10/07/20 20:16:54 ESJ//S2Y0
「ようこそ。『ハミサイダル・ガッド』へ」
ラムザでもアグリアスでもない、凛とした声が辺りに響いた。
二人は突然聞こえた第三者の声に驚きながらも、
解きかけていた緊張感をすぐに張り巡らせた。
「ラムザ…靄が晴れていくぞ」
あれほど周りを覆い隠していた靄が、先程の声を皮切りに波を引いたように一様に消えていく。
建物、田畑、そして城壁が、次々と二人の周りに姿を現した。
人の気配だ。ラムザは身構えた。
すると、看板の右横、つまりラムザ達から見て左横に、微笑を浮かべた少年が二人を見つめていた。
少年はラムザと同じ栗毛の短髪で、前髪をおかっぱのように揃えている。背丈はアグリアスの肩幅にやや届かない辺り。
年頃の男子の背丈を考えれば、十分に長身と成りえる資格を備えていると言える。
「ようこそ。『ハミサイダル・ガッド』へ」
先程の張り上げたような口調ではなく、優しげな口調で少年は再びそう告げた。
「ハミサイダル・ガッド。それが、この村の名か?…」
異国の言葉を口にするように、ラムザは怪訝な面持で呟いた。
「うん。僕たちの言葉で“目に見えぬ幸せ”という意味さ」
実に嬉しそうに少年は答えた。
「皆が待ッてるよ。僕に付いてきて!」
二人の返事を聞く前に、少年は踵を返し村の中心部へと走っていく。
「あ!待て!」
ラムザはそう声をあげると、半ば呆然としているアグリアスの手を掴み少年の後を追いかけた。
51:月光 chapter2. 3/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:22:19 ESJ//S2Y0
「僕の名はラムザ。隣がアグリアスさんだ」
先程から歩くほどの速度に戻った少年へ、ラムザはそう伝えた。
「僕はマズラ。この村唯一の宿屋の一人息子さ」
ラムザの肩越しに嬉しそうなマズラの声が響く。彼はとても嬉しそうにステップを踏みながら村を練り歩いている。
「貴君に訊ねたい。この村に、私たちより前に数人の旅の者が訪れなかっただろうか?」
マズラは横から投げかけられた彼女の言葉に目を丸くした。
そして物珍しそうな目でアグリアスを見つめ、瞬間、マズラは悪戯っ子のようにニッと笑って次のように答えた。
「お姉さん、お堅いなあ。そんなに生真面目だとせっかくの美貌を生かしきれないよ?」
思いもしなかった返答にアグリアスは一瞬歩みをとめたが、次の瞬間、
耳まで真っ赤にしながらラムザ越しにいるマズラに向かって怒号を浴びせた。
「き、貴様!大きなお世話だ!!自分の身ぐらい自分で心配する!!それに、私だって、私だって…!!」
怒りに身を任せ彼女は柄に手をかけした。大慌てでラムザがアグリアスの前に両手を広げ、その動きを制する。
「落ち着いてくださいアグリアスさん!相手はまだほんの子供です」
猫のように口から一定のリズムで息を洩らし、アグリアスは少年に威嚇をした。困ったような笑みを浮かべていたラムザは、
しかし後方のマズラを横目で睨んだ。彼からの攻撃を同じく横目で流したマズラは、二人の前に一歩出て振り返った。
その顔は喜びに満ちている。
52:月光 chapter2. 4/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:29:25 ESJ//S2Y0
「素直になりなよお姉さん。なに、簡単なことだよ。心を開け渡せばいいのさ」
「心を、開け渡す…?」
聞きなれないマズラの言葉に、抵抗を止めたアグリアスが眉を潜めた。
「そう、開け渡す。欲望を曝け出す。うーん、言い方が悪いや。
つまり、他人に心を渡して有りのままの自分を見てもらうのさ。
ここにいる皆はそれができるよ。ああ、でも花屋のシュガリーはまだだけど」
マズラは跳ねるように二人の前に出た。
「さあ、着いたよ。“お連れさん”がお待ちさ」
マズラの指さす方向には、赤い屋根に白いレンガという平凡陳腐な造りの群落の中で黒い屋根にクリーム色のレンガ造りという、
周りとは一線を画した建物がちょこんと建っていた。
ただ、クリーム色で塗られた壁のペンキは年月の所為かところどころはがれかけており、建物全体の印象は薄暗い。
「“お連れさん”…まさか!」
マズラの言葉に真っ先に反応したアグリアスが宿に向かって走りだした。今度は慌ててラムザがその後を追った。
宿までは数秒もかからなかった。
扉の前に到達すると無礼も承知で、アグリアスは宿の扉を強引に勢いよく開けた。
宿屋の一階は大広間となっていて、宿の入り口と居間が併設した造りとなっていた。
そんな居間に、神妙な面持ちで議論を行っていた騎士の姿が二人。
扉の音に驚き目を丸くしているオルランドゥ伯とベイオウーフ、二人が隊で最も信頼を置く人物たちであった。
53:月光 chapter2. 5/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:34:07 ESJ//S2Y0
「伯!それにベイオウーフ殿も!」
自分でも驚くほどの声量で叫んだアグリアスの声を聞きつけ、階上から続々と見知った顔が姿を現した。
「アグリアスさん!それにラムザも!!」
一人が歓喜を含んだ大声でそう言ったのが二人の運のツキか。続々と仲間が階下に押し寄せる中で、
二人はまるで雪崩のように押し寄せる仲間たちから祝福を受けた。握手、抱擁、終いには胴上げまで。
激しい揺れに気分の悪化を訴えた二人がテーブルを支えに体を崩していると、二人の後ろから、
頭の中で残響しそうな程のマズラの笑い声が二人に届いた。
「それで…私たち以外の者たちは皆無事なのか?」
口を開けることすらできないラムザに変わり、幾分か具合を戻したアグリアスがオルランドゥに訊ねた。
彼女の片腕の中にはやんちゃなマズラ坊がもがいている。
54:月光 chapter2. 6/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:41:58 ESJ//S2Y0
「うむ。皆無事だ。君たちが揃えば隊は全員揃った事になる。行幸、行幸。」
オルランドゥが満足そうに頷いた。
「怪我は無さそうだな」
「はい。不幸中の幸いでした」
アグリアスの言葉に思うところがあったのか、オルランドゥが深く頷いた。
「不思議な事に、我々の中にも怪我ひとつ負った者はいないのだよ。最初は皆、草原に投げ出されていてな。
君たちだけがいないことに気付いたのだよ」
「どうやら馬車とボコも行方不明になったみたいで」
ポーキーもいなくなったことを言外に匂わせながら、ムスタディオは悲痛な面持ちでそう割り込んだ。
「ラムザもアグリアスさんもいなくなるし。一時はどうなることかと」
「この人たちもあんた達と同じようなものさ。ふらふらとこの村にやってきたんだ。
まあ、そんなことよりこの態勢をどうにかしておくれよ」
足をぶらつかせながら、マズラはそう訴えた。アグリアスはそうか、とマズラの言葉に頷いた。
無論、訴えは却下された。
「…皆さんは何時頃ここに到着したんですか?」
アグリアスの横で、ようやく立ち上がったラムザが周りに尋ねる。顔色は心なしか青い。
「…二日前、いや昨日の今頃だった気がするな」
ベイオウーフが思案するように答えた。
会話はそこで一旦途切れ、駘蕩とした村の様子に感化されたのか居間は暫しの休息を求めた。
55:月光 chapter2. 7/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:50:09 ESJ//S2Y0
「只今、戻りましたー」
二人にとって、聞きなれた声が扉から響いた。
村の探索から戻ったラヴィアンは、入口前で集まっている仲間に驚いたぎょっとした。入口付近にいたラムザとアグリアスを
囲むようにして仲間が扉の前に溢れていたのだ。
「一体なんの集まりで……アグリアス様」
仲間をかき分けてラヴィアンはテーブル前に辿り着いた。
ラヴィアンとアグリアスの視線が合う。
よく人の酒癖を注意し、夕食に出る人参を残そうとすると怒鳴り、そのくせ本人は出されたゴブリンのしっぽをこっそりと残そうとし、
更には朝には弱く、他人を叱りつけるくせに自分には一切無頓着で、何事にも不器用で、そのくせ努力は人一倍で、
戦場では驚くほど冷静で、首尾一貫で正々堂々としていて、とどのつまり、心底から尊敬する上司が、そこにはいた。
手に抱えていたバスケットが落ちる。
後ろで人垣をかき分けていたアリシアもアグリアスの姿を見てはっと息を呑んだ。
「アグリアス様!!…とラムザ隊長!」
横でラムザが苦笑した。
知ってか知らずか、二人はアグリアスの元へ駆けていった。
56:月光 chapter2. 9/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 20:55:53 ESJ//S2Y0
「いやー。隊長、もとい、アグリアス様と再会できて本当によかったですよー!」
「ラヴィアン、飲みすぎだぞ。お前は昔から酒癖が悪い」
「気難しい顔しちゃってー。このこのー、嬉しいくせに」
「こら、アリシア!絡むな、酒くさい!」
満月が夜空に浮かぶ中、ハミサイダル・ガッドで唯一の宿屋の居間では盛大な祝宴が開かれていた。
静まりかえった村の中で、まるで村の活気を根こそぎ奪っているかのようだ。酒の席で隊の吟遊詩人がそう呟いた。
豪勢に振る舞われる酒と食事を思う存分満喫しながら、ラムザ隊は馬鹿騒ぎを続けていた。
57:月光 chapter2. 9/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:01:43 ESJ//S2Y0
「いやー、あのときは駄目かと思いましたよねー」
「へー。そんなに危険だったの」
「そうよそうよー。昨日飲み過ぎたからあんたがおかしくなったかと思ったわよ」
「何言ってるのよラヴィアン!あたしは飲兵衛よ!」
「へー。そうなの。確かに酒豪という感じはするわね」
「…アリシア。この女の子は誰だ?」
「あー、それはーですねー、…誰でしたっけ?えへへー」
「飲兵衛さんはダメダメのようね。今日の昼間に挨拶をしたばかりだというのに。
いいわ、自己紹介させてもらうから。私の名はシュガリーよ」
居間に取り付けられているカウンターでいつの間にか横で当然のように飲んでいる少女は、
アグリアスに手を伸ばした。
少女は丁度、少年マズラと齢同じ程の容姿であった。腰にまで届きそうなクリーム色の髪、背は年相応といったところであろうか。
少年マズラよろしく、彼女もあまり着飾ることはせず、白を基調とした木綿服を着用している。
少女の手を拒む理由もなく、アグリアスは差し出された手を握った。ガラスのように透き通った手。
マメが幾重にも連なっている自分の手とは大違いだ。アグリアスは内心でそう独りごちた。
「アグリアスだ。その隣の、テーブルに突っ伏しているのがアリシア、酒樽をまるごと担いで来そうな眼をしているのがラヴィアンだ」
「よろしく。私もこの宿に泊まらせてもらっているの。知り合って早速で悪いけれど、貴方今日は私と相部屋みたい。宿屋の主人がそう話していたわ」
見かけに反しこれまた少年マズラよろしく、相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらシュガリーはそう告げた。
「そうか。…ん?シュガリー。貴公はもしかして花屋を営んでいる家系か?」
花屋に家系も何もないだろうに。シュガリーはそう思いはしたが否定しなかった。
真面目な物言いは寧ろシュガリーには好意に値した。手にある杯の中身をあおる。中身はワインに似て非なる葡萄ジュースだ。
「貴方とは気が合いそう。予感…いえ、願望でしかないけれど」
レーゼみたいな喋り方をするような少女だ。アグリアスは第一にそう思った。小馬鹿にするような喋り方はまさにそれだ。
しかし、年下だからといってそのような態度にアグリアスは別段思うところはなかった。
アグリアスは彼女の言葉に肯定的な意味を込めた返答をした。
「ええ。そうだといいわね」
58:月光 chapter2. 10/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:07:16 ESJ//S2Y0
時を同じくして、居間に置かれた大テーブルを囲むように、村の住人を交えて行われた
ムスタディオ主催の田舎っぺトークショーも終盤にさしかかり、それまで笑顔を介していた
隊の兵たちは段々と落ち着いた雰囲気を持ち会話を始めた。
「よく無事だったなラムザ」
「ご心配をおかけしました。伯もご無事で何よりです」
周りの馬鹿騒ぎの中で、テーブルの端に構えるオルランドゥとラムザは静かに語らっていた。
普段は余り自ら進んで酒を口にしないラムザも、この時ばかりは喜びの味とやらを体感してみたくなったのか、
常人の飲むペースの1.5倍の勢いで飲んでいる。今また、ラムザは手に持っている杯の中身を空にしたところであった。
「いい飲みっぷりぞ。流石はバルバネスの末子といったところ」
「得意な方ではないんですが…すみません。頂きます」
すぐにオルランドゥの手によって空いた杯が満たされていく。
「しかし、ここは一体どこなんでしょうか」
「ふむ。言葉は通じるようなのだが、文字はちんぷんかんぷん。畏国でも欧国のそれでもない。
村人にその事を訊ねても要領を得ない答えが返ってくる」
そこで言葉を切り、オルランドゥは手にしていた杯を口に含む程度に飲んだ。
酒瓶を用意して今か今かと注ぐ機会を待っていたラムザは、彼の杯がまだ酒で満ち足りている事に気づき少々落胆した。
59:月光 chapter2. 11/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:14:38 ESJ//S2Y0
「畏国の外れでしょうか」
気持ちを入れ替え、ラムザは目の前にある杯を飲み干した。
そして流れ作業のようにオルランドゥがラムザの杯をすぐに満たらせる。
この間、およそ数秒。剣聖としての鋭い感性が、宴という戦場でもどうやら発揮されている。
「私たちも昨日到着したばかりで碌に情報収集はできていない。村の外に捜索隊を何人か出す予定だったのだが、
村人に止められてしまってな。
『外は地獄です。恐ろしい怪物がうようよと蠢いております。外に出るのはおやめください。』とな。
鳥の囀りさえ聞こえないというのに。ハッハッハッ…」
よほど可笑しかったのか、珍しくオルランドゥは声を上げて笑った。
「明日から村人に話を聞いてみます。その間に、もしかしたらボコ達がふらふらとここに来るかもしれないし」
居間に再びあの靄が発生したと勘違いをする程に、その時のラムザの視界は酔いによるものからか、薄ぼんやりとしていた。
しかし目の前のオルランドゥの杯が確かに空になったのを目をこらし確認したラムザは、
オルランドゥにほんのばかりの意趣を試みようと目の前の酒瓶に手を伸ばした。やった、勝ったぞ。
ラムザの手が届くほんの僅かの間に、ひょいとオルランドゥが酒瓶を取り上げた。
「おやおや、ラムザ。杯が空じゃないか」
