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ところで、上念氏は、第5章で高橋是清をスーパーヒーローと呼び、
経済学者の岩田 規久男氏も「デフレの経済学」で、国債増発でインフレに
持ち込んだのは後任の馬場 鍈一であり、高橋はデフレ退治が終わったから
緊縮路線に移行しようとして軍部に暗殺された、と弁護していますが、
富田俊基氏は「経済政策の課題―経済改革からデフレ出口戦略まで」で
比較的詳細な分析をしており、それによると、32年7月資本逃避防止法を
設定して対外証券投資を禁じ、33年3月に外国為替管理法により、
資本流出と為替統制を行っている。これは、金融鎖国・保護主義・
近隣窮乏化政策というと言いすぎかも知れませんが、その後世界大戦に
突入した保護主義的なブロック経済政策の先走りだったように思えます。
国際金融市場と国内金融市場が途絶し、海外からの信用を損ね、ポンド建て
日本国債の金利が1930年6.7%だったのが32年には11.77%に、ポンド建て
日本国債価格は31年4月と比べると、33年6月25%下落したのに対し、
国内国債は同時期に20%上昇したとのこと。ここまできて前々回記載した
ように浜矩子氏が、1936年の米英仏の三国通貨協定を挙げて為替切り下げ
競争を懸念していた理由がより理解できました。現代で高橋政策を実施する
のは難しいし、実施すれば大戦前に似たような状況になりかねない、
という懸念は理解できますし、その点では高橋是清を「スーパーヒーロー」
とまで言うことはできないものと思います。ただし、彼が暗殺されず、
緊縮財政が実施されたとしたら、どのようになったのか。彼の暗殺は非常に
残念だったと思うのでした。
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