【日韓歴史】 百済が日本に渡した七支刀~下賜か朝貢かで平行線[05/16]at NEWS4PLUS
【日韓歴史】 百済が日本に渡した七支刀~下賜か朝貢かで平行線[05/16] - 暇つぶし2ch753:文責O2bさん
10/05/18 19:29:44 f4KXzc4X
>>751
『日本書紀』
「沙門道行、草薙剣を盗みて新羅に逃げ向く。而して中路にて雨風荒れ、迷いて帰る」

それとは別に冠位について少し

一から三位まではそれぞれ正従二冠位。
四位以下は正上下、従上下それぞれ四冠位ある。

従五位下以上が昇殿資格を持ついわゆる殿上人。(貴族の子弟などの六位の蔵人{くらんど、皇族・大貴族の付き人・秘書}は特例で昇殿)そして六位以下は地下人。

つまり「従五位下はとても限られた偉い冠位」

摂関家の子息、臣籍降下した皇子に与えられる最初の冠位が従五位下。
平家台頭前の源平武士や、安倍晴明などでも極官が四位。
藤原北家のほんの一部のみが任官時から殿上人、他の貴族は基本、地下人からスタートするのだ。

ちなみに三位以上が公卿と呼ばれ(四位の参議も公卿)、参議は唐名で宰相と呼ばれた。
参議を長らく務めた者が従三位中納言になり。中納言の唐名が黄門と呼ばれた。

時代により若干違うが、大体こんなところ。


次ページ
続きを表示
1を表示
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch