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地中海世界を支配したローマ帝国は、広大な属州を従えていた。
それらの属州から搾取した莫大な富はローマに集積し、
ローマ市民は労働から解放されていた。そして、権力者は
市民を政治的無関心の状態にとどめるため、「パンとサーカス」を
市民に無償で提供した。現在の社会福祉政策をイメージさせるが、
あくまでも食料の配給は市民の権利ではなく為政者による恩寵として
理解されていた。また食料の配布は公の場で行われ、受給者は
受け取りの際、大衆の視線に晒されるというリスクを負わされた。
この配給の仕組みによって無限の受給対象者の拡大を防ぐことが
出来た。
食糧に関しては、穀物の無償配給が行われていたうえ、
大土地所有者や政治家が、大衆の支持を獲得するために
しばしば食糧の配布を行っていた。皇帝の中にも、
処刑した富裕市民の没収財産を広く分配したネロ帝や、
文字通り金貨をばら撒いたカリグラ帝の例がある。
食糧に困らなくなったローマ市民は、次に娯楽を求めた。
これに対して、権力者はキルクス(競馬場)、アンフィテアトルム
(円形闘技場)、スタディウム(競技場)などを用意し、
毎日のように競技や剣闘士試合といった見世物を開催することで
市民に娯楽を提供した。こうした娯楽の提供は当時の民衆からは
支配者たるものの当然の責務と考えられるようになり、
これをエヴェルジェティズムと呼ぶ。
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