【歴史戦】中韓からの“攻撃” 世界文化遺産になった九州・山口の文化財が標的に 「慰霊」に名を借りた「日本の地位失墜」運動[10/28]at NEWS4PLUS
【歴史戦】中韓からの“攻撃” 世界文化遺産になった九州・山口の文化財が標的に 「慰霊」に名を借りた「日本の地位失墜」運動[10/28] - 暇つぶし2ch1:ねこ名無し ★@\(^o^)/
15/10/28 23:02:00.41 .net
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高島炭坑で命を落とした無縁仏を弔う供養塔。韓国の国旗がかけられていた
 「やはり」、というべきか。世界文化遺産となった九州・山口の文化財に対し、韓国や中国から「強制連行」を名目に“攻撃”が仕掛けられている。
 今回、韓国の大学生らが案内板設置を求めた高島炭坑の供養塔は、大正時代に起きた炭鉱事故などで亡くなった労働者のうち、身よりが分からない労働者を弔って建立された。現在は長崎市が所有・管理している。
 「長崎労働組合運動史物語」(長崎地区労働組合会議発刊)では、「大正9年4月以前から、高島のどこかに埋められていたものを、(炭坑を運営する)三菱資本が集めて供養塔とした」とある。
 高島の郷土史家、山崎徳(めぐみ)氏(90)は「身元の分からない人を弔っているのだから、人種や国籍がわかるわけがない」と語る。
 ただ、朝鮮半島で国家総動員法に基づく「国民徴用令」が適用されたのは昭和19(1944)年9月だった。終戦直後に供養塔の下にあった骨壺を調べたところ、19年以降と思われる真新しい骨はなかった。韓国側の根拠は乏しいという。
 高島の供養塔には、4・5キロ離れた隣の端島(通称・軍艦島)からも遺骨が移された。
 両島の炭鉱を所管した三菱石炭鉱業が、昭和49年の閉山後、軍艦島の寺院から、骨壺を高島の供養塔に移した。この骨壺は63年に、高島にある金松寺に預けられた。その際に作成された名簿には、朝鮮半島出身者の名前はなかったという。
 山崎氏の言う通り、供養塔にまつられた炭鉱労働者に、半島出身者がいるかどうかは判断できない。
 だが、韓国側はすでに動いている。複数の近隣住民によると、供養塔までの約50メートルの道で、韓国人らしき若者数人が草刈り作業を行う姿が目撃されている。道は市有地や私有地が混在するが市は許可を出していない。
 また、道中の草木には、ハングルが記されたリボンが複数くくりつけられ、供養塔の柵には韓国の国旗が架けられていた。
 こうした活動の中心となったのは、誠信女子大の徐敬徳教授といわれる。徐氏は、慰安婦問題や竹島問題に関して、主に米国で韓国側の主張を広報する活動を展開している。
 日本側にも、韓国側の活動を支援する人物がいる。
 「岡まさはる記念長崎平和資料館」理事長の高実康稔氏は、高島の歴史調査を続けてきた山崎氏を、ひんぱんに訪れた。
 高実氏は、同行した韓国人カメラマンに、供養塔を撮影させた。山崎氏が「終戦直後に供養塔には新しい骨は納められていない。半島出身者が含まれる可能性は低い」と訴えても納得せず、旧日本軍による「強制連行」を非難したという。
 山崎氏はこう憤った。
 「確かに三菱の名簿は見つかっていないが、多くの韓国人が徴用されていたなら寮があるはずだ。だが住民は誰もわからないし覚えていない。入坑する韓国人を見た人もいない。それなのに高実氏はなんでも韓国側に都合のいいように解釈する」
 高実氏は平成16年12月、中国人2人を連れて高島を訪れた。中国人はある場所に来ると、「自分たちの寮はここに建っていた」と訴えたという。山崎氏によると、そこは戦時中は山で、戦後の昭和34年に整地され、寮ができた場所だった。
 高実氏は今月25日、産経新聞の取材にこう語った。
 「軍艦島の寺院には強制連行されて、亡くなった朝鮮人の遺骨があった。われわれは、ある人を通じて、軍艦島で亡くなった人の公式の『火葬埋葬許可証』を手に入れたから確かだ。出所元は約束のため、公表できない」
 こうしたあやふやな事実に基づく韓国側の活動は、「慰霊」や「供養」に名を借りたディスカウント・ジャパン(日本の地位失墜)運動と言わざるを得ない。(奥原慎平)
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