呆然としながら本来酒瓶があった場所に手を突き出しているままのラムザに、満面の笑みを浮かべた彼はそう告げた。
剣聖はどの場にあっても剣聖のままでいた。
60:月光 chapter2. 12/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:18:48 ESJ//S2Y0
時刻はそろそろ日付を跨ぐ。
少女シュガリーとともに一足早く階上へ向かったアグリアスは、部屋の窓から外の村の風景を垣間見ていた。
辺りに同じ高さほどの建物が無い事もあり、窓からは家屋の屋根だけがちょこんと出ている。
一直線上には村の象徴ともいえる教会がそびえ立っている。
月の光だけがこの村の唯一の街灯なのだろうか、それほどまでに村の電灯といえる電灯はその機能を果たしていなかった。
そもそも電灯など無いのかもしれない。ただ、月光に照らされるこの村はとても幻想的だ。
アグリアスはしみじみとそう実感した。
「静かでしょう、この村は」
寝巻に着替え終わり、自慢の髪を櫛で梳かしながら、ベッドの上のシュガリーはアグリアスにそう告げた。
「ええ、それにとても美しいわ」
アグリアスの言葉に自慢げにシュガリーは頷く。
「この村は素晴らしい所だと村の人たちは口を揃えて言うわ。勿論私もね」
「そうね」
アグリアスはシュガリーに微笑を向けながら言った。
すると、体に蓄積された疲労と睡魔が突如として彼女に押し寄せた。
鎧はとうに着外していたが、体が鉛のように重い。
「今日はもう寝るよ」
「あらそう。まあ積もる話は明日に持ち越しということでいいのかしら」
シュガリーの言葉に反応する気力も起こらず、三つ編みも解かずにアグリアスはベッドに倒れこんだ。
「あらあら」
階下にいるレーゼ嬢の口癖がシュガリーにもうつったようだ。立ち上がり、毛布を手に取りアグリアスにかける。
彼女は窓の外を何の気なしに見つめる。
満月が同じように彼女を見つめていた。
61:月光 chapter2. 13/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:24:08 ESJ//S2Y0
明朝、シュガリーに叩き起こされたアグリアスは不貞腐れた顔で朝の食卓に着いた。
彼女曰く“朝食は一日の元気の源よ!欠かすなんて私が許さないわ!”だそうで、
毛布をひっぺがされた彼女は渋々と起き上がり、自身の三つ編みを結い始めた。
酒気と疲労とが複雑に絡み合ったアグリアスがやっとのことで居間に辿り着くと、そこには既に席に着いているシュガリー、
そしてアグリアスと同じ状況なのだろうか、朝食を心待ちにしているマズラと、今にも倒れそうなラムザがいた。
軽い挨拶を終え、対面に座るラムザにアグリアスは小声で話しかけた。
「貴公も、連れてこられたのか」
言葉なくしてラムザは渋い顔をつくり懸命に頷いた。
「他の者たちはどうした?」
「多分起きてこられないんでしょう。私たちが寝た後もまだ相当飲んでいたみたいだから」
目の前に出されたミルクをがぶがぶと飲みながらシュガリーがそう答えた。
ラヴィアンとアリシアもこの苦行に付き合わせたいと思ったが、気づくとアグリアスの眼前には朝食の盆が広がっていた。
「いただきます」
食事は派手すぎず淡泊ではない、丁度いい分量だった。たいそう食欲の無かったラムザとアグリアスも朝食の味に舌鼓をうちながら
ぺろりとたいらげ食後のコーヒーまで飲みほした。
「とても美味しかったです。夫人にお礼を」
立ち上がろうとしたラムザを慌ててマズラが制した。
「いいよいいよ、そんなの。水臭いじゃないか」
「しかし、せめて礼だけでも…」
「いいじゃないの、マズラがそう言っているんですもの。それより」
アグリアスの言葉を今度はシュガリーが制した。そしてパンくずを膝から払いながら立ち上がった。
「市場へ行くの。よかったら付いてこない?」
62:月光 chapter2. 14/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:32:39 ESJ//S2Y0
市場は宿屋から数分歩いた場所で行われていた。
開けた広場に集まった商人は早速店構えを始めている。見上げればすぐ近くには教会がこちらを見かえしている状況だ。
「広場自体はこの村にたくさんあるわ。だけどここはこの村で一番人の流通量が多い場所なの」
広場に到着して早々、シュガリーは二人に説明するような口調でそう言った。
広場の一角に畳んであった日傘とシートをシュガリーは慣れた手つきで用意し始める。
「貴公自身が商売をしているのか?」
アグリアスが驚いたようにシュガリーに訊ねた。シュガリーは、お堅い口調ねえ、と軽口をたたきながらも
アグリアスの質問にはしっかりと答えた。
「ええ、そうよ。私の花屋よ。経営は私の手腕、収入はがっぽり私の下よ」
子供っぽい笑顔で、おおよそ子供には似つかわしくない事をシュガリーは平然と述べた。
ビーチに置かれるような巨大な傘を組み終える。どこから用意したのか手にしたエプロンに袖を通し、
長い髪をヘアピンで一つに束ねた。
脇に積み上げられた古びた樽が椅子代わりとなっているのか、一仕事を終えたシュガリーはどかりと身を下ろした。
「あれ?花は?」
店頭に何も置かずに悠然と構えている店主、シュガリーにラムザが訊ねた。
「来るわよ。もうすぐね。…ほら、来たわ」
シュガリーが先程来た通りとは真逆の道を指で示す。ラムザ達が振り返ると、細い路地から荷台を引きずりながら
こちらに手をふる若い二人の女性の姿が見えた。
63:月光 chapter2. 15/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:40:09 ESJ//S2Y0
「紹介するわ。おさげの髪がナヴァリ、クルクルした髪がカイリアよ。」
ゆっくりとした速さで荷台は彼等の前に停車した。
二人はどちらも灰色の作業服を着用しており、泥だらけだ。
ナヴァリは泥まみれの服の袖をまくってタンクトップのように着崩している。男勝りな性格であることが伺える。
対してカイリアは同じように泥だらけでありながらも自らの顔には泥の一粒だってついてはいない。
ナヴァリには無い気品さが前面に表れていた。かくに、こうまでも差が出るものなのか。
遠目ながらラムザはそう観察し、次に二人の後ろにある荷台の中身を確認した。汚らしい荷台に似合わず、
中は色とりどりのちょっとした庭園ができあがっている。橙、赤、白という目が眩みそうな程の元気な色の花が
束ねられたブーケ、陽光に似た色を放つ蕾をつけた花壇など。
芽吹きの季節ということもあってか、荷台の中の花畑は普段以上に厚い化粧を施しているようだった。
「あんたねえ、もうちょっとちゃんとした紹介の仕方が…ん?」
ナヴァリがそこで言葉を切り、アグリアスの顔をじっと見つめた。
「なにか」
アグリアスは若干困惑した。
「あんた…アグリアスさんかい?」
「そうだが…どうして私の名を」
64:月光 chapter2. 16/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:50:46 ESJ//S2Y0
そこでナヴァリは驚いた表情で隣にいたカイリアに顔を向けた。カイリアも驚いた表情をナヴァリに向けている。
勢いよくナヴァリはアグリアスの手をとった。
「いやー!あんたがアグリアスさんかい!!皆と再会できてよかったねー!!」
ぶんぶん、と効果音がつきそうな程に手を振られるアグリアスに、カイリアが口に手を当て、笑みを浮かべている。
「あの。どうしてアグリアスさんのことを…」
ラムザが遠慮がちにナヴァリに問いかけた。その言葉でナヴァリは初めてラムザがアグリアスの横にいることに気付いたのか、
同じように彼にもアグレシッブな握手をした。
「あんたが隊長さんだね。噂はかねがね。お二方、本当に無事でよかったね!」
呆れた顔でシュガリーがため息をついた。横に控えていたカイリアが助け船を出す。
「実はアグリアスさん。あなたのお部下さん方と昨日お会いする機会がありまして」
そういえば昨日ラヴィアンとアリシアは村の探索に出たと話していたな。
アグリアスは酒で浸食されていた脳を洗い出しそのような話を思い出した。
「そこであまりにもお二方が浮かない顔をしていらしたので、ナヴァリが訊いたんですよ」
カイリアの説明を引き継ぐように、ナヴァリが話し始めた。
「そうさ。そしたらポツリポツリと話を聞く事が出来てさ。不慮の事故で最愛の上司と、隊長がいなくなってしまったていうじゃないか。
その日は家の農園で採れた果物をあげて返したんだけどさ」
そう言ってナヴァリはカラカラと笑う。
何と親切な方か。部下二人も見習うべきだ。
アグリアスは勢いよく頭を下げた。
「品物まで頂いて、私の部下が大変世話になった。礼を言います!」
「やりすぎだって姉ちゃん…」
商人全員が注目する中でマズラの呆れた言葉に、市場は普段以上の和やかさを取り戻したようだった。
65:月光 chapter2. 17/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 21:57:18 ESJ//S2Y0
「こんにちは。花を一本くださいな」
市場が多少の賑わいを見せる中で、まるで冬が到来したかのように通行人の気配が無かったシュガリーの花屋にも
遂に春が訪れた。
「あら。マウリドじゃない」
読んでいた本から目を離したシュガリーはその客人を見つけると喜んだように手をうった。
「早いじゃない。今日は何にするのかしら?」
「青いバラを一輪くださいな」
笑顔でマウリドはそう告げた。袖口のないワンピースからは健康的な素肌が露わになっている。
優しげな笑顔は清楚な雰囲気を与えた。
「青いバラ…花言葉は“神の祝福”、か」
後方で樽に座っていたアグリアスがそう呟いた。
「へぇ。詳しいんですね、アグリアスさん」
「うむ。オヴェリア様の影響だが」
シュガリーは刺を切り、そのままマウリドに手渡した。青いバラは太陽の光に反射することなく独特の色合いを維持していた。
「ありがとう」
嬉しそうにマウリドは花の匂いをかんでいる。
そしてバラを手にしたマウリドはアグリアスにそのバラを差し出した。
「差し上げます」
アグリアスは目を丸くした。
「私にか?」
「アグリアスさん。祝福ですよ」
横にいるラムザがそう茶化した。
アグリアスは少し唸ったが、差し出された花を静かに摘み取った。
「ありがとう、マウリド」
少女は嬉しそうに微笑んだ。
66:月光 chapter2. 18/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 22:56:59 ESJ//S2Y0
「ちょっと待ちなさいな。マウリド」
帰る素振りを見せる少女にそう言を発したシュガリーは、次いで後ろを振り返った。
「マズラ。あなた、確か家の手伝いがあるんじゃなかったっけ?」
シュガリーの突然の言葉に、マズラは面食らった。
「何を言っているんだいシュガ…」
「あるんでしょう?」
マズラの言葉を遮ったシュガリーは悪戯小僧のような笑みを浮かべていた。それに刺激される形で、
マズラも同じような笑みを浮かべた。
「ああ、そうだった。じゃあ僕は一旦戻るよ」
壁に積み上がった樽から降り、マズラは食べ終わった林檎の骨を辺りに投げ捨てた。ちなみに、林檎は
隣の商店で先程、カイリアが人数分購入した物である。
「あらそう。残念だわ」
シュガリーがそう述べた。言葉と顔が合致していない。
「では僕も。この村を探索してこようと思います」
横で同じく林檎を齧っていたラムザも、マズラの後に続く。
「それでは私も…」
なし崩し的に進む展開に待ったをかけたのはやはり若店主、シュガリーその人だった。
「駄目よアグリアス、貴方はここに残るの」
ポカンとするアグリアスを尻目に、シュガリーは目の前のマズラとラムザにも視線を向けた。
「マズラ、優先順位が変わったわ。ラムザにこの村を紹介してあげて。頼んだわよ」
「ああ。仰せの通りに」
仰々しい態度をとり、マズラとラムザは路地に姿を消した。
67:月光 chapter2. 19/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:04:12 ESJ//S2Y0
「ふぅ。やっとお邪魔虫がいなくなったわね」
二人が路地へ入るのを確認してから、先程から立ちすくんでいたアグリアスとマウリドにシュガリーはそう話しかけた。
「なぜ、私をここに残した?」
「その理由を語るには、まず貴方のその堅い口調が解けなければね」
身長も齢もまるで違う相手にここまで翻弄されてしまうものかと、どこか客観的な思いでアグリアスは事態を眺めていた。
普段なら子供相手に説教の一つでもかましているアグリアスだが、どうしてか彼女にはそうする気にはなれなかった。
彼女は分かっているのかもしれない。自分が子供っぽく、生意気で口が悪く、やる気がないように見えている事を。
全てを知っているうえで彼女はそれを続けているのかもしれない。アグリアスが小さき店主シュガリーに若干の好感を抱いているのは、
初志貫徹とした彼女のその行動が起因になっているからかもしれない。
「わかったわ。これでいい?さあ、教えて」
額の汗でへばりついた前髪を払いながらアグリアスはそう告げた。
「昨日言ったでしょう。積もる話がある、と。まあ焦ってはいけないわ。とりあえず水汲みをお願い」
本日二度目の笑顔を浮かべ、シュガリーはアグリアスに向かって如雨露を突き出した。
その横ではマウリドが困ったような笑顔を浮かべている。
やはり叱っておくべきなのかもしれない。
日差しを一重にうけながら、アグリアスはそう熟慮した。
68:月光 chapter2. 20/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:09:08 ESJ//S2Y0
陽炎が蝋燭のように何度も立ち揺らめく中、一戸建て集落の中で、この村の象徴ともいえる教会は異様な存在感を放っていた。
ところどころペンキがはがれた箇所は、ススのようなもので薄汚れている。
およそ厳かで聖なる印象とはかけ離れた教会は、それでも開かれた戸口から村人を何人も招き入れている。
「大きいなあ」
ラムザの言うとおり、教会の高さは畏国の平均以上だ。
「大きいだけさ。中は以外と狭いよ」
マズラとラムザは開け放たれていた扉をくぐった。
中は外面以上に簡素な造りであった。信者が崇拝する偶像、神や祈り子が描かれている
ネオステンドグラスは一切描かれていない。そもそも窓が一切取り付けられていないのだ。
ラムザは上を見た。塔の最上まで続くだろう天井はほの暗く、より一層不気味さを煽っていた。
「村人全員はここに来たらあの壺に蝋燭を立てる。毎日、それだけのためにここを訪れる」
広い広間の中心には、大人の顔を十人あわせたような巨大な壺が無造作に置かれている。
そこから、白く細長い蝋燭が突き出ている。
壺の横に無造作に積まれている蝋燭の中から一本を取り出して、マズラは火をつけた。
