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【古典個展】立命館大教授・加地伸行 「ムダ削減」看板に詐りあり
今年度補正予算の見直しということで、政府と与党の民主党とが正義の味方、
白馬の騎士気取りでムダを削れとわめいている。
しかし、この白馬の騎士、はや落馬気味である。と言うのは、ムダを削れという話が、
いつのまにか3兆円を削れという話に変わってきたからである。
ムダの総計が3兆円というのなら、その3兆円には意味がある。ところが、
そうではなくて、ひたすら3兆円という目標額の話になってくると、数字合わせのための
削減となり、ムダを削るという大義名分の中身がすかすかになりつつある。
彼らがムダの代表に挙げたのは官僚の天下り先への政府の出資ということであった。
その出資をなくせば、たちどころに何兆円もの節約ができると断言していた。
しかし、そんな話はいつのまにか消し飛んでしまい、今はもっぱら事業の削減という話と
なり、なにがなんでも削減の数字、数字の世界となってしまっている。
そこで、例えば文部科学省が出してきたムダ削減候補を知り、ああやっぱりと思った。
すなわち、文科省は研究費700億円の減額を言っている。
それならば、思いきってムダという名の研究費のすべてをカットして零に
すべきである。にもかかわらず一部減額で通るのならば、文科省はムダ削減をしたのでは
なくて、事業の縮小をしただけのことである。おそらく他省庁の〈ムダの削減〉なるものの
中身も単なる〈事業の縮小〉ということだろう。
つまり、〈ムダの削減〉なるものの看板に詐りありということだ。
のみならず、〈事業の縮小〉なのであるから、金銭は世の中に回らず、内需拡大など夢。
これでは白馬の騎士どころか白旗の騎士、いや落馬の騎士か。
事業として回る札束はなんらかの形で生きているのであってムダなものはない。
研究費も同様なのだ。
「無用の用」(『荘子』外物篇)という知恵を理解できない民主党政権ではある。
政治儀礼上の供え物(羊)をムダとして廃止しようとした弟子に孔子はこう言った。
お前は羊がむだとするが「我はその礼(が崩れるの)を愛(おし)(惜)む」
と。
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