP
いやはや、今回はSSのオンパレードでたまりませんなぁ
職人様全てに改めてGJ!!!!

86:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 12:35:39 LTWECzFt0
 ゙"  "''"  "゙"  ゙"/::ヽ_______ ヾ"
 ゙" ゙"  "  ゙"'' ゙" |ヽ/::     .       ヾ''"
゙"  ゙'"  "゙"   ゙" .|:: |::   .          | ゙ "  
  ゙" ゙  ゙"  ゙"''  |:: l::          .   |
 ゙"  ゙"   "゙" ゙"|: :|::     む   .   |  ''゙"
゙"  ゙"  ゙""'"Wv,_|:: l_: .      .     |、wW"゙"
゙" ゙"''"  ".wWWlヽ::'ヽ|:::::_::______ _:.|::\W/ ゙"゙''"
"'' ゙"''"゙"  V/Wヽ`――――――lV/W  "'
゙""'  ゙"''"  "゙"WW''―――――wwww'  ゙"゙''"
            『流行らなかったAA ここに眠る』

87:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 17:12:56 qnWCE2mj0
ラムザ「うっうわああああああああああああああ!」

アグ「どうしたラムザ!? そのように一人で叫びながら転がり込んでくるなど尋常の沙汰ではないぞ!」

ラムザ「こっこれを……」

アグ「なんだというのだ……って、うわああああああああああああああ!」

URLリンク(www.square-enix.co.jp)


88:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 17:43:59 LTWECzFt0
やったことないど、フトモモがエロイ良いゲームそうだな

89:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 21:24:00 jdXVeB4u0
出張してると思ったのは俺だけ?

90:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 21:43:30 scpJW/bj0
誰がさ?

91:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 22:55:25 gJyiO49x0
ついつい手を出し損ねてきた身にとっては、いまさらオウガ出されてもね…っていうかw

92:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 23:19:18 /IIwpUzc0
URLリンク(www.famitsu.com)

93:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 00:17:16 7C7ODUVu0
イイ太ももと腰じゃねぇか

誰チャン?

94:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 00:37:51 drefTs600
違うよ、アグリアスさん! 僕はアグリアスさんを愛している!
愛している人にいなくなって欲しいわけないッ!!

95:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 00:53:37 wE9bayHL0
アグ「ようし、このアホ毛は私にくれてやるッ、私が好きにしていいぞッ」
ラム「ちょ、アグリアスさん、話が無茶苦茶!?」

96:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 11:05:26 LzcsBl6+0
アリ「最終的にはラムザ隊長に好きにされてるんですけどね」

97:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 11:44:20 Oh2JSB5R0
アグ「ぬぬう…住民虐殺などできるか!このレオナールという男、騎士の風上にも置けんッ」

~翌日~

ラム「はまってますね~クマができてますよ」
アグ「おおラムザ、早速第一章の終わりで盛り上がる展開があってなー」
ラム「ははあなるほど。あそこ、僕は虐殺しましたねえ」
アグ「なっ!?お、おおおまえ見損なったぞ…グスッ、ヒック、うえ~ん」ドスドスドス(走り去る音

ラム「え、ちょっ、これゲーム…アグリアスさーん!戻ってー!」

98:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 14:39:48 LzcsBl6+0
ラム「そうじゃないと…」
ムス「例のシーンが見れないもんな」
ラム(ニヤリ)

99:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 20:55:18 dOybZ8au0
大丈夫
アグリアスさんは虐殺は無理でも悩殺ができる!

100:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 20:59:41 wE9bayHL0
悩みぬいた末に殺しちゃうのかw

101: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 21:56:06 HwtLUTEcP
短めのSSを投下します。タイトルはドラえもんをリスペクトしています。

102: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 21:59:19 HwtLUTEcP
~ラムザさんのエッチ!~ 1/3

「ラ、ラムザ、まだ昼のさなかだぞ」
「時間なんて関係ありません。僕はアグリアスさんが欲しいんです」
「し、しかし野外でこのようなことを」
「僕が嫌いなんですか?」
「そんなことは無い!断じて無い。しかし、皆も見ているというのに…」
「それがどうしたっていうんですか?」

ある日を境に、ラムザは変わってしまった。女の身体を知ってから。
正確に言うと、初めてアグリアスと結ばれた、その日にだ。

103: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 22:00:19 HwtLUTEcP
~ラムザさんのエッチ!~ 2/3

ラムザ・ベオルブとアグリアス・オークスは、神ならぬ人の前で婚姻の誓いを交わした。
異端者の身では大々的に式を挙げる事など出来るはずも無い。
おままごとのような結婚式だが、隊の皆は祝福してくれた。
そしてその夜、宿屋の2階で二人は契りを交わすのだが…。

それからというもの、ラムザは事あるごとにアグリアスを求めるようになった。
最初はたしなめていたアグリアスだが、惚れた弱みと言うやつか。
熱に浮かされたように自分を慕うラムザを突き放せず、皆の目を盗んで逢瀬を重ねた。
幾度と無く肌をあわせてもラムザの熱は治まらず、やがてはその熱がアグリアスにも飛び火した。
その結果が今の惨状である。除名という最終手段までちらつかせて我を通すラムザに
意見できるものは誰もいない。オルランドゥ伯ですら、だ。

オルランドゥ伯はため息を付き、ムスタディオはうらやましそうに眺め、
ラッドは前かがみになり、クラウドは興味が無いといった風情だ。
アリシアは頬を染め、ラヴィアンは興味津々。メリアドールは嫌悪を表し、
ラファは嫌なことを思い出したような顔をする。そんな妹を守るよう肩に手を回すマラーク。

反応は様々だが、次に取る動作は一致している。皆無言のままその場を離れるのだ。
二人の痴態を覗き見するものは誰もいない。紳士淑女の集まりである。
ベイオウーフとレーゼの姿が見えないが、きっと遠くで見張りをしているのだろう。
ボコと鉄巨人、正体不明の生物であるビブロスだけがその場に残っている。

104: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 22:03:12 HwtLUTEcP
~ラムザさんのエッチ!~ 3/3

色魔に侵されたラムザだが、それ以外はいつもの通りである。
仲間への気遣いと優しさを忘れず、戦闘時はリーダーとして的確な指示を取る。
だから誰も離反できない。ラムザへの信頼が根底にあり、それが見えない鎖となって
心を縛っているのである。

そんなある日、事件は起きた。

マインドブラストにより、ラムザの脳みそが変色してしまったのである。
これ以上おかしくなっては一大事と心配する皆を他所に、ラムザは冷静に敵を屠って戦闘を完了させた。
しかし、マインドブラストの毒は、確実にラムザの脳を蝕んでいたのである。

その日を境に、ラムザは変わってしまった。
今までどおりアグリアスを求めるものの、その回数はめっきり減った。
町について宿に止まった時、しかも夜だけである。アグリアスと同じベッドにいながら
指一本触れずに寝付いてしまうことも珍しくない。

こうなるとたまらないのはアグリアスである。持ち前の精神力で不純な考えを振り払うも、
身体の芯にやどる火は消えてくれない。いきおい、アグリアスの方から誘いをかけることになる。

「大事な話ってこういうことだったんですか」
「し、仕方ないだろう。このところ野営が続いて、同衾することも無いのだから」
「テントは男性用と女性用しかありませんからね。町まで我慢できないんですか?」
「それが出来れば呼び出したりするものか……これ以上恥をかかせるな」

そんな中、他のメンバーは会議を開いていた。軍議ではなく、会議。
議題は、どうしたらアグリアスをもとのお堅い騎士に戻せるか、である。
ラムザと同じ方法を用いるのが最良策だが、必ずしもマインドフレアに出会えるとは限らない。
仮に出くわしたとして、そうそう都合よくマインドブラストを放ってくれるかどうか。
ピスコディーモンを仲間に加えて養殖するという案が出たが、問題が一つ。
パーティーメンバーに空きがない。

