08/07/26 16:48:31.37 00x0E/E50
俺には愛する女がいる。俺の傍に立っているのがその人だ。手でベビーカーを押しながら、嬉しそうに歩いている。
午後二時に行う、日に一度の散歩だ。家の近くの公園へ行き、俺たちは二人の時間をこここで過ごす。彼女はこの時間が一番好きらしい。
「今日は天気が良いわねー、和也」
彼女が声をかけてくるが、俺はそれに答えない。もともと口数の少ないほうなのだ。心の中では色々なことを思っていても、それを言葉にして外に出すことは無い。
俺はこくんと頷くだけにしたが、それに彼女が気付いたかどうかは怪しいところだ。
「はあー、少し疲れちゃった。ちょっとだけ休憩しましょうか」
ふうとため息をついて、彼女は近くのベンチに座る。俺も少し力を抜くことにした。
燦々とふりそそぐ太陽の光が否応なしに俺を射す。午後の強い日差しに、流石の彼女もまいっているようだ。額に手を当ててきつそうな表情をしている。
ああ、愛しい彼女よ。そんな辛そうな顔をするくらいなら、早く我が家に帰ろうじゃないか。涼しい部屋で冷たいジュースでも飲んで、ゆっくりとくつろごうじゃないか。
そう言おうとしても、俺は恥ずかしさのため声が出せない。もし声に出したとしても、支離滅裂な言葉になることは間違いないだろう。
自分の言語能力の低さを呪っていると、向こうのほうから中年の女性がやってきた。買い物袋を片手に持ち、もう一方の手で日傘を差している。
「あら、京ちゃん。今日も散歩なの?」
「もちろんです。こんなに天気が良いんですから、外に出たほうがお得じゃないですか」
おばさんの言葉に対して、彼女は微笑みながら答える。
「あ、和也君もいっしょ? 大きくなったわねえ」
「この子ったらこの前生まれたばかりだと思ったのに、もう六ヶ月なんですよ。もう可愛くて可愛くて。愛らしいったらありゃしない」
俺の肩にポンと手を置いて、アハハっと明るく笑う、愛しい彼女。
ベビーカーの中で、俺は母への愛を再確認していた。
了