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1994年ワールドカップアメリカ大会南米予選でアルゼンチンを5ー0で破り本大会出場を決めた当時のコロンビア代表は
バルデラマ、リンコン、アスプリージャといった蒼々たるタレントを擁し、優勝候補に挙げられる程前評判が高かった。
更にアメリカ、ルーマニア、スイス、と比較的楽なグループに入り決勝トーナメントは確実視されていた。
当時のコロンビアのサッカーは麻薬のシンジケートによって牛耳られており、代表メンバー選出に際しても監督のエルナン・ゴメスは脅迫電話を受け、
彼らの望むような選手を選出したと言う。そんなマフィア達はこのワールドカップにおいても多額の金をコロンビア代表チームに賭けていると噂されていた。
このような中、迎えたワールドカップ本戦。コロンビアは初戦のルーマニア戦を1-3で落しいきなり窮地に立たされていた。
そして第2戦のアメリカ戦。絶対に落とせないコロンビアは慎重な戦いを見せるが両者無得点で迎えた前半35分、
コロンビアのDFエスコバルがオウンゴールを献上しアメリカに先制点を許してしまう。
その後アメリカに追加点を許し、コロンビアは試合終了直前にロドルフォ・バレンシアが1点を返すが時既に遅し。
コロンビアは1-2で破れ、最終戦のスイス戦こそ2-0で勝利するがコロンビアにとってまさかの1次グループリーグ敗退となった。
オウンゴールから10日後の7月2日、地元メデジンのレストランで食事中のエスコバルを12発の凶弾が襲った。
目撃者の話では犯人はエスコバルを撃った後「オウンゴールをありがとう」という言葉を残したという。
日本で自殺点という名称がオウンゴールと呼ばれるようになったのはこの悲劇と時を同じくする