横では村人が同じように蝋燭を灯している。
マズラは既に半分近く埋まっている壺の端に、遠慮がちに蝋燭を立てた。
「行こう。ここで話はしづらい」
ラムザは無言で彼の言葉に頷いた。
69:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 23:13:55 yI0+UqFl0
今現在のFFDQ板で連投規制への支援は実際に効果出てるかな
70:月光 chapter2. 21/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:15:31 ESJ//S2Y0
「あれが崇拝?」
不思議な光景を見たかのように、ラムザは開口一番、マズラにそう尋ねた。
「ああ、そうさ。田畑を耕しているように見えたかい?」
マズラは言った。
「蝋燭を立てる事が崇拝なのか?」
「村人は必ず一日一本蝋燭を立てる。それに、偶像崇拝なんてこの村の風習にはない。
何千年も前にいた神の姿をした石像に拝んだところで何になるというのさ」
「君たちの神はファーラムじゃないのか」
「ファー…なんだって?神に名前なんてないよ。神は神さ」
マズラの言葉にラムザは唸るばかりであった。この村の宗教は大よそイヴァリース全土に広がるグレバドス教とは
全く異なるものだった。やはり、別大陸に来てしまったのか。ラムザは考えを煮詰めることができずにいた。
「ああ。知りたいのならもう一つ。僕だけじゃなくて、村人全員がだけど。僕たちの名前は皆、洗礼名なんだよ」
「洗礼名?」
「そうさ。子の名前を実の親ではなくて、神様が名付けるんだ。僕のこのマズラという名前もシュガリーもナヴァリも、
ほかのみんなも全て教会から授かったものさ」
その言葉の真意をラムザは汲み取ることができなかった。
「帰ろう。このままだと母さんに薪割りでも頼まれそうだ」
71:月光 chapter2. 21/26 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:22:14 ESJ//S2Y0
その夜、ハミサイダル・ガッドの一角では再度宴による盛り上がりを見せた。噂を聞きつけたお調子者たちがこぞって現れたのだ。
初対面といえど、ラムザ隊も村人も物おじせず誰彼かまわず酌を勧めるものだから、ただでさえ近隣住民に迷惑をかける程の騒音を
発生させる宴にはますます拍車がかかった。
あれから本当に薪割りを手伝わされ、更に食事の支度まで手伝わされ、頃あいを見てマズラ一家から逃げ出したラムザは
その身体を先刻ぶりに休息の地へと運んだ。
昨夜、杯をともにあわせたオルランドゥは、村で腕の立つ老剣士ルナードなる者と会話を弾ませていた。
親友ムスタディオは村で機械工具をいじっているマドーシャスという若者と一緒に馬鹿騒ぎをおこしている。
どうやら個人個人は村人と相手を見つけて飲みあっているみたいだ。
ラムザはカウンターの一角の席に座る、一人で杯を注ぐアグリアスの姿を見つけた。久方ぶりだ。
何時も飲んでいるラヴィアンとアリシアは同年代と思われるナヴァリ、カイリアと意気投合している。
「隣、よろしいですか」
「む。ラムザか」
ラムザの姿を見て、アグリアスは若干取り乱したようにラムザは見えたが、
気にかけずに彼は、自分の席を用意した。
「村の探索はできたか?」
そう切り出しながらアグリアスはラムザの分の杯を用意し、並々と注ぐ。
「見物なんてほんの僅かな時間ですよ。ここに帰ってからは薪割りに釜戸に火をつけ、配膳まで。
ここの夫人は意外と人使いが荒いです」
斧は他の隊の仲間が使っているため使う機会がないと考えていただけに、掌にできた代償をラムザは真摯にうけとめた。
杯を傾ける。
疲れた体に染みわたる酒の成分はラムザの体の至るところに瞬時に行き渡った。
72:月光 chapter2. 22/24 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:31:32 ESJ//S2Y0
「アグリアスさんは何をなさっていたんですか?」
途端にアグリアスは狼狽した。
「う…最近の若い者は、その、色々と知りすぎている」
ラムザの質問には答えずに、赤裸々にそう語ったアグリアスは手に持った杯を一気に飲み干した。
昨日の剣聖よろしくいい飲みっぷりだ。
口をついて出そうになったその言葉を何とか呑みこんだ。。彼女の行動の理由が非常に気になるラムザではあったが、
如何せん彼女の今の状態を見る限り、箸に当たり棒に当たりそうである。
名残惜しいながらもラムザはそこで話を転換させることにした。
「マズラと村の教会に行ってきました」
アグリアスの顔が一瞬で緊迫した表情へと変わる。
目で続きを促され、ラムザは話を続けた。
「教会と言ってもそれは名ばかりのものです。中は普通の家屋を広くしたばかりで、中央に壺が置いてあっただけでした」
「壺とは?」
「蝋燭を、村人一人一人が毎日、蝋燭を立てるためのものです。彼等にとっての崇拝はそれが全てです」
「聞いた事の無い崇拝の仕方だな。教団名を聞いたのか?」
「それが…教団名も神の名も、彼等にとっては無意味な行いらしいんです」
ムスタディオのトークが終わったのか、テーブル席からどっと笑い声があがった。
アグリアスは思案するような面持ちで、空になった杯を見つめた。
「グレバドス教の影響をこの地は全くと言っていいほど受けていません。やはりここは別なのか、それとも…」
「アグリアス。部屋に行きましょう」
ラムザの言葉はそこで遮られた。二人が振り返ると、先程のムスタディオのトークショーを眺めていたのだろうか、
笑いによるものか目じりに涙を浮かべたシュガリーが立っていた。
アグリアスは沈思黙考していたが、やがて遠慮がちにラムザを見つめた。
「すまないラムザ。この話はまた今度にでも」
「いえ、レディーファーストです」
彼女の元来の生真面目さをよく理解しているラムザは拙者扼腕することなく笑顔でそう返した。
アグリアスは申し訳なさそうにラムザに振り返りながらシュガリーとともに階上に上がっていった。
ラムザは彼女の姿が見えなくなるとカウンターの上に重たい頭を乗せた。
ひんやりとしていて気持ちいい。
彼は次の朝食時まで同じ態勢を取りつづけることとなる。
73:月光 chapter2. 23/24 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:38:20 ESJ//S2Y0
「お熱いところを申し訳なかったわね」
部屋に着き、開口一番、シュガリーは昨日と同じように窓の外を見つめるアグリアスにそう告げた。
「構わない。シュガリーはまだ幼いから貴公は何も悪くはない」
「…口調、戻っているわよ」
シュガリーの言葉を聞き流し、アグリアスは窓の外の景色を眺めつづけた。その顔は美しくも儚く、
月光が彼女の顔を照らし続けていなければそのまま闇に溶けてしまいそうなものだ。
暫くの静寂が部屋を包み込んだ後、耐えきれなくなったのかシュガリーが喚きだした。
「あーはいはい。私が悪かったわよ。今日の昼ね?昼の事で怒っているんでしょう!
確かに私やマウリドはからかいすぎたかもしれないわ!あの子ったら可愛い顔して私以上に
突っ込んでくるから…でも事実でしょうに!貴方がラムザのことを異性の対象として見つめているなんて初対面でわかったことよ!」
恐らく昼から抱え込んでいた罪悪感に蝕まれた胸中の内を罵声とともに放出したシュガリーは、
免罪符を発行して安心したのか、ベッドに倒れこんだ。
「あら。私は怒ってなんかいないわ。それにお相子よ。あなたもマズラのことが好きなんでしょう?」
「なっ!!」
心底驚いたのか、反射的にシュガリーは羽毛枕から起き上がりアグリアスを見つめた。
アグリアスは先刻とは真逆の、好奇心、そして悪戯心に満ち溢れていた表情をしている。
74:月光 chapter2. 24/24 ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:42:59 ESJ//S2Y0
「どうしてそんな…」
「あら。私も初対面でわかったわよ」
悪びれもなくアグリアスはさらりとそう告げた。シュガリーは咄嗟に言葉を詰まらせる。否定をしないことが
肯定の意味合いを醸し出していた。窓から身を離したアグリアスは三つ編みを自ら解きながらこう言った。
「積もる話があると言っていたわね。実は私もなの。今日は色々と話し合いましょう。
マズラの事について、ね」
「な、な、…」
口をパクパクと開き、シュガリーはベッドに近寄るアグリアスから逃げることもできずにその場にすくんだ。
普段は強気で斜に構えている彼女は今、生真面目で純粋な彼女に見事に料理されようとしていた。
アグリアスは思った。
彼女はやはり私に似ている。どんなに生意気でも、純粋な部分は見事に私と合致しているのだ。
その後、夜通しかけて行われた彼女たちの会合を見聞していたのは、空にぽっかりと
穴が空いたように浮かぶ満月だけだった。
彼はいつもそこに居続けた。
そこが彼の特等席なのだ。そこから村を見下ろせる。
村の全てを。
だから彼は席を構えその夜も、明くる夜も、その明くる夜も…
75: ◆fhZWInPd1U
10/07/20 23:43:48 ESJ//S2Y0
第二章終了 gdgd長々と失礼しました
76:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/20 23:57:40 cni/t7g80
乙です!! ムッハー
77:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 01:44:08 zYg71W5S0
乙カレー
後で感想などまとめて言うとしよう
今は完走を祈るのみ
78:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 06:44:04 bJmJwHhb0
ミッドガルハダサイ
79:カミガタ 1/2 @残月 ◆7J/IbzSWxU
10/07/21 16:34:26 uzqnQpRJ0
スレ開始早々からSS豊作とはwwww
前スレの最後の方でちょいと話題になったアグリアスの髪。
その話題で頭に浮かんだ駄SS投下する。
――――――――――――――――
髪を切ろう。
そう思ったのは今朝の事だった。
いつものように早朝の日課である鍛錬を終た後、水浴びに行く途中で暑い風が吹いてきたのだ。
じわっと汗が噴き出る。
雨季から乾季に変わる時の季節風だ。
たまに夏と思わせるような風が吹いてくる。
頭が暑い。
風で噴き出た汗に加え、鍛錬で掻いた汗で首周りがべとつく。
いっその事切ってしまおうか。
うん。そうだ。そうしよう。
髪は女にとって特別だと言うが、私はそうは思わない。
別段綺麗な髪でもないし、今さら乙女のように容姿に気を掛ける必要もない。
この道を選んだ時から女としての道は捨てて来たのだから。
そう。だから別に髪を長くしている理由もないのだ。
「実はラムザ。髪を切ろうと思うんだが―」
「えっ!!」
驚愕の表情と共に椅子を蹴って立ち上がるラムザ。
「ぼぼぼぼ、僕何か悪い事しましたか!?それともFaith95!??」
「Faith? 何を言ってるんだ??」
「ま、ままま、待ってて下さい。今、信疑仰祷を―って算術も陰陽術も付けてない!??」
信疑仰祷?算術??
なぜプライベートな話から戦術論へ???
「そ、そうだ。解法すれば」
「…良く判らんが、落ち付けラムザ」
「いい、いいですかアグリアスさん。い、居ない居ない居ないんです。家畜にかm――」
「熱き正義の燃えたぎる! 赤き血潮の拳がうなる! 連続拳!」
「グワバッ!!」
80:カミガタ 2/3 @残月 ◆7J/IbzSWxU
10/07/21 16:42:11 uzqnQpRJ0
―――。
「落ち着いたか?」
「は、はぃ…。 お手数お掛け致しました」
「何をそんなに慌ててたんだ?」
「僕たちと旅をするのが嫌になって修道院にはいるのかと…」
「早合点したわけだな?」
「はい…すみません。 でも、何で髪を?」
「長くなって来たからな。そろそろ切ろうと思ったんだ」
「…切っちゃうんですか?」
「うむ。戦いに髪の長さは関係ないからな。寧ろ動きやすくなるやもしれん」
「…」
会心のギャグを決めた積りだが、ラムザは無言か…。
ラヴィアンの言うスキンシップは難しいな。
「コホン。 そ、それに、直に乾季がやってくる。そうなれば涼しさを求めるのは当然だろ?」
「…」
「でだ。ラムザはどんな髪型が良いのかと………どうしたラムザ?」
「いえ、アグリアスさんがそれで良いのなら良いんですけど…」
「ふむ?」
「僕は髪が長いアグリアスさんの方が好きだなぁって」
「!」
「それに、髪解いた時、月明かりに照らされて…髪がキラキラ光ってて。 まるで教会の女神画のようでした!」
ラムザは子供のような満面の笑みでサラッと言ってのける。
め、女神?私を???女としての自分は捨てて来たのと言うのにそんなな私を女神と言うのかか?
せ、せせせ世辞だ。そうだ世辞に決ってるラムザは優しい人間だからなこんな女にも気を使ってくれているのだろうというか落ち付け!無駄に心拍数をあげるんじゃない!!!!
ま、まま、落ち付け落ち付けどんな時も冷静に対処すれば百戦危うからずさぁ落ち付け落ちち付け落ち付けけけ――
「っと、すいません。勝手なこと言って。アグリアスさんの思うようにしてください。髪が短くなったら短くなったで、違うアグリアスさんが見れて僕は嬉しいですし」
「そ、そそそ、そうか。――ん?」
「おい、ラムザ」
「はい?」
「さっき髪を解いた時って言ったな?」
「えぇ。今でも思い出せます。綺麗な満月の晩、女神さまになったような―」
「あのな、ラムザ」
「はい」
「私は普段三つ編みを解かない。解くのは寝る時と沐浴中だ」
「あ――」
「さて…覚悟は良いな?」
81:カミガタ 3/3 @残月 ◆7J/IbzSWxU
10/07/21 16:44:40 uzqnQpRJ0
サァっと風が髪を薙いでいく。
髪を短く切るのは止める事にした。
まだこんな私を女と見てくれる人のために暫くはこの髪型でいようと思う。
長くなった分をラヴィアンに短くしてもらっただけ。
予定では髪バッサリ短くする予定だったから逆に暇になってしまった。
さて、今日は何を――
「お、今日もアグ姐ぇはエビフライだね。うははははっ」
―よし。今日の仕事はムスタディオの墓造りだな。
今日は日射しも暑い。
夏の到来を知らせる風が悲鳴と酸鼻をさらっていった。
おしまい
82:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 19:32:54 G3Nwu2QO0
乙です
やはりアグリアス様には長い髪がにあいます
83:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 19:40:57 Q8Cn2jN0O
御二方乙!
