09/08/07 06:54:00 tn7Obstz
昭和30年代以前には日本でも田んぼのそばに大きな壷が置かれていた。
その壷には在日クソチョンが大好きな人糞が満ち満ちていた。
その設備は播州弁で「どうけ」とよばれていた。
当時在日の子供が親にトンスルを作るように言われて
酒を「どうけ」に浸すために近づくと
「どうけ」の妖怪が腕を突き出して在日の子供を引きずり込んで
生血をを吸った。
当時のラジオニュースではしょっちゅう子供が野壷にはまって
死んだと放送していた。
人糞は回虫、さなだ虫、ぎょう虫の蔓延の原因となるので
化学肥料への転換が進み、どうけの妖怪も姿を消した。
当時神戸の小学校に通っていて教えられた標語が
「神戸良い町、ハエ、蚊がいない」だった。