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勝てぬなら 勝たせてあげよう きのこの山
*
午後三時のお茶の時間。
「だって、クッキーの粉で指先が汚れるじゃない」
きのこ先輩が唇を尖らせるので、私もつい言い返してしまう。
「でも、軸部分のクラッカーもそれなりに脂っぽいですよね」
「クッキーに比べれば全然大したことないわ」
たけのこの里をつまみ上げ、目の高さにまで持ってきてしげしげと眺めるきのこ先輩。
「チョコレートが全体に掛かり過ぎてるし、暑い日はべたべたに汚れちゃうでしょ?」
「……人肌に触れる程度で溶けるほど、やわじゃありませんから」
「たけのこさんって、いつもそうよね」
ため息をついたきのこ先輩はおもむろに口を開け、たけのこの里をその中へ。噛み砕くでもなくころころと転がし続ける。
「もそもそとして愛想がないし、自分の楽しみ方を他人に押しつけるのはどうかと思うわ。せっかく可愛がってくれるんだから、もっと積極的に身を委ねないと」
そして差し出された舌の上には、じゅくじゅくに湿った薄茶色の円錐形が乗っていた。
「やっぱりいやらしいわ、あなたって……」
全裸のたけのこの里が丸呑みされる様子から目をそむけ、私は仕方なくきのこの山を拾い上げる。
チョコレートは黒光りしながら立派に傘を広げていて、何度見てもいやらしい。
それなのに、チョコを支えるクラッカーは細くて脆くて弱々しくて、油断するとすぐにポッキリ折れてしまう。
しゃぶることを前提としているようにしか思えないのに、とんだ欠陥商品だ。
事実、パッケージを開けた途端に頭のもげた先輩が何人も転がっていることがあって、その度に胸が痛くなる。
でも、だからこそ、そんな先輩が愛おしくてたまらない。
視界にふっと陰が差したので顔を上げると、きのこ先輩がきのこの山を差し出しているところだった。
「だけど、たけのこさんにはこんなことできないでしょう?」
先輩はチョコレートの傘を私にくわえさせてからゆっくりと顔を近づけ―これはつまり、そういうことだ。
「ポッキーじゃないけど、ポッキーゲーム」
私の唇からほんの少しだけ突き出たクラッカー。
あっという間にやわらかく触れ合い、押しつけられ、密着する先輩の唇。
さっき食べてくれたクッキーの甘い香り―私自身の匂いが、私をひどく混乱させる。
「―ほら、私の勝ちね」
気がつくと先輩は元の位置に戻っていて、無傷のクラッカーを手に勝ち誇っている。
そもそも条件が違うのだから、勝ち負けなんてないはずなのに。
苦々しい敗北は、口の中で形をなくしてゆくミルクチョコレートの味だった。