シュガリーとアグリアスかあいいよ
84:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/21 21:43:39 MHOWpPnG0
URLリンク(aug.2chan.net)
85:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 08:25:52 IBwAduDnP
いやはや、今回はSSのオンパレードでたまりませんなぁ
職人様全てに改めてGJ!!!!
86:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 12:35:39 LTWECzFt0
゙" "''" "゙" ゙"/::ヽ_______ ヾ"
゙" ゙" " ゙"'' ゙" |ヽ/:: . ヾ''"
゙" ゙'" "゙" ゙" .|:: |:: . | ゙ "
゙" ゙ ゙" ゙"'' |:: l:: . |
゙" ゙" "゙" ゙"|: :|:: む . | ''゙"
゙" ゙" ゙""'"Wv,_|:: l_: . . |、wW"゙"
゙" ゙"''" ".wWWlヽ::'ヽ|:::::_::______ _:.|::\W/ ゙"゙''"
"'' ゙"''"゙" V/Wヽ`――――――lV/W "'
゙""' ゙"''" "゙"WW''―――――wwww' ゙"゙''"
『流行らなかったAA ここに眠る』
87:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 17:12:56 qnWCE2mj0
ラムザ「うっうわああああああああああああああ!」
アグ「どうしたラムザ!? そのように一人で叫びながら転がり込んでくるなど尋常の沙汰ではないぞ!」
ラムザ「こっこれを……」
アグ「なんだというのだ……って、うわああああああああああああああ!」
URLリンク(www.square-enix.co.jp)
88:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 17:43:59 LTWECzFt0
やったことないど、フトモモがエロイ良いゲームそうだな
89:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 21:24:00 jdXVeB4u0
出張してると思ったのは俺だけ?
90:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 21:43:30 scpJW/bj0
誰がさ?
91:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 22:55:25 gJyiO49x0
ついつい手を出し損ねてきた身にとっては、いまさらオウガ出されてもね…っていうかw
92:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/22 23:19:18 /IIwpUzc0
URLリンク(www.famitsu.com)
93:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 00:17:16 7C7ODUVu0
イイ太ももと腰じゃねぇか
誰チャン?
94:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 00:37:51 drefTs600
違うよ、アグリアスさん! 僕はアグリアスさんを愛している!
愛している人にいなくなって欲しいわけないッ!!
95:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 00:53:37 wE9bayHL0
アグ「ようし、このアホ毛は私にくれてやるッ、私が好きにしていいぞッ」
ラム「ちょ、アグリアスさん、話が無茶苦茶!?」
96:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 11:05:26 LzcsBl6+0
アリ「最終的にはラムザ隊長に好きにされてるんですけどね」
97:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 11:44:20 Oh2JSB5R0
アグ「ぬぬう…住民虐殺などできるか!このレオナールという男、騎士の風上にも置けんッ」
~翌日~
ラム「はまってますね~クマができてますよ」
アグ「おおラムザ、早速第一章の終わりで盛り上がる展開があってなー」
ラム「ははあなるほど。あそこ、僕は虐殺しましたねえ」
アグ「なっ!?お、おおおまえ見損なったぞ…グスッ、ヒック、うえ~ん」ドスドスドス(走り去る音
ラム「え、ちょっ、これゲーム…アグリアスさーん!戻ってー!」
98:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 14:39:48 LzcsBl6+0
ラム「そうじゃないと…」
ムス「例のシーンが見れないもんな」
ラム(ニヤリ)
99:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 20:55:18 dOybZ8au0
大丈夫
アグリアスさんは虐殺は無理でも悩殺ができる!
100:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 20:59:41 wE9bayHL0
悩みぬいた末に殺しちゃうのかw
101: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 21:56:06 HwtLUTEcP
短めのSSを投下します。タイトルはドラえもんをリスペクトしています。
102: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 21:59:19 HwtLUTEcP
~ラムザさんのエッチ!~ 1/3
「ラ、ラムザ、まだ昼のさなかだぞ」
「時間なんて関係ありません。僕はアグリアスさんが欲しいんです」
「し、しかし野外でこのようなことを」
「僕が嫌いなんですか?」
「そんなことは無い!断じて無い。しかし、皆も見ているというのに…」
「それがどうしたっていうんですか?」
ある日を境に、ラムザは変わってしまった。女の身体を知ってから。
正確に言うと、初めてアグリアスと結ばれた、その日にだ。
103: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 22:00:19 HwtLUTEcP
~ラムザさんのエッチ!~ 2/3
ラムザ・ベオルブとアグリアス・オークスは、神ならぬ人の前で婚姻の誓いを交わした。
異端者の身では大々的に式を挙げる事など出来るはずも無い。
おままごとのような結婚式だが、隊の皆は祝福してくれた。
そしてその夜、宿屋の2階で二人は契りを交わすのだが…。
それからというもの、ラムザは事あるごとにアグリアスを求めるようになった。
最初はたしなめていたアグリアスだが、惚れた弱みと言うやつか。
熱に浮かされたように自分を慕うラムザを突き放せず、皆の目を盗んで逢瀬を重ねた。
幾度と無く肌をあわせてもラムザの熱は治まらず、やがてはその熱がアグリアスにも飛び火した。
その結果が今の惨状である。除名という最終手段までちらつかせて我を通すラムザに
意見できるものは誰もいない。オルランドゥ伯ですら、だ。
オルランドゥ伯はため息を付き、ムスタディオはうらやましそうに眺め、
ラッドは前かがみになり、クラウドは興味が無いといった風情だ。
アリシアは頬を染め、ラヴィアンは興味津々。メリアドールは嫌悪を表し、
ラファは嫌なことを思い出したような顔をする。そんな妹を守るよう肩に手を回すマラーク。
反応は様々だが、次に取る動作は一致している。皆無言のままその場を離れるのだ。
二人の痴態を覗き見するものは誰もいない。紳士淑女の集まりである。
ベイオウーフとレーゼの姿が見えないが、きっと遠くで見張りをしているのだろう。
ボコと鉄巨人、正体不明の生物であるビブロスだけがその場に残っている。
104: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 22:03:12 HwtLUTEcP
~ラムザさんのエッチ!~ 3/3
色魔に侵されたラムザだが、それ以外はいつもの通りである。
仲間への気遣いと優しさを忘れず、戦闘時はリーダーとして的確な指示を取る。
だから誰も離反できない。ラムザへの信頼が根底にあり、それが見えない鎖となって
心を縛っているのである。
そんなある日、事件は起きた。
マインドブラストにより、ラムザの脳みそが変色してしまったのである。
これ以上おかしくなっては一大事と心配する皆を他所に、ラムザは冷静に敵を屠って戦闘を完了させた。
しかし、マインドブラストの毒は、確実にラムザの脳を蝕んでいたのである。
その日を境に、ラムザは変わってしまった。
今までどおりアグリアスを求めるものの、その回数はめっきり減った。
町について宿に止まった時、しかも夜だけである。アグリアスと同じベッドにいながら
指一本触れずに寝付いてしまうことも珍しくない。
こうなるとたまらないのはアグリアスである。持ち前の精神力で不純な考えを振り払うも、
身体の芯にやどる火は消えてくれない。いきおい、アグリアスの方から誘いをかけることになる。
「大事な話ってこういうことだったんですか」
「し、仕方ないだろう。このところ野営が続いて、同衾することも無いのだから」
「テントは男性用と女性用しかありませんからね。町まで我慢できないんですか?」
「それが出来れば呼び出したりするものか……これ以上恥をかかせるな」
そんな中、他のメンバーは会議を開いていた。軍議ではなく、会議。
議題は、どうしたらアグリアスをもとのお堅い騎士に戻せるか、である。
ラムザと同じ方法を用いるのが最良策だが、必ずしもマインドフレアに出会えるとは限らない。
仮に出くわしたとして、そうそう都合よくマインドブラストを放ってくれるかどうか。
ピスコディーモンを仲間に加えて養殖するという案が出たが、問題が一つ。
パーティーメンバーに空きがない。
「いっそ誰か除名するか」
誰とも無くつぶやいた一言。小さな石がパーティー内に大きな波紋を起こすことになるのだが、
それはまた別のお話。
105: ◆IF.bbmnPyU
10/07/23 22:04:47 HwtLUTEcP
~ラムザさんのエッチ!~ ~ FIN ~
(↑書き忘れた…)
なーんか熱くてだるいと思ったら、熱が38度もありました。
こういうときに限って妄想が浮かぶのは何故だろう。
別のお話については、また熱が出たときにやるかもです。
106:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/23 23:17:36 qVZnCJVP0
乙です!
アグリアスさん…そんなあなたが大好きです
107:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/24 01:05:19 xk1g0gHN0
>>105
乙です!
では、こちらも。第三章はじまり
108:月光 chapter3. 1/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:08:51 xk1g0gHN0
「今日は特に暑いわね」
時刻は昼時を過ぎた頃、市場が開かれている広場は今日一番の賑わいを見せていた。
そんな中で文字通り日蔭者となっているシュガリーとアグリアスは市場を退屈そうに見つめている。
いつの間にか一つ増えた日傘にすっぽりと収まっているアグリアスが額の汗を拭った。
「今はもう春か?それとも夏?」
「そんなの私が知った事じゃないわよ。そもそもこの村にそんな概念は無いしね」
手で生温かい風をおくりながらうんざりとした顔でシュガリーはそう告げた。蒸し風呂状態となっているアグリアスの身体からは
遠目越しに見ても湯気が沸いているのが確認できた。
「鎧ぬがないの?死ぬわよ」
「…」
どこか遠い眼でアグリアスは、向こうの世界たる市場の中心を見つめている。返答がないアグリアスを見かねたのか、
シュガリーは手にした如雨露でアグリアス目がけて水を投げかけた。打ち水がわりだ。
「あぐぅ!騎士たるもの不埒な…」
「あー、はいはい」
シュガリーは説法めいたアグリアスの言葉を受け流した。このやりとりももはや指では数え切れないほど行われたのだ。
ラムザ達がこの村を訪れてから何日、いや何カ月が経過したのか。もはや本人たちも村人も知りようはない。
だが宿屋では相も変わらず毎晩のように宴が催されていた。最近の隊のメンバーは村の中で気の合う者同士で飲みあうようになり、
誰彼かまわず騒いでいた当初の宴の姿勢は、時を経るにつれて微細な変化を見せていた。ある朝、既に日課となりつつある朝食を
摂りに階下へ降りたら、居間でまだ語らいを続けていた者がいたほどだ。アグリアスは隊の者どもをひっ捕らえると、すぐに拳骨をお見舞いした。
隊長、痛いですよー、
と酒臭い飲兵衛が泣きついてきたが、アグリアスは素知らぬ顔をして二人を部屋に帰したのだった。
109:月光 chapter3. 2/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:14:57 xk1g0gHN0
「ラムザとはあれからうまくいっているの?」
シュガリーの言う、あれからとは、いつかシュガリーとマウリドがアグリアスに対し恋の指南を行った時のことである。
アグリアスは急いで首を横に振った。顔に付着していた水が飛沫となりシュガリーに容赦なく襲いかかった。
「それは駄目よ。そうね、今晩デートにでもお誘いなさいな」
「で、デート!」
聞きなれぬ言葉を耳にしたせいか、勢いよくアグリアスが立ちあがった。
アグリアスもシュガリーに対してマズラというアドバンテージを有しており、シュガリーの言葉に応酬することは十分に可能なのだが、
目の前の言葉に翻弄され上手くそのカードを切る事が出来ない。
「教会のてっぺんに登って夜景をプレゼントするの。入口の裏手に確か錆びた階段があったはずよ。私は怖くて上ってないけど」
笑顔でシュガリーは告げた。
「だ、だが…」
「…今のままでいいのかしらね。ラムザの周りには魅力的な女性が多いわよねえ」
アグリアスの脳裏に、小憎たらしい笑顔を浮かべる神殿騎士と、女から見ても可愛げのある天動士の微笑む姿が浮かんでは消えた。
「…その代わり、あなたが誘ったんなら、私も誘うわよ…」
呟かれた言葉に、アグリアスは驚いてシュガリーを見た。
シュガリーは顔を熟れトマトのように赤くして俯いている。暑さのせいではないだろう。
110:月光 chapter3. 3/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:20:58 xk1g0gHN0
そんなシュガリーの姿を見て、アグリアスが思わず頷いてしまおうかと思案する前に、
いつもの通り気前の良い客が訪れた。
「こんにちは」
「あ、あら。いらっしゃいマウリド。さあさあ」
照れ隠しからか、シュガリーは急いで横から椅子を引っ張り出して彼女に勧めた。
マウリドはそんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、ニコニコと太陽にも負けない輝かしい笑顔をふりまいている。
そんなシュガリーの横で、アグリアスは静かに微笑んだ。
その時、
ふと傘の切れ間から見えた“何か”に、彼女は思わず日傘の中から飛び出した。
「どうしたのよ。ムスタディオが裸踊りでも始めたの?」
シュガリーは目を合わせることなく、目の前の庭園を慈雨で潤わせながら大した期待を込めずに尋ねた。
「雲が…」
「え?」
「雲が、出ている」
アグリアスの眼前には、果てが見えない程の真っ青な大海原が広がっていた。その中心には、
煌びやかな光を放った巨大なクラーケンが居座り、灼熱を振りまいている。そんな状況下で、まるで命知らずともとれる、
小振りの白いボートがふらふらと、しかし確実に怪物に近づいていくではないか。
「雲ぐらいどうもしないわよ」
期待して損をした、そう言外にこめながらシュガリーは頭を後ろの樽の山に乗せた。
アグリアスは未だに空を眺めつづけている。
「そういえば、最近は雲ひとつない快晴ばかりの天気でしたよね?」
マウリドの言葉に、アグリアスは神妙に頷いた。アグリアスの記憶が正しければ、この村に来てからまだ一度も
快晴以外の天候になっていない。
昼夜ともに雲一つ出ず、昼は太陽が、夜は満月が支配する世界。
そんな光景に慣れかかっていただけに、形は小さいながらも確かに存在する雲に、アグリアスは静かに体を震わせた。
まるで酒の酔いが体全体に回るかのように、アグリアスの体を急速に“現実”という何かが駆け巡って行った。
111:月光 chapter3. 4/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:26:40 xk1g0gHN0
「今日はこの村に伝わる文字を教えてしんぜよう!」
宿屋から比較的近い、開けた農地の上にラムザ、マズラ、ムスタディオ、ラッドそしてマドーシャスは立っていた。
「どうでもいいが、どうして俺がいるんだ」
ポリポリと頬をかきながらムスタディオはラムザに訊ねた。
「ムスタ、暇じゃないか」
「お前な…そうだけどさ。」
その言葉にムスタディオはがっくりと肩を下ろした。二日酔いの抜けきらない体は本人の思っている以上によく弾んだ。
「まあまあいいじゃねえか。二人よりは三人、三人よりは四人さ」
ムスタディオの隣にいたマドーシャスという青年が両手を叩きながら明朗快活にそう述べた。
このマドーシャスという男、機構に精通しているという点でムスタディオと気があった。容姿はまるでムスタディオの兄貴分と言った具合で、
精悍そうな顔つきのマドーシャスと、紙風船のような顔とよく評されているムスタディオとの間には決定的な差がある。
「話がわかるね、流石はマドーだ」
笑顔でマズラはそう感想を述べた。親から無理やり着させられた白の木綿服を窮屈そうに身にまとっている。
「どうでもいいが日蔭とかないのか?この陽じゃ、土と心中しそうだ」
額の汗をぬぐいながら、ラッドはそう告げた。
するとラッドの言葉に呼応したかのように、ラムザ達の視界が瞬間、薄暗くなった。
112:月光 chapter3. 5/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:36:19 xk1g0gHN0
「おー、日陰になったねえ」
頭上を通る分厚い雲の層は一過性に過ぎなかったが、横を見上げると次々と雲の艦隊が陽に押しよせている。
地上の気温もいくらか落ち着きを取り戻すに違いなかった。
ラムザは暫くの間雲を見上げたままでいた。何故か、酷く懐かしい感を覚えたのだ。
「おほん。それでは、これよりマズラ講師による言語講座を始める。こら、そこ。ラムザ君。先生の顔は空にはないぞ」
手に持った木の棒を振り上げながらマズラは熱弁をふるい始めた。
ハミサイダル・ガッドで用いられている文字は、違いはあれど、畏国文字とは根本的な部分で合致していたため、
ラムザたちは比較的簡単に文字を描写し始めることができた。
「このように…そう。僕の名前はこうなる」
書き方は違えど、文字としての全体像は相似している。頭の中でミミズが這うような文字を思い浮かべながら、覚えたてのラムザは、
見よう見まねで自分の名前を地面に刻んだ。書き終えて周りを見ると、他の二人はマドーの指導の元、地面と激しい睨みあいをしていた。
「そろそろ上がろう。このままだと日射病でどうにかなってしまいそうだ」
不意にマドーシャスがそう提案した。田んぼの地面に一心不乱に文字を書き連ねている光景は傍から見たらとても奇妙だ。
全員は久方ぶりにお互いの顔を見やり、初めて相手と自分が汗だくであることに気付いた。
「確かにそうだ。ああ、近くに大木があるんだ。そこで日陰ぼっこをしようや。ああ、宿からキンキンに冷えたミルクを持ってこよう」
発起人であるマズラが夢見心地の表情でそう述べ、本日の講義は終了した。
113:月光 chapter3. 6/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:49:19 xk1g0gHN0
市場にはアグリアスとマウリドがぽつんと取り残されていた。
店主たるシュガリーは現在、教会への礼拝及び自由時間のため外出中だ。他の者に店を任せることなど普通ならば考えもつかないが、
“どうせ誰も来ないし”という言葉一つで三者は三様に納得した。
事実、アグリアスはシュガリーと出会ってからずっと重きをこの店に置いているが、マウリド以外の訪客を見かけた事が無かった。
店主がこのような有りさまなのだ。本人と顔見知りでなければ、よほどこの店に足を運ぶ事はないだろう。
そして、今も珍客は訪れない。
「暇ですね」
マウリドの言葉にアグリアスは苦笑しながらも頷いた。すぐに沈黙が店を包み込む。
アグリアスはこのマウリドという少女があまり得意ではなかった。笑顔を絶やさずにいるが、その実、
何を考えているのかてんで知れないのである。
「アグリアスさんのいた所は、ここと同じ平穏な場所なんですか?」
アグリアスは首を横にふった。
そして、畏国内には領地を統べる貴族の王が存在し、市民とは絶対的な差が存在している状況を説明した。
「へえ。そうなんですか。住みにくい世界なんですねえ」
大よそ他人事のようにマウリドは大げさに驚嘆した。仕方がない、とアグリアスは思った。
マウリドの笑顔はそこでほんの少し、狂気に歪んだ。
「アグリアスさんはそんな世界を変えようとは思わないんですか?」
アグリアスはその質問の内容に少々面食らった。
「暴虐の限りを尽くす貴族の大部分は既に戦争によって死に絶えてしまったんだ。
そんな貴族を扇動し切り捨てた、戦争を蜂起させた奴等がどこかに存在する。私たちはそんな敵を追っている。
詳しくは言えないが、世界を恐怖と混沌に変革しようとする奴等だ」
アグリアスはこれまでの旅路を振り返った。
ドラクロワ枢機卿に始まり、バリンテン大公、ゴルターナ公そしてラーグ公までもが自らの私利私欲のために聖石、争いを欲し、結果死を遂げた。
今、畏国は荒廃している。その機に乗じて教会が畏国全土を、いや全世界を支配しようと画策している。
打ち砕かなければいけない。奴等の思い通りにしてはいけないのだ。
しかし、私たちはこのようなところで一体…
114:月光 chapter3. 7/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:56:31 xk1g0gHN0
「違いますよアグリアスさん」
マウリドの言葉に、アグリアスは深い渦の只中にあった意識を戻した。
「あなた方がどれだけ苦労されたのかは多少なりともわかりました。けど、私が訊きたいのは別のことです」
マウリドはそこで一旦言葉を切り、いつも通りの清楚な笑顔を振りまいた。
「貴族と平民は同じ人間ですよ。貴族の家畜では決してない平民が、どうして貴族から無残にも物品を搾取され、
ただひたすら奪い続ける事が許されるのでしょう。
そんな支配階級が浸透する世界を、あなたは野放にし続けるんですか?」
アグリアスは冷汗三斗の思いをした。それもそのはず、少女はそのような事を笑顔のままで話しているのだ。
無邪気とは何か違う。
「努力はしているんだ。そのような者たちの気持ちは痛いほど…」
アグリアスの言葉を遮り、マウリドは、ぴょん、と椅子から跳んだ。
「アグリアスさん。あなたは“神の奇跡”を信じますか?」
アグリアスは戸惑いを隠せない。
「何を、何を言っているんだお前は」
「“神の奇跡”を信じるのは弱い人間だけ。誰かがそう言っていたわ」
115:月光 chapter3. 8/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 01:57:33 xk1g0gHN0
突如、鈍い音が広場にこだました。
広場の中心を歩いていた老婆が突然うつ伏せで倒れたのだ。
手にしていたバスケットから、果物があちらこちらに四散していく。
「!!大丈夫ですか!!」
椅子から立ち上がり、アグリアスはすぐに老婆の元へ駆け寄った。日射病ではなさそうだ。
腹部を抑えたままピクリとも動かない。
「おいマウリド!!宿に走って私の仲間に状況を説明してくれ!!隊の中に治癒士がいる!!」
116:月光 chapter3. 9/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 02:04:34 xk1g0gHN0
はて、マウリドはきょとんとした表情でアグリアスを上から見つめた。
「どうして?どうしてそのお婆さんを助けるんですか?」
アグリアスは驚嘆よりも寧ろ激高した。
「ふざけるな!!御老体が苦しんでおられるんだ!!」
「人の命がかかっているんだぞ!!」
畳みかけるアグリアスの言葉を、しかしマウリドは丁寧に首を横に振った。
「私たちは皆“神の子”です。もちろん、そのお婆さんもです。
つまり私たちは神と近い立場にいることになるのです」
朗々とマウリドは語り始める。何事かと事態を静観していた周りの人々も、
マウリドの言葉にじっと耳を傾けている。
「神は苦しんでいる人を助けてくれますか?神は貧困にあえぐ家庭にパンを恵みますか?
神はお互いが抱く憎悪を等しく取り払ってくれますか?
神は、私たちは、干渉しないんです。そのお婆さんを助けることはできません。
そうして私たちの意義が、神の定義が保たれるのです」
マウリドの演説が終わった途端、静まり返っていた市場はそれを合図にしたかのようにいつもの活気を取り戻した。
中心にいるアグリアスと老婆を抜いて。
通行人は彼女等を避けて通る。見えていないわけではない。姿をその視界に捉えながらも、まるで道端に咲く名もない花を見る要領で、
大した感情を抱かずに通り過ぎていく。
117:月光 chapter3. 10/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 02:11:16 xk1g0gHN0
「何を言っている!同じ人間だと言ったのはお前自身じゃないか!!」
商人の甲高い売り声が響く中、アグリアスは声を張り上げてそう叫んだ。
市場は一向に静まることを知らない。
「勘違いしてはいけません。そのお婆さんと私たちは同じなのです。勿論、この村にいる時点であなたも同じですが。
第一、いつの日だったか、付き添っていた子供が階段から転落したことがありました。
その時、私たちと同じ立場にいたのはそのお婆さんです。今度は自分の番が来たときっと思っていますよ」
信じられない面持ちでアグリアスは周りを見渡した。商人が、通りすがりの村人が、一度こちらを見て、
そして何事も無かったかのように日常へ戻っていく。
アグリアスは唇を噛んだ。そして、無言で老婆を肩に背負った。
今一度、市場を見渡す。
穏やかな空気がそこには流れていた。
「“神の奇跡”など、おこるはずないんですよ!」
後ろからそう叫ぶ声に続いて笑い声が聞こえたが、
アグリアスはその声を頭の中で振り払うと、一心不乱に来た道を駆けだした。
118:月光 chapter3. 11/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 02:21:30 xk1g0gHN0
アグリアスが宿屋に着いたのは数刻の後だった。居間に辿り着き、起きぬけの治癒士に老婆を見せたとき、
既に老婆は猫のように丸まったままで、その瞳を決して開けはしなかった。
遺体は宿屋の夫妻が荷台で教会まで運んでいった。
まるでジャガイモを荷台に積む要領で、荷台で運ばれていく死体を、
マズラはやりきれない表情で見つめていた。
そんな彼の表情にアグリアスは気付く余裕は既にかけらも残っていなかった。
彼女の中でのマズラ達は冷酷で狂気にまみれたものへと変貌を遂げていた。
「アグリアス姉ちゃん…」
マズラの言葉に、アグリアスは目を閉じて首を横に振る。そして無言で宿へ戻っていった。
マズラは蜃気楼があがる道に一人残された。
手にしていたミルクから、杯についた雫が途切れることなく地面にしみ込んでいく。
天気は下り坂へ向かう気配を見せていた。
119:月光 chapter3. 12/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 02:24:37 xk1g0gHN0
「あら、アグリアスは?」
シュガリーが市場に戻った時には既にアグリアスの姿はなく、
そこには朗らかな笑顔を浮かべたマウリドが待ちかまえていた。
「隊の皆と話があるんだって言って、戻って行ったよ」
「あらそう」
暗い表情でシュガリーはアグリアスのすわっていた位置に、どかりと身を下ろした。
「蝋燭が、一本消えていたわ」
ポツリとシュガリーは告げた。
「そうなの」
笑顔でマウリドはそう告げた。シュガリーは言葉を発することなく、目の前の庭園をじっと見つめている。
120:月光 chapter3. 13/13 ◆fhZWInPd1U
10/07/24 02:29:11 xk1g0gHN0
「まだ慣れないのね。人の死に」
マウリドがシュガリーを牽制した。
それに対してシュガリーは反論する。
「だって、おかしいじゃない。人間なのに、同じ人間なのに。マズラもそう言っていた」
「何度も言っているでしょう。この村では、私たちは皆“神の子”なんだよ」
マウリドはその言葉を繰り返し使った。
沈黙が二人の周りを覆う。
マウリドはにわかに立ちあがり、目の前に広がる庭園に足を踏み入れた。
その中、花壇の中ですくすくと育つ一片の花を、マウリドは静かに摘んだ。
「今日はこの花を。押し花にでもしようかな」
「それは…エンドウの花?」
シュガリーが尋ねる。
嬉しそうにマウリドが頷いた。
「うん。
花言葉は、そうね。
“永遠に続く楽しみ”」
121:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/24 02:30:15 xk1g0gHN0
次でラスト バイビー
122:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/24 02:56:33 oLQoGAtu0
>>105 >>121 乙です
もうちょっとだけ続くよ 例によって空気なんか読まない
123:オトメの悩み(1/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 02:57:31 oLQoGAtu0