「いっそ誰か除名するか」

誰とも無くつぶやいた一言。小さな石がパーティー内に大きな波紋を起こすことになるのだが、
それはまた別のお話。

105: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 22:04:47 HwtLUTEcP
~ラムザさんのエッチ!~ ~ FIN ~
(↑書き忘れた…)

なーんか熱くてだるいと思ったら、熱が38度もありました。
こういうときに限って妄想が浮かぶのは何故だろう。
別のお話については、また熱が出たときにやるかもです。

106:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 23:17:36 qVZnCJVP0
乙です!
アグリアスさん…そんなあなたが大好きです

107:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/24 01:05:19 xk1g0gHN0
>>105
乙です!
では、こちらも。第三章はじまり

108:月光 chapter3. 1/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:08:51 xk1g0gHN0
「今日は特に暑いわね」

 時刻は昼時を過ぎた頃、市場が開かれている広場は今日一番の賑わいを見せていた。
 そんな中で文字通り日蔭者となっているシュガリーとアグリアスは市場を退屈そうに見つめている。

 いつの間にか一つ増えた日傘にすっぽりと収まっているアグリアスが額の汗を拭った。
「今はもう春か?それとも夏?」
「そんなの私が知った事じゃないわよ。そもそもこの村にそんな概念は無いしね」
 手で生温かい風をおくりながらうんざりとした顔でシュガリーはそう告げた。蒸し風呂状態となっているアグリアスの身体からは
遠目越しに見ても湯気が沸いているのが確認できた。
「鎧ぬがないの?死ぬわよ」
「…」
 どこか遠い眼でアグリアスは、向こうの世界たる市場の中心を見つめている。返答がないアグリアスを見かねたのか、
シュガリーは手にした如雨露でアグリアス目がけて水を投げかけた。打ち水がわりだ。
「あぐぅ!騎士たるもの不埒な…」
「あー、はいはい」
 シュガリーは説法めいたアグリアスの言葉を受け流した。このやりとりももはや指では数え切れないほど行われたのだ。

 ラムザ達がこの村を訪れてから何日、いや何カ月が経過したのか。もはや本人たちも村人も知りようはない。
だが宿屋では相も変わらず毎晩のように宴が催されていた。最近の隊のメンバーは村の中で気の合う者同士で飲みあうようになり、
誰彼かまわず騒いでいた当初の宴の姿勢は、時を経るにつれて微細な変化を見せていた。ある朝、既に日課となりつつある朝食を
摂りに階下へ降りたら、居間でまだ語らいを続けていた者がいたほどだ。アグリアスは隊の者どもをひっ捕らえると、すぐに拳骨をお見舞いした。
隊長、痛いですよー、
と酒臭い飲兵衛が泣きついてきたが、アグリアスは素知らぬ顔をして二人を部屋に帰したのだった。

109:月光 chapter3. 2/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:14:57 xk1g0gHN0

「ラムザとはあれからうまくいっているの?」
 シュガリーの言う、あれからとは、いつかシュガリーとマウリドがアグリアスに対し恋の指南を行った時のことである。
アグリアスは急いで首を横に振った。顔に付着していた水が飛沫となりシュガリーに容赦なく襲いかかった。

「それは駄目よ。そうね、今晩デートにでもお誘いなさいな」
「で、デート!」
 聞きなれぬ言葉を耳にしたせいか、勢いよくアグリアスが立ちあがった。
 アグリアスもシュガリーに対してマズラというアドバンテージを有しており、シュガリーの言葉に応酬することは十分に可能なのだが、
目の前の言葉に翻弄され上手くそのカードを切る事が出来ない。

「教会のてっぺんに登って夜景をプレゼントするの。入口の裏手に確か錆びた階段があったはずよ。私は怖くて上ってないけど」
 笑顔でシュガリーは告げた。
「だ、だが…」
「…今のままでいいのかしらね。ラムザの周りには魅力的な女性が多いわよねえ」
 アグリアスの脳裏に、小憎たらしい笑顔を浮かべる神殿騎士と、女から見ても可愛げのある天動士の微笑む姿が浮かんでは消えた。
「…その代わり、あなたが誘ったんなら、私も誘うわよ…」
 呟かれた言葉に、アグリアスは驚いてシュガリーを見た。
シュガリーは顔を熟れトマトのように赤くして俯いている。暑さのせいではないだろう。

