12/01/27 17:41:16.34 EyxJ9H/w0
日本人は怒りや憎しみを、見えないところへと流して、やり過ごしてきた。
新年の神事は、旧年の悪を払うため。ひな祭りも、その元となった流しびなは、
厄や穢(けが)れを人形に移し、水に流す行事だ。
いや。福島は違う。140年前の記憶を忘れない人がいる。
「ふるさとを守りたいと思った彼らの気持ちを、忘れないでください」。
鉢巻き姿のガイドが、白虎隊の悲話をとうとうと語る。墓前で静かに手を合わせる観光客がいる。
少年たちの眠る会津・飯盛山を訪れる人は絶えない。
「会津は今でも長州にわだかまりがある」。福島県在住の作家、
星亮一さんは山口県萩市を何度か訪ね、和解運動に関わってきた。だが地元の反対の声が根強く、
運動はやむなく立ち止まったままだ。星さんには原発事故の被災者と、
戊辰戦争で負けた会津藩が重なって見える。故郷を追われ、散り散りになった。
「理不尽は許さないという怒りは人々をつなぎ、会津の存在意義になっている」
韓国・ソウルの日本大使館前に昨年末、従軍慰安婦を題材にした銅像が現れた。
少女の真っすぐな視線は「忘れない」という決意に満ちている。
韓国は「恨(ハン)」という言葉で表される屈辱や無念を「忘れてはいけない大切な記憶として、
国家レベルで保存し、プラスの駆動力としてきた」と京都大の小倉紀蔵准教授は言う。
URLリンク(www.asahi.com)