「ねぇ、ラヴィアン。最近、私達って……ちょっとヤバいわよね」
「そうね……しかも、ちょっと、って感じじゃないわよね、アリシア……」
ふたりは顔を見合わせて、大きくため息をついた。
この前立ち寄った街でのことである。
長い行軍から解放され、皆がそれぞれに羽を広げられる。
とりわけ、女性陣の楽しみのひとつが、入浴である。
行軍中はなかなかそんな機会はないので、街の宿屋での入浴は大きな楽しみなのである。
宿の浴室はそれなりに広いので、たいてい数人で一緒に入ることになる。
その日は、アグリアス、アリシア、ラヴィアンの3人で入浴することになっていた。
「では、先に入っているぞ」
そう言って、アグリアスは浴室へ入る。
普段は厚い騎士服に隠れてあまり目立たないが、アグリアスは素晴らしいスタイルをしているのである。
女性らしい豊かな胸と、日々の厳しい鍛錬できりりと引き締められた体は、女性から見てもため息が出るほど美しい。
もっとも、本人にその自覚が全くないので、ある意味宝の持ち腐れでもある。
その後姿を見てから、アリシアとラヴィアンは自分の体を見た。
胸の大きさは敵うべくもないが、問題はそのたるんでしまった体であった。
お腹回りはたるんでぷよぷよ。足も太くなってしまった。
それと言うのも、最近アリシアもラヴィアンも、戦闘へ出撃する機会がめっきり少なくなってしまったのだ。
そのせいか鍛錬も最近はさぼり気味である。
決してこの2人の力が劣っているわけではないのだが、アグリアス、メリアドールの女騎士コンビ、銃使いのムスタディオ、
ドラゴン使いのレーゼに元聖騎士ベイオウーフ、さらには剣聖オルランドゥの参戦と、
実力十分の人材が揃っているこの隊にあっては、どうしても見劣りしてしまう。
そのため後方支援や偵察、儲け話への派遣といった任務が主となっていたのだが、やはり前線で戦うのとは訳が違う。
隊の人材が十分でないうちは、アグリアスと共に戦場を駆け回っていたものだ。
あの頃は、やはりそれなりに締まった体だったのであるが、今やこの有様である。
「ハァ……」
2人はため息をついて、アグリアスの後に付いて浴室へ入っていった。
「私、この隊に参加した頃の軽装衣が着れなくなってたわ」
「私も……。足も太くなったから、ブーツが最近キツイのよね」
「……ラヴィアン、このままじゃまずいわ!痩せるのよ!」
「そうね!やりましょ!アリシア!」
「目標は、アグリアス様よ!強くて綺麗な女になるのよ!」
「え~。ちょっと目標が高くない?」
「何言ってるの!目標は高いほどいいってアグリアス様もおっしゃってたわ」
「でも、どうやって痩せようか?」
「うーん、そうね。……アグリアス様の鍛錬に付き合う、っていうのはどうかしら」
「え~……あれに付き合うの~」
「あのくらいやらないとダメよ!頑張りましょ!」
「……そうね。頑張らないと!」
124:オトメの悩み(2/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 02:58:33 oLQoGAtu0
翌朝。
日が昇らないうちから、アグリアスは起き出して、朝稽古の準備をしていた。
これが彼女の毎朝の日課である。
昔はアリシアとラヴィアンも叩き起こして連れて行ったものだが、
別働隊として行動することも多くなってしまった今は、アグリアスひとりであった。
支度を済ませて、アグリアスが宿から出ると、アリシアとラヴィアンが宿の前で待っていた。
「おはようございますアグリアス様!」
にこやかに挨拶する2人を見て、アグリアスは訝しげに聞いた。
「何だ。アリシアにラヴィアンか。どうしたこんなに朝早くに」
「朝稽古にお付き合いさせて頂けないでしょうか!」
「どういった風の吹き回しだ。前はあんなに嫌がっていたじゃないか」
「最近鍛錬が足りないと思いまして……。ここはひとつ、アグリアス様に付いて鍛えて頂こうと」
「うむ。心意気はよし。最近は稽古も付けてやれなかったからな。よし、付いて来い。ただし、容赦はせんぞ」
アグリアスは笑顔になって言った。久々に部下が付いて来るのが嬉しいのだろう。
アグリアスの朝稽古は相当のものである。
街外れまで駆け足。準備運動の後、鎧を付けて剣の素振りを200回。盾の取り回しを200回。
刃のない模造剣で乱取り。そしてまた街まで駆け足、また戻ってきて素振り―
「ほらどうしたアリシア!もう腕が上がっていないではないか!」
昇り始めた朝日の中、アグリアスの大声が響く。
「うひ~。もう無理です~」
アリシアが剣を放り出してへたり込む。
剣、といってもアグリアスの訓練用模造騎士剣で、普通の剣の倍ほどの重量があるものだ。
アグリアスはこれを軽々と振り回す。今のアリシアには素振り100回が限界であった。
「ラヴィアン!もう1往復だ!」
アグリアスが街から走って帰ってきたラヴィアンの方へ向かって叫ぶ。
もうすでに、歩いて半刻の道程を全力疾走で5往復はしたはずだ。
「ひぃ~。もう勘弁して下さい~」
ぜいぜいと息を切らしてラヴィアンが倒れ込む。
「全く……。普段怠けているからだ。だらしないぞ2人とも」
あきれた顔でアグリアスは言う。
そういう彼女はもう素振りを1000回はこなし、街まで10往復を走ってきたのである。
ふらふらになって宿に戻ると、2人はそのままベッドへ直行である。
「ね、ねぇ……アリシア……。これを……毎日……やるの……?」
息も絶え絶えに、ラヴィアンが聞く。
「が、頑張るのよ……頑張れ……私……」
アリシアはうわごとの様につぶやくのだった。
125:オトメの悩み(3/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 02:59:53 oLQoGAtu0
「あれ、今日は飲みに行かないのか?」
宿の廊下でムスタディオがラヴィアンに聞いた。
ムスタディオにしろラヴィアンにしろ、酒量はなかなかのものであり、
街へ着くと酒場へ繰り出すのが毎度のことになっていたのだが―
「う、うん。今日はやめとく」
「珍しいな。ラヴィアンが行かないなんて」
「うん、ちょっと、ね。ほらほら、私はいいから、さっさと行きなさいよ」
ラヴィアンはムスタディオを追い払うと、部屋に入ってドアを閉めた。
(もう!私だってっ……飲みに行きたいわよっ!)
部屋の壁には、ラヴィアンの字で大きく「禁酒」と書かれた紙が貼ってあった。
その横には、アリシアの字で「甘いもの禁止」と書かれた紙も貼ってある。
「え~。アリシアは行かないの?」
宿の食堂で、ラファがアリシアに聞いた。
「うん、ごめんねラファ。ちょっと用事があるのよ」
「用事は後にできないのか?この前砂海亭のケーキが食べたいと言っていたじゃないか」
ラファを連れたメリアドールが聞く。
「そうだよ~。美味しいって評判なのに」
「う、うん。ごめん。今日はちょっと、ね。2人で行って来て」
「そうか。では行こうかラファ」
「は~い!」
2人は食堂を出て行く。この2人は相当の甘いもの好きで、よく連れ立ってケーキや菓子を食べに行くのである。
普段はアリシアも一緒なのだが―
(う~!私だって、食べに行きたいわよっ!砂海亭のケーキ……)
宿での夕食は、だいたいどの街の宿屋でも、食堂で好きなものを注文して食べる仕組みとなっている。
外で済ませてくる者もいるため、食事の時間はまちまちである。
アリシアとラヴィアンが早めの夕食を食べていると、アグリアスが食堂にやってきた。
「……なんだ2人とも。それだけしか食べないのか?」
アリシアの夕食を見たアグリアスが聞く。アリシアの夕食は、パン2切れに小皿のサラダにスープ。
隣で食べているラヴィアンの食事も同じものだ。
かたやアグリアスの食事は、パン4切れにチーズ2個、スープ、焼いた鶏肉に付け合せの馬鈴薯、サラダ1皿。
「あ、ええ……。最近ちょっと食べ過ぎてますから」
ラヴィアンが答えた。
「そうか。食べすぎは良くないが、食べないのも良くないぞ。いざという時に力が出ないのでは困るからな」
そう言って、アグリアスはテーブルに着いて食べ始めた。
(アグリアス様って、ホントによく食べるわよね)
(でも、太ったりしないのよね)
2人は顔を見合わせた。
126:オトメの悩み(4/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 03:01:18 oLQoGAtu0
翌日も、2人はアグリアスと共に朝稽古である。
今日は街を発つ日である。へとへとになって宿に帰ると、休む間もなく出立の支度に追われる。
食料や水を荷車に載せたり、各人の荷物や武具をチョコボ車に積んだりと、結構な重労働なのだ。
「それはそっちの車に乗せるんだ。……そっちはまだ乗るのか?」
食料の入った重い木箱を抱えたまま、アグリアスはてきぱきと指示を出して荷をまとめる。
(あの稽古を軽々とこなして、まだ余裕があるなんて……アグリアス様ってやっぱりすごいわよね)
重たい木箱や樽に悪戦苦闘しながら、改めてアグリアスの力に驚くラヴィアンであった。
「あ、レーゼさん。重いものは俺持ちますよ」
鉄鎧を運んでいたレーゼにムスタディオが言うが、
「大丈夫よこのくらい。あまり楽するとアグリアスに怒られちゃうわ」
涼しい顔でそう言って、レーゼは荷車に鎧を積み上げていく。
横で剣を車に積んでいたアリシアは驚いていた。
アリシアもナイトであるから、鉄鎧の重さは身にしみて知っている。それをレーゼは、いくつも軽々と運ぶのである。
(美人でスタイルいいだけじゃダメよね。レーゼみたいに、強くて綺麗な女になりたいわ)
アリシアは改めて心に誓うのであった。
行軍中でも、アグリアスの稽古は変わらない。さすがに戦闘があった日は休んでいるが、それ以外は毎日だ。
「鍛錬できるときにやれるだけやれ。実戦で鍛錬不足を後悔しても遅い」
それが、彼女の座右の銘である。
厳しい稽古に音を上げながら、アリシアとラヴィアンの鍛錬は続く。
だが、毎日少しずつではあるが、2人はアグリアスの稽古についていけるようになっていた。
そして数日後。
「よし、今日はここまでにしよう!」
アグリアスの声で、今日の稽古は終了となった。
「うへ~。もう動けない~!」
「やっと終わった~!」
2人は倒れこんで大の字になる。その2人を覗き込んで、
「最近やっと私に付いて来れるようになったな。上出来だ」
アグリアスは笑顔でそう言って褒めた。
「えへへ……ありがとうございますアグリアス様~」
「頑張ります~」
この2人にとっても、稽古についていけるようになったのは成長している証だ。
もともとはアグリアスに付いて戦っていた2人である。最近はさぼり気味、とはいえ、
きちんとやれば、まだまだ十分に付いて行けるのである。
何より、普段あまり褒めたりしないアグリアスに褒められたのは、素直に嬉しかった。
「だが、まだまだ、だ。これからはもっと厳しく行くぞ」
「え~!勘弁して下さい~!」
「これ以上やるの~?」
「ははは。この程度ではつまらんだろうからな」
そんな3人の笑い声はいつまでもやまなかった。
127:オトメの悩み(5/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 03:10:23 oLQoGAtu0
「ラムザ、頼みがある」
部隊の作戦本部でもあるラムザの天幕で、アグリアスはラムザに言った。
ラムザの横ではオルランドゥとベイオウーフが、進行先について議論をしていた。
「何ですか?」
手に持った書類から顔を上げてラムザが聞く。
「アリシアとラヴィアンを、前線での戦闘に参加させて欲しい」
「え?」
ラムザが驚いた顔をする。
たった今、オルランドゥとベイオウーフが検討していたのも、次の進行先の前線へ誰を参加させるか、ということであった。
前線は、敵へ真正面に対峙する、最も危険な戦場である。それなりに実力のある者でないと務まらない。
これまでベイオウーフ、アグリアス、メリアドール、オルランドゥ、そしてラムザが前線での主力として戦ってきた。
皆、一騎当千の強者ばかりだ。
アリシアとラヴィアンは、果たしてこの面々と対等の実力があるのだろうか。
ラムザは総隊長である。部隊を預かる身として、感情に流されることなく、それらを冷静に判断する必要がある。
「毎回、とは言わない。1回だけでもいい。責任はすべて私が持つ。頼む」
そう言って、アグリアスは頭を下げた。
「ちょ、ちょっと……頭を上げてください」
ラムザが慌ててアグリアスを制する。彼女にとって、この行動は決して安いものではない。
それでもアグリアスは、部下のために頭を下げたのだった。
「大丈夫なのかい?彼女らはずいぶん実戦からは遠ざかっていたようだけど」
ベイオウーフが聞く。
「うむ。前線の崩壊は部隊の死活を決めかねん。人選は慎重に行う必要がある」
オルランドゥも意見を述べる。
「あの2人は、以前は私と共に戦場で戦っていたのだ。今でこそ出撃の機会は減ってしまったが、
十分に戦えるだけの実力はまだまだあるはず。
それに、ここ数週間の鍛錬で、彼女らは見違えるように逞しくなった。私はその努力を買いたい。
しかし客観的に見れば、他の面々に劣るのは致し方ないところ。
だが私が出来うる限り2人の補佐をしよう。万が一2人が参加したことで前線が崩壊したならば、
その責任を私がすべて引き受けよう。……あの2人の力なら、やれると私は確信している」
アグリアスには自信があった。アリシアとラヴィアンを1番よく知るのは私だ。必ずやれる。
「……分かりました。希望に添えるかどうかは分かりませんが、明日の出撃から、検討してみます」
ラムザが答えた。
「よろしく頼む。では失礼する」
「確かに、アリシアもラヴィアンも最近鍛錬はよくやっているね。アグリアスに付いて鍛えているようだ」
ベイオウーフが言う。飄々としているが、実は部隊一の事情通である。
「少々不安はあるけれど、大きな戦いでなければ、十分通用するだろう。実戦の勘を取り戻せれば、だけどね」
「鍛錬で培った実力を量るには実戦が一番であろう。もっとも、過信は禁物であるが。
2人がアグリアス嬢と共に戦うならば、さして大きな問題にはなるまい」
これはオルランドゥ伯の意見。どちらの意見もだいたい好印象のようだった。
「……次の出撃先は?」
ラムザが聞いた。
「えーと……スウィージの森あたりか。進軍先に敵の小部隊がいたっていう報告がある。
偵察隊からの報告では10部隊ほど、だそうだ」
地図を見ながらベイオウーフが答えた。
「まずまず、戦えそうだね。ここならば、実力を見るにはうってつけじゃないだろうか」
「よし、ではそこでの戦闘要員を決めよう。まずは……」
128:オトメの悩み(6/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 03:12:02 oLQoGAtu0
我ながら、らしくないな。
だが、またお前達と戦場へ行くことができるなら、安いものだ。
アリシア、ラヴィアン。また、共に戦おう。
そう思いながら、アグリアスは自分の天幕へ戻って行った。
強く美しく。そんな2人の思いは、予期しない方向へ進み始めたようであった。
翌日。
「では、今日の出撃要員を発表する。呼ばれた者は速やかに出撃準備にかかるように」
ラムザは主だった者を天幕に集めて、その日の出撃要員や作戦の発表をする。
行軍中の朝の定例行事だ。
「今日の出撃要員は、ベイオウーフ、メリアドール、アグリアス、アリシア、ラヴィアン。以上だ。奮闘を期待する」
名前を呼ばれたアリシアとラヴィアンはぽかんとしていた。
(え?え?私が?出撃要員?)
