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ミシシッピ会社の発行済株式の量は、1720年には50万株程度だった。
すなわち株価が1万5千リーブルだった時の会社の時価評価額は
75億リーブルとなる。株価が500リーブルまで崩壊した1721年9月時点
では、時価評価額は2億5千万リーブルにまで下がった。ちなみに、
当時のフランス政府の歳出規模は1億5千万リーブル(1700年)で、
政府の負債額は16億リーブル(1719年)であった。
政府とジョン・ローは16億リーブルの政府負債の全てを会社の株式で
買い上げることにした。この計画は成功した。政府の負債の債権者達は
、債権や手形でこの株を購入し、1720年には政府の全負債はこの会社に
移った(債権と資産の変換)。これによって、元の政府に対する
債権者が今度はこの会社の所有者(株主)となったが、会社経営は
政府によってコントロールされていた。政府は毎年3%にあたる
4千8百万リーブルの利息を支払った。これによって、政府は歳入の
10倍(GDPの約2~4倍)もの多額の債務の返済を一時的に免れ、
債務免除されたような状況になった。この成功によって
株価は高騰したが、その後1720年から1721年にかけて、
この会社の市場からの資本調達が破綻した。
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