10/10/02 00:29:47 0
水の滴る黒髪を振り乱し金切り声を上げるひとみの足元には、地面に叩き付けられ潰れた『実』が転がっている。
怒りと不快感のあまり唇を震わせながら、ひとみは踵を返し歩き始めた。
去り際、すれ違うよねに嫌味を言うのも忘れない。
「よね君タクシー代くらい出しくれるんでしょ?すぶ濡れで下着の透けてる女を歩いて帰らせるつもり?
あんたのせいで服もバッグもバッグの中のコスメも全滅だわ!」
ひとみの口からは、際限なくヒステリックな悪態が垂れ流されている。
――この騒動の最中…異変に気付く者はいただろうか?
地面の上で無惨にひしゃげている『御前等の実』が激しく脈打ち膨れていく様を…。
イケメンフルーツの面影何処…
最早人面と認識できぬほど歪に膨れ上がった朱色の果実から、シュルリと根のような触手が飛び出す。
赤黒い触手は地面を這いずって進み、ひとみの足首から膝にかけて絡み付く。
既に歩き出していたひとみは、足を拘束した触手に引き戻されて後ろにひっくり返った。
地面に打ち付けた後頭部と背中に衝撃と鈍い痛みが走り、一瞬呼吸が止まる。
呻き声を上げて起き上がろうとするひとみを、触手は尚も引き摺っていく。
ひとみの引き摺られていく先には、熟れ過ぎた果実の如き甘い芳香を漂わせる巨大な顔が…
既に1mほどに成長した『実』は、内側に細かい歯の生えた顔面の裂け目をぱっくりと開いて獲物を待ち構えている。
得てして薄っぺらな幸福は、より高次の幸福を阻害する。
形而上の幸福を得んとする者は、欲望の発露たる小さな幸せと戦わねばならない。
甘い幸福の姿をした欲望は拒めば拒むほどに力を増し、巨大な魔物となって求道者に襲い掛かる。
…まあ要するに『ダイエットしている時に限って猛烈な食欲に襲われる』…的な法則。
薄い幸福の結実である『御前等の実』も、この幸福の二律背反を備えていたのだろうか。
ひとみの投げ棄てた果実は拒絶と悪意の念を受けて、持ち主に襲い掛かる『害毒の実』に変化していた。
【ポイ棄てされた御前等フルーツが暴走。誰か佐藤を助けてあげてください。】