(出撃って……前線への出撃って……ことよね?)
命令を受けて、天幕から全員が出ていく中、まだ状況が飲み込めず、
呆然と立っていた2人に、アグリアスが声をかけた。
「遠慮はいらん。思い切り戦えばいい」
「え、いえ……アグリアス様……その」
「さっさと支度をしろ。半刻後には出撃だ。集合場所は軍門前だぞ。場所は確認しておけ」
そう言い残して、アグリアスは天幕を出て行った。
2人は顔を見合わせた。
「ど、どうしよう……」
「ど、どうしよう、って……どうしよう」
戦闘なんて久々だ。しかも最前線での戦いとなる。
そもそも、なぜ自分達が選ばれたのかが分からない。もっと強い人なんてたくさんいる。
普段は偵察とかが精々なのに……。
「やあ君たち。準備は早めに済ませてくれよ」
そう言いながら天幕に入ってきたのはベイオウーフであった。
「あ、ベイオウーフさん……」
「どうしたんだい?」
「いえ……どうして私達が戦闘要員に選ばれたのかな、って……」
「アグリアスから聞いてないのかい?君たちを推薦したんだよ。戦闘に参加させて欲しい、ってね」
「あ……」
2人はここで自分達の置かれた状況を理解した。
自分達の力を試すため、周囲の人にその実力を示すため、アグリアスは自分達を指名したのだ。
「今回は敵の数も多くはないし、そう激しい戦闘にはならないはずだ。
2人とも本格的な戦闘は久々だろうし、感覚を取り戻すつもりでやればいい。大丈夫だよ」
「はい。頑張ります!」
「及ばずながら、精一杯やります!」
2人は答えた。
「うん、お互いに頑張ろう。それじゃ、集合は軍門前だよ。遅れないように」
そう言ってベイオウーフも天幕を出て行った。
最前線での戦闘など最近では滅多にないことである。
予想していないことではあったものの、アリシアもラヴィアンも、
戦闘、という実感が湧いてくると身が引き締まる思いがした。
この感触、緊張感も久々であった。ともかく、やるしかない。
「……行きましょ、ラヴィアン」
普段は温和なアリシアの表情が、険しいものになる。
「ええ。やりましょ、アリシア」
ラヴィアンの眼光が鋭くなる。
2人は拳を打ちつけあってから、戦闘準備をするため、天幕を出て行った。
129:オトメの悩み(7/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 03:14:05 oLQoGAtu0
戦闘は前線部隊が敵と接触して始まった。敵の数は偵察隊の報告どおり10部隊。
しかしこの中の1部隊が曲者で、モンスターを引き連れた部隊が参加していたのだ。
偵察部隊の報告にはなかった部隊である。
モンスターには凶悪なミノタウロスやクアール、ジュラエイビスなどがおり、侮れない戦力であった。
ラムザ隊は本隊を中心とし、右翼にメリアドール、左翼にベイオウーフが布陣した。
アグリアスは先鋒、敵部隊の突破を目標とした。
「ラヴィアン!アリシア!私に続け、遅れるなッ!!」
「はいッ!」
「了解ッ!」
アグリアスが剣を構えて突撃する、その後ろをアリシアとラヴィアンが追走する。
3人が揃って戦うのも久々であった。
オヴェリアの護衛をしていた騎士団時代や、ラムザと出会った頃は、まだこうして戦っていたのだ。
始めこそ3人の呼吸が合わず、苦戦する場面もあったのだが、徐々に息が合い、連携も取れるようになってきた。
(こんな風に戦うのは久々ね。思いっきりやるわよ!)
(この感じよね!アグリアス様!)
2人は先頭を走るアグリアスの後ろを護り、お互いに背中を預けあって戦う。
(やはり頼もしい。私の判断は正しかった。私の背中を真に護れるのは、お前達のほかにいない!)
アグリアスも後方へ気を配ることなく、全力で正面の敵に当たることが出来るのである。
「素晴らしい」
戦況を見つめているオルランドゥが呟いた。
日の光を受けて白く輝く鎧を身に着けた3人が、美しい三角形を描いて敵陣に突撃していく―
(ひとりひとりは小さく弱くとも、信じあい、心を通わすことで、人は強くなれる―か)
他の方面の部隊も敵陣を次々と突破してゆく。もともとが小部隊の敵は各個撃破され敗走した。
だが、厄介なのは、敵が連れているモンスターである。
野生種を戦闘用に調教したモンスターだ。戦闘力は野生種をはるかに上回る。
敵陣を突破するアグリアス達3人の前に、最後に立ちはだかったのは、怒りに狂う猛獣ミノタウロスだった。
見上げるほどの巨大な体を怒りに震わせ、人間ほどの大きさもある巨大な石斧を振り回してくる。
受け止めよう、などと考えようものなら、一瞬で叩き潰されてしまう。
さすがの3人もかわすのが精一杯だ。
「これでは埒が明かん!アリシアは左へ!ラヴィアンは右へ!」
足元に炸裂する大斧をかわし、アグリアスが叫ぶ。
「正面は私が引き受ける!左右後方から挟撃しろ!」
「はいッ!」
「ご無事で!」
瞬時にアリシアとラヴィアンは左右へ走る。
瞬間、ミノタウロスの振り抜いた大斧をぎりぎりでアグリアスはかわした。
大斧の風圧で、顔の皮膚がわずかに切れた。さっと血が流れるのが分かる。
「さぁ来い!お前の相手はこの私だッ!!」
流れる血を指で拭い、体勢を立て直して剣を構え、アグリアスはミノタウロスに対峙した。
アリシアとラヴィアンは木立の間をすり抜けるようにして走ってゆく。
後方へ回り込むには、ミノタウロスの視界と大斧の有効範囲から離れ、森の中を大きく迂回しなければならない。
途中、行く手を遮る蔦や枝を剣で切り払い、倒木を盾で払いながら進む。
(ふん、こんなの何よ!)
(ふん、こんなの何さ!)
2人は藪に足を取られ、立ち木の枝で傷つきながらも走った。
((普段の稽古のほうが、よっぽどキツイわよっ!!))
130:オトメの悩み(8/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 03:15:32 oLQoGAtu0
「大気満たす力震え、我が腕をして、閃光とならん! 無双稲妻突き!」
アグリアスの放つ光り輝く気の柱がミノタウロスを貫く。
だが怯むことなく、ミノタウロスは突進しつつ斧を振り回してくる。
「くっ!」
斧が兜をかすめてガチリと鳴る。後ろへ飛び退いてかわしたが、このままではいずれ追い詰められてしまう。
(あと一歩、あと一歩踏み込めればッ!)
あと一歩踏み込めれば、致命傷を与えることもできる。
しかしミノタウロスの突進と大斧の圧力は凄まじく、その隙はなかなか生まれない。
(まだかッ、アリシア、ラヴィアン!)
そしてほぼ同時に、アリシアとラヴィアンは森を抜け、ミノタウロスの側面やや後方へ出ることに成功した。
「行くわよアリシア!」
「ええ!ラヴィアン!」
2人は同時に、雄たけびを上げてミノタウロスへ突撃する。ミノタウロスが後ろへ気を取られ、大きな隙が生まれた。
(今だッ!!)
「せやぁぁぁーーーッ!!」
アグリアスはミノタウロスの懐に飛び込み、その喉笛に剣を突き立てる。
同時に左右からアリシアとラヴィアンの剣がミノタウロスの体に突き立てられた。
「グワオォォォ!!!!」
壮絶な断末魔の声を上げて、ミノタウロスは倒れた。
「やった……!」
へなへなと座り込むアリシアとラヴィアン。疲労がどっと押し寄せて、立ち上がることすらできない。
「よくやった……!よくやったぞ!2人とも」
息を弾ませて、アグリアスが2人の元へ歩み寄り、手を差し伸べる。
手を握ると、ぐい、と引っ張り上げられた。
「さあ、しっかり立て。戦果の報告をしに行こう」
「え、ええ……でも……腰が抜けて……」
「わ、私も……」
「仕方のない奴らだ。私につかまれ」
アリシアとラヴィアンを両肩で支えて、アグリアスは陣へと戻ってゆく。
「私だけでは、あれに勝つことは難しかっただろう。お前達がいたからこそ勝てた。
この勝利は、たゆまず努力を続けた、お前達の勝利だ」
アグリアスはそう言って、2人を祝福した。
(そんなことないと思う、けど嬉しい!頑張ったかいがあったわ!)
(そう言って貰えると凄く嬉しい!また一緒に戦いましょう、アグリアス様!)
2人は改めて、アグリアスの部下であることを誇りに思ったのだった。
本陣へ帰ると、3人を待っていたのは皆の祝福だった。
「おめでとう!すごいわ!」
「やったな!おめでとう!」
その賞賛と祝福の向こうに、ラムザとオルランドゥが待っていた。
「アグリアス、只今帰陣いたしました」
アグリアスは2人を肩から下ろし、普段どおりに膝を付いて帰陣の報告をする。息すら切れていない。
「アリシア……き、帰陣いたしました」
「ラ……ラヴィアン……帰陣いたしました」
アリシアとラヴィアンは、まだ息を切らしてへとへとの状態だった。
「3人とも、本当によくやってくれました。特にアリシアとラヴィアン。
久々の実戦にも関わらず、ぴったりと息の合った連携は見事でした」
ラムザが褒める。
「素晴らしい戦いぶりであった。これも日々の鍛錬の賜物であろう。以後も精進せよ」
オルランドゥからもお褒めの言葉を頂いた。
「あ、ありがとう……ございます……」
2人はそれだけ言うのがやっとである。
(早く横になりたいっ!)
(水が飲みたいよ~っ!)
131:オトメの悩み(9/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 04:00:17 oLQoGAtu0
「今、帰還した」
男の声が、アグリアスの天幕の外から聞こえてきた。
「ああ、ご苦労」
外の人影に向かって、天幕の中のアグリアスが声をかけた。
「あまりにも見事な戦いぶりだったんで退屈だったぜ」
「ははは、すまんな。これで、あの2人もまた成長するだろう。前線での活躍も期待できる」
「……万が一の時に備えて伏兵まで用意しておくとはね」
「責任を取るとは言ったが、それは私が斬り死にすれば済むということではないからな。
ともかく、伏兵を使うような事態にならなくて良かった。お前には退屈させてしまったようだがな」
「ふん、たまにはこんな仕事もいいさ」
アグリアスは天幕の入り口まで行き、そこにうずくまる影に言った。
「急な任務だったが、よくやってくれた。感謝するぞ、マラーク」
「お安い御用さ」
「日々の鍛錬、か……。確かに強い女にはなれたわよね」
「綺麗な女にはなったのかな?」
「どうだろうね」
「でも……確かに痩せたわよね、私達!」
「よし、今日はここまで!」
アグリアスの号令で、今日の朝稽古は終了である。
「んーっ!いい汗かいた~」
「あ~お腹すいた~!」
すっかり朝稽古が板に付いたアリシアとラヴィアンがいた。
アグリアスとほぼ同じだけの稽古をこなして、まだ余裕がある。2人は鍛錬を楽しむほどにまで成長したのだった。
2人の出撃の機会はやはり少ないものの、欠員が出たときの補充要員として重要な戦力となっていた。
いざ戦闘となれば、アグリアスとの3人での連携攻撃は凄まじく、敵から恐れられた。
朝稽古が終わって宿に戻り、汗を流しに3人で入浴した。
「では先に入っているぞ」
アグリアスは先に浴室へ入る。アリシアとラヴィアンは、自分の体を姿見に映してみた。
たるんでいたお腹回りや足はキュッと引き締まり、適度に筋肉のついた均整の取れた体がそこにある。
減量は見事に成功した。と言うより、日々の鍛錬が身に付いたおかげで、余計なものが体から取れてしまった、
というのが正しいだろう。
「うーん、我ながら、よくここまでやったと思うわ」
ラヴィアンが姿見の前でポーズをとる。アグリアスほどではないが、なかなかのスタイルである。
「もう少し、胸が大きいといいんだけどなぁ……」
アグリアスやレーゼの大きな胸を思い浮かべて、アリシアはちょっと残念そうに自分の胸を見た。
ちなみに、胸のサイズはラヴィアンのほうがちょっとだけ上だったりするとか。
稽古の後のもうひとつの楽しみが食事だ。朝稽古の後の朝食の味は格別である。
痩せるために食事量を抑えていた2人だが、今や普通の男性並みの食事量となっていた。
それだけ食べないと体の維持ができない。アグリアスがよく食べる理由が分かった2人だった。
(アグリアス様が太らないのって、食べた分運動してるからよね)
(あれだけ稽古してれば、お腹減るの当たり前よね)
(もちろん私達だって同じよね!)
132:オトメの悩み(10/10) ◆YO1phvHRhQ0i
10/07/24 04:01:04 oLQoGAtu0
「ごちそうさま~!」
今日も朝食をぺろりと食べてしまった2人。
「ねーねーアリシア。今日はリジェールのケーキ食べに行くんでしょ?」
ラファがアリシアのところへやってくる。この街で美味しいと評判のケーキ屋へ行く約束をしているのだ。
「うん!どんなお店か楽しみよね~」
「レーゼとメリアドールも行きたいって言ってたから、あとで誘ってみるね」
「そうね。みんなで行きましょ。ラヴィアンも行くでしょ~?」
「うん、行く行く!」
「あれだけ食ってまだ食うのかよ、アリシア」
食堂で朝食を取っていたムスタディオがあきれたように言った。
「甘いものは別腹なのよん」
アリシアは涼しい顔をして食堂を出て行った。
「凄いな……」
隣にいるラッドもあきれ顔である。
「でも、アリシアって最近綺麗になったよな」
ラッドがそんなことを言い出す。
「うん、確かに。ラヴィアンも痩せたし、美人になったよな~」
ムスタディオも同意する。そして、ニヤリと笑ってラッドの方を向いた。
「ラッド~。お前、もしかしてアリシアを~?」
「い、いや違うよ、そういう意味じゃなくて!」
ラッドが真っ赤になって否定する。
「照れるなよ。今度、飲みに誘っといてやるからさ」
「……頼むよ」
その日の夕方。
「ムスタディオ!今日は飲みに行くわよ!」
ラヴィアンが、宿で暇そうに本を読んでいたムスタディオの背中をばしっと叩いて言った。
「おお、ラヴィアンか。いいぜ。どこに行くんだ?」
「ベヒーモスのステーキが食べられるお店があるんだって!今日はそこへ行きましょ!」
「そいつはいいな。行こう行こう!」
「アグリアス様も誘っておいたから、楽しみにしててね~」
「な!……ば、馬鹿!アグ姐は関係ねぇだろ!」
赤面して慌てるムスタディオを見て、ラヴィアンは笑った。
こうして、アリシアとラヴィアンは「強くて綺麗な女」になることができたのであった。
後日。
その日は、レーゼ、アグリアス、アリシア、ラヴィアンの4人で入浴する日だった。
「それじゃ、お先に」
レーゼは、むっちりした体をタオルで覆って浴室へ入ってゆく。
アグリアスのすらりとした体とは対照的な、女性らしい魅力に溢れている。
「……うむむ」
見ると、アグリアスが難しい顔をして、自分の体を姿見に映していた。
「どうかしましたか?」
アリシアが尋ねた。
「いや……。私の体は、どうにも筋肉が目立ってしまっていかん。
……どうやったら、レーゼのように女らしい体つきになれるのだろう、と思ってな」
(……人の悩みって)
(……それぞれなのよね)
2人は顔を見合わせて笑ったのだった。
END
133:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/24 09:26:32 7fWSvNp60
御三方、SS投下乙でありますwww
134:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/24 15:29:29 HnG8HJLj0
少女向けの読み物の主人公という感じのアリシアとラヴィアンが良いね。
奇をてらわない、素直な面白さがあった。
135:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/25 00:45:06 964ZNKg80
SS乙!
月光はがぜん面白くなってきた!次回が楽しみだ
136:名前が無い@ただの名無しのようだ
10/07/25 07:33:16 nJeEM0nZ0
月光これにて完結
すさまじく長いですがご容赦のほどを ゆっくりと投下
137:月光 最終章 1/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 07:36:28 nJeEM0nZ0
ラムザたちが宿屋に戻ってきたのは夕飯時だった。そのまま顔を洗い食事となる。
居間ではやはり、どこかしこから村人が集まり宴が催されていた。
暫くマズラと、市場から帰ってきたシュガリーの三人で食事を取っていたラムザだが、
その場にアグリアスの姿が無いことに気付くのにそう時間はかからなかった。
「そんなに気になるんなら行けばいいのに」
ソーセージを頬張りながらマズラは至極当然のことを述べた。マズラの隣では、
気落ちした表情でシュガリーがミルクをすすっている。
「ラムザ、行ってあげて。…ごめんなさい。今は、私も彼女をいたわる余裕は…」
シュガリーの意を酌んだラムザは階上へ行く決心を固めた。
138:月光 最終章 2/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 07:46:38 nJeEM0nZ0
「アグリアスさん。もう食事はできていますよ」
扉越しに聞こえてきたその声に、アグリアスは瞼を開けた。
電灯を付けずにそのままベッドに倒れこんだせいか、部屋は薄暗い。窓に映える夕焼けの光が長く部屋の端まで伸びている。
夕焼けを浴びるアグリアスは茫然自失としていた。
「アグリアスさん?入りますよ?」
再び聞こえてきたラムザの声に意識を覚醒させる。
髪はくしゃくしゃ、部屋は若干汚い、まずい。
このままラムザを部屋に通してしまうわけにはいかない。
騎士の、女の意地だ。
「待て、ラムザ!少し待ってくれ」
物がお互いに擦れる音、衣の擦れる音が扉越しに響いたが、暫くしてアグリアスの許可が下りた。
気が気でなかったラムザは扉を開け、中に入った。
139:月光 最終章 3/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 07:57:48 nJeEM0nZ0
「珍しい。寝ていたんですか」
無礼とも言えるラムザの言葉に、急いで身なりを整えたのか、
ベッドの上で不自然な格好で腰を下ろしているアグリアスは顔を憮然とさせ、反論した。
「うるさい。少し考え事をしていただけだ。
…そんなことより、ラムザ。今日の昼間の話は聞いたか?」
「…マズラから聞きました」
「…そうか」
「彼は、貴方がとてもこの出来事に落胆している、と」
「…ラムザ。私はもう、誰を信じてよいのか…」
アグリアスはそうぽつりと呟き、窓の外を眺めた。
先程現れたばかりの満月と目があう。心なしかアグリアスに向かって笑いかけている。好意的なそれではない。
彼の周りには昼間の名残だろうか、雲の小型艦隊が彼を包囲するようにゆったりと飛行を続けている。
『今晩デートにでもお誘いなさいな』
昼間のシュガリーの言葉がアグリアスの頭の中で反復された。正直、今は誰とも話していたい気分ではないが仕方ない。
「なあラムザ。行きたい場所があるんだ。一緒に付いてきてくれないか?」
この言い方では逢引のそれとは若干異なるが、と心の中で苦笑しながらも
懸命にアグリアスは言葉を絞り出した。
「はい。お好きにどうぞ」
目を丸くしたラムザの表情が可笑しく、アグリアスはほんの少し口元を緩めた。
140:月光 最終章 4/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 08:06:07 nJeEM0nZ0
「こんなところに階段があったなんて…」
教会の、閉じられた入口の裏手に二人が回ると、そこにはシュガリーが言っていた通り、
古びた階段が教会のてっぺんまで繋がっていた。
この頃にはアグリアスの気分も幾分か晴れ、ラムザとの会話を楽しむ余裕ができてきていた。
ラムザは断片的ではありながらも、大よそアグリアスが今日体験した出来事を理解した。
アグリアスは、マズラとシュガリーがこの出来事にマズラとシュガリーが心を砕いていること、
そしてアグリアスをまるで家族のように心配していることを聞いた。
アグリアスの心をいつの間にか、温かい感情が占めていた。
階段が終わりを迎える。二人は展望室に到達した。塔の最上部は小さな吹き抜けになっていて、村を容易に一望できた。
「うわあ。意外とこの村は広いんですねえ」
アグリアスの隣で、ラムザは子供のようにはしゃいでいる。
来てよかった、心底アグリアスは安堵した。
そして何の気なしに、村の城壁の外を見た。
見てしまった。
141:月光 最終章 5/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 08:13:23 nJeEM0nZ0
アグリアスの顔が瞬時に、驚きそして恐怖に塗り替えられる。
「!!ラムザ!!見てくれ!!村の外を見るんだ!!」
アグリアスの張りつめたような声に足元の景色を楽しんでいたラムザは、アグリアスの怒声に
一瞬よろめいたがすぐに態勢を立て直した。そしてアグリアスの視線を辿り、城壁の外の景色を眺めた。
「…そんな馬鹿な…!!」
地平線が見える程に果てなく続いていた草原は一切合財姿を消していた。
そこにはただ闇が延々と続いていた。暗闇による視覚の影響も二人は念に入れた。満月の光が
暗闇を多少なりとも取り払っているから草原の片鱗が姿を現していてもおかしくないのだ。
しかし、そこはただ無とも、黒ともいえる、底なしの怖ろしい世界が広がっていた。
「…目の錯覚じゃないのか」
「どういうことだ。ここは冥界か、それともルカヴィの住む…」
そこでアグリアスははっとした。
同じく呆然としているラムザに急いで顔を向ける。
「ラムザ、私たちはどうしてこんなところで毎晩宴会に勤しんでいるんだ。
ルカヴィを倒すという使命は一体どうなったんだ」
アグリアスは半ば自らに問いかけるかのように、ラムザに迫った。
「そういえば…誰も疑問に…」
「どうなっているんだ、一体…」
142:月光 最終章 6/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 08:22:14 nJeEM0nZ0
沈黙とも、沈痛ともいえる時間が過ぎる。ラムザは暫く思案していたが意を決したのか、アグリアスの肩を掴んだ。
「この村を出ましょう。今すぐにです」
「しかし、外は何もない闇が…」
「それでもこの村にいるよりはマシです。薄々感じていた事ですが、この村は何かおかしい。そして今日のアグリアスさんの
お話を聞いて確信しました。このままここに留まっても恐らく事態は好転しません」
ラムザの力強い言葉を聞き、アグリアスはすぐに同意した。宿屋に向かうべく、二人は急いで階段を駆け下る。
すると。
「ラムザ…雨だ」
アグリアスが空を見上げた。雲の艦隊はついに上空全土を掌握し、歓喜によるものからか、雨を降らせ始めていた。
「急ぎましょう」
二人は同時に走り出した。事態は確実に動いている。
迫る雲を払い満月が、そんな二人を照らし続ける。
143:月光 最終章 7/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 08:35:01 nJeEM0nZ0
二人が宿屋に到着したときには、初めは小雨ほどだった空模様は既に豪雨へと悪天していた。
「アグリアスさんは皆を集めてください!僕は先に門へ向かいます!」
雨だれのうつ音にかき消されないような大声で、ラムザはアグリアスに叫んだ。
「わかった。門の前で合流しよう!」
二人は同時に頷き、それぞれの役割を遂行するべく行き別れた。
アグリアスは扉を開けた。居間ではいつものように大勢の人数が二人一組で飲みあい語らい、案の定
アグリアスに気付いたのはシュガリーとマズラだけだった。
「アグリアス!どうしたの、そんなずぶ濡れで。風邪ひくわよ」
シュガリーが驚いた表情でそう述べ、マズラにタオルを持ってこさせようとした。対したアグリアスは時間も惜しいのか、
濡れた髪も拭かずにシュガリーとマズラを引きよせると、小声で自身の計画を打ち明けた。村人の中で、唯一この二人が
変人で且つ、自分の考えを理解してくれる者だと、アグリアスはそう信じたのだ。
「話はわかった。けど、どうしてそれを僕等に?僕等も彼等と同じかも知れないよ」
マズラは悪戯小僧の顔を消して、真面目な表情でそう言った。
「シュガリーは傍にいてわかった。
お前は…お前は、まるで私の想い人とそっくりなんだ。人の痛みを分かち合える。
それに、シュガリーが惚れるくらいだ。間違いはないだろう」
アグリアスの言葉に、マズラはポカンとした表情で、対してシュガリーは顔を破裂させるほどに真っ赤にした。
シュガリーがアグリアスをポカポカと殴りつける。
アグリアスは大人の笑顔で対応した。
144:月光 最終章 8/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 08:47:20 nJeEM0nZ0
かいつまんだ話を聞いた二人はそれぞれ顔を見合わせ、すぐに頷いた。共闘してくれるようだ。
アグリアスは早速手ごろな紙に急いで何かを書き記した。
そして、近くで機械の行く末について熱く熱弁を奮っていたムスタディオの前に何気なくその紙を置いた。
自身の展望する未来を語り終え、一息ついたムスタディオは、懐かしき畏国語で書かれた所在なき紙の存在にいち早く気付いた。
内容はこのようなものだった。
『すぐにここから出立をする。その準備にとりかかるが、周りの村人に気付かれてはいけない
もし、この手紙の内容について言及されたら
“実は、皆の感謝のお礼に秘密の宴を催す準備をしている くれぐれも周りには秘密にしておいてくれ”
と答えろ。
読んだら下に自分の名前を記し、近くにいる仲間に渡せ 合図が出るまで待機
アグリアス・オークス』
内容を一読したムスタディオは別段顔色を変えるわけでもなく自分の名前を記し、横で同じように語り合っているラッドに紙をスライドした。
「どうしたんだいムスタディオ?あの紙は…」
そこでムスタディオは少々思案顔になり、マドーシャスに交頭接耳をした。
「実は、ここだけの話にしてほしいんだが…」
145:月光 最終章 9/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 08:55:09 nJeEM0nZ0
このようにして、数分も経たないうちにラムザ隊の副隊長の命は各員の知るところとなった。
「全員の名前を確認した。次の段階に移るぞ」
シュガリーとマズラは同時に頷いた。マズラが大きく息を吸う。そして居間に響くような声でこう告げた。
「皆さーん!時間ですよー。お二階へどうぞ!」
その言葉が合図だった。ラムザ隊の各員は、それぞれの相手に用事ができた、と話しかけると、
シュガリー先導の元、平然とした面持ちで続々と階上へ向かっていった。事態を呑みこめない者、したり顔で
事態を静観する者そして“実は秘密なんだが…”と切り出し先程得た話を周りにひけらかす者。
これこそがアグリアスの望んでいた事態だ。階下にいるマズラと目配せをし、アグリアスも階上へ上がった。
146:月光 最終章 10/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 09:10:26 nJeEM0nZ0
「全員、準備ができたら私の部屋に集まれ。シュガリーが下にロープを引く。それでここから脱出する」
「あのよあ、アグリアスさん…」
「質問は後だ。今は急いでくれ、頼む」
隊員の困惑した質問に申し訳なさそうにアグリアスが答えた。それで十分だった。
三分も経たないうちに、十数名いる戦士の全員が出立の準備を終えていた。狭い部屋に戦士がひしめきあう。
窓に駆け寄ったアグリアスは、先にロープを伝って下りた地上のシュガリーに合図を送る。
「一人ずつ、大きな荷物は下に落として。なに、どうせこの雨だ。ちょっと音を立てても気づきはしない」
慣れたものだ。慌てふためかず、次々と隊員は宿の外へ降りていく。最後にアグリアスがロープを伝って準備完了となった。
147:月光 最終章 11/29 ◆fhZWInPd1U
10/07/25 09:12:14 nJeEM0nZ0
「すまない、シュガリー…突然、このような事に巻き込んでしまって。恩をかえすことはできないが…」
シュガリーは口元を緩ませ、首を横にふった。
そして渾身の笑顔をつくる。
「あんたが来てから素直に楽しかった。まるで姉ができたようで、とても退屈しなかったわ」
偏屈な奴だ、とアグリアスは思った。
その笑顔は彼のためにとっておけ。そんな小言の一つでも飛ばしてやりたかったが生憎時間が無い。
「マズラにも同じように伝えておいてくれ。本当にありがとう」
シュガリーの返事を聞く前に、アグリアスは指示を飛ばした。
「全員、走るぞ!ラムザが門の前で待ち構えている!」
大雨が降り注ぐ中、熟練した戦士たちは音もなく走り始めた。