110:月光 chapter3. 3/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:20:58 xk1g0gHN0
 
 そんなシュガリーの姿を見て、アグリアスが思わず頷いてしまおうかと思案する前に、
いつもの通り気前の良い客が訪れた。
「こんにちは」
「あ、あら。いらっしゃいマウリド。さあさあ」
 照れ隠しからか、シュガリーは急いで横から椅子を引っ張り出して彼女に勧めた。
マウリドはそんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、ニコニコと太陽にも負けない輝かしい笑顔をふりまいている。
そんなシュガリーの横で、アグリアスは静かに微笑んだ。

 その時、
ふと傘の切れ間から見えた“何か”に、彼女は思わず日傘の中から飛び出した。
「どうしたのよ。ムスタディオが裸踊りでも始めたの?」
 シュガリーは目を合わせることなく、目の前の庭園を慈雨で潤わせながら大した期待を込めずに尋ねた。

「雲が…」
「え?」
「雲が、出ている」
 アグリアスの眼前には、果てが見えない程の真っ青な大海原が広がっていた。その中心には、
煌びやかな光を放った巨大なクラーケンが居座り、灼熱を振りまいている。そんな状況下で、まるで命知らずともとれる、
小振りの白いボートがふらふらと、しかし確実に怪物に近づいていくではないか。
「雲ぐらいどうもしないわよ」
 期待して損をした、そう言外にこめながらシュガリーは頭を後ろの樽の山に乗せた。
アグリアスは未だに空を眺めつづけている。
「そういえば、最近は雲ひとつない快晴ばかりの天気でしたよね?」
 マウリドの言葉に、アグリアスは神妙に頷いた。アグリアスの記憶が正しければ、この村に来てからまだ一度も
快晴以外の天候になっていない。
 昼夜ともに雲一つ出ず、昼は太陽が、夜は満月が支配する世界。
そんな光景に慣れかかっていただけに、形は小さいながらも確かに存在する雲に、アグリアスは静かに体を震わせた。
 まるで酒の酔いが体全体に回るかのように、アグリアスの体を急速に“現実”という何かが駆け巡って行った。
 

111:月光 chapter3. 4/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:26:40 xk1g0gHN0


「今日はこの村に伝わる文字を教えてしんぜよう!」
 宿屋から比較的近い、開けた農地の上にラムザ、マズラ、ムスタディオ、ラッドそしてマドーシャスは立っていた。
「どうでもいいが、どうして俺がいるんだ」
 ポリポリと頬をかきながらムスタディオはラムザに訊ねた。
「ムスタ、暇じゃないか」
「お前な…そうだけどさ。」
 その言葉にムスタディオはがっくりと肩を下ろした。二日酔いの抜けきらない体は本人の思っている以上によく弾んだ。
「まあまあいいじゃねえか。二人よりは三人、三人よりは四人さ」
 ムスタディオの隣にいたマドーシャスという青年が両手を叩きながら明朗快活にそう述べた。
このマドーシャスという男、機構に精通しているという点でムスタディオと気があった。容姿はまるでムスタディオの兄貴分と言った具合で、
精悍そうな顔つきのマドーシャスと、紙風船のような顔とよく評されているムスタディオとの間には決定的な差がある。
「話がわかるね、流石はマドーだ」
 笑顔でマズラはそう感想を述べた。親から無理やり着させられた白の木綿服を窮屈そうに身にまとっている。
「どうでもいいが日蔭とかないのか?この陽じゃ、土と心中しそうだ」
 額の汗をぬぐいながら、ラッドはそう告げた。
するとラッドの言葉に呼応したかのように、ラムザ達の視界が瞬間、薄暗くなった。

112:月光 chapter3. 5/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:36:19 xk1g0gHN0

「おー、日陰になったねえ」
 頭上を通る分厚い雲の層は一過性に過ぎなかったが、横を見上げると次々と雲の艦隊が陽に押しよせている。
地上の気温もいくらか落ち着きを取り戻すに違いなかった。

 ラムザは暫くの間雲を見上げたままでいた。何故か、酷く懐かしい感を覚えたのだ。
「おほん。それでは、これよりマズラ講師による言語講座を始める。こら、そこ。ラムザ君。先生の顔は空にはないぞ」
 手に持った木の棒を振り上げながらマズラは熱弁をふるい始めた。

 ハミサイダル・ガッドで用いられている文字は、違いはあれど、畏国文字とは根本的な部分で合致していたため、
ラムザたちは比較的簡単に文字を描写し始めることができた。
「このように…そう。僕の名前はこうなる」
書き方は違えど、文字としての全体像は相似している。頭の中でミミズが這うような文字を思い浮かべながら、覚えたてのラムザは、
見よう見まねで自分の名前を地面に刻んだ。書き終えて周りを見ると、他の二人はマドーの指導の元、地面と激しい睨みあいをしていた。

「そろそろ上がろう。このままだと日射病でどうにかなってしまいそうだ」
 不意にマドーシャスがそう提案した。田んぼの地面に一心不乱に文字を書き連ねている光景は傍から見たらとても奇妙だ。
全員は久方ぶりにお互いの顔を見やり、初めて相手と自分が汗だくであることに気付いた。
「確かにそうだ。ああ、近くに大木があるんだ。そこで日陰ぼっこをしようや。ああ、宿からキンキンに冷えたミルクを持ってこよう」
 発起人であるマズラが夢見心地の表情でそう述べ、本日の講義は終了した。

113:月光 chapter3. 6/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:49:19 xk1g0gHN0


 市場にはアグリアスとマウリドがぽつんと取り残されていた。
店主たるシュガリーは現在、教会への礼拝及び自由時間のため外出中だ。他の者に店を任せることなど普通ならば考えもつかないが、
“どうせ誰も来ないし”という言葉一つで三者は三様に納得した。
事実、アグリアスはシュガリーと出会ってからずっと重きをこの店に置いているが、マウリド以外の訪客を見かけた事が無かった。
店主がこのような有りさまなのだ。本人と顔見知りでなければ、よほどこの店に足を運ぶ事はないだろう。
 そして、今も珍客は訪れない。

「暇ですね」
 マウリドの言葉にアグリアスは苦笑しながらも頷いた。すぐに沈黙が店を包み込む。
 アグリアスはこのマウリドという少女があまり得意ではなかった。笑顔を絶やさずにいるが、その実、
何を考えているのかてんで知れないのである。

「アグリアスさんのいた所は、ここと同じ平穏な場所なんですか?」
 アグリアスは首を横にふった。
そして、畏国内には領地を統べる貴族の王が存在し、市民とは絶対的な差が存在している状況を説明した。
「へえ。そうなんですか。住みにくい世界なんですねえ」
 大よそ他人事のようにマウリドは大げさに驚嘆した。仕方がない、とアグリアスは思った。

 マウリドの笑顔はそこでほんの少し、狂気に歪んだ。
「アグリアスさんはそんな世界を変えようとは思わないんですか?」
 アグリアスはその質問の内容に少々面食らった。
「暴虐の限りを尽くす貴族の大部分は既に戦争によって死に絶えてしまったんだ。
そんな貴族を扇動し切り捨てた、戦争を蜂起させた奴等がどこかに存在する。私たちはそんな敵を追っている。
詳しくは言えないが、世界を恐怖と混沌に変革しようとする奴等だ」
 アグリアスはこれまでの旅路を振り返った。
ドラクロワ枢機卿に始まり、バリンテン大公、ゴルターナ公そしてラーグ公までもが自らの私利私欲のために聖石、争いを欲し、結果死を遂げた。
今、畏国は荒廃している。その機に乗じて教会が畏国全土を、いや全世界を支配しようと画策している。
 打ち砕かなければいけない。奴等の思い通りにしてはいけないのだ。

 しかし、私たちはこのようなところで一体…


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