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【萬物相】天皇にお辞儀したオバマ大統領
明治維新(1867年)以降、第二次世界大戦終結(1945年)までの日本で、天皇がどれほど
絶対的な権威を持っていたかをうかがわせるエピソードがある。1927年11月に名古屋で
行われた大規模な閲兵式で同和地区出身の二等卒(二等兵)、北原泰作が天皇に駆け寄
り、部隊内の同和出身者に対する差別を直訴する陳情書を手渡した。隊列を外れたり、
天皇に抗議するといった行為は、当時は決して許されない無礼、不忠だったが、それを
制止する者は一人もいなかった。理由はただ一つ。閲兵式に参加した4万人の兵士は、
天皇の前では完全に直立不動の姿勢を保たねばならなかったからだ。北原は自叙伝に
「命令を下す将校や将軍も天皇の権威に足を縛られ、身動きできなかった。自分だけが
例外だった」と記している。
幕府を倒し、新しい国を開いた明治維新の設計者たちには新しい国と国民統合の象徴が
必要だった。彼らは実権を持たなかった天皇を京都から東京に移し、その権威を臣民に
注入するためのさまざまな仕組みを生み出した。1927年以前、日本の祝日は10日あったが
そのうち9日は歴史上における天皇の誕生、即位、宮中行事と関係したものだった。
1945年9月27日に昭和天皇は占領軍のマッカーサー司令官と初めて会談するため、皇居を
見下ろす同司令官の執務室に向かった。だが公開された写真の中で、昭和天皇は燕尾服
の正装で憔悴(しょうすい)しきった表情を浮かべ、不動の姿勢で立っているのに対し、
マッカーサーは普段着で手をポケットに突っ込んでいた。日本国民にとっては現人神(あら
ひとがみ)だった天皇のイメージは崩れ去った。
当時の日本では、米占領軍の将軍であるマッカーサーの一言が天皇以上の絶対的権威を
持っていた。憲法制定をはじめ、現在の日本を形成した重大な措置は「マッカーサー将軍の
命により」という形で実施された。そして日本は国体護持のためそれを受け入れた。
日本を訪問したオバマ米大統領が14日、天皇、皇后両陛下を訪ねた際の写真が注目を
集めた。天皇陛下は昭和天皇の長男に当たる。皇居でオバマ大統領は腰を90度近く曲げ
て深々とお辞儀をし、天皇は満面の笑みでそれを迎えた。オバマ大統領が東京で新アジア
政策構想を盛り込んだ演説を行う中、日本の鳩山由紀夫首相は日本を離れ、シンガポール
でアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席した。オバマ大統領の外交的ジェス
チャーを称賛する声も多いが、アメリカの大統領がこのようなジェスチャーを取らなければ
ならないほど、日米関係が変わったことは間違いない。
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