16/03/08 20:35:24.76 CAP_USER.net
近ごろ「金の匙(スプーン)」「銀の匙」「銅の匙」「土の匙」という新しい時事用語が広く知られている。
私たちの社会の両極化を象徴する表現で、笑って流せないのは「ネオ階級論」の冷笑的な臭いが
するからだ。
これと関連して同じ東洋文化圏の韓中日三国の食卓で中国や日本ではなぜ匙が見られず、なぜ
私たちは匙のない食卓を想像できないのだろうかじっくり考えてみた。日本の奈良県東大寺に位
置する日本王室遺物の保管庫、正倉院には「756年、聖武王が死ぬとすぐに王妃は彼の冥福を祈
るために匙をはじめとする刀・鏡・武器・木漆工芸品・楽器など600種余りの愛蔵品を49斎に合わ
せて献納した」(参考:<斗山(トゥサン)大百科事典>)という記録がある。すなわち、過去の日本王家
には匙が存在したという事実を確認できる。
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▲1.宋代の文會圖、184.4×123.9センチ
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▲2. 部分拡大:卓上に箸と匙が置かれている。
筆者は数年前、日本の奈良県にある天理大学を訪問したことがある。アン・ギョン(安堅)の「夢遊桃
源図(1447)」をはじめ、大学所蔵の朝鮮時代の貴人らの肖像画を研究するために天理大図書館を
訪れたのだ。その時、大学付属世界民俗博物館で日王の食卓の映像資料を見たが、「驚くべきこ
とに」私たちの宴会の食卓を連想させるその食卓に匙と箸が並んで置かれていたことをはっきり覚
えている。
要するに日本の食卓で匙が見られないのは日本王室の生活文化と平民の生活文化の間に越えら
れない障壁が存在したことを暗示しているといえる。
それなら中国ではさじを使う風習がなぜないのだろうか?筆者はかなり以前、台湾国立故宮博物
館で宋国(960~1279)の徽宗(1082~1135)時代に描かれた「文會圖(184.4×123.9センチ、1100~
1125年)」で匙を見たことがある。「文會圖」という当時の宮中の生活像を垣間見る資料で、卓上に
匙と箸が並んで置かれていた。
中国では紀元前5000年前のものと推定される匙が出土したこともある。こういう事実から中国人は
永く匙を食器として使ってきたことが分かる。ところが明国以降、徐々に油が多く熱い食べ物が増え
匙より箸を使うことが普遍化し、匙がその場所を失ったという。
これとは異なり韓国はあらゆる鍋(チゲ)類や汁類が主導する食卓でさじを頻繁に使ってきた。匙と
関連して、中国には‘進化意識’を、日本には‘順応意識’を興味深く見ることができる。そして韓国
の場合には昔も今も社会を支配する‘平等意識’が見られる。
近ごろ私たちの社会で広く知られる‘金の匙’、‘土の匙’論争を見て匙を使わない中国と日本の社
会階層間葛藤はどんな様相を帯びているのかとても気がかりだ。
イ・ソンナク現代美術館会会長
ドイツ、ミュンヘン医大卒業(1966)、延世大学医科大学皮膚科教授、亜洲大学義務副総長、嘉泉
医科大学総長、嘉泉医科学大学名誉総長(現)、韓国医薬評論家会会長(現)、カンソン美術財団理事(現)
ソース:ブラボーマイライフ(韓国語) [イ・ソンナクの絵の話]中国・日本食卓にはさじがない
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