10/09/05 22:19:43 2mWEVFBu0
憂の下に苦情が届く事は稀だった。
唯の生活圏では、唯による被害が多数出てはいるものの、
憂が未だ高校生であり唯自身が知的障害者である為に遠慮してしまうのだ。
唯の両親が偶に日本を訪れた時に、
近所に住む人は唯の奇行について苦情を申し出るが、
逐一を報告していては際限が無い。
そこで代表的なものだけ述べて、
「その他にも色々と迷惑を蒙っています」
と付け加える。
だが、それが良くなかった。
漠然とした情報を告げられる為、両親は真偽を確かめる為に憂に問う。
だが憂はそれらの苦情を狡猾に障害者差別意識に基づく偏見に結びつけ、
唯を庇っている。
近所の人間が直に目撃した、というケースが少ない為、
両親も憂の言う事の方を信じる。
憂にしても、両親を騙す事には意味があった。
もし唯が尋常ならざる被害を齎している事を知れば、
唯を施設に預け入れてしまうかもしれない。
憂は手を焼き苦労しつつも、それでも姉である唯の事が好きだった。
世話する事に生き甲斐まで見出している。
また、唯の知能に問題がある点をいい事に、性的な悪戯をした事すらある。
両親に唯の悪辣さを信じさせるわけにいかなかったのだ。
そういった事情があるから、唯の傍若無人は止まらず、
常に周囲に害悪を撒き散らし続ける。
事実、今日の悪行についても、制裁を受ける事は無かった。
憂の下に報告すら届いていないからだ。
確かに保護者が直接見たわけでも無いのに、
唯を加害者にして苦情を言う事は躊躇われる。
保護者達も子供から被害報告を受けた際、
『平沢家の唯ちゃんだ』
と思ったはずであるが、その名前が子供達の口から出てこない以上、
彼女の責にする事はできない。
仮に苦情を言っても、憂に
「証拠も無いのにお姉ちゃんのせいにしないで下さい。
もし他の人による行為だったら、どう責任取る心算なんですか?」
などと逆に詰られて終わるだろう。
保護者達にできる事など、
親の居る前以外では外で遊ばないように、
と我が子に言いつける事くらいしかできない。
唯の外における活動時間も活動場所も不定期な為、
交代でパトロールする事すらできない。
小さな子を抱える保護者達も、深い溜息を吐いた。
そのような地域の苦しみなどなんら知る事なく、
唯は昨日も今日もそして明日からも、
眼前の刹那的な欲望を満たす為に傍若無人に振舞うのだろう。
「あー!ゆいもやるー!」
その宣戦布告を添えて。